変則的三角関係─6

2010年03月07日 23:39

6.予行演習



───公私混同しているのは分かっている。

蓮はそう思いながらバックミラーでチラッとキョーコの様子を伺う。
まだ仕事が残っていたための移動中の車内。
その現場へキョーコを連れて行くのはどうかと思うのだが、どうしても今日は自分の側から離したくなかった。

社にやんわりと注意されるかな、と思ったが、社はキョーコが一緒にいる事について特に何も言わない。
キョーコにも遠慮されて帰られるかな、と思ったが、キョーコは黙ってついてきた。
その状況に甘え、蓮はキョーコを連れて次の現場へと向かっていた。

社は既にキョーコが自分達と一緒にいてもおかしくない理由などを考えていた。
蓮がキョーコから目を離したくない気持ちもわかっていたし、それ以上にキョーコを心配していた。
次の仕事の予定時間は迫っていて、蓮の車でキョーコを「だるまや」まで送るのは無理だった。
タクシーを呼んで送ろうとも考えたが、それには少し不安を感じていた。
祥子にツテができ、あの時の様子から考えて不破はもう大丈夫だろうとは思っていたが、ビーグールの動向をちゃんと確認していなかったのがその理由だった。
(あそこからタクシー呼んで乗せてあげても…連中がどこかでそれ見てたりしたら嫌だしな)
得体の知れない連中だからこそ、その不安も大きかった。
蓮の今日の仕事は次で終わる。
ならば一緒に連れて行ってしまって、理由なぞ適当にでっちあげればいいと考えていた。

キョーコは自分が今ここにいる事に少し不安を感じていたが、それでも蓮の側を離れたくない気持ちが大きかった。
ちゃんと一人で帰れます、と言って帰るべきだと何度も思った。
(私が何の用事もなしに敦賀さんの仕事先について行くなんて…ちょっと不自然よね…)
そうは思うのだが、一緒にいるように目だけで強く訴える蓮に甘えてそのまま流されて来てしまっていた。
本当にこのままついて行っていいのかな…そんな不安に耐えられず、つい口を開く。

「あ、あの次のお仕事はなんですか?」
「ん?あぁ雑誌の撮影だよ」
「モデルの方の仕事だね」
「そう…なんですか」
「……あー、キョーコちゃん、前に蓮にモデルアクション…教えてもらってたよねぇ」
「あ、はい!あの時はお、お世話に…」
「前は一夜漬けって感じだったねー」
「えっ、あっ、はいそうですね」
「…きっと参考になるよ、役作りとかにね、うん」

社は満足気にそう言って得意満面の笑みを浮かべた。
蓮は社の顔を見て思わず吹き出しそうになったが、その意図を汲み取り、胸の内で密かに感謝していた。


社の後ろにくっついて、キョーコは周りをキョロキョロと見回していた。
初めて足を踏み入れたその現場がキョーコには新鮮で興味を引くものばかりだった。
既に蓮は用意されていた衣装に着替え、カメラに向かっている。
その姿はドラマの現場で出会うのとも、事務所で出会うのとも、そして…マンションで寛いでいるのとも違う、普段あまり見る事の出来ない姿。
(…写真くらい…何度も見てるんだけど……)
蓮の写真が掲載されている雑誌はいつもこっそりチェックし、自室で何度も眺めていたりした。
未だ部屋に貼られているポスターもあるのに、それが実物だというだけで…キョーコはなんだか照れくさく、頬を染めて目を逸らしてはまた見る、を忙しく繰り返していた。
(カッコよく写ろうとしているんだから、カッコいいのは当たり前よねっ)
そうは思うものの、カメラに挑発でもするかのような少し鋭い蓮の瞳に、そのポーズに、少しはだけた胸元に、勝手にいろいろ想像してキョーコは一人、茹で上がるほどに真っ赤になっていた。

そんなキョーコに気が付き、声を掛ける女性スタッフがいた。
「あら、社さん、その娘は?」
「うちの事務所の娘です。今いろいろ勉強中でしてね、時間があったのでちょっと見学ですよ」
社はさっき考え付いた理由をすらすらと淀みなく述べる。
「お、お邪魔しています!」
キョーコは大慌てでその女性にお辞儀をした。
「敦賀くんの後輩なんだ~、モデルの仕事に興味あるの?」
「し、仕事といいますか、立ち振る舞いとか、その参考にさせていただきたいなと」
社が言った理由に合わせてキョーコもそう答えた。
「あー俺知ってる!"美緒"やってた娘だ!今BOX"R"ってドラマに出てるよね?」
「はっはい!」
「『ナツ』だっけ?だいぶ雰囲気違うから印象に残ってるんだ!バッチリメイクしたらきっとかなりいけるよ」
「へえ~役者さんなんだ…」
その会話の輪に数人のスタッフが自然に参加してきて、思いがけず囲まれ緊張するキョーコ。
最初に声を掛けてきた女性はしばらくキョーコの顔をいろんな角度から眺めていたが、急ににっこりと愛想のいい笑顔を向けてきた。
「時間…あるのよね?」
「はい?」
「社さん、この娘ちょっとお借りしていいかしら?」
「えっ」
「一人急に来れなくなった娘がいてどうしようか困ってたところなの」
「へっ?」
「脇でちょっと座ってるだけでいいのよ。ねっ」
「い、伊藤さん?」
少し慌てた社に構うことなく、伊藤と呼ばれたその女性は、あっという間にキョーコを連れ去ってしまった。


「あれ…キ…最上さんはどうしたんですか?」
撮影を終え、社の元に戻ってきた蓮は社と一緒にいるはずのキョーコの姿がないことに驚いていた。
「いや、伊藤さんが来てさ…なんか連れてっちゃった」
「連れてっちゃった…って」
急に帰ったとか、どこかわからないところへ行った、などというわけではない事に蓮は少し安堵したが、それでもなんだか心配になる。
「誰かの代理させたいみたいだったけど」
社から詳細を聞いて、キョーコが連れていかれたと思われる場所へ向かう。
「ナツ、やってるって聞いて興味引いたみたいだよ。なんの撮影かな」

蓮は先日見たBOX"R"のキョーコを思い出す。
プリンセスローザを身に着けたキョーコは普段からは想像が出来ないほどに大人びていて…
TVでそのキョーコをはじめて見た時、普段のキョーコとの違いに驚いたのと同時に妙な独占欲が沸いていた。

───キョーコの全てを知っているのは自分だけでいたい。

心の奥に住まわせていたその小さな独占欲が急に暴れだした。
大勢の男性スタッフが集まっているのが見える。
キョーコは化粧栄えする…また「ナツ」のようなキョーコが現れていて、変な虫に目をつけられるような事があったら…
集まっていたスタッフの中に割り込むようにして中を覗いた蓮の目に飛び込んできたのは───

陶器のように白い肌に、大きく強調された黒い瞳、目を引く真紅の唇。
綺麗に揃った前髪と肩までの真っ直ぐな黒い髪できっちりとメイクされている。
赤地に小さな桜の花びらが風に舞うように散りばめられている膝丈のドレスの裾と袖口は白いレースで隙間なく縁取られ、キョーコは少女とも大人ともつかない独特の雰囲気を醸し出していた。
「わ、キョーコちゃんすごいね、かわいいよ」
ざわめく周囲の中から聞こえた社の言葉に答える事も出来ず、蓮はただ立っているだけで精一杯だった。
メイクアップされたキョーコを可愛いと思う前に、目の前のその構図に凍り付いてしまっていた。

それは一種異様とも取れるもので…
ブロンドの男性モデルに背中を支えられながら、その肩にもたれるようにして、膝の上に座っているキョーコ。
大きく見開かれたキョーコの瞳は周りの雑音など何一つ聞こえないかのようになんの感情の色も見せていない。
いつもの表情豊かな彼女とは大きく違う、空虚さまで感じるその顔からは生気さえ感じられなかった。
相手の男性は、面白そうにキョーコの腕を少し上げてみたり揺さぶったりしている。
キョーコはそれに何の反応もせず、無表情で、ただされるがままになっている。
相手の男がふざけて、キョーコの左手の甲にキスをした。
それでもキョーコの表情は動かない。
滑り落ちるように体勢を崩したキョーコの身体を、腰に手をまわしもう一度強く抱き抱える男。
わずかに下向き加減になったキョーコの顔を支えるように添えられた手が、キョーコの唇を掠めそうになる。
(………!)
自分以外の男に何ひとつ抵抗せず、いいように動かされ、身を任せているキョーコ。
その光景に此処がどんな場所か、今がどんな時間か忘れて、蓮はその現場に飛び込みそうになった。
しかし、途中から顔色を変えていく蓮の様子に気が付いた社に強く腕を掴まれていて動く事はなかった。
それでもまだキョーコの方へ向かおうとする蓮を社はしっかりと押さえ、小さく、しかし強い口調で諭すように言う。
「…蓮、落ち着けって。仕事だよ、仕事」
「え?…えぇ?」
「し・ご・と。仕事として頼まれたみたいだよ」
「し…ご…と?」
しばらく社と見つめ合う形になってしまった蓮は、まるで子供を咎めるかのような社の目にようやく落ち着きを取り戻す。
そんな二人の少しおかしい様子には気が付かないまま、さっきの女性スタッフが、近づいてきて説明する。
「日本を感じさせるものが欲しいっていうから日本人形のイメージなのよ。あんまりやりすぎるのもどうかと思うから和服は着せてないけど」
なんとか平静を取り戻した蓮は、普通に会話をつなげる努力をする。
「に、人形……ですか?」
「そう、"人形"になってくれる?ってお願いしたんだけど……さすが役者さんね、すごくいい感じ。助かっちゃったわ」
「は、はぁ…」
「ドレスは着物で出来てるの。面白いかなって」
「そ……うです…か…」
「あとどれ位撮るんですか?…彼女にも予定があるんですが」
もうキョーコは帰るだけだったが、キョーコだけ置いていくわけには行かないと思った社が女性にそう尋ねた。
少し放心している蓮を誤魔化すためでもあった。
「順調にいったからもうこれで終わりで───

社に答えるその彼女の声を少し遠くに聞きながら、蓮は再びキョーコに目をやった。
魂が抜けたかのように、力の抜けているキョーコ。
しかし、キョーコの意志とは関係なく動かされるその身体はどこか不自然で"硬い"感じが見て取れる。
仕事として"人形"という役柄に集中しているのが蓮にもわかった。
(……一応、役作りの参考になったのかな……)
人形役、などという役柄は滅多にないような気もしたが、やって損な事はないだろうと思った。
少しでもキョーコの役に立つなら…としばらくその様子を眺めていた蓮だったが、その構図にどうしても胸の奥が焦げ付いてしまう。
数時間前の光景が、頭の中にまざまざと蘇る。
自然と眉間に皺が寄り、徐々に険しくなっていく蓮の表情。
その蓮の様子に気が付いた社が、またそれを咎めるように蓮の腕を軽く引っ張った。
「ほら…着替えてこいよ。キョーコちゃんがやるのこれだけらしいし、もうこっちも仕事は終わり。……連れて帰るんだろ?」
最後の囁く様に小さく発せられた社の言葉に蓮は我に返り
「あ、はい…」
と、小さく返事をして、その場から離れた。
「キョーコちゃんは俺が連れて行くからお前は帰れるようにしてこいよ」
社の言葉を背中で聞きながら、蓮は少しふらつきながら帰り支度に向かっていった。

(やれやれ…まったくキョーコちゃんの事になると人が変わるな…)
社は戻っていく蓮の背中を眺めながら軽く溜息をつく。
(仕事に影響するような事はなかったんだけどな…いや、あったかな?…まぁ休憩中とかだよな…)
仕事を中断させるような行動をしようとした蓮に、社はかなり驚いていた。
(まぁ…でも今日はあんな事があったから少し過敏になるのも仕方ないのかな…)
キョーコの心配ばかりをしていた社だったが、マネージャーとして蓮の方にも気を配るべきだったなと少し反省した。
蓮とキョーコの職業上、これからもこういう事が無いとは言えないし、もしかしていい予行演習になったのかもしれない。
後で少し忠告しておくか…と真面目に考えているつもりの社だが、顔はまるで新しい遊び道具を手に入れた子供のように少しにやついていた。
「社さん!」
撮影が終わったらしいキョーコがにこやかな顔で社の元に駆け寄ってきた。
「やーキョーコちゃん、お疲れ!すごいよ、可愛い可愛い」
「えへへ…ありがとうございます!やっぱりプロのメイクさんはすごいです!この服もかわいいですーっ」
キョーコはそう言って、嬉しそうにニコニコと笑う。
「京子さん、ありがとうね、助かったわ~」
「いえ!お役に立ててよかったです!」
少し頬を紅潮させながらその場にいたスタッフ達と会話するキョーコは既にいつものキョーコに戻っていて、お辞儀をしたり照れたり笑ったりと忙しい。
「本当にキョーコちゃんはすごいよね…」
いろんな意味を込めて、社は独り言のようにそう呟いた。




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