変則的三角関係─8

2010年03月09日 08:42

8.懲りない男と仕事熱心な女


「尚…家に帰ってきたら湿布しておいたほうがいいわよ」
帰るなり、ソファに寝そべって動かない尚に祥子は新しい湿布を渡した。
蓮に握られた手首の痛みは思いのほか長引いていて、仕事中は意地を張ってなにもしていない尚だったが動かすたびに痛みが走っているのが祥子にはわかった。
「ああ……」
不機嫌そうに起き上がり、それを受け取った尚は大人しく自分の手首に湿布をする。
そんなに痛むのなら医者に言った方がいい、という祥子の勧めを尚は頑なに拒否していた。
(まったく……意地っ張りなんだから)
怪我をさせられた事には少しだけ向こうに抗議したい気持ちのあった祥子だったが、あの時の尚にも落ち度はあると思うとそんな気も失せてしまう。
痛む手首を我慢しながらも淡々と仕事をこなす尚だったが、あれからずっとどんよりと暗く落ち込んでいる様子だった。
そんな尚の様子に祥子は溜息をつく。
いつまで経っても浮上しない尚に痺れを切らし、そっとしておいた方がいいかと考えていたキョーコの話を切り出した。

「……そんなに落ち込むくらいなら、ちゃんと告白しておけばよかったのよ」
「おっ、落ち込んでなんかいねぇ!」
祥子の言葉にムキになって言い返す尚。
「落ち込んでるじゃないの…そうじゃなきゃなんでこう毎日暗いのよ」
「暗くなんかなってねぇ!ちょ、ちょっと面白くないだけだ!」
「面白くない…ねぇ」
「だってそうだろ!?俺のモンを敦賀蓮に取られるなんて我慢なんねぇだけなんだよ!」
「敦賀蓮じゃなきゃ…いいの?」
「ビーグルもだ!とにかく俺の気にいらねぇ奴はダメだ!認められねぇ!」
「なぁにそれ……なんだかお父さんみたい…」
一向に素直にならない尚に、少し呆れた祥子が冗談めかしてそう言うと
「お、おう、俺はあいつの保護者みたいなもんなんだよ!」
いい理由が見つかったとばかりそう力強く主張する尚。
祥子はそんな尚を、もうおバカでしょうがないわねと思うものの、馬鹿な子程可愛いとはこういう事ねと、普通のお父さんは娘にあんな風に迫ったりしないわよとは突っ込まなかった。
「まぁなんでもいいけれど…どうするのよ」
「どうするってなにが」
「キョーコちゃんよ」
「べ、別にどうもしねぇよ。アイツが誰と付き合ってたって俺にはもう関係ないからな!」
つい今、ダメだの、認めないだの言っていたくせに今度は関係ない、とは、随分混乱したままなのね、と祥子は尚の内情に頭を痛める。
このまま放置していてはしばらくこの状態が続くかもしれない。
今のところ仕事はなんとかなっているが、このままだと影響が出ないとも限らない──そう思った祥子は荒療治が必要と考えた。

「……ふうん。キョーコちゃんが処女じゃなくなったらもう興味ないんだ」
「んなっ!」
珍しい祥子の歯に衣着せぬ物言いに尚は形相を変えて驚いた。
「なっ!そっ!しょ、しょ」
「どう見てもそうでしょう?すっごいラブラブだったじゃない」
血相を変えて慌てふためく尚を、普段は女の子なんて軽くあしらってるくせに意外と純情ね、キョーコちゃんの事だからかしら、などと祥子はのんびりと思って眺めていた。
そして、ついついからかってしまう。
「あんなにキョーコちゃんを気にしてたくせに、しかも相手が敦賀蓮なのに、もういい……って事はそういう事よねぇ。それって同じ女としては複雑だわ」
「………っ」
うまく言い返せないのが悔しいのか、無言のまま地団太を踏む尚を見て、思わず吹き出しそうになるのを祥子は堪えた。
このままでも面白いわ、と思ったが、
「お父さん、でもいいけど、男としてキョーコちゃんをまた惹きつける自信はないの?敦賀蓮にはやっぱり適わないって?」
そう言って焚き付けて見た。
「…………」
「"不破尚"はその程度?」
祥子の最後の言葉に、一瞬動きを止めた尚は少しの間、何かを考えて込んでいたが、やがて決心したように力強く叫んだ。
「そんなわけねぇ!敦賀蓮になんか俺は負けねぇんだよ!」
その尚の表情はここのところずっと燻っていた何かが消え、すっきりと晴れ渡っていた。

「そうこなくちゃね」
ようやく調子を取り戻した尚に祥子は一安心したが、キョーコの事を思って
「だからってキョーコちゃんに無理矢理変な事したら私が警察に突き出すわよ?」
と釘をさす事も忘れなかった。
「し、しねぇよ!そんな事する必要なんかねぇからな!」
ばつが悪そうに祥子から目を逸らしながら答えた尚の様子から、一応反省はしているらしい事を確認すると「ならいいのよ」とだけ答え、祥子は着替えるために奥の部屋へ向かった。




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