3.心配─Yashiro

2010年02月04日 03:50

3.心配─Yashiro


現在、生放送出演中の担当俳優の様子をじっと伺う。
いつも通りの笑顔、穏やかな雰囲気。

(とりあえず、最低ラインは維持しているな)

静かにカバンから手帳を取り出し、スケジュールを確認する。
今日の分は既に確認済みだが、明日以降の予定の再確認だ。
しばらくは今のようなトーク番組はない。
そのことに少し安堵しつつも、びっしりと詰め込まれた予定に軽く溜息が出る。
今までにない忙しさだ。
しかし、問題は忙しいことじゃなかった。

映画、B・Jの仕事が本格的に始まってから、蓮は沈みがちだった。
それはほんの小さな変化、長年彼のマネージャーでなければ気づかない程の小さな変化だった。
表面上はなんら変わりなく、仕事に影響もでていない。
しかし、その小さな何かが積もり重なっていくことを見逃したくはない、と社は思う。
B・Jの仕事を受けるかどうかで随分と悩んでいた蓮。
過去になにがあったかなんて聞けるわけもないのだが、うっすらと想像することはできる。
ここ最近チラチラと見え始めた蓮の本当の姿。
キョーコと出会ってから現れ始めた蓮の一面は社にとって少々心臓に悪いものであったが、それでも「敦賀蓮」という仮面をはずした彼の姿を見られることはマネージャーとしては嬉しいことでもあった。
そしてあの一面が隠しておきたい本当の蓮の一部、すなわち蓮の過去の姿の一部であろうと。

誰にだって忘れたくても忘れられない過去はある。
たとえ他の誰もが許してくれたとしても、自分は自分を許せない、こと。
完璧主義な蓮の性格ならばその傾向は強いだろう。
若かったから、子供だったから、そう言い聞かせて瞬間忘れてみても消えることはなく、永遠に自分の奥底に潜むもの。
消せないものならばなんとか折り合いをつけて共に生きていくしかない。
日々の忙しさで紛らわさせて、見えないようにしていくだけだ。
B・Jの仕事は蓮にとって、その見たくない過去に抵触しているのだろう。
仕事とはいえ、思い出したくないことを全面的に思い出してやらなければいけないということは決して楽ではないはずだ。
しかし、こればかりは他人がどうこうしても助けられることでもない。
手助けできるのは「仕事」として見えている部分だけ。
そして後はうまく乗り越えていけるよう祈るだけだ。

(せめて忘れていられる時間を増やしてやりたいとは思うんだが……)

手帳にはさんである一枚のメモを取り出す。
それは同じ事務所に所属する彼の想い人の大雑把なスケジュール表。
タレント部の主任、椹に不信がられながらも聞き出したものだ。
何回見直してみたところで、うまい具合に事務所や他の現場などで出会う機会は見出せなかった。
忙しくて食事もろくにとってないんだ、相変わらず食べなくてね…強引に会わせるための口実はいくらでも作れるのだが、肝心の蓮の帰宅がここのところ深夜といっていい時間ばかりで、さすがにそんな時間に彼女を送り込むことはできない。
社でさえ、彼女の元気な姿が恋しいなぁと思う。
蓮ならばなおさらだろう。
これといった名案も思いつかず、そろそろ蓮の出番も終わりかな、と時計を見たところで携帯が震えた。
あわてて手袋をつけて携帯を手に取りディスプレイを見る。
着信、キョーコちゃん。

(!)

足音をさせないように、しかし高速で収録スタジオを出て、応答ボタンを押す。

「もしもし?」
『もしもし!お忙しいところすいません!最上です!』
「やぁキョーコちゃん!久しぶりだね~』
『お久しぶりです、社さん!…今大丈夫ですか?』
「大丈夫だよ~、どうしたのー」

いまが本番中でなければこのまま蓮に携帯を渡してしまいたいなぁ、いやいや、むしろ直接蓮に電話してやってよ、などと思っていると最初の挨拶からは随分トーンの落ちた感じでキョーコの言葉が続く。

『えっと…あの…ちょっと思ったんですけど…』
「ん?なになに?」
『敦賀さん、最近ちゃんと食べてらっしゃいますか?』
「え」
『なんかお痩せになったように…見えるんですけど…。今TVにでてらっしゃいますよね』
「そう…かなぁ?うーん、ずっと一緒にいるとそういう変化ってわかんないんだよねぇ」

でも確かに多少痩せていてもおかしくはないなと思う。
元々食をおろそかにしている奴だし、現状では食が進む要素が見つからない。
B・Jの仕事もある意味特殊で共演者にもB・Jを演じる俳優Xの正体を隠すためにいろいろと気を使い、手間がかかるため時間を食う。
マネージャーである社が近くにいちゃまずい場面も多いので別行動をしている時間も増え、ちゃんと食事をとっているか確認することさえままならないのだ。
キョーコの影響で蓮の食事に関してうるさくなった社だったが、その場にいないときはどうしようもない。

「…とにかく忙しくてねぇ。事務所には俺だけ行ったり、とか別行動も多いんだよ。あいつ一人だと食べてないかもね、何度行っても聞かないから」

だからキョーコちゃん、面倒見てやってくれないかな、と言いたいところを残念だが我慢する。
するとキョーコの方から、思っても見なかった提案が出された。

「えぇ!…でもそれキョーコちゃんが大変じゃない?」
『私なら全然平気です!…ていうか、ご迷惑になりませんかね…?』
「迷惑になるなんてありえないね!でも本当にいいの?」
「はい、大丈夫です!とりあえず明日、よろしくお願いしますね!』
「うん、じゃあね…時間は…」

キョーコからの電話を終えた後、出番を終えた蓮の元に戻るまでにやついた顔を元に戻すのに苦労する羽目になった。



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