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ジェラシー─前編

2010年03月21日 09:39

ジェラシー─前編


その人物を見た時、一瞬だけキョーコの心臓が高鳴った。
しかし、すぐにキョーコの中にある"あの人"の詳細な体型データがそれを制御し、鼓動は収まっていく。

(同じなのは身長だけじゃないの……)

身長が同じというだけで、つい反応してしまう自分が少し恥ずかしい。
すぐに仕事モードの自分を取り戻し、いつものようにおどけた動作をしてみせる。
着ぐるみを着る仕事ももう長い。
最初は嫌だったこの仕事もすっかり愛着が沸いてしまっていた。

「あはは、かわいいですよね~これ」

「やっぱきまぐれロック」の今回のゲストはモデル出身の男性。
金髪に近い位明るい色の髪をした彼は、容姿がいいのは勿論の事、頭の回転も速く、軽快で面白いそのトークが受けて近頃人気急上昇中だった。

「ずっと会いたいと思っていたんですよ~」

彼はそう言って「坊」の頭をバフバフと叩く。
そして坊の手を取り、一緒にワルツでも踊るような仕草をし始めた。

(わっ、なんだかノリのいい人ね…)

そんな彼の動きに遅れまいと、必死であわせるキョーコ。
散々踊らされた「坊」が疲れきって、思わず床に突っ伏すとスタジオ内に軽く笑い声が起きる。

「ごめんごめん!つい楽しくって」

ひざまづく「坊」に手を差し伸べる彼。
疲れながらも、その手をとった「坊」をぐいっと引っ張って立ち上がらせた彼は、着ぐるみごと「坊」のキョーコを両手で抱えて持ち上げた。

(きゃ!うそっ!)

焦ってジタバタするキョーコ。
それでも鳥っぽい動きを崩さないところは仕事に真面目なキョーコの意地だった。
それを見て笑いながらも強く抱きしめ続ける本日のゲスト。

「わっ!すごいですね、よく持ち上げられますね~意外に力持ちなんですね!」
「いや~うちの大事な坊、いじめないで下さいよ~」

笑いながらも、少し焦りながらブリッジ・ロックのメンバーが助け舟をだした。

「いじめるなんてとんでもない。かわいいから持って帰りたいな」
「勘弁してくださいよ~、もう一番人気なんですよ、彼は」
「そうそう、俺らより人気あるんですよ、困った事に」
「あはは、気持ちわかるなぁ~ぬいぐるみとか何かありませんか?」
「ありますよー、ストラップとかどうですか?」
「あ、いいですねーそれ」

光が差し出した「坊」のストラップに反応した彼は、ようやくキョーコを解放し、再びトーク中に座るよう決められていたセット内の椅子に座った。
内心動揺しまくりだったキョーコだったが、すぐさま心を落ち着けて何気ない風にセット内の目立たない場所に大人しく立った。
「坊」についてのトークが白熱し、ブリッジのメンバーはスタッフから渡される「坊」グッズを次々と出す。

(うそ、そんなにあるの)

ストラップとぬいぐるみまでは知っていたキョーコだったが、そのぬいぐるみも予想以上の種類数があり、ボールペンやらタオルまで出てきて少し驚いた。
嬉しそうにそれを全部抱える今日のゲストの彼を眺めながら、自分も後で貰おうかな…などとキョーコはのんびりと考えていた。


(ふー…なんだか今日は疲れたわ…)

収録を終え、私服に着替えたキョーコはTV局の地下駐車場へと向かっていた。
さっき確認した携帯には、蓮からのメールがあり、仕事が予定通り終わったことを知らせていた。

(予定通り終わったのね。ふふ…)

今日の蓮の仕事は終わりが比較的早い時間だったので、キョーコの仕事が終わる頃に迎えに来てくれるという話になっていた。
今日は一緒に帰れるなぁなどと少し浮かれ気味に歩くキョーコの前にさっきのゲストの彼がいた。
挨拶しようかと思ったキョーコだったが、中身が自分だとはわからないわよね、と思い、その動きを止めた時
「やぁー、お疲れ様!」
と、彼の方から気さくに声を掛けてきた。
「おっ、お疲れ様でした!」
思わず挨拶を返し、お辞儀をするキョーコだったが、なぜ普通に彼から挨拶されるのかがわからず混乱する。
「あはは、驚いた?収録前に見かけたんだよ。頭脱いだ状態でスタッフさんと何か話していたでしょ?」
「あっ…そ、そうでしたか」
「中身が君みたいな女の子だなんて知らなかったなぁ。『坊』は前から好きだったけど、もっと好きになれたよ」
そう言って、彼はキョーコに人懐こい笑顔を見せる。
「そう…ですか…?」
中身が自分である事が「坊」にどう影響したのかいまいちわからないキョーコは曖昧に返事を返す。
ここはお礼を言うべきなのかしら……キョーコがそう考えていた時
「ねぇこれからまだ仕事あるの?それとも空いてる?」
と、突然予定を聞かれてキョーコは一瞬ポカンとした。
しかし、すぐに蓮との約束を思い出し
「いえ、今日はまだちょっと予定がありますから」
と、はっきり答える。
だが、彼はまだ引き下がらない。
「こんな時間から仕事?」
「えっ…えっと、そ、そうなんです」
嘘のつけないキョーコの性格が少し災いした。
「あー、怪しいなぁ~。本当は空いてるんじゃない?どう、これからちょっとご飯でも」
いつも蓮がそうするように、上半身を傾けてキョーコに顔を近づけそう言う彼に少したじろいでしまったキョーコの耳に
「キョーコちゃん」
聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「社さん!」
声がした方を振り返ったキョーコは社の姿を認めて安堵し、その方向へ向かおうとしたが、その腕を彼は手でそっと押さえて引きとめた。
「誰?君のマネージャーさん?」
「あっ、えっと違うんですけど同じ事務所の方で」
急に彼に触れられて驚き戸惑うキョーコに
「キョーコちゃん、事務所行くでしょう?一緒に行こう」
社がそう言いながら近づいてきた。
そして、男が触っているキョーコの腕をそれから離す様にそっと引くと「じゃあ失礼しますよ」と事務的に挨拶をしてキョーコを連れて歩き出した。
「し、失礼します!お疲れ様でした」
後ろを振り返りながらキョーコも彼に軽いお辞儀と挨拶をして、社と共にその場から離れていった。

(あーなんかびっくりした…)
初対面も同然の人間にあんな風に接された事のなかったキョーコは妙に押しの強かったさっきの彼を思い出しながら少しドキドキしていた。
フレンドリーというか、愛想がいいというか、番組収録の時と普段もあまり変わらない人なのねぇなどと考えていたが、横を歩く社を見て、蓮と一緒にいると思っていた社が一人でいた事を疑問に思った。
「社さん、一人ですか?……敦賀さんは?」
「たった今までいたけど……先に駐車場に追いやっておいたから」
「へ」
社の視線は少し宙を浮いている。
そしてそのまま
「さっきの人は今日のきまぐれロックのゲストの人だよね」
と、キョーコに聞いてきた。
「えっ、そうですけど…あれ、なぜご存知なんですか?」
「ちょっとさ、予定より早くここに着いたんだ。それで収録を見学させて貰ってたんだけど…」
「え!そうなんですか!気が付かなかったです~なんだかちょっと恥ずかしいんですが」
「坊」の中身が自分である事は既に社にも知られているのだが、その仕事振りを見られるのはちょっと照れくさいなぁとキョーコ思っていると、社は急にぴたりと足を止めた。
そして真面目な顔でキョーコに向き直り、ゆっくりと口を開く。
「蓮とね、二人で見学していたんだ」
重大な秘密でも告白するかのような真剣な社の表情にキョーコは戸惑う。
「あ、あの……?」
「さっきの会話も聞こえていたよ…?危ない危ない」
「あ、危ない…?」
状況がうまく理解できないキョーコがオロオロとしている横で、社は軽く溜息をつき頭を振る。
そして、駐車場で蓮が待っている事をキョーコに伝えると
「俺はここから一人で帰るから……キョーコちゃん頑張ってね?」
と、言って軽く手を上げ、そそくさと行ってしまった。
「社さん…?」
そんな社を呆然と見送り、その場に立ち尽くすキョーコ。
しかし、いつまでもそのままでいるわけにも行かず、とりあえず蓮の待つ地下駐車場へと足を向けた。





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