冬の日の願い事

2014年12月25日 22:13

久々にひっそりと更新でございます。

キョーコさん誕生日おめでとう~!



冬の日の願い事





指先でその頬をそっと二回突付いてみたが
ベッドの中の彼女はまったく目を覚ます様子がない
白い肩や腕が寒そうに見え、何か着せてあげたかったけれど
起こしてしまうのが嫌で毛布を丁寧にかけ直しておいた

早朝のリビングは滅多にお目にかかれない程の混乱ぶりで
空になったシャンパンの瓶が数本、ラグの上に転がっているし
テーブルの上には使用済みの小皿が乱雑に放置されている
今にも床の上に落ちそうな状態で残っていたグラスは
一つは倒れていて、もうひとつにはなぜか苺がひとつ入っていた
まるで大きな犬にでも噛み付かれたような姿になっている
クリスマス仕様の小さめなホールケーキ
その側に放り出されている二本のフォークが
昨夜、二人でケーキの食べさせ合いをしていた事を思い出させた
にやつく顔を手で覆い隠そうとしたけれど
まだ彼女が起きる気配がないのを確認した後はそのままにして片付けを始めた

何度目かになる彼女と二人だけの小さなパーティに
アルコールが登場したのは今回が初めてで
それを持ち込んだ俺の『お祝いだから』という言葉の裏には
酔った彼女を見てみたいという単純な好奇心と
彼女の変化が俺の好みだといいなと思う下心があり
且つ、彼女が想定よりもアルコールに弱かったり
乱れ方が激しかったりした場合は
それをいち早く把握して彼女に自覚してもらい
今後、俺の知らない所での飲酒は控えてもらうようにしようとまで考えていた
その場合、誘いを上手に断る方法まで彼女に伝授する気満々だった俺
後でマネージャーにばれて遊ばれるのも想定済みだ

結果として、彼女は酷く乱れる事もなく
いつもよりもよく笑い、いつもよりもよくはしゃいでいる程度で
これなら大丈夫だと思った頃
グラスが触れ合う音が何度も響く中で
彼女の頬や耳朶、首筋がほんのりと紅く染まっていく
いつもよりも少し甘えた風な彼女の様子に気を良くし
あまり飲ませ過ぎないつもりだったのに
その前に自分が少々飲み過ぎてしまい
気がつけば口にしていたのは彼女の唇で
胸元までも淡い薔薇色に染まった彼女の柔らかな肌と
いつもよりも一層敏感になっている彼女の悩ましい反応に夢中になっていた

そうして、いつもよりも大分彼女に無理をさせた記憶がある俺にとって
このリビングの惨状は俺の不始末としか思えない
それでもこれを目にしたらおそらくは大いに気にしてしまうだろう彼女のために
彼女が目を覚ます前に、それらを全て片付けてしまう事にし
極力、物音を立てないように努力しながら手早く作業を進め始めた

今更格好つけたいわけではないけれど
どこかこそこそとしている自分の姿は
出来る限り彼女に見せたくないなと思い
かなり緊張した状態でのミッションの遂行になった

無事に片付いたリビングを見て、一息つき
とりあえずキッチンでコーヒーを淹れる
それを口にするよりも前に、ふと、ある事を思い立った
一旦冷蔵庫に放り込んだケーキをもう一度持ち出すと
崩れた部分をナイフで綺麗に切り取って
残った部分の形を整えて再び冷蔵庫に戻す
小皿に取り分けた崩れたケーキは思っていたよりも量があったが
彼女が作ったケーキを欠片でも処分する事など俺に出来るはずもなく
黙々と口に運び続けた
朝から青い顔をして甘い物を食べている自分が少々滑稽ではあったが
なんとか全て食べ切り、皿も片付け終わり
少し冷めたコーヒーをようやく口に出来た時
キッチンに彼女が飛び込んできた

「おはようございますっ!」
「おはよう」
「あのっ……あの、かた、片付け」
「ん?」
「……すっごく……散らかってましたよね?」
「…………」

どこまでかはわからないが、彼女は昨夜の事を粗方覚えているようだった
お酒で前後不覚になり、記憶が無い状態になどなったりしないのならばそれで安心
そして、目を覚ますなり慌ててここに飛んで来ただろう彼女の様子から
体調が悪くなったりもしていない事がわかって俺はひっそりと安堵する
知りたかった事はおおよそ把握した
それならば最後のミッションを始めよう

「そんな事なかったけど」
「えっ?」
「ちゃんと片付いていたよ」
「……い、いいえ! 嘘です!」
「……嘘って」
「昨夜は私、調子に乗っちゃって! ……もうっ、敦賀さんに後片付けまでさせるなんて、なんてだらしのない女なのでしょう!」
「いや、だから、そんな事は」

曖昧な笑顔で困った顔をする俺に、彼女は実に真剣にそう主張する
俺の完璧な演技に納得せず、彼女はブンブンとすごい勢いでキッチンを見回すと
ピタリと動きを止め、その鋭い眼光を冷蔵庫へと向けた

「……キョーコ?」
「この酷い有様のケーキがその証拠ですっ!」

彼女はそう叫ぶと冷蔵庫に飛びつき、勢いよくその扉を開けた

「…………」
「…………」

ちょうど一人分位の大きさになったクリスマスのケーキの残り
つい拘ってしまった俺のせいで、完璧に近い三角形を成している
冷蔵庫内の冷気を浴びながら、彼女はぽかんとした顔でそれを見つめていた

「えっと……」
「……昨夜、キョーコが綺麗にしてたじゃないか」
「え……」
「崩れた部分を食べながら、残りはまた後でって」
「な……」
「そのままでいいよって言ったのに」
「…………」
「何度も止めたんだけどね……危なっかしいのに、皿やら何やらも、どうしても片付けるって言って聞かなくて」
「…………」
「俺と一緒に片付けたんだよ?」
「………………」

クリスマスの朝からしれっと嘘八百を並べているとその内罰が当たるかな
彼女からの影響か、日本での生活が長いせいか
ごちゃ混ぜになった宗教観でそんな事を思う俺の目の前で
彼女の顔色がさあっと青くなっていく

「……もしかして、覚えてない?」
「うえっ!?」
「……やっぱり昨夜は少し飲み過ぎて」
「…………」
「飲むと記憶が飛ぶタイプなのかな……」
「そっ、そんな事は」
「でも……」
「ない、です! ないはず……です……」
「……本当に?」
「ほっ、本当ですっ……でも、う、うっかり……そ~いえば、そーだったかなぁ~みたいな」
「…………本当に?」
「……っ」
「本当に覚えてる?」
「……覚えてません……」

強張った顔でそう言い、固まった彼女の肩をそっと抱き
冷蔵庫の扉を閉めた後、リビングへとゆっくり誘導して行く
途中、まるで何かの呪文のように、今後の事を心配する言葉を耳元で囁き続けた

「心配だな……これから気を付けないと」
「はい……」
「どうしても断れない時も出て来ると思うけど……一杯飲んですぐにっていうわけじゃないみたいだから」
「はい……」
「ちゃんとわかってて自分で量をセーブしていけば大丈夫」
「はい……」
「俺と一緒の時は気にしなくていいけどね」
「えっ? あ、は、はい……」

これで彼女はどんな酒の席でも細心の注意を払って行動してくれるだろう
思い付いた通りの結果を導き出し、俺は満足したけれど
リビングのソファに到着する頃には彼女はどこかしょんぼりとした顔になっていた
俺は今日一日かけてそんな彼女のフォローに全力を尽くそうと思う
寧ろ尽くして当たり前だとマネージャー辺りが見ていたら強い口調で言われそうだ

本当はこんなに手の込んだ事をしなくても
誰の目もはばからずに彼女を心配できる立場を手に入れたかった
今日この日、クリスマスでもある彼女の今年の誕生日は
彼女が社会的にも大人になる大事な日で
それを彼女に願うにはふさわしい日だと思っていたのに
二日前の事務所の社長室で
口にする事を止められていた


*****


「最上君の仕事の邪魔はするなよ」
「は?」

あまりに唐突なその言葉に呆気にとられている俺に構わず
社長は彼女についての話をし始めた

「今、最上君にはいい話が来てるんだ。ちゃんと決まるのはもう少し先で、まだ本人にも伝えていないんだがな」
「いい話? 仕事ですか?」
「そうだ。ドラマなんだが最上君を主演で使いたいっていう話があってな」
「そうなんですか」

確かにいい話だと思い、それを聞いた彼女の喜ぶ顔が目に浮かんだ

「主演だなんて、きっと喜びますよ」
「だろう? だからお前に邪魔されんように」
「なぜ俺が邪魔するんですか。非常に心外です」

二度目の邪魔者扱いに思わず気色ばむと
社長はニヤリと不敵に笑って言葉を続けた

「そんな気はないって言うんだな」
「当たり前じゃないですか」
「そうか……じゃあ、二十五日にプロポーズなんてするなよ?」
「……っ」

誰にも悟られないようにしていた決意はあっさりと見破られていて
それと同時に禁じられてもしまった事に動揺し、言葉が出ない俺を
社長は実にのんびりとした様子で眺めていた

「クリスマスに誕生日、そして今回で最上君は二十歳だ。社辺りだってきっと予想してるぞ」
「う……」
「俺としてもぱーっと祝ってやりてぇ所なんだが……ちょっとタイミングが悪りぃなぁ」
「で、でもそれなら……」

話題になり、ドラマの宣伝になるんじゃないんですか
そう言い掛けたが、色々な事がぐるぐると頭の中を巡って言葉にはならなかった
彼女になら俺との事を幾らでも利用してもらって構わないのだが
それを強く押す程、俺も思い上がってはいない
何よりもまず彼女がそれを良しとするとも思えないし
それを避けるためにプロポーズを却下される可能性だってある
そもそも、まずプロポーズを受けてもらえるかどうかも確実ではないわけで──

「いや、その……それは……」

俺のそんな混乱に気付いたのか気付いていないのか
社長は一人で焦りまくる俺を見て呆れたような、でもどこか優しげな笑みを浮かべた後
ゆっくりと口を開いた

「言いたい事はわかるし、それを歓迎する向きも多いだろう」
「…………」
「だが、今回だけは俺の気が進まん。初めての主演だ。過保護かもしれんが仕事だけに集中させてやりてぇんだ」
「…………」
「だから、こうやってお前だけに内々に頼んでる……わかるかな」
「わ……かります……」

周りで雑音が多くなるだろうとはなんとなく予想できるから
そう言われてしまうと、俺にはもう言い返す言葉はない
社長は俺との事とは関係なく、彼女の女優としてのこれからをかなり期待している
俺にだって同じ気持ちはあった

「お前の気持ちもわかるがな? 最上君も最近は大人びて綺麗になって来たしなぁ」
「…………」

俺をからかうつもりだろう社長の軽口に
俺はわかっていながらも上手く反応できずに黙り込んでしまった

「……別に、別れろだの、ずーっと我慢しろって言ってんじゃねぇぞ」
「……はい」
「……現状維持で数ヶ月……日付に拘りあるんなら後一年か? 今だって婚約しているみたいなもんじゃねぇか。それ位は待てるだろ」
「……はい」

あからさまに落ち込んだ俺を見かねてか、社長は最後に溜息混じりで期限を決めてくれた


*****


周りに守られながら一緒に暮らせたりしているのだから
今以上に望むのは少々贅沢な事なのかもしれない
そう思いながらも、未練がましく幻に終わった今日の本当の予定を思い返す
並んでソファに座る彼女の左手には、俺が去年贈った指輪が光っていた

「キョーコ」
「はい?」
「せっかく一緒の休日だし……今日はどこか出掛けようか」
「えっ」
「今年は忙しくてちゃんとプレゼントを買えなかったし」

これは半分は嘘で、もう半分は本当
直前で用意していた物を渡す事が出来なくなり、忙しかったせいで代わりの物を探す時間が無かった

「あの、プレゼントなんてそんな」
「電車で出掛けてみたいな……朝食もどこか外でとろう。たまにはいいだろう?」
「電車!? や、で、でも敦賀さんっ……ふ、二人で一緒に外とかっ、街は年末で人一杯ですよっ」

まだ少し凹んでいた彼女は俺の提案を聞いて、今度はアタフタとし始めた

「変装が得意なのはキョーコだけじゃない」
「で、でも……やっぱり危ないですよ」
「最近はキョーコだって結構顔が売れてきてるんだから……最初に見つかるのはキョーコかもしれないよ」
「私は見つかりませんよ! いつだって完璧なんですから!」
「どうかなぁ……そういう油断から綻びが出るんじゃないか? それに、以前一度見つかった事があるのはキョーコの方じゃないか」
「あっ……あれは変装はしてない時で」
「じゃあ……先に見つかった方がなんでも言う事を聞く、というのはどうかな」
「へっ?」

俺はそう言うと驚いている様子の彼女にかなり挑戦的に微笑んでみせた

「それとも……自信ない? だったら無理にとは」
「そんな事ありません!」
「決まりだね」

急にやる気になった彼女と二人、バタバタと準備をし始める
服装の傾向があまり違わないように
妙に目立つような格好にはならないように
普段の自分を限界まで消せるように
お互いチェックし合う作業は
なんだか冒険の準備のようで楽しかった

「……行きますよ」
「OK」

誰もいなかったマンションのエントランスを二人一緒に堂々と抜けていく
歩き慣れた場所だったが、冷えた空気が軽い緊張感を感じさせ
俺の足を止めた

「敦賀さん?」

注意さえすれば二人だけで外出しても何の問題はない
そう思っていたのは確かだったし、自信もある
でも今、強引とも言える手段で強行しているのは
消えてしまった今日の予定の代償を俺が求めていただけなのだと
この時、初めて気が付いた

「忘れ物ですか?」
「いや……」

どんな形でもいい、彼女との事を何か一歩進めたい
そんな気持ちがあった俺の酷い我儘
彼女の事を気遣う心が決定的に欠けていた
今ならまだ引き返せる
でも──

「……どちらかが見つかったりしたら即走って逃げますからねっ」

彼女はそう言うと、俺と繋いでいたその手にぎゅっと力を込めた

「……うん」

彼女に促されるようにして再び歩き始めた
外に出た途端、冷たい冬の強風にさらされたが
彼女は何ら躊躇う事無く真っ直ぐ前を見て歩いていく

「…………」

手の平から伝わる確かな温もりとその力強さが
薬指の小さな輪っかや、書類上の繋がりよりも
とても大事で、そして何よりも強いのだと気付いた時
細かい事に拘って足掻いていた自分が情けなくなった

「キョーコは足が速いから……付いていけるかな」
「何言ってるんですかっ……私の倍は脚が長いじゃないですか」
「倍はないよ……」
「似たようなものですよ……」
「……まぁ、見つけられる気なんてないけどね?」
「わっ、私だってそうです!」

ムキなる彼女が可愛くて、思わず笑ってしまう

「じゃあ、俺はいまいち覇気のない優柔不断な男で、キョーコはそんな俺を引っ張っていくしっかり者の彼女という事で」
「えっ……なんです、その設定」
「俺はあんまり目立ちたくないし」
「そんなのズルいですぅ」
「逃げ足は早いタイプ。脚は倍長いみたいだし」
「んもう……見つかったら一人で逃げちゃいそうですねっ」
「そんな事はしない。ちゃんとキョーコを抱き抱えて走るから」
「へっ」

何があってもこの手を離すつもりなんてない

「どこか行きたい所とかは」
「あっ……あの、えっと……前から行ってみたいなぁっていうお店が……ありまして……」

もしかしたら一緒に行きたいと思ってくれていた場所でもあるのだろうか
俺から視線を逸らし、妙に恥ずかしそうにそう言った彼女は破壊的に可愛いかった

「じゃあ、そこへ行こう」
「……はいっ」

頬を染めた彼女のぱっと明るい笑顔の横で俺の顔も緩んでいく

彼女の記念すべき日である今日一日が
楽しい思い出で一杯になりますように──

二人で手を繋ぎ、冬晴れの街の雑踏に紛れた頃
俺が願っていたのはただそれだけだった



コメント

  1. 霜月さうら | URL | -

    プロポーズを止められてたとは…!
    酒ぐせを把握し過保護に扱う背景に潜んでた事情や蓮さんの気持ちのうつろいや行動がいちいち納得で、ああ、キョコさん愛され過ぎてるなぁ~とにやにや。

    いろいろ想定して動いてたはずの蓮さんなのに、プロポーズ大作戦は思いっきり予想されてた上に、状況的にも自分が我慢するのが一番と理解しちゃったあたりが、かわいそうやらかわいいやら。
    でも明るく元気なキョコさんに結局満たされてあまあまなのがたまりません!

    作品というクリスマスプレゼントを拝読できて幸せでした♪ありがとうございます。

  2. Kanamomo | URL | EO0B5AXI

    コメントありがとうございます!
    まさかの社長からのストップで、あたふたする蓮さんのお話になりましたw
    本人は納得して大人な対応してたつもりだったんですが、やっぱりちょっと冷静じゃなかったみたいな。
    かわいそうな男になってしまいましたが、キョーコさんのお陰ですぐに復活するかわいい奴にw
    あまあまな二人になっていましたら幸いでございます♪
    久々な更新でしたが、なんとか記念日にUPできました!
    楽しんで頂けましたら嬉しいです。ありがとうございました!

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://kanamomo2010.blog48.fc2.com/tb.php/573-b85f39bd
この記事へのトラックバック