シンデレラ・エクスプレス2─社さん編

2015年02月11日 01:07

一応番号を付けてみましたが、順番はあるような、ないようなw





外国人のモデル仲間と英語で軽口を叩きながら
カメラの前に立つ蓮は正しい『敦賀蓮』の姿で安定している
休憩時間に不審な行動をする様子もないし
こっちが拍子抜けする位、いつも通りだ

今日は2月10日、蓮の誕生日
俺達は仕事で東京を離れている
8日から始まったこの5日間は日程を変更する事など出来ず
なんとかしてやりたい気持ちはあったけれど、さすがの俺も今回は無理で
しばらくはぶちぶちと文句を言われるかなと思っていたけれど
蓮の対応は実に落ち着いたものだった

「仕方ありませんね。仕事ですから」
「まぁ、そうなんだけど……悪いなぁって思ってる」
「そんなに何度も謝らなくても……彼女にも随分謝ったんでしょう? 恐縮してましたよ」
「いやぁ~、まぁ、やっぱりねぇ」

誕生日を迎える本人よりもその恋人の方につい多く謝ってしまっていたのだが
蓮はそんな俺を見てクスクスと笑っていた
その様子は余裕のある大人の男そのものだった

「…………」

社長から”プロポースの延期”の話を聞かされた時
しばらくの間、蓮は暴走しがちになるのではないかと心配していた
今回の場合は途中で東京に帰るとか言い出すんじゃないかという心配
それが完全に無理なら良かったのに、無理すればいけそうなのがとても良くない
マネージャーとして、とても許可出来ないなと思ったし
時間にうるさい蓮がそんな危険を侵すわけはないとも思ったが
どこかが壊れている場合は何をするか予想がつかない
どうかこの事に気付かないでくれと願っていた
だけど、今の所、そんな気配は微塵も感じなかった
寧ろ、前よりも落ち着いたような感じさえする
もしかしたら一周回って悟りでも開いちゃったのかと思える位だ
心配が杞憂に終わりそうでほっとする


大きな西洋風の館を借り切っての撮影
どこもかしこも高級そうなインテリアばかりで
俺は歩きまわるのさえ躊躇してしまうけれど
仕事とはいえ、蓮は実に自然に、まるで館の主のように振舞っている
高級路線もまだ捨てるべきじゃないよななどと考えているうちに
この日の撮影は順調に進んで予定通りの時間に終わった
宿泊するホテルに戻ろうとした時、ブロンドのモデル仲間が一人、蓮に声を掛ける
蓮は笑顔で彼と二言三言話し、その後で俺が待つタクシーに乗り込んだ

「どうした?」
「誕生日祝いの続きをしてくれるって言ってたんですが……遠慮しておきました」
「二晩連続かぁ」
「彼はただ飲みたいだけのような気がしますけどね」

蓮はそう言って笑ったが、俺は同調して笑えない
昨夜、正しくは今日になるまで
蓮と彼らはとある店を貸し切り状態にして一緒に飲んでいた
日付が変わる瞬間は随分と盛り上がっていたけれど
蓮は本当は誰かと電話でもしていたいんじゃないかと思い
気を揉んでいた自分を思い出す

「昨夜……電話した?」
「時間が時間だったのでメールで」
「そっか」

今の会話で思い出したかのように
蓮は携帯を取り出して操作し始める
マメなのは相変わらずだなと思ったけれど
淡々とメールを打っているその様子に
以前のような妙な必死さは感じられない
”プロポーズの延期”が蓮にどんな変化を与えたのだろうかと
色々と考えを巡らせていた時
いつの間にか携帯を操作し終えていた蓮が
落ち着かない様子で身を乗り出し、前方をチラチラと見ていた

「混んでますね」
「……そうだな。何かあったのかな」

昨日も同じ道を通った気がするが、昨日と比べて明らかに車の数が多く
のろのろと動いていた車列が、やがて完全にストップした
やれやれとは思ったが、もう仕事も終わっているわけだし
のんびりしてるしかないかと思っていた俺の隣で
蓮が妙に苛つく気配を見せる
珍しいなと思ったが
ホテルに着いたら電話する約束でもしたのだろうと考え、俺は口元を緩めた

一つ年を取り、少しだけ落ち着いたという所かな

担当俳優の変化について、そんな結論を俺が出した頃
予定の時間よりも遅れて、タクシーは連泊中のホテルに到着した
ホテルのフロント横には古めかしくも立派で大きい振り子時計があって
それは俺の密かなお気に入りだったのだけれど
蓮はその時計の前で立ち止まったまま、動こうとしない

「なんだ? どうかしたか?」
「…………」

様子がおかしいのでもう一度声を掛けようとした時
目の端に誰かが近づいて来るのが映った
ホテルのロビーは誰でも出入りは自由だ
蓮の存在に気が付いたファンかもしれないと思い
少し身構えたがそんな感じでもなかった
ベージュのコートを抱えた紺色のスーツの女性
長い黒髪を後ろで纏めた、真面目そうな会社員に見える
女性は背を向けて立っている蓮に向かってゆっくりと頭を下げた

「お仕事お疲れ様です。こんな時間に申し訳ありません」
「……っ」

聞き覚えのありすぎる声
キョーコちゃんの声だとわかり、俺は驚いた
変装なのだろうけど声を聞くまではまったく気付く事が出来なかった
ぱくぱくと口を開き、言葉がうまく出て来ない俺に構うこと無く
キョーコちゃんである”紺色のスーツの女性”は淡々とした様子で事務的に話し出した

「こんな時間に申し訳ありません。お届け物がございます」

キョーコちゃんはそう言うと手にしていた紙袋をそっと蓮の方に差し出した
もしかして蓮とこっそり待ち合わせしてたのかと思ったけれど
蓮も明らかに驚いている様子だった

「…………」

蓮は少しの間、ただ黙ってそれを見つめていたが
無言のまま手を出し、紙袋を受け取った

「……ありがとうございます……」

戸惑った感じで蓮がそう言った途端
”紺色のスーツの女性”は再び深々と頭を下げて早口で喋り出した

「それでは私はこれで失礼致します。お疲れ様でした」
「えっ!? いや、あの」

再び驚いた俺の目の前でキョーコちゃんはくるりと背を向け
ホテルの玄関に向け、さっさと足を進めていた
俺は呆気に取られてしまっていたが
横にいた蓮は目にも留まらぬ素早さで移動し、キョーコちゃんの腕を掴んだ
キョーコちゃんの動きがピタリと止まる

「どちらへお帰りですか?」

蓮の問い掛けに、キョーコちゃんはゆっくりと振り向いた
表情は変わらず”紺色のスーツの女性”のままだ

「東京に帰ります」
「……新幹線で?」
「そうです……もう時間がありませんので」
「…………」

キョーコちゃんは蓮の手を振り解き、走り去って行く
突然起こった嵐のような出来事に俺は何もする事が出来ず
その後姿をただ見つめているだけだったが
置いて行かれた蓮が急にくるりと振り返り、俺に向かって口を開いた

「社さん」
「えっ……あ、何?」
「後で連絡します」
「へっ?」

蓮はそう言うとキョーコちゃんの後を追うようにホテルから出て行ってしまった

「…………」

俺はしばらくその場で呆然としていたが
蓮がキョーコちゃんの後を追いたくなるのも当然だと思えたし
そのうち帰って来るだろうと
一人でホテルの自分の部屋に向かった




部屋で蓮からの連絡をのんびりと待っていたけれど
いつまでたっても携帯が鳴る様子がない
さすがに遅すぎるなと思い、俺の方から電話をしてみたが
何度掛けても出やしない

「…………」

キョーコちゃんは多分、蓮に誕生日プレゼントを渡しに来たのだろう
どうしても当日に渡したかったのかなと想像している
キョーコちゃんのスケジュールはそれなりに把握していて
今日は仕事があったはずだし、明日なんて時間が早いはずだ
あの時のキョーコちゃんの行動を含めて推測すれば
明日の予定の変更があったわけではなく
大急ぎで東京に帰るしかなかったんだろうと思った

忙しい中で頑張って蓮に会いに来たキョーコちゃん
そんなキョーコちゃんがいなくなった後で
蓮が一人で街をうろつくとは考えられない
仕事仲間のお誘いは、さっき断ってしまっている
段々と嫌な予感がし始めた

「まさか、あいつ……」

悶々としながらも、サラリーマンの性なのか
俺は明日の準備を淡々と進めていく
シャワーを浴びた頃にはもう日付も変わっていて
明日の予定を必死で確認していた時、ようやく携帯が鳴った

「も! もしもしっ!」
『俺です』
「蓮! お前……今、何やってるんだ?」
『ええと、今……彼女と一緒に家に着いた所です』
「いっ……」

呑気な声でさらりとそう言った蓮に、俺は絶句する
嫌な予感は的中していた

「お前なぁ……」
『明日の朝、新幹線で帰ります。ギリギリ間に合うんじゃないかなと』
「待て待て待て……俺だって調べてるんだ。タクシーでの移動がある場合は時間に余裕を持って……そうだ、飛行機!」
『あぁ……でも、新幹線がいいんです』
「へ?」
『同じ時間に家を出て彼女が駅で見送ってくれるって言うんです。そこまでしなくていいよって言ったんですが、どうしてもって言ってきかなくて』
「お前……それは惚気か? この場に及んで惚気なのか?」
『だったら乗るのはやっぱり最新鋭のかぼちゃじゃないと収まりが悪いなぁって』
「はぁ? 何言ってんだ?」
『そういう事なので駅から直接現場へ向かいます。タクシーの準備をよろしくお願いします』
「俺の話を聞けよ……」
『5分や10分、遅れたって大丈夫ですよ。後で取り戻します』
「なっ……」

無遅刻キングと呼ばれているはずの男の発言とは思えず、俺は耳を疑ってしまった

『あぁ、今のは彼女には内緒で……気を使わせてしまいますからね』
「俺にも気を使ってくれよ……」
『社さんだけ先に現場入りしていても構いませんが』
「いや、いいよ……それ、全然気が休まらないから……」
『はぁ』
「まぁ、もう……何言っても仕方がないな……」
『そうですね』
「あのなぁ……いや……明日は頑張ってくれ……」
『わかっています。明日また連絡します。お疲れ様でした』
「あ、あぁ……お疲れ……」

ぐったりと疲れきった状態で通話は終わり
俺は携帯を耳に当てたまま、しばらく呆然としていたが
大きな溜息をついた後、のろのろと携帯の充電をして
ふて寝よろしくベッドに倒れこんだ
そのまま寝てしまおうとしたけれど、まったく眠くならない
もやもやとした霧みたいなものが頭の中に充満していてどうしてもすっきりしない

突然キョーコちゃんが現れて、蓮が衝動的に新幹線に飛び乗ったまでは理解できる
どうせベタベタしていたんだろうから離れ難くなったのもわからないでもない
次の日はもう遅刻してもいいから一緒に帰りたいとなったのは
驚きではあるがキョーコちゃんのためになら有り得る事だ
そして、それをキョーコちゃんが気にしないわけはないから秘密にするのも当然で
新幹線で帰って来るのも意味不明な理由だったが、キョーコちゃん絡みで何かあるんだろう

「うん……まぁ……そうかな……」

あの蓮があっさりと遅刻してもいいみたいな事を言ったから、それに驚き過ぎているだけだ
もやもやの正体をそう結論付け、もう一度眠ろうとした時、また別の疑問が湧いてきてしまった

帰り道のタクシーの中で蓮はなぜあんなにイライラしていたんだろう
キョーコちゃんが来ていると知っていたらそうなるのかもしれないけど
あの時、蓮は本気で驚いていた
電話する約束をしたんだろうというのは、俺の勝手な想像にすぎないし
あの時間、本人がここに来てたわけで
電話じゃ足りないので来ちゃいましたなんて言いながら現れる演出を
思い付く余裕がキョーコちゃんにあったとは思えない
寧ろ、そういう演出を思い付いちゃうのは蓮の方で──

「ん?」

そう思った時、今まで少し疑問に思っていた細かい事が全部
頭の中に次々と箇条書きのように並んでいった

キョーコちゃんと会えないのに文句が少なかった
終わるのが遅かった昨夜は、飲み会で妙にはしゃいでいたのに
予定通りに終わった今夜は、帰り道がちょっと混んだだけでイライラしていた
さっさと部屋に帰りたいのかと思ったのに
あの大きな振り子時計の前で突っ立ったまま動かず、様子がおかしかった

「もしかして、あいつ!」

あの時、蓮はあのまま東京に帰るつもりだったのでは
キョーコちゃんが来たのがちょっとしたハプニングだっただけで
蓮はこれを最初から計画していた
昨夜は遅くなって実行できなかったからやけになっていて
今夜は予定通り終わったのに帰り道が混んで焦って苛ついていた
それまでずっと大人しくしていたのは、俺に対するフェイク──

「心配していた通りだったんだ!」

やけに簡単に遅刻宣言したのも事前に覚悟していたからだ
そうとしか思えなくなった俺はベッドから飛び起き、携帯を再び掴んだ
今すぐに何時間掛かろうが車で戻って来やがれと言ってやろうと思ったけど
一緒にいるだろうキョーコちゃんの事を考えたらそうも出来ず
また溜息をついて携帯を元の位置に戻す

「あー……もう、今度こそ寝るぞ!」

担当俳優が一つ年を取って落ち着いたのではなく
益々無謀に、そして狡猾になったのだと知った俺は
それに対応するための英気を養うべく
何も考えないようにして眠ってしまおうと
一晩中、頑張る事になった




「なんだか随分と眠そうですね。睡眠不足ですか?」
「お前は妙に元気だな……」
「お陰様で」
「…………」

次の日は良く言えば時間ギリギリに
本当の事を言えば数分の遅刻での現場入りとなってしまったが
驚いた事に他の連中に遅刻が多発していて
こちらの遅刻が有耶無耶になっていたのだけど、これを幸運と呼ぶ気にはなれなかった
そんなグダグダになってしまった現場で
蓮は急に暇さえあればメールをしまくるようになっていて
俺はそんな蓮が嬉々として携帯を操作している時にわざと電話をしたりして
しかめっ面で俺を睨む蓮を見て憂さを晴らしていた




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