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Memory─前編

2010年03月17日 10:50

Memory─前編



(どうしよう…これは敦賀さんに言った方がいいかな……)

携帯を片手に、キョーコは帰り道を急いでいた。
もう家に帰るだけで特別な用事もないのだが、予定が少し押して時間が遅くなった事と、いつもの蓮からの電話は家で受けたいという思いがその歩みを早くしていた。
歩行者用信号の赤がその足を止める。
キョーコは自分の携帯をじっと見つめていた。

(隠す必要もないし、むしろ相談に乗ってもらいたい位……でもどうしようかな……)

少し型遅れとなってしまった、事務所から渡されている携帯電話。
手に握り締めたまま、じっと見つめ続けていたそれが、急に震えた。

(あっ……)

「も、もしもし?」
『キョーコ?俺だけど』
「敦賀さん…お疲れ様ですっ……今日は早いですね?」

蓮の声を聞いて、少しほっとし、どうしても顔が緩んでしまう。
周りの雑踏の音のせいでどうしても声が聞き取りにくい。
蓮からのいつもの電話は大事にしたいと思うキョーコは少し強めに携帯を耳に当て、その声を漏れなく聞き取ろうとした。

『ちょっと立て込んでいてね…今しか電話できなさそうだったから』

人の行きかう音とざわめきが電話の向こうから聞こえた。
近くで社の冷やかすような声もしたような気がする。
その様子を想像してキョーコは思わず小さく吹き出した。

「お忙しそうですね…今日も遅くなりそうなんですか?」

そう答えながら、一緒に信号を待っていた人が前を歩いていく姿が目に入った。
立ち止まったまま電話をしているキョーコを少し避けながら、歩いていく人々。
信号が青になっている事に気が付いたキョーコは、その神経を携帯に集中したまま一人出遅れ気味に歩き始めた。

『うん、もうちょっとかかるかな…だから今日は早めに』

(敦賀さん、ここのところ毎日忙しいわよね……さっきの事を相談するのはもっと時間のある時に……)

そう考えたキョーコは今度は忙しい蓮の体調が気にかかり、それを気に掛ける言葉とおやすみの挨拶をしようとした。
そして電話に夢中で、速いスピードで左折してくる車には気が付いていなかった。



「だから今日は早めに」

そこまで言ったところで蓮は急に電話が切断されたことに気が付いた。

(あれ…?)

電話からはなんの音もしない。

(おかしいな…電波の状態が悪いのか?)

一度、切ってからもう一度掛けなおす。
しかし、次に聞こえたのは電源が入っていない事を告げる無機質な女性の声。

(充電切れ…にしては急だな……外だったみたいだし落としたとか…かな…)

少しの間、折り返しの電話を待っていたが、携帯電話は沈黙を守ったままだった。
携帯をじっと見たまま動かない蓮を不審に思った社が声をかけてくる。

「どうした?」
「いや…急に切れちゃいましてね…まぁまた後でかけ直します」

しかし次に電話できるタイミングがあるかどうか、時間的に不明瞭だった。
中途半端に終わった会話を少し残念に思う蓮だったが、後で留守電が入るかもしれないな、そう考えてとりあえず仕事に戻る事にした。



「OKです!お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした」

数時間後、仕事を終えた蓮に「おつかれさん」と声をかける社から、蓮は預けていた自分の荷物を受け取ると即、携帯を取り出した。
しかし携帯には着信履歴もなかった。

「…………」

キョーコらしくないな、と思った蓮の中に少しだけ不安が沸く。

(いや、でも携帯が壊れた…とかかもしれないじゃないか……)

携帯を握ったまま、再び立ち尽くしてしまった自分に気づき、蓮は慌てて横にいる社にの方を向いた。

「あ、すいません。帰りますか」
「うん」

携帯ばかり気にして、社にからかわれるかと思った蓮だったが、社は何も言わないまま普通に──些か神妙な顔で一緒に歩き出す。

「……どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ。とりあえず行こう」

とりあえず?

社の様子がおかしい事に気が付いた蓮はその理由を聞きたかったが、社はそれを拒絶するように真っ直ぐ前を向いたまま足早に歩いていく。
それを追う形で蓮も後に続き、二人の間には特に会話もないまま控え室へと戻る。
蓮が帰り支度をしている間、社は控え室の外でそれを待っていた。
そうして、少し妙な雰囲気のまま、二人は帰宅するために蓮の車へと辿り着いた。

助手席に乗り込んだ社は、自分を少し訝しげに見てくる蓮と目線を合わせないまま、
「帰る前にさ、寄りたいところがあるんだ」
と、突然言い出した。
「寄りたいところですか?……これから?」
時刻を確かめればもう午前2時。
こんな時間にどこへ、と思う蓮に
「いいから、やってくれ。俺が道順言うからさ」
社は相変わらず真っ直ぐ前を向いたままで、蓮に車を出すように促す。
その様子に、今何を聞いても答えが得られないことを悟った蓮は黙って車を動かした。
機械のように従順に、社の言うとおりに蓮が車を進め、到着したのは都内の大きな病院。

(なんで……こんな所に……)

こんな風に社が強引に自分をここに連れてきたということは、それなりの理由があるはずで…。
考えたくない嫌な考えにハンドルを操作する手が少し震える。
それでも何とか平静を保ったまま、空いていた駐車スペースに車を停車させ、蓮は車を降りた。
そして、同じように降りた社と車体を挟んだ状態で、無言のままその言葉を待つために社を凝視していた。
社はようやくそんな蓮と目を合わせると
「……キョーコちゃんが交通事故にあったんだって。今ここにいるから」
抑揚の無い声でそう言った。

「………」

声も出せないまま、真っ青な顔で立ち尽くす蓮を見て社は軽く溜息をついた。

「あーもう、やっぱりな、絶対死にそうな顔すると思ったんだよな……大丈夫だよ、軽い怪我程度らしいから」
「なっ……だったら先にそう言って」
「キョーコちゃんが事故にあったなんて言ったらお前すごい勢いで運転してここに来そうじゃないか。お前まで事故ったら洒落にならん」
「そっ、それはそうですけど…」

確かにそうならない自信はないな…と思った蓮は、車体に覆いかぶさるようにして長い溜息をついた。

「それにしたって……もっとうまく教えてくれたっていいじゃないですか…」
「まぁそうなんだけど、時間も時間だし、説明してるより早くここに着いたほうがいいんじゃないかと思ってね」
「………」
「動揺するお前を宥めて、危ない運転で事故りそうになるよりはスマートな方法だろ?」

しれっとした顔でそう言う社を恨めしげな目で見る蓮。
しかし社はそんな蓮を気にも留めない様子で「ほら、こっちこっち」と病院の夜間出入り口へと誘導した。
いろいろと文句を言いたい蓮だったが、そんな社の様子からキョーコの怪我の程度は軽いのだなと思い、少しだけ安堵して社の後に続く。
それでも足を踏み入れた病院の、その特有の匂いと雰囲気に少しずつ不安が増加する。

(本当に……大丈夫なんだろうな……)

気が急いて早くなる歩行速度を抑えながら向かった先に、椹の姿が見えた。

「お、来たな。こっちだよ」

蓮と社の姿を認めると、椹が軽く手をあげて二人を呼んだ。

「ついさっきまでだるまやの女将さんがいたんだけど…あ、最上くんなら大丈夫、大した怪我じゃないから」
「どんな怪我……なんですか」
「擦り傷と、あとちょっと頭をうったらしいから一応明日精密検査はするみたいだ。まぁ万が一があるからね」
「…………」
「車の方が、前をよく見ないまま左折して横断歩道に突っ込んで来たらしい。まったく危ないよなぁ、よかったよ大した事無くて」
「キョーコちゃんは今…?」
うまく言葉が発せない蓮の代わりに社が聞いた。
「起きてるよ。顔見せてやれよ」

椹に指差された病室の扉をそっと開け、二人が病室に入ると、予想よりも元気なキョーコの声が聞こえた。

「敦賀さんに社さん!……すいません、こんな時間に…ご心配おかけしたでしょうか」

二人の姿を見てベッドの上にいたキョーコは恐縮し、上半身だけ起こして少し焦ったようにそう言った。
そのキョーコの声を聞き、白いガーゼや包帯で痛々しいながらも元気に動く姿を見て、蓮は長い溜息をつきながら思わずその場にしゃがみ込んでしまった。

「つ、敦賀さん」
「本当に……びっくりしたよ……」
「大丈夫?キョーコちゃん」
「大丈夫です、ちょっとあちこち擦り剥いちゃったのと、頭痛いかな…たんこぶできたかも」
「あー…痛そうだなぁ…でもよかったよ、骨折したりとかそういうのはないよね」
「はい、大丈夫です」

キョーコと社の会話を聞きながら、なんとか立ち上がった蓮はベッド横の小さなテーブルにキョーコの荷物が置いてあるのを目にした。
そこにあった携帯電話はわずかに変形し、ディスプレイの部分が細かくひび割れていた。
それを見た蓮の背筋が寒くなる。

「け、携帯…が、私の代わりに轢かれてくれたんですよっ!お陰で私は元気で…」

蓮との通話中に轢かれかけた、とは知られたくなかったキョーコはそんな蓮の様子に気がつき、慌ててそう言って話を違う方向に持っていこうとしたが、既に手遅れで、蓮の顔色がみるみるうちに悪くなった。

「あー携帯壊れちゃった?新しいの用意するよ」

いつの間にか病室に入ってきていた椹がそう言った。

「す、すいません…いろいろご迷惑を」
「いいからいいから、とにかく無事でなによりだよ。明日は仕事入ってなかったね。ちゃんと検査して安静にしててくれよ~」
「は、はい!」
「じゃ、俺帰るね。最上さん、検査結果とか教えてちょうだいね」
「本当にどうもすいませんでしたっ」
何度も頭を下げ、病室から出て行く椹を見送ったキョーコに、社も
「じゃー俺も帰るからね。キョーコちゃん大事にしてね」
そう言ってから、横に立つ蓮を見た。
「俺はタクシーで帰るから……蓮、お前も適当なところで…帰れよ?」
少しだけ遊びモードを滲ませながらそう言う社に、蓮は目を合わせないように病室の天井を見上げながら
「はい…わかりました」
と、まったく心がこもっていない返事を返した。
そんな蓮を見て、少し苦笑いをしながら社はキョーコに別れの挨拶をして病室を出て行った。

病室に一人残った蓮は、徐に傍にあった一人掛けのソファに座り込んだ。

「敦賀さん…」
「ん?」
「すいませんでした…こんな時間に。もう時間かなり遅いです…早くお帰りになって休まれないと」
「今から家に帰っても眠れそうにないし…眠れてもほんの少しだなぁ。俺の事は気にしないでキョーコこそ早く休んで?」
「へっ」
「俺は適当にこの辺で休んでく」
「え!この辺って!……駄目ですよ、ちゃんと休まないと!」
「平気、平気。ここで十分休めるから」

ソファに深く座りながら腕を組み、うたた寝するようにして蓮は目を閉じた。
蓮のその姿を見たキョーコは慌てて
「駄目ですっ!そんな所でそんな状態じゃ休めません!……そうだ、ベッドどうぞ!私がそっちへ行きます!」
と、無意識のうちに、蓮を家に帰す、という選択肢をあっという間に捨てて無茶を言い出した。
「……何言ってるんだ。病人のベッド奪う奴なんていないよ」
「でもっ大した怪我じゃないんです!」
「駄目ったら駄目。……うーん、そうだね、床にでも転がるかな、なにか敷くものでもあれば」
「床だなんて!そ、そんなこと許可できません!私ならそのソファでも横になれます!やっぱり敦賀さんがこちらで」
「だから駄目だって。俺は適当にやるからキョーコはちゃんと休まないと」
「で、でも…」
「ん?なんなら一緒に寝る?」
「なっ」
たちまち真っ赤になって黙るキョーコを見て蓮は少し意地悪な微笑みを浮かべると、立ち上がり、傷のないキョーコの手をそっと掴んだ。
「つっ、敦賀さん」
益々赤くなるキョーコに、今度はいつもの穏やかで優しい笑顔を向ける。
「本当に俺の事は気にしなくていいから……それと電話もね」
「えっ」
「無理に急いで出なくてもいい。落ち着いてる時に留守電でもメールでも、着信を残してくれるだけでもいいいんだ」
そう言って、ゆっくりとひざまづくと手にしていたキョーコの手に顔を寄せ、その甲にキスをした。
「…………っ」
蓮の、その一連の優雅な動作にすっかり舞い上がってしまったキョーコは顔を真っ赤にしたまま、倒れこむようにベッドに横になった。
大人しくなったキョーコを確認すると、蓮は静かに微笑み、再びソファに座り込んだ。
それでもまだそんな蓮の様子を気にするキョーコに気づき、病室にもうひとつあった同じソファを動かして自分の前に置き、行儀が悪いな、と思いつつそれに足を乗せた。
「これなら大分楽だよ」
「……そう…ですか?」
そう呟きあった二人はやがて目を閉じ、病室はしばし静けさに覆われた。

まだ少し暗い早朝、社は蓮に連絡することもせずに、キョーコのいる病院に来ていた。
同じ場所に停まったままの蓮の車を確認すると(やっぱりな…)と、心の中で呟き、キョーコの病室へ向かう。
蓮を帰宅させ、身支度させる時間を計算して、ギリギリまで病室の外で待ち、予定時間が来た所でそっと扉を開ける。
ベッドで眠るキョーコの横で、ソファに足を投げ出して少し窮屈そうに眠る蓮の姿を見てにやけた社は、そんな顔を隠さないままに一旦外に出て閉めた扉を大きくノックした。





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