変則的三角関係─7

2010年03月07日 23:41

7.無敵の二人




「あんな服着たの初めてです!かわいかった~」
蓮のマンションに着いてから夕飯をとり、その後蓮と並んでリビングのソファに座るキョーコは、今日の突然の撮影の話を楽しそうに喋っていた。
「そう…?いい経験になったかな…?」
「なりました!少しの間だけでしたけど人形になったり…どうでした?それっぽく見えましたか?」
「うん…見えたよ、人形に」
あの時の自分を思い出し、複雑な気持ちになる蓮だったが、それは悟られないように普通に返答をした。
「そうですか!」
蓮の返事に、とても嬉しそうににこにこと笑うキョーコはまだ少しはしゃいでいるようだった。
そのキョーコの様子からは、尚やビーグールに取り囲まれていた時の脅えた感じは消え去っていて、蓮はその事には安心していた。
自分の事はともかく、キョーコの気も紛れ、いろんな勉強になったのなら、仕事場に強引に連れていったのもよかったのかな、と思った。
しばらくの間、撮影の話を元気に続けていたキョーコだったが、急にその表情に影が落ちた。

「敦賀さん…今日格好良かったです…」
「ん?そうかな…キョーコに言われると嬉しいよ」
さっきの撮影のことだろうか、と思い、そう言うキョーコの顔を窺う。
しかし、キョーコはいまひとつ浮かない顔をしていた。
「褒めてくれてる…わりに浮かない顔だね?」
「………また今日も敦賀さんに迷惑かけてしまったなぁって」
「え」
「アイツやビーグルにちゃんと対処できなかったのがちょっと…」
「……キョーコ、向こうは何人いた?男が6人だよ。そんな人数に囲まれてそうそううまくは対応できないよ」
「……それはそうかもしれませんけど……アイツにちょっと…」
「…不破?」
「迫力負けっていうんでしょうか…怖いって思ったのが悔しくって」
「迫力負け…ねぇ」
そう来たか、と蓮は心の中で呟く。
それでもあの時の尚に危機を感じてくれていたのならまだいいか、とも思った。
蓮と大人の関係になった後でもキョーコはそういう方面には相変わらず疎かった。
嫉妬心の強い──心配性の蓮を気にして、特定の男性と二人きりになったりしないようになどキョーコなりに気をつけているようだったが、あくまでそれは蓮の事を考えての事で、相手が自分に秋波を送っている場合でも全くと言っていい程に気が付かない。
それはそれで余計な虫が付かない一種の防御策にもなるし、キョーコが"そういう"目で見る男は自分だけであると言う点が微妙に嬉しかったりもするのだが、あまりにも分からないままでは危険な時がある。
まさに今日がそれだったのだが、一応身に迫る危険は感じてくれるんだな、と少し安堵する。
あの防犯ブザーだっておそらくキョーコは蓮の事を考えて持ち歩いていただけのはずだ。
間に合った自分の幸運に心の底から感謝した。
尚があの時何を考えていたかなど、言葉にするのも嫌で、キョーコにも絶対言いたくなかった蓮はとりあえず当たり障りのない理由を提示する。

「まぁ…やっぱり…男の方が力が強いからね…それは仕方がないよ」
「でも…復讐を誓ってる相手を怖がってちゃだめですっ」
「復讐、か……」

ここのところずっと蓮の心の中で引っかかっていた言葉。
尚のした事を考えたら、キョーコの気持ちを考えたら───やめろとはやはり言えない。
別に復讐するのがダメなわけじゃない。
でも…

復讐なんて考えるのはやめて、俺の事だけを考えて───

自分の本音に改めて気が付き、我ながら我侭だなと蓮が自嘲していた時、キョーコが真っ直ぐな目で自分をじっと見つめているのに気が付いた。
一瞬、心の中を読まれたかと思い、蓮の心臓が跳ねたが、キョーコは心ここにあらずといった感じで見つめてくる。
「キョ、キョーコ……?」
そんなキョーコの様子を不審に思った蓮の呼び掛けに気が付いたキョーコは急に狼狽えながら
「ごっごめんなさい!」
と謝りだした。
「……なにかな?」
突然の謝罪の意味が分からない蓮がキョーコを問い詰めたが
「あっ、やっ、な、なんでもありませんっ」
キョーコは蓮から目を逸らして勢いよく否定する。
「隠し事は……」
「してません!」
「ふうん…」
抵抗しても無駄なのに、と思った蓮はそのままキョーコをソファに押し倒す。
あっという間に取り押さえられたキョーコは抵抗も空しく、蓮に"弱い所"をことごとく攻められ、すぐさま白旗をあげた。
はだけた胸元を直しながらキョーコは言いにくそうに白状しはじめる。
「ご、ごめんなさい…復讐はあくまで自分の事なのに…なんか…」
「なんか?」
「敦賀さんと…一緒にいれば…あいつへの復讐も早まるかなぁなんてことを」
「え」
「今日だって敦賀さんに甘えてしまったのに、そんな事まで敦賀さん頼りなんて自分が情けないっていうか」
いつの間にか蓮の腕から脱け出したキョーコはソファの上にきっちり正座をして真面目な顔でそう言った。
「敦賀さんと一緒にいると強くなれる気がして…ま、まるでいいように利用してるみたいじゃないですかっ。そんな事考える自分が許せませんっ」
いつの日か聞いたような、そのキョーコの言葉は殺し文句か?と蓮は一瞬思ったものの、最後までは耳に入らなかった。
「俺と一緒に……?」
その発想はなかったな、と蓮は思う。
キョーコが尚に向けるその特別な感情にひたすら嫉妬ばかりしていた蓮。
急に、少し疎外感さえ感じていたキョーコと尚の間に初めて足を踏み入れる事ができた気がした。
真面目な顔で供述を続けるキョーコに、蓮は突然眩いばかりの笑顔を向けた。

「俺と一緒なら復讐早く終わりそう?」
「へっ」
「じゃあいくらでも協力するよ?」
「きょ、協力って!ダメです!私をそんなに甘やかしちゃいけません!あくまで私の個人的なっ」
「冷たいなー。キョーコの敵は俺の敵だよ。そうだ、俺もアイツに復讐を誓おうか」
「えっ!」
「よく考えれば…俺もアイツには積年の恨みがある…かなぁ」
「う、恨み!?なんですかっそれ!敦賀さんはダメです!アイツには近づかないでください!」
「…それはどういう意味かな。なんだか妬けるね」
「なんでですか!全然違いますっ!」
「違わない。俺もアイツに復讐したい事がたくさんあるよ。……うん、そうだね、そうしよう」
「なっ」
「二人一緒なら…無敵だよね?」

焦りまくるキョーコに有無を言わせないように再びにっこりと神々しいまでの笑顔を浮かべる蓮。
その蓮の言葉と笑顔に、しばらくの間声も出せず、ただ口をパクパクとさせていたキョーコは、最後には降参したかのように肩を落とす。
そして横でにこにことしている蓮をちらりと見た。

「……なんか私が足を引っ張る事になる気がします」
「なぜ?」
「だって敦賀さん一人で十分アイツに勝ってますよ!復讐するまでもありませんっ」
「それはどうかな……まぁ負けたくはないけど……俺一人だとちょっとね」
「えええっ!絶対敦賀さんが負けるわけありません!」
「んー…わからないよ?………意外とアイツに演技力とかあったり…」
「そんなものアイツにありません!あったとしても敦賀さんにかなうはずありません!」
「じゃあ歌はどうかなぁ?音痴じゃないつもりだけどそれはあっちが専門だし……CDでも出してみようか」
「いーーやーーでーーすぅぅぅ!そんな理由で歌なんて歌わないでくださいぃぃぃぃ」
「大丈夫、ちゃんとレッスンするから」
「ダメったらダメですーーーー!絶対ダメ!」
「そうすればビーグールとも同じ土俵に立てるな」
「つーーるーーがーーさぁん!」

歌を歌う気などなかった蓮だが、真っ赤になって慌てるキョーコが可愛くてついつい発言がエスカレートする。
そのうち蓮は一瞬本気で歌おうかとまで思ったり、必死で嫌がるキョーコに自分が歌うのはそんなに嫌?などと問い詰めたりしてどんどん話がずれていった。
散々揉めた後、最終的には蓮は歌わない、何が来ても二人で一緒に戦う、という方向に収まった。
ほんの少し納得のいかないキョーコだったが、なにやらとても嬉しそうな蓮を見ると何も言えなくなった。
蓮に甘えっぱなしの自分が情けない、という気持ちは無くならなかったが、それが蓮を喜ばせるのならそれもいい事のような気さえした。

蓮と付き合うようになってから、一人の時の自分が弱くなったような気がしていた。
その事に不安を感じる時もある。
でも蓮と一緒だと、一人の時の自分より、確実に自分自身が強くなるような気がする。
どちらがよいかなんて───考えるまでもなかった。

最上級の笑顔でキョーコを抱え上げた蓮にキョーコは少し困ったように眉を下げて笑う。
そのまま二人は寝室へ向かい、仲良く夢の世界へ旅立っていった。



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