Lucky Lovers ─5 ─Ren

2015年07月06日 00:06

Lucky Lovers ─5 ─Ren




「なるほど……それで今日はこの弁当というわけだ。よく見ればそんなに量は多くないな……」
「でしょう?」

深夜の花見をした次の日。
昼下がりの控室で彼女の作ってくれた弁当を俺と一緒に突付きながら社さんはそう言った。
久しぶりに登場した重箱に、社さんは最初、この世の終わりのような顔で俺を見たので少々説明に手間が掛かってしまっている。

「お花見したつもり弁当だそうです」
「俺もお花見したかったなぁ」
「来年はよろしくお願いします」
「うわぁ……すごいプレッシャー」
「今年だってまだ大丈夫ですよ? 北の方に行けばまだ」
「いや、お前、それって、遠くなればなるほど時間が必要だよな? それはちょっと」
「そこは社さんの腕の見せ所ですよ」
「お前はまた、調子が戻るとすぐそういう事を……」

文句を言いながらも、美味い美味いと機嫌良く箸をすすめていた社さんが、急にピタリとその手を止めた。

「なんです?」
「昨日、終わったの結構遅かったよな」
「えぇ。だから深夜に」
「これ作るの時間掛かったんじゃないの? キョーコちゃん無理してない? 大丈夫?」
「…………」

どこまで説明するべきか。
相手が彼女と俺の事を粗方知っている社さんと言えど悩んだ。
正直、昨夜は俺と彼女は殆ど眠っていない。
俺だけではなく、彼女の方もいつもより積極的で、どうにも歯止めが利かなかった結果だ。
恐らく部屋の中はまだ、桜の花びらだらけだろう。
玄関から始まり、リビング、バスルーム、そしてベッドの中だって例外じゃない。
俺だけ一時間程意識がなかった時間があったが、その間に彼女は弁当を作り出していたらしい。
少しでもいいから眠った方がいいと俺は言った。
彼女はどうしても眠れなくてと呟くように言うと、頬を染めて俺から目を逸らした。
茶髪にまだ花びらが一枚、アクセサリーのようにくっついている。
そんな彼女が可愛くて早朝からまた──

「おーい! 蓮!」
「えっ?」
「ポーカーフェイスで色々と思い出すのはやめろ……俺だけが恥ずかしい」
「……何の事でしょうか」
「あーまぁね、仲良くやってるんならいいんだけどね……まったく……」
「…………」
「手が止まってるぞ。早く食べろよ」
「言われなくても食べます」

いつの間にか弁当を食べ終わっていた社さんは何やらブツブツ言いながらペットボトルでお茶を飲んでいる。
どの位ぼうっとしてしまっていたのかなと少し気になったが、俺は知らん顔で箸を進めた。

「そういえばお前、お返しどうした?」
「あぁ……まだです」
「ふーん……なんだか急に余裕が出て来たじゃないか」
「そうですか? そんな事もないですけど……」
「昨日まであんなに切羽詰ってたのに」
「…………」

そう言われてみると、そうだなと自分でも思った。
現時点で俺は、ホワイトデーに犯したミスを何も償っていない状態だ。
それなのに、昨夜の事を思い出すだけで妙な焦りは消えていく。
俺と彼女には、まだこれからたくさんの時間があるんだと思えたからだと思う。

「俺が一人で焦っていただけなんですよね……彼女は気にしていないみたいで」
「うーん、でも、まぁ、やっぱり焦るだろ」
「そうなんですけど……もうお返しする時期も過ぎましたし、ホワイトデーは終わりにしようかと思うんですが」
「ん? お前がそう言うんなら、もういいんじゃないかな」
「そうですよね」
「……あれ? え? もしかして、キョーコちゃんへのお返しも?」
「何か埋め合わせはしたいんですけど……”お返しじゃないお返し”というのもとりあえずやめておこうかと」
「……へぇ……」
「俺の方があまり拘っても仕方ないかなと思うんです」
「うーん……」
「勿論、何もしないというわけではないですが」

お返しはしないでと彼女に言われているから、”お返しではない”という物を俺は彼女に”お返し”として渡すつもりだった。
この時点で大分ややこしくなっているが、この際、彼女の希望通り、”お返し”も”お返しではないお返し”もしないでおこうかと思った。
俺は”ホワイトデーのお返し”を彼女にはしない。
その代わりに、”お返し”程度ではない、何かを彼女に返したい。
そのためには──

「まぁ、慌ただしく何か用意しなくても……いいかもな」
「何か思い付いた時に遠慮なく行こうかなと思います」
「おいおい……何かちょっと怖いぞ」
「……協力して頂けますよね?」
「へっ」

俺の言葉を聞いて、社さんはぽかんとした顔をした。

「俺は現状ではバレンタインにはチョコを貰っておきながら、彼女にホワイトデーのお返しを忘れた男ですよ。他の娘には忘れずにあげているのに……それは変わってません」
「あー……うん」
「それなりのペナルティは受けて然るべきじゃないかなと思うんですが」
「んー……まぁ……それは……」
「高いものをあげればそれでいいとは思っていません。でも何かあった時は値段の事は考えずにいきたいんです」
「…………」
「その時、社さんのフォローがあれば彼女もなんとなく受け取ってくれるかなって」
「えー……」

チラリとマネージャーの顔を盗み見る。
社さんは難しい顔で腕を組み、考え込んでいる。
迷っている、悩んでいるという事は押せば行けるという事だ。

「貰って困るような物をあげたりはしませんよ」
「……TVで話題になっちゃうような宝石とか……不動産とか……」
「まさか。さすがにそこまではしませんよ」
「……アクセサリーとか、服、服飾雑貨……その辺にしとけよ? 出来れば理由もちゃんと用意して」
「わかってます」
「……じゃあ……次の一回だけな」
「ありがとうございます」

敏腕マネージャーのフォローが約束され、俺は満足する。
何の制限もなく彼女に何か贈る物を考える事が出来ると思うとなんだか楽しくなった。
ホワイトデーでの致命的なミスがこんなチャンスを呼びこむとは予想出来なかった。
先日、社さんが言っていたように、俺にはツキがあるんだなと思う。
心を弾ませながら、きちんと食べきった彼女の弁当箱、今回は重箱を片付け始めた時、携帯が鳴った。
すぐさま確認する。

「メールか? キョーコちゃん?」
「そうです……仕事が予定よりも早く終わって……もう帰るみたいですね。近くにいるから弁当箱を回収しに来ると」
「はは、マメだなぁ、キョーコちゃんは」

弁当が美味しかった事を綴り、返事を送信する。
そうして彼女が姿を現すのを待っていると、横にいた社さんが妙にニヤニヤした顔で俺を見ていた。

「なんですか」
「そんなに扉に貼り付いて待たなくても」
「貼り付いてなんかいないじゃないですか」
「ドアノブじっと見て飼い主が来るのを待つワンコみたいになってる」
「え」
「家に帰れば会えるのになぁ」
「…………」

自分では努めて普通にしていたつもりだったが、実際、視線はドアノブだった。
言い訳も出来ず、黙ったまま視線を控室の奥の方へと泳がす。
笑っている社さんにそっぽを向いた形で、読む気もない雑誌を手に取り、ソファに腰掛け直した。
そして、今度は扉の方の物音に耳を集中させてしまっていたのに気が付いたのは、彼女が扉から顔を出した時だった。



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