不確定な未来─2

2010年03月31日 09:33

2.不確定な未来─Kyoko


思うように会えないのはいつもの事。
忙しいのだから仕方ない。
それでも寂しさが隠せない時もある。
そんな時のあの人の我侭。
それが嬉しいから、つい無理もする。

喜んでくれるのが嬉しくて疲れも消え去る。
幸せな気分のまま、眠っている時に頬に感じたわずなか温もり。

うっすらと目を開けば───暗闇に一人。

夢と現実の区別がつかなくて、しばらく呆然とする。
これは悪い夢、と判断して再び眠ろうとした。
でも、そう考えた事で現実に気が付き、眠れなくなる。
一人では大きすぎるベッドの上で、凍りついたように動けなくなる。
いつもは気にならない部屋の暗闇が心にじわじわと染み込んでくる。

石の様に重い頭と手足をなんとか動かしてベッドから出て彼を捜す。
隙間から光がうっすらと漏れるリビングの扉。
音を立てないようにそっと少しだけ開けた。
眩しい照明に目を細め、見えたのはソファに座るあの人の後姿。

微かに聞こえるTVの音と、グラスの音。

(お酒……飲んでるの?……)

いつもとは違う様子のあの人の姿を見てとてつもない不安が降りてくる。
普段は顔を見せることも無い負の想いが連鎖するかの様に次々と生まれる。

久しぶりに会えても、もしかしてそれほど嬉しくなかった?
もうしばらくは会わなくてもいいとか思っている?
もう……私に飽きてしまった?

どんなに身体を合わせても心までは縛れない。
離れてしまったものはもう元には戻せない。
怖くなった考えに身を震わせ、そっと扉を閉める。
悪いほうに考えすぎだ、と頭を振って再び寝室に戻りベッドに飛び込む。
一晩寝て、朝になればきっといつも通り。
そう思うのに、どうしても眠れない。

死刑台にでも向かうような気持ちで再びリビングへ向かう。
そっと開けると、決死の思いで声をかけた。

「…敦賀さん?」

驚いたように振り向く彼。

「どうか…しましたか…?」

ならべく普通を装ったけれど、自信はない。
お願いだから、笑って。
祈るような気持ちで見つめる彼の顔は穏やかだった。
その顔に嘘がないことを確かめるために、急いで近づいて隣に座った。
嫌がられたらどうしようと思いながら身体を寄せる。

「なんでもないよ?ちょっと目が覚めて眠れなくなっただけ」

彼の表情は、いつもの優しい顔。
少しほっとしたけれど不安は消えない。

「…お疲れ…なのではないですか?最近とても忙しそうですし…」
「大丈夫、今日はキョーコに会えたし」

そういって彼は力強く私を抱き寄せた。
その力の強さにようやく不安が消え去りつつあった。

「ごめんね、起こしちゃったかな?もう寝よう」

明るい表情でそう言う彼の顔には翳りはない。
大丈夫…いつも通り、そう思うのに、沸いた闇が深すぎて消し切れない。
霧のように掴めない、でも掴みたい何かを求めるかのような自分の中で、最近ずっとお願いしようとしていた事を急に思い出した。

「あのっ……!」
「ん?」

突然、大きな声を上げてしまう私。

ここのところ、ずっと言われ続けていた事。
言いかけて、でも、止めた。

これはまるで彼の気持ちを試すような事だ……!

自分の欲深さに少しぞっとする。
忙しい彼の大事な空き時間は、今すべて私が占有してるといっていい。
手に余るくらいの愛の言葉、毎日の電話、全身で示される愛情。
その半分も返せているのかどうか、分からない位なのにこれ以上何を求めるの?

でも、違う。
そんなに深い意味じゃない。
そう…あの人達にはこれ以上隠していたくないだけ。
ただ、ただそれだけ。

それでも───タイミングが悪すぎる。

「キョーコ?」

黙って固まってしまった私を訝しげにみる彼。
焦った私は慌ててその場を取り繕う。

「な、なんでもないです」
「……なんでもないって顔じゃないね」
「えと…その」
「隠し事は」
「あ、あのっ!隠しているわけではなくてですね……ゆ、猶予を下さい!」
「猶予?」
「ま、また今度ちゃんと言いますから!」

そう、また今度。
こんな変な気持ちの時じゃなくて普通の時に。
そうだ、社さんに敦賀さんのスケジュールを聞いて、空いている時にタイミングよく頼んでみよう。
だからそれまでは……まだ……

「今度ちゃんと言いますからっ」

もう一度そう言うと、敦賀さんは「わかったよ」と優しく言ってくれた。
ほっと胸を撫で下ろし「もう、眠りましょう?」と彼の腕を掴んでベッドへと誘う。
でも、敦賀さんはソファから立ち上がらない。

「敦賀さん……?」
「ん、もう一杯飲んだら寝るよ。キョーコは先に寝ていて?」
「…………」
「猶予を与える方にもそれなりに覚悟がいるんだよ」

そう言って、いつもの突き刺さるような似非紳士スマイル。

そう、これは彼のいつもの手口。
私だけに向けられる子供のような我侭が、最近は少し嬉しかったりもする。
さくさくと顔に突き刺さる眩い笑顔光線に、苦笑い、したつもりだったのに───

「キョーコ?」

彼は私を見て顔色を変えた。
軽く笑っていたつもりの私の目からは涙が流れていた。

何も言わない癖に、ただ泣くなんて。
またやってしまった……あまりにも脆い自分に嫌気がさし、慌てて涙を拭う。

「ご、ごめんなさい、なんでもないんです。疲れてるのかな……もう寝ますね」

そう言って、その場から逃げるように寝室に戻ろうとした私を、彼の手が阻んだ。




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