いたずら

2010年03月24日 10:25

おバカな小話、詰めの甘いキョーコ編。


エレベーターの到着を待っていると、品のいい親子連れがやって来た。
少しの間、無言で一緒に到着を待ち、エレベーターの扉が開くと先に乗り込み「何階ですか?」と母親の方に聞く。
「あ、5階をお願いします」
「はい」
キョーコは愛想のいい笑顔で返事をし、5階のボタンを押した後、すぐにその上の6階ボタンも押す。
5階に到着し、軽く会釈して降りていく母親に、キョーコも頭を下げる。
その親子を見送ると、すぐに扉を閉めるボタンを押し、最上階へのボタンも押す。
6階に誰もいないことを確かめ、再び閉ボタンを押す。
目的の階に着き、1階のボタンを押してエレベータを降りた後、しばらくその動きを黙って見ていた。
1階に着いた後は動かないエレベーターを確認すると鍵を取り出しながら玄関に向かう。
静かな廊下にヒールの音だけが響く。
そっと鍵を開け、扉を開き中に滑り込むと、キョーコはほっとしたように溜息をついた。

家主のいないその部屋の廊下の灯りを点けると、キョーコはリビングに向かう前にその場で着替え始めた。
この部屋に来るだけのためのスーツを脱ぐとならべく皺にならないようにバッグに仕舞い込み、持参してきた簡単な部屋着に着替える。
そして、いつもはそのままにしておく自分の靴を、靴棚にそっと入れた。
「ふふ…」
今日は部屋に来ると、蓮に言っていない。
何があったという訳でもないけれど今日はどうしても会いたいな…そう思っていた時に来た蓮からの定期連絡。
ロケ先から、これから帰るところで家に帰るのは日を越える頃と言っていた。
既に蓮のマンションへ向かっていた事は内緒にし、気をつけて帰って下さいね、とだけ言っておいた。
突然キョーコの中に沸いたいたずら心。
たまには驚かせてやろうと、何も言わないままここへ来たのだ。
そして、どうせなら盛大に、と思ったキョーコは蓮が帰って来てもすぐにわからないようにどこかに隠れていようと企んだ。

リビングにまで来ると、廊下の灯りも消し、カーテン越しに漏れるわずかな街の灯りと勘頼りで暗い部屋の中に足を踏み入れる。
どこに居ようか、と少し迷ったが、やがてそっと寝室へ向かった。
完璧に隠れるのならばゲストルームがいい、と考えたが、最後には見つけて欲しいと思い、それが確実な部屋を選んだ。
入り口から反対側の、ベッドのヘッドボード脇にそっと座り込む。
バッグから携帯を取り出し、時間を確かめる。
もうすぐ深夜12時。
そろそろ帰って来るかな…と少し頭を下げ隠れるようにして膝を抱えて座り、そのまま待機する。
暗い部屋中、わくわくした気持ちで蓮の帰りを待っていたキョーコだったが、時間が経つにつれ少しずつ迷いが生じてきた。

───黙って部屋に来て、こっそり隠れているなんて少しやりすぎじゃない?

いつも忙しい蓮の大事な休息時間を邪魔するのではないか、と不安になる。

───いや、急に来ても怒られた事は…ないわよね。

そう思うものの、連絡なしに来た事自体が少なく、大丈夫だという確信が持てない。

───や、やっぱりやりすぎよね?急に来てただけで十分驚いてくれるわ!

膨れ上がった不安に耐え切れず、普通にリビングで待っていようと立ち上がった瞬間、玄関を開ける音がした。

鍵を閉める音。
しばらくして近づいてくる足音。
リビングを歩く足音。
部屋の中を移動する……蓮の気配。
もう間に合わない、と窮地に追い込まれたキョーコはしばらく固まっていたが

───そ、そうだ、せめてここの灯りだけでもつけて…っ!

そう考えて、キョーコがベッドサイドのルームランプに手を伸ばそうとした瞬間、握っていた携帯が鳴り響いた。
突然のその音に慌てふためいて思わずお手玉のように軽く宙に投げ、キョーコがなんとかそれを落とさずに受け取った時、寝室の灯りが点けられた。

「……いた」

携帯を手に中途半端な体勢で真っ青な顔をし硬直していたキョーコを見つけ、必死で笑いをこらえている蓮の姿が寝室の扉の前にあった。


「どうして……わかったんですか?」
ベッドの上で笑い転げる蓮の横で、携帯で居る部屋を探られた事を知ったキョーコはマナーモードにしておくべきだったと思い、少し不機嫌な顔で正座していた。
「いや……ロケ先の帰り際、急に大雨にあって靴がかなり濡れてね…だから明日は違うのにしようと思って…用意しようとしたらキョ、キョーコの靴が……」
「…………」
「それがなかったらすぐには気が付かなかったよ?……まったく…タイミングがいいっていうか悪いっていうか……」
うずくまって笑い続ける蓮にキョーコは「笑いすぎですっ!」と怒った声で言うが、蓮の笑いは止まらない。
「いや、だって……俺を驚かせようと思ったんだろう?…それなのにさっきのキョーコの顔……」
驚かせるつもりが、どんどん不安になり、しかも携帯の音に驚いてかなり慌てていた自分を思い出し、キョーコは恥ずかしくなって蓮から顔を背ける。
「ホントにもう……キョーコは面白いよ……」
「知りませんっ!」
状況を説明しながらも笑い続ける蓮に、悔しいやら恥ずかしいやらで、拗ねてベッドの中に潜り込んでしまったキョーコを蓮は
「ホラホラ、まだシャワー浴びてないだろ?一緒に行こう、一緒に」
と笑いながら言い、嫌がるキョーコを無理矢理バスルームへ引きずって行った。


数日後、思い出し笑いが止まらない蓮を「気持ちが悪い」と指導する社の姿がLEMの事務所にあった。




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