Memory─後編

2010年03月17日 10:52

Memory─後編


検査の結果に何の問題も無く、次の日に無事退院したキョーコはその後、通常通りに日々を過ごしていた。
久々に早く帰れるから、という蓮のマンションでその帰りを待っている間、キョーコは新しい携帯の取扱説明書を読んでいた。

(なんだか…予想より高機能というか、これって最新機種よね?…前と同じものが来ると思ってたのに)

キョーコにこれを渡す時の椹の顔が何か言いたげなのが少し気にかかっていたが、とりあえず渡されたそれをちゃんと使いこなそうと思っていた。
電話とは思えない機能をどう使うのか悩んだり、高画質なカメラの性能を確かめるため部屋の中の写真を撮ったりなどして遊んでいたが、ふと思い出しバッグから壊れてしまった古い携帯も取り出した。
それをテーブルにそれを置き、見つめながらしばらく考え込んだ。

(電話の事で…何かあったと思うのよね……)

蓮に相談するかどうか、悩んでいた事があったはず。
しかし、何度思い出そうとしてもキョーコはそれが思い出せない。

(敦賀さんに相談するかどうか、悩んでいた事は思い出したんだけど…その内容がさっぱり思い出せないのよね…)

もしかして事故の後遺症かも、と思うと、キョーコは不安になった。
新しい携帯と古い携帯、二つをテーブルに並べて置き、なんとか思い出そうとキョーコは難しい顔で腕組みをして考え込んでいた。
ふいに、新しい方の携帯が鳴った。
急いでそれを手に取り、電話に出たキョーコの耳に「ただいま」という声が二重に聞えて来た。
電話からではない声がした方を振り返ると、携帯を手にした蓮が笑いながら立っていた。
「おっ、おかえりなさい!」
電話を耳に当てたまま、キョーコが慌ててそう言うと、くすくすと笑いながら蓮は電話を切った。
「あれ…」
蓮が手にしていた携帯は───色も形もキョーコと同じもの。

「敦賀さんも…携帯変えたんですか?」
「うん」
「あっ、もしかしてこれ、事務所の携帯じゃないんじゃ」
「いやー事務所の携帯だよ?番号も前と一緒でしょ?…せっかくだから俺も変えようかなと思って」
「はぁ…」

なんだかあやしい…とキョーコは思ったが、満足気に微笑む蓮に、何を言ってもきっと無駄ね、と考えとりあえずは黙っておいた。
事務所内だけだとしても、これを持っているのはもしかしたら自分達だけ?と思うと嬉しくない事もなかった。
新しい携帯をじっと見るキョーコの横で、蓮はテーブルの上に置かれた壊れた携帯に気が付いた。
「ん、まだ持ってたのそれ」
キョーコの壊れた携帯は、事故の事を思い出させ、蓮の心臓に悪かった。
「あー…ちょっとですね…」
その携帯を持っているのにはいろいろ理由があったキョーコだったが、さっきから気にかけているその内のひとつはやはり思い出せていないままだった。

(さすがにこれは敦賀さんにもわからないわよねぇ…)

しかし、どうしても思い出せないという事が頭の中に靄がかかっているかの様でどうにも落ち着かない。
そこで思い切って、蓮に協力を仰ぐべく、キョーコは忘れてしまったという事を蓮に話してみた。

「電話の事で俺に相談…?」
「はぁ……そう思っていたんですけど、何を相談しようと思ったのかを忘れてしまって……」
「うーん」

さすがの蓮にもその内容は推し量れなかった。

テーブルに置かれたキョーコの壊れた携帯を前に、二人揃ってソファに座りながら腕組みをして考え込んでいる時、新しいキョーコの携帯がまた鳴りだした。
突然の着信音に二人で同時に驚いて、慌てたキョーコが携帯を確かめると「非通知」の文字。

「あれ…こんな時間に椹さんからですかね…」

変な時間にかけて来たな、と少し疑問に思った蓮の目の前でキョーコはその電話に出たが、そのとたんに目を丸くして驚きの表情になった。
しばらくそのままの状態のキョーコだったが、やがて目が据わり、険しい表情へと変わる。

「キョーコ?」

蓮の呼びかけに気づいたキョーコは、急に蓮の方に向き、神社へ何かを奉納するかのような恭しい動作で、携帯を両手で奉げるように蓮に差し出した。

「?」

そんなキョーコの様子を不審がりながらも、蓮は差し出された、まだ通話中と思われるキョーコの携帯を手に取り、おずおずと耳に当てる。

『オイ!キョーコ!聞いてんのかよ!』

蓮の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んで来た。

「…………」
『オイってば!』
「もしもし……何の用だ?」
『げっ!なんでオメーが出るんだよ』
「なんでって、ここは俺の部屋だからね」
『そ、そんなの関係ねーだろ!携帯なんだからよっ』
「関係あるね。切るぞ、電話なんかしてくるんじゃない」

そう言うと、蓮はなんの躊躇いも無く通話終了のボタンを押した。

「これ…?」
「多分これですね」

蓮とキョーコは二人同時に溜息をついた。

「番号…どこから漏れたのかな」
「んー…おそらくは麻生さんからかなぁと」
「麻生さん?」
「緒方監督の幼馴染の音楽プロデューサーの方です」
「あー…前に緒方監督が倒れた時の」
「そうです。教えないで下さいとは言ってあるんですが、アイツが勝手に盗み見たとか、そういう可能性がありますね」
「なるほどねぇ…」

非通知でかけて来る辺り、少々面倒だな、と蓮は思い
「どうする?番号変える?」
と、キョーコに聞いてみた。
するとキョーコは再び少し溜息をついた。

「そういう話になるのかなぁって思ったんです……」
「ん、変えるのは嫌?…まぁ少し手間はかかるけど」

キョーコが携帯番号を教えているだろうと思われる人物について、蓮が少し頭を巡らせていると、キョーコは

「あー…違うんです、別に手間がかかるのが嫌なのではなくてですね…」

そう言って、古い、壊れた携帯の方を手に取った。

「本当はですね、これも変えたくなかったんです。でもまぁ壊れちゃいましたしね…」
「そんなに愛着あるんだ、それに」
「だって…これは…初めて敦賀さんに電話したり…メールしたりした電話ですし…」
「え」
「番号だってそうです…そりゃただのデータなんですけどね…想い出が一杯といいますか…」
「…………」
「それをアイツのせいで変えるのは嫌だなぁって思ったんですよ」

もう古くなってしまった機種でも、ただの数字の羅列でも、データの中身が移動できたとしても、その携帯電話そのものがキョーコにとっては大事なものになっていた。
少ししんみりして壊れた携帯を眺めていたキョーコは、蓮が身体全体を横に向けて自分から顔を背けているのに気が付いた。

「あっ、つまらない事を気にしてるって思ってますね!」
「……思ってないよ……」
「嘘です~!絶対そう思って笑ってるんです!」

そう言って詰め寄るキョーコを避けるように、蓮は顔を背けたまま、這うようにしてじわじわとソファから離れ、部屋の隅へ移動する。

「笑ってますね!」
「……笑ってないよ……ホントに…」
「じゃなんで顔を背けるんですっ」
「ホントに笑ってない……もう勘弁して……」

小さな声でそう呟いた蓮はそのままずるずると床を這うように移動し、寝室の扉を開けて中に入って行き、扉を閉めてしまった。
キョーコはそんな蓮の様子に少し呆れながらも「どうせ変な事にこだわる女ですよっ」などと言ってリビングで一人プリプリと怒っていた。

寝室では、天然さを最大に生かしたキョーコの不意打ちのような強烈な愛のメッセージにやられた蓮が顔に熱を帯びた状態で行き倒れのように床に突っ伏していた。


結局、多少のわずらわしさよりも蓮との想い出を選択したキョーコは、時折電話で怒鳴り声をあげる事が多くなってしまっていた。
それでも、携帯を変える前と比べて格段に増えた、返信も必要ないような他愛無い蓮からのメールに顔を綻ばせている回数も増えていた。

壊れた携帯は、まだキョーコの部屋の奥に大事に仕舞い込まれている。




コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)