変則的三角関係─9

2010年03月09日 08:44

9.全て世は事もなし


「キョーコちゃん、今日は同じ局内にアイツがいるからね?気をつけておいで」

再び、お昼を蓮と一緒に過ごせるチャンスがやってきた日の朝、キョーコは社にそう言われていた。

(社さんたらアイツのスケジュールまで知っているなんて……一体どこまで進化するのかしら)

ただでさえ忙しい蓮のスケジュール管理だけでなく、キョーコのスケジュールまで管理してると言っていい社は、いつの間にか事務所が違う尚の予定にまでその手を伸ばししつつあった。

(ある意味、敦賀さんとはまた違う意味で人としてなにか越えてるわよね……そりゃ携帯も壊れるわ…)

そんな事を考えつつ、キョーコは通路の角を曲がるたびに辺りをキョロキョロと見回し、慎重に蓮の控え室へ向かっていた。
挙動不審なその様子は返って人目を引いていたが、尚やビーグルにさえ出会わなければいいと開き直り、キョーコはそのまま無事に蓮の控え室前に辿り着いた。
つい顔がにやけてしまうキョーコがノックする前にドアは開いた。

「やぁ…待ってたよ」
笑顔でキョーコを迎えた蓮は、すぐさまキョーコを部屋に引き入れ、抱き寄せた。
「ま、また気配でわかりました…?」
「もう気配っていうか…半径5メートルにキョーコがいれば見えなくても分かるようになってきた気がする」
「は、はぁ…」
これってきっと冗談じゃないんだわ…と思ったキョーコは自分もそうなりたい、などと考える。
人間離れした人物が周りに多すぎて思考のベクトルがおかしくなっている事にキョーコは気づいていなかった。
「んー…久しぶりだね…会いたかった」
「ひ、久しぶりって…今朝まで一緒だったじゃないですか……」
今日のお弁当は蓮のマンションで作ったものだった。
「一緒にいればいるほど離れたくなくなると思わない?」
「そっそれは…そうですけど」
「もう一度、共演とかないかな。そうすれば」
「つ、敦賀さん…お仕事はお仕事ですっ…公私混同ですよ?」
「もう全部混ぜたい……というか混ざりたい」
「ま、まざり…」
最近の蓮の言動は直球ストレートを通り越して、もう投げてくる球が違うような気さえするキョーコ。
バレーボールかバスケットボールをボコボコ当てられている気分だ。
既に沸騰寸前のキョーコは、お弁当を入れたバッグを高く持ち上げて
「さ、お昼にしましょう?時間なくなっちゃいますっ」
と、蓮を急かす。
しかし、蓮は相変わらずキョーコに抱きついたままで、
「キョーコごと食べたい」
などと言ってキョーコの温度を上昇させるような事を言う。
「ま、またそういう事を!」
恥ずしいやら照れくさいやらで少し怒ってジタバタ暴れだしたキョーコの様子に、そろそろ引き際かな、と思った蓮は渋々キョーコを手放した。
以前と同じようにソファに座り、いそいそとテーブルにお弁当を広げるキョーコは蓮がまだドアの前で立ったままなのに気が付いた。
「敦賀さん?」
「いや…一応鍵閉めておこうかなと」
また邪魔されてはかなわない、と蓮が鍵を閉めるためにドアノブに手を伸ばした瞬間、再び控え室のドアが勢いよく開かれた。
「!」
驚いた蓮とキョーコの目に、派手なステージ衣装に身を包んだ尚の姿が飛び込んできた。


「お邪魔に……なりませんか?」
「ん、もう少しすれば蓮は移動の時間だから。その後はキョーコちゃん一旦事務所に帰るはずだし、琴南さんが一緒なら喜ぶし…というか一緒にいてくれないかなぁ」
局内のカフェで偶然奏江と出会った社はそのまま一緒に蓮の控え室へと向かっていた。
キョーコ一人で移動する事は出来る限り無くしたいと思っている社は、道すがら先日の出来事を簡潔に奏江に話していた。
「不破尚と……ビーグールですか?」
「うん。なんかさ、蓮が薄気味悪い連中だって言うからちょっと気になってね」
「敦賀さんがそう言ってるんですか?……あの娘は……なんていうかある種人間離れした人に好かれますよね」
「あはは……それって蓮も入ってる?」
「もちろんです」
きっぱりとそういう奏江に社は苦笑いするしかなかった。
そんな社を見て、奏江は、何かとキョーコの世話を焼くあなたも入ってるんですけどね、と思ったが、それを認めると自分も仲間入りしそうなので言わないでおいた。
蓮の控え室に向かう二人の前に一人、慌てた様子で周りを見回す女性の姿が目に入った。
社はその女性を見て、少し驚いて声を掛けた。
「安芸さん!」
「あっ社さん!」
祥子は社の姿を認めると、小走りで近寄ってきて
「しょ、尚を見ませんでしたか?」
と早口で聞いて来た。
「え」
「もうすぐ収録があるのにちょっと目を離した隙にいなくなってしまって…すいません!もしかしたらそちらへまたお邪魔してるんじゃないかと」
「……っ!こっちです!」
社は思わず胃を押さえながら、祥子を連れ立って蓮の控え室へと急いだ。
奏江も慌ててそれに倣う。
走る三人はようやく蓮の控え室に到着し、その中に飛び込んだ。


三人が急いで飛び込んだ蓮の控え室の中では尚とキョーコがなにやら言い争いをしていた。
ソファから立ち上がった状態のキョーコは尚に向かって盛んになにか捲くし立てている。
尚は尚で激しい口調でキョーコに何か言っている。
そして、その横では───座ったままの蓮がひとりで平和にお弁当を食べていた。
蓮は二人の様子を時折確認しながらも…取り立てて剣呑な雰囲気も見せず、普通に食を進めている。
「なんだこれ」
緊迫しているような、そうでもないような、その予想外の光景を見て、社は気が抜けたようにそう呟いた。
祥子も奏江もポカンとした顔で、その様子を眺めていた。

「いいから、俺の新曲聴けって言ってんだ!」
「なんで私がアンタの曲なんか聴かなきゃいけないのよ!」
「復讐相手が何してるか、チェックもしないのか?そんなんで復讐なんてできるのかよ?」
「むっ……」
以前、クーのお世話をしていた時にたまたま耳にした尚の曲。
あれで尚のスキルアップを知った経緯を思い出し、聴くべきなのだろうかと思ったキョーコだが、今でも昔の尚の曲が頭にこびりついているキョーコはならべくそんな事に脳の一部を使いたくなかった。
言い淀むキョーコに蓮が助け舟を出す。
「キョーコ大丈夫、俺が聴いておくから」
「なっ、なんでテメェが聴くんだ!別にテメェは聴かなくていい!」
自分に何の反応もせずにのんびりとしていた蓮に違和感を感じて注意はしていた尚だったが、思ってもいなかった形で横槍が入れられ、少し狼狽する。
「復讐相手の動向はちゃんと確認しておかないと」
「は?わ、わけわかんねー事いってんじゃねぇ!」
「じゃ…じゃあ、そちらは敦賀さんにお任せします…」
「うん、キョーコは仕事に集中している方がいいね」
「ちょっと待て!意味がわかんねえ!」
「わからなくていいのっ!それよりもさっさと仕事行きなさいよ!邪魔なのよ!」
「なんだと!?せっかく挨拶にきてやったのに」
「むしろ何で来るのよ!」
「キョーコ、空腹のままじゃ大きな声が出せないよ」
「へっ」
自分の分は食べ終わったらしい蓮は、一人立ち上がり尚に息巻いていたキョーコをそっと座らせると、キョーコのお弁当箱を手に取った。
そしてそこからおかずを一品箸で摘んでキョーコの目の前に差し出す。
「コイツのせいで時間も無くなって来た。俺は食べたけどキョーコはまだだろ?……ほら」
蓮が何をしようとしているのかわかったキョーコはたちまち耳まで真っ赤になった。
「つ、つるがさん」
焦るキョーコに、蓮は少し首を傾げて蕩けそうな笑顔で
「ほら…あーん」
と、囁くように言った。
蓮のその笑顔に思わず見惚れてしまったキョーコは、赤い顔のまま少し恥ずかしそうに、蓮から差し出されたそれを鳥の雛のように口を開いて…パクリと食べた。

「おーまーえーらーなぁーー!人前でいちゃつくなーー!」
目の前に卓袱台があったら引っくり返しそうな勢いで尚が怒鳴った。
その声に驚いて、少し我に返ったキョーコはまだ食べきらないうちに尚に言い返す。
「うるひゃいわねっ!もひょもとはアンタが」
「キョーコ、落ち着いて食べないと喉に詰まるよ?俺が代わるからちゃんと食べないと」
「代わるってなんだ!」
「なんだってそのままの事だけど。さて、不破くん話はまだあるのかい?」
「なっ」
尚に向き直り、幾分か黒いオーラを漂わせ、鋭い目つきでそう言う蓮だったが、その手はキョーコにお弁当を食べさせるのを止め様としない。
「曲ならちゃんと聴くから。……そろそろ戻った方がいいんじゃないか?マネージャーさんが来ているよ」
蓮にそう言われ、尚は初めて祥子がいる事に気が付いた。
呆然としてその光景を眺めていた祥子はようやくそこで本来の用事を思い出し
「尚!捜してたのよ!収録の時間よ、早く来て頂戴」
と、尚の腕を掴んで戻るように促した。
「あ、あぁ…わかった、戻るよ」
なにやら疲れたように額を押さえながら、尚は祥子とともに部屋を出て行った。
その後でやっと社と奏江の存在に気が付いたキョーコは嬉しそうに
「あっ!モー子ひゃんらー」
と、奏江に声を掛けるが、そのそばから蓮に一口大のご飯を口に入れられる。
「……いいからあんたは落ち着いて食べなさい」

もう既にそうする必要もないのに、蓮は嬉々としてキョーコの口へ少しずつお弁当の中身を運び、キョーコも大人しくそれを食べている。
奏江は隣の社をちらりと見たが、社は時計を見ながら「あと10分くらいあるからゆっくり食べていいよ、キョーコちゃん」などとごく普通に対応している。
その社の様子から
(いつもこうなのかしら…この二人)
と、心の中で呆れ気味に呟く奏江。
「あぁ、琴南さんも事務所に行くんだ?キョーコ一緒に行けるね」
蓮はいつもTVや事務所などで見せる穏やかな「敦賀蓮」の笑顔でそう言った。
しかしその手は留まる事を知らないかの様にご飯とおかずを順番にキョーコの口へ運んでいる。
(もしかして……全部…敦賀さんが食べさせる気なんだ……)
ラブミー部の部室で二人の仲の良さは散々見てきたつもりの奏江だったが、ここまで堂に入っていたかしらと過去のその記憶と照らし合わせてみる。
結構貴重な場面かもしれない、せっかくだからじっくり拝見させてもらおう、演技の勉強になるかもしれないし、と思った奏江は頭を観察モードに切り替えた。
「モー子ひゃん、ひょっと待っててね」
すっかりその状態に慣れてしまったらしいキョーコは、頬を膨らませながら奏江にそう言って、その不自然さに気が付かないまま蓮にお弁当を食べさせられ続けている。
そんなキョーコを見て、奏江は
(まぁ…この娘が幸せならなんでもいいわ……)
そう心の中で呟き、控え室の隅にあった椅子に座りながらのんびりと仲睦まじい二人の様子を眺めていた。



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