ジェラシー─後編

2010年03月21日 09:44

ジェラシー─後編


地下駐車場は数多くの照明で明るくはあったが、人影はなく、しんと静まり返っていた。
そこへ足を踏み入れたキョーコは、すぐに居るだろうと思っていた蓮の姿が見えず、出入り口付近で立ち止まり少し迷っていたが、蓮の車を探す為歩き出そうとした瞬間、急に大きな手で後ろから口を塞がれ、そのまま真横に引っ張られた。
「!」
コンクリートの太い柱の影に引き込まれたキョーコの心臓は驚きと恐怖で破裂しそうな程強く脈打ったが、すぐにその手が誰のものか分かり、恐怖はすぐ消えた。
「つっ、るがさん…」
心臓を激しく鼓動させたまま、そっと口からはずされたその手を掴んで、キョーコは手の持ち主をその腕の中から見上げる。
柱で照明が影になり、俯き加減の蓮の表情はよく見えない。

「もう…すごくびっくりしましたよ?いつもこんな事ばっかり」
頬を膨らませ、蓮を非難するキョーコだったが、すぐに蓮の様子が少しおかしい事に気が付いた。
「ねぇキョーコ……」
「は、はい…?」
「あんな事よくあるの?」
「あんな事?」
「今日、収録見学させてもらったんだけど」
「あ、さっき社さんに聞き」
「キョーコが抱き上げられてた」
「……私、というより『坊』ですよ?」
「でもあいつは中身キョーコだって知っていたみたいだね」
「…………」

キョーコはさっきの彼との会話と社の言葉を思い出した。
(頑張ってねって……この事かしら……)
蓮から発せられるほの暗いオーラにキョーコは少し慌てる。

「あ、あの…ですね…」
「あぁ、キョーコを責めてるわけじゃないよ?」
「そ…うですか?」
しかし、キョーコを抱きしめたままの蓮からは、やはり冷んやりとした空気が漂っている。
「ただ……着ぐるみ着てるとき、ああいう事が…結構あるのかなって」
「あんな事、滅多にありませんよ。女性ゲストも多いですし、着ぐるみごと持ち上げるなんて事はそう簡単にはできません」
「あいつ、俺と同じくらいの身長あったよね」
「…………」
「俺もできるかな」
「で、できるのでは………」
「あぁ別に身長は関係ないか…スポーツ選手とかでもできそうだね……あの番組はそういうゲストも来るんじゃないの?」
「そ、それはそうですけど…だからってあんな事をする人は」
「いないとも限らない」

蓮はそう言うと急にキョーコを冷たいコンクリートの壁に押し付けるようにして抱き上げた。
冷やりとしたその硬い感触にキョーコが一瞬顔を歪めるのを見た蓮は、今度はキョーコを自分の肩に覆いかぶせるようにして抱き直すと、そのまま歩き出した。
「敦賀さんっ」
焦るキョーコの呼び掛けに答えず、蓮はキョーコを抱えたまま、近くにあった自分の車に向かって真っ直ぐ歩いていく。
そして到着するや否や、助手席のドアを開けてキョーコを乗せ、無理矢理自分も乗り込んだ。
「………っ」
抵抗する間もなく、座席に押し倒され、塞がれるキョーコの唇。
その熱さに眩暈を感じ、押し返そうとする手にも力が入らず、キョーコはされるがままになり、操られるかの様に蓮の動きに合わせてしまう。
長く激しい口付けが終わった後、蓮の唇は、少し息の荒いキョーコの首筋からその胸元へとゆっくりと移動していく。
そして唇と同じくらい熱を持った蓮の手が、キョーコの白い足を下から上へ強くなぞりながら持ち上げ押し曲げると、キョーコが履いていたスカートの裾が少し捲れていく。
キョーコの中にわずかに残った理性がそれを気にして、閉じていた目をうっすら開けると、車のドアが開かれたままなのが見えた。
その瞬間、ここがどんな場所なのかをキョーコは思い出す。
「つ、敦賀さん!駄目です!」
しかし、蓮の動きは止まるどころか、反対に煽られたかのように激しくなる。
「つる…がさ……」
抗う声を消すためのように再びキョーコの唇に戻った蓮の唇から漏れる熱い吐息。
足をなぞっていた蓮の手はキョーコの衣服の中へと侵入していた。
肌の上で蠢くその手から逃れようとキョーコが動いても車内の狭さがそれを阻み、抵抗する気持ちが返って反対の効果をキョーコの中にもたらし、小さく声まで上げてしまう。
そしてその声が蓮の動きに拍車をかける。
もう一度、キョーコの胸元に強引に顔を押し付けた蓮はキョーコの着ていたシャツの襟元を噛んでボタンを引き千切らんかの勢いで大きく開こうとする。
既に抵抗する力を失ったキョーコと、理性などとっくに飛ばしてしまっていた蓮の耳に、突然複数の人の話し声と足音が聞こえて来た。
時間が止まったかのように、ぴたりと動きを止める二人。
キョーコは思わず息を呑んだ。

「それでさー……
「ホントに?信じられねー…
「あははは……

駐車場内に反響する話し声と足音。
ゆっくりと移動するそれは、一瞬かなり二人に近づいたものの、止まることなく離れていった。
そして少し離れた場所から車のエンジンの音が響き渡り、しばらく続いた後、軽いタイヤの音とともに遠ざかっていった。

「…………」

再び辺りが静まり返った事を確認したキョーコは軽く溜息をつき、まだ自分の胸に顔を押し付けたままの蓮の髪に手を入れてくしゃくしゃとかき混ぜる。
「帰りましょう…?敦賀さん……」
火照った頬のまま、キョーコがやっとそう小さく呟くと、少し間をおいてから蓮もゆっくりと顔を上げた。
少し乱れた髪でぼんやりとキョーコの顔を見る蓮を見て、キョーコは思わず笑ってしまった。
そのキョーコの笑顔を見て、蓮はようやく正気を取り戻し「ご…めん…」と小さく言うと、ばつが悪そうにキョーコから目を逸らした。
そんな蓮を見て、なんだか無性に愛しくなったキョーコは今度は自分から蓮に抱きついた。
「キョ、キョーコ」
少し焦った様子の蓮に、にやついてしまう顔を隠すかのようにキョーコは蓮の首に巻きつきながら自分の顔をその胸に押し当てる。
「キョーコ、か、帰ろう…」
積極的なキョーコから離れるのを惜しいと思いつつも、なんとかキョーコの腕から脱け出した蓮は、車から降りて頭を冷やすかのように冷たい壁に両手をついて俯き、長い溜息を吐いた。
そしてなんとか冷静な自分を取り戻すと、運転席の乗り込み、後部座席に移動して服の乱れを直すキョーコをバックミラーでちらりと確認し、その完了を待ってからエンジンを始動させた。


次の日の朝、蓮のマンションで揃って寝坊した二人は大慌てで朝の支度をしていた。
「お弁当作る時間が…」
「ん、いいよ、今日は。……遅くなったの俺のせいだし」
「も、もう…ホントそうなんですからねっ」
少し赤くなりながら口を尖らせ文句を言うキョーコ。
そんなキョーコとは目を合わせないまま、そ知らぬ顔で蓮も着替えていた。
慌しく出掛ける準備をした二人が一緒に玄関を出た時、蓮の携帯が鳴った。
「あ、社さんかな」
そう言って携帯を取り出した蓮をキョーコが驚愕の眼差しで見た。
「つっ!つるがさん!!」
「ん?」
「なんですそれーーー!」
「それって?」
「そ、そ、そのストラップです!!!」
「これ?」
蓮の携帯には「坊」のストラップがひとつ、ぶらん、とぶら下がっていた。
「昨日、あの番組のスタッフさんに言ったら快くくれたよ。いいスタッフさんだった」
「あの番組のスタッフさんはいい人が多くて……じゃなくてですね!なんでそんなものつけてるんですっ!」
「かわいいじゃないか」
「かわいい…ですけど!!やーめーてーくーだーさーい!!直ちに撤去してください!」
「えー」
「えーじゃありません!!もう絶対やめてください!」
「でもなー…これの中身がキョーコだと思うと手放しにくいって言うか」
「いーやーでーすう!」
半泣きで訴えるキョーコから視線を逸らす蓮は本気で「坊」ストラップを使う気でいた。
鳴りっぱなしの携帯を蓮から奪おうとするキョーコを、蓮は高い身長を生かしてさらりと何度もかわし続ける。
「お願いですからはずして下さい!」
「こんなの誰でもつけてるじゃないか」
「つ、敦賀さんは駄目です!」
「なぜ?誰も気にしやしないよ」
「私が気にします!」

いつまで経っても降りてこず、携帯にもでない蓮に痺れを切らし、玄関前まで迎えに来た社はストラップについて揉める二人を見つけ、その会話を聞きながら、どちらにつくべきかを真剣に悩んでいた。




コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)