Lucky Lovers ─2 ─Ren

2015年07月03日 00:46

今回は深夜の更新が多いかもです。



Lucky Lovers ─2 ─Ren





落ち着かない気持ちで帰宅した直後、リビングのテーブルの上にメモ用紙があるのを見て心臓が凍りついた。
大慌てで手に取ったそれに書いてあったのは、一瞬脳裏をよぎった嫌な想像とは違う内容だったが、良い知らせでもなかった。

今日は頑張りすぎて調子を崩してしまいました。
ゲストルームで寝ています。
明日になれば大丈夫ですからあんまり心配しないで下さいね!

「……っ」

驚いてゲストルームへと足を向ける。
扉の前で迷ったけれど、我慢できずに極力音を立てないようにして部屋の中に入った。
暗い部屋の中、ベッドには彼女の姿があり、小さく寝息が聞こえる。
熱があるようでもなく、うなされているとか苦しそうだとか、そんな様子はなかったので少しホッとして、再び静かに部屋を出た。
リビングに戻ってソファに腰掛ける。
目の前のテーブルにはさっきのメモ用紙と彼女の携帯があった。
ここに置いたままだったから電話しても出てくれなかったんだなとわかり、抱えていた不安がひとつだけ消えた。
しかし、俺が置いていったチョコの小箱がきっちり元通りになって置かれているを見て思わず天を仰いた。
両手で顔を覆い、溜息混じりにおかしな声も出る。
今までにも色んな失態を犯してきたが、今回は本当に酷いと思う。
しかも、そのフォローも実に良くなかったとマネージャーから批判されまくっていた。


「なんで食べるなとか言うんだよ」
「いや、でも、あれは他の人へのお返しで、それを彼女にとか」
「うん、お前の考え方は分かる。義理チョコへのお返し用という軽~い物をキョーコちゃんに食べさせるなんてとんでもないってトコかな」
「そうです」
「真面目すぎでちょっとズレてるんだよなぁ……いいか、言葉変えてみようか?」
「へ?」
「それはお前のモンじゃねえんだから、万一にも食ったりしたら承知しねぇぞ」
「な」
「なんか不破みたいになったかな?」
「じょ、冗談じゃないですよ! 俺はそんな」
「まぁ、日頃の行いはいいんだからキョーコちゃんはそんな風に受け取らないとは思うけど」
「…………」
「でも食べてもらっても良かったんじゃないの? 渡した後に違うって言われるのはちょっとなー」
「……それは……」
「あれもあげちゃって、その後で本当のお返しもあげればよかったんだよ……まぁ、それが無いってのが大問題なんだけど」
「う……」
「朝一であの子に会えてちょうど良かったなぁって思ってたらこれだ」
「…………」
「なんで間違うかなぁ……まさか返せとも言えないし」
「…………」

なぜ他の人へのお返しと彼女へのお返しを間違うなんて有り得ないミスをしたか。
チョコの箱と彼女へのお返しの箱が、偶然、色合いも形もとてもよく似ていたのが原因の一つ。
それでも当然、注意して見れば違いはわかる。
ただ、パッケージに使われているリボンなどが、チョコの方が彼女好みかもしれないなんて思ってしまっていたのも原因の一つだと思う。
そして、チョコの方を渡す相手はまだ子供で、他の人への物とは少し趣が異なる品だったから少しだけ気を遣っていた事。
今日その子に会う機会がありそうだと聞いていたので、忘れてしまわないように準備していた事。
彼女へのお返しが遅れていたのは直接渡して反応が見たかったからという俺の我儘。
でも、ここ数日ずっと忙しそうだった彼女の睡眠時間を削ってまで通す我儘だろうかと迷った事。
出掛ける間際まで迷いまくって、これ以上渡すのを遅らせるのは良くないとやっと決心した事。
渋々、部屋に置いておく事にしたあの時の俺の心理状態。
お互い忙しいのだから、記念日やイベント事の時くらいは二人でゆっくりしたいと思っているのに、と少し不満を抱えていて──

「なんだよ~、俺のせい?」
「そこまでは言いませんが……」
「どちらかと言えば、それって……色ボケだろ?」
「色ボケ?」
「品物よりも渡す相手の事ばかりが気になってボケてたから確認を怠ったと言う事だよな」
「ボケたわけでは」
「あるからこうなってるわけ……俺はあの子のためにお使いに行ったわけじゃないんだけどなぁ」
「すみません……」
「あのお店にまだある奴なのか? あるならまた俺が出向いて」
「ないんです」
「え」
「一ヶ月位前からお願いしていたあの店のオリジナル……デザイナーの方と相談して作ってもらった物なので」
「……マジで?」
「……マジです」
「今からだと……一ヶ月後か」
「もう少しかかるかもしれません……でも、同じ物を彼女にっていうのも」
「そっか……そうだよな。あの子とお揃いになっちゃうもんな」
「誰かと被らないように……世界に一つというのが……売りだったんですが……」
「あぁ……なるほどねぇ……」
「…………」
「……別の何かを急いで買って来るか?」
「そうするしかないんでしょうけど……適当に間に合わせで何か買うとか……」
「あぁ……まぁねぇ……結局、時間は掛かるんだな……」
「…………」


俺をよく知る優秀なマネージャーからは、今回の事は包み隠さず全てを正直に話して頭を下げるべしというありがたいアドバイスを頂いている。
俺もそのつもりで覚悟を決めて帰宅したが、彼女の体調が悪いのならそれは明日以降に先送りだ。
とりあえずこれ以上色ボケと言われないようにしっかりしないといけないと思う。
シャワーを浴び、明日の準備をし、遅くならない内にベッドに入る。
これですぐ眠れればよかったのだけど、そんなに簡単に眠れるはずもなかった。
寝返りを何度も繰り返し、ベッドから抜け出して、こっそりと彼女の様子を見に行ったりした。
何度か訪れた浅い眠りも嫌な夢ですぐに壊される。
そんな繰り返しに疲れた俺は、眠るのを諦め、窓から夜の街をぼんやりと眺めていた。



「……さん。敦賀さん!」
「ん?」

彼女が俺を呼んでいるのに気が付くと、首を傾げながら俺を覗き込む彼女の顔が目の前にあった。

「あれ……」
「どうしたんですか? こんな場所で」
「え……」

見渡したリビングの中はすっかり朝の光で満たされている。
いつの間にか俺はソファに座って眠っていたようだった。

「まさか、ここで一晩中寝ていたんじゃありませんよね?」
「あー……いや……まだ早かったから少しウトウトしていただけだよ」
「それならいいんですけど……風邪引いたりしたら大変ですよ」

心配そうな顔でそう言われ、大事な事を思い出した。

「キョーコこそ……体調はどう? 大丈夫?」
「あ……はい。昨日はぐっすり眠ったので大丈夫です」

彼女はそう言うとにこりと笑った。
顔色もよく、無理をしている様子は見られないので俺はホッとした。

「そうか。良かったよ」
「心配させてごめんなさい」
「元気になったのならいいんだ。今日はオフだったかな?」
「そうです。だから今日はのんびりします……敦賀さん、時間はまだ平気ですよね?」
「うん、今日はそんなに早くない」
「じゃあ朝食作りますね! 朝は抜いちゃ駄目なんですから!」

彼女はそう言うと妙に張り切ってキッチンへと向かう。
まだ少しぼんやりしていた俺は、そんな彼女の後ろ姿をただ黙って見送っていた。
そして、彼女が姿を消した後、目に入ったのはテーブルの上に置かれたままのチョコの小箱。
雷にでも撃たれたかのような勢いでバッチリと目を覚ました俺は、彼女を追ってキッチンへと急いだ。

「キョーコ!」
「はいっ?」

血相を変えてキッチンに飛び込んできた俺に、フライパン片手の彼女は目を丸くして驚いていた。

「ホワイトデーの事なんだけど……」

余裕のない俺は少々唐突に話を切り出してしまう。
すると、彼女は俺の次の言葉を待たずに、フランパンから手を離し、勢いよく俺の目の前まで駆け寄って来た。

「敦賀さん!」
「え?」
「いいんです」
「へっ?」
「今から私のために何か用意しようとしないで下さいね。忘れたままにしておいて下さい」
「え……」

彼女へのお返しを俺が忘れていたと思ったのか、そう言った彼女に俺は焦った。
忘れたどころか一ヶ月以上前から用意していたんだと言い掛けた時。
彼女はまるで神様に祈りを捧げるかのように両手を合わせて指を組み、キラキラとした瞳で俺を見つめていた。

「キョ……キョーコ?」
「私、思ったんです」
「……何を……かな?」
「敦賀さんはとても真面目で律儀な方ですし、バレンタインにチョコをくれた女性にはそれぞれきちんとお返しをなさいます」
「…………」
「ファンの方々の分まではさすがに無理でしょうけど、お仕事で顔を合わせる方々には必ず……そうですよね?」
「う、うん」

俺が他の女性へお返しをする事への可愛い嫉妬かなと思ったが、どう見てもそんな雰囲気ではない。
何が始まったのかがわからず、緊張で背中に嫌な汗が流れた。

「きっと皆さんお喜びになる……なったと思います。私も頂いたらとても嬉しいです。嬉しいですけど……」
「そ、その事なんだけど、キョ」
「でも、私は我儘なんです!」
「へっ」
「我儘で、どうしようもなくて……どうしても敦賀さんに特別扱いされたくて」
「…………」

そんな事は口にするまでもなく、いつだって彼女は俺にとって特別だ。
特別すぎて、慎重になりすぎて、彼女に関する事に限って大きな失敗をやらかしてしまう。

「キョーコ」
「だから、私に下さい。敦賀さんの特別を」
「え」
「バレンタインに敦賀さんにチョコを渡していて、この時期に敦賀さんとお会いしてお返しを貰っていない人はいないでしょう?」
「え? いや……そう……かな……そうかもしれない……けれど……全員はどうかな……」
「不運にも会えない人はいいんですよ。敦賀さんと会っているのに、です」
「あ……うん」

ホワイトデーのお返しは俺の中ではもう仕事の一環になっている。
仕事ならば完璧にしたいと思い、台本を覚えるのと同じ様に、くれた女性の事は整然と覚えていた。

「私はこうして敦賀さんと一緒にいられて……でも、お返しは貰わない人になりたいです」
「えっ?」
「バレンタインにチョコを貰ってもお返しはしない……してはいけない存在……敦賀さんにとって特別です」
「な……」

確かにそれは特別だけれども、何か違うと思った。

「キョーコ……ちょ、ちょっと待ってくれ」
「私だけが敦賀さんからは決してお返しは貰えないんです。飴玉一個もない」
「いや、キョーコ」
「私、罰を下されるのならば、敦賀さんからがいいんです」
「……罰?」
「だから、どうか毎年この時期、私の事は忘れ去ってしまって下さい」
「それは無理だ。忘れ去るなんて絶対に出来ないよ」

俺は少し混乱していた。
拘る所はそこじゃない。

「それならやっぱり、私はお返ししてはいけない存在だとお見知り置き下さい。それが私には嬉しいんです」
「な……」
「どうか、お願いします!」

至近距離、前方斜め下。
現れたのは、潤んだ瞳の上目使い。
組んだ手を口元に寄せ、懇願するその表情にほんのりと紅潮した頬が彩りを添えた。
期待と不安で揺れる瞳が俺をじっと見つめて離さない。
こんな彼女に逆らえる術を俺が持っているわけもなかった。

「わかったよ……」

俺のか細い一言で、彼女はお日様のように輝く明るい笑顔を浮かべて花吹雪を舞わせている。
そんな彼女をこんなにも落胆した気持ちで眺めるのは初めてだった。






コメント

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  2. Kanamomo | URL | -

    コメントありがとうございまーす!

    キョーコさん突っ走っています!
    そして、ヘタレな蓮が好きなので、つい…w
    楽しんで頂けましたら幸いでございます!

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