灰かぶり

2010年03月14日 13:10

ほのぼの(当社比)メルヘンシリーズ。


どこかで聞き覚えのあるような、でもなにか違うような不思議な鳴き声にキョーコは目を覚ました。
ぼんやりとしたまま時間を確認するとまだ午前5時を過ぎたばかり。
もう一度眠ろうとしたが、ベランダから聞こえるその鳴き声にどうにも眠れなくなってしまった。
「…ん…もう…」
キングサイズのベッドからゆっくりと起き、立ち上がると覚束ない足取りで窓際に向かう。
カーテンの隙間からそっと覗くと、真っ白な鳩が二羽、ベランダの手摺にとまっていた。

「わ…白~い」
キョーコが公園などで見かける鳩は全部灰色で、真っ白な鳩はあまり見たことがなかった。
突然起こされた事への不満も消え、少しわくわくしながら、くるる…と喉を震わせて鳴くその様子をしばらく眺めていた。

二羽は輪唱するかのようにいつまでも激しく鳴いていた。
(なにか意味があるのかしら…?)
うっすらと赤く染まる早朝の空。
その中で鳴き続ける二羽の白い鳩の姿はなんだか不思議で、キョーコはしばらく見とれていた。
「んー…さむっ」
上半身に蓮のシャツを着ただけのキョーコは窓の外からの寒気を感じ、ぶるっと肌を震わせた。
両足を摺り寄せた時に触れたのか、カーテンに包まっていたキョーコの踵にぴりっとした痛みが走る。
(んー…まだ痛いな…)
先日買った新しい靴が合わず、キョーコは靴擦れを起こしていた。
傷の具合を見るために軽く足をあげて振り返った時、また鳩の鳴き声が響き、急にお伽話の一説を思い出した。

ふりかえってみてごらん
靴の中は血でいっぱい
靴が小さすぎるんだ
本当の花嫁はまだ───

(…………!)

深夜や早朝にはいまだ心を暗くするマイナス思考が顔を出す。
キョーコは頭を振ってすぐさまそれを否定する。
(いつも暗い考えになるのはもう癖ね…直さないと!)
再びベランダにいる鳩に視線をやる。
その鳴き声を聞きながら、そのお伽話の続きを思い出す。

ふりかえってみてごらん
もう靴の中に血はないよ
本当の花嫁がつれられていくよ

「よしOK!」

小さく、でも自分に言い聞かせるように強くそう呟くと、カーテンを締め切り、再びベッドへ戻る。
(王子様はちゃんと…ここにいるんだから…)
まだ眠る蓮を起こさないようにそっとベッドに潜り込む。
温もりが恋しくて、もぞもぞと少しずつ動いて近づいていく。
キョーコの方を向いて静かに眠る蓮の顔を、近くで見ようと自分の顔をそうっと近づけた時。

「なにがOKなの?」

そう言って突然、蓮の瞳が開いた。
「ひゃっ!」
驚いたキョーコは思わず仰け反り離れようとしたが、いつの間にか蓮はキョーコの腕を掴んでいて離れるどころか引き寄せられてしまった。
少し頬を紅潮させて慌てるキョーコの様子を見て、蓮はくすくすと笑った。

「も、もう!寝たふりですかっ!驚かさないでくださいっ」
「はは…なんかへんな鳴き声で目が覚めたよ…何かな」
「…鳩ですよ。ベランダに鳩がいたんです」
「へぇ」
「……まだ時間早いです。もう少し眠りましょう?」
キョーコはそう言って横になろうとしたが
「で…何がOKだったの?」
「えっ」
さっきの呟きを蓮に聞かれていた事にようやく気づいたキョーコは少し動揺する。
「た、大したことじゃないですよ?」
「隠し事は…」
「隠し事なんていうレベルの話でもないですし、もう解決してるからいいんです!」
「へぇ…」
「これ以上はプ、プライバシーの侵害ですっ」
「プライバシーねぇ」
「そっ、そうです!」
「もちろん……尊重するよ?」
蓮はそう言って、早朝から似非紳士スマイルを発動させた。
突き刺さるその笑顔にやられてキョーコが固まっていると、蓮の手がキョーコの足にすうっとのびてきた。
「きゃ…」
「尊重するから……キョーコから言ってくれるのを待つよ」
「なっなっ」
「俺は欲深いからね……キョーコの事ならなんでも知っておきたい」
瞼に、頬に、唇に、次々と落とされるキス。
熱い手の平が、キョーコの冷えた太股を這い上がる。
結局キョーコは根負けして最初から全て話す事になった。

「シンデレラのお話を思い出しただけです」
「シンデレラ……鳩で?」
「そうです」
「鳩なんて出てきたかな」
「元々のお話は魔法使いじゃなくて、木…というか鳩が助けてくれるんです」
「へぇぇ」
「王子様は最初はガラスの靴をはいたお義姉さんの方を城に連れていきそうになって」
「え、お義姉さんガラスの靴はけたの?」
「えーっとその…足の指とか踵を切り落として無理矢理……」
「…そりゃすごい根性だね」
「こ、根性って」
「で?」
「で、鳩が靴から血が出てるよって王子様に教えてくれるんですよ」
「………へー」
「で、もう一度戻って今度はちゃんとガラスの靴をはいたシンデレラを連れてお城へ帰るんです」
「なるほどね」
蓮はそこまで聞くと、急に起き上がってキョーコの足を持ち上げた。
「きゃ!」
「靴擦れ、まだ痛い?」
「あっ、えっとー」
「足が痛くて…自分がお義姉さんのような気がしたね?」
「…………」
ここまでの話でそこまでわかるなんて、とキョーコは少し目を逸らしながら蓮の鋭さに舌を巻く。
「……でも、ちゃんと違うって思い直しましたからっ」
「それでOKなわけだ」
「はい…」

キョーコの話を聞き終ると、蓮は再びベッドで仰向けになり腕組みをして考え込んだ。
「……なんか納得いかないんだよね…シンデレラ」
「へっ?な、なにがですか」
「王子様が気に入らない」
「はぁ……」
「なぜ靴持ってなきゃダメなのかなって」
「えっ…」
「好きな女の子探すのに靴なんて必要ないよ?」
「えー…でもガラスの靴が…いいんじゃないですか」
「俺ならすぐに街中家捜しするね」
「家捜しって…なんだか夢がありません」
「夢より愛だよ?」
「夢があってこその愛ですっ」
「うーん、じゃあガラスの靴は採用してあげる」
「採用ですか…」
「口実にはなるかな。とにかく街中の人全員をひっぱりだして靴の前に並べるね」
「でもシンデレラはみすぼらしい格好で」
「格好なんて関係ないんだよね。俺なら見たらすぐわかるね」
「……着ぐるみ着てるかもしれませんよ?」
「きっ、着ぐるみなんて……着ていたら靴履けないじゃないか」
「下だけ脱げば履けるかも」
「なんでそんな不自然な格好でいようとするんだ!下も脱いだら上も脱いでもらう!」
「結局、ガラスの靴頼りじゃないですか~」
「ガ、ガラスの靴は採用したじゃないか」
「さっきは靴なんて要らないって言ったのに~」

ありえない仮定の話で延々と二人が議論しているうちに、日は昇り、鳩も飛び去っていなくなっていた。
数週間後、いつもは遠慮がちなキョーコが珍しく蓮にねだって買ってもらった新しい靴が蓮のマンションの玄関にきちんと置かれていた。
オーダーメイドで作られたそれは靴擦れを起こす事もなく、いつしかキョーコのお気に入りになった。





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