真夜中の電話─4

2014年02月13日 20:53

真夜中の電話─4







仕事を終えた奏江が自分の部屋に帰ると、妙にテンションの高いキョーコに出迎えられた。

「おっかえりなさーい、モー子さん!」
「……ちょっと、何これ……」

部屋中に漂う甘い香り。
キッチンのテーブルの上には大量のトリュフチョコレートが所狭しと並んでいる。

「何って、モー子さんが義理チョコ用意するのメンドクサイって言ったんじゃない」
「確かに言ったけど……」

じっとしているよりは何かしていた方が気が紛れるだろう。
そう思った奏江からバレンタインのチョコの話をしたのだが、それがこんなにも大量のチョコレートを出現させる事になるとは思ってもいなかった。

「リクエスト通りに作っておいたよ! 泊めてくれたお礼ね! 以前のと同じトリュフで芸がないけど、ちゃんと美味しく作ったつもりだから!」
「あ、あのね……ありがたいけど多すぎるわよ」
「大丈夫! あげる人数で分ければ……一人三個位にすれば三十人分程度に」
「そんなにあげないわよ」
「え!」
「せいぜい三、四人分」
「そ、そうなの……じゃあ、一人三十個にして」
「……多いでしょ」
「そ、そうねぇ……今、まだ冷やしてる分もあるんだけど」
「まだあるの……」
「つい、張り切っちゃって」

そう言うとキョーコはガサガサとラッピング用の透明な小さな袋とリボンなどを取り出している。
キッチンだけでなくリビングのテーブルの上にまで並べられている大量のトリュフ達。
奏江はその数の多さに呆れるしかなかったが、その中に少し毛色の違うものがあるのに気が付いた。
ほとんどがポップな色調にデコレーションされているのに、それだけは妙に洗練されていて落ち着いた雰囲気になっている。
店頭に並んでいてもおかしくない出来の物が、きちんとした箱に詰められていた。

「それは本命用?」
「あ! モー子さんにも本命用の」
「必要ないわ」
「えー」
「あれは敦賀さんのでしょ?」
「えっ、あっ……う、うん……」

急に沈んだ顔になったキョーコを見て、奏江は溜息をついた。

「なんでそんな顔するのよ……すごく心配して探してたって言ったでしょ?」
「う……ん……」
「見えない壁なんか、昨日、あんたがいなかった時に勝手に消えちゃってるわよ」
「…………」
「そのチョコ持って、今日は大手を振って帰んなさいよ……ていうか、もう夕方だけど」
「あっ……ラッピングしちゃうね。えーっと一人何個にすればいいかな」
「三個でいいわ」
「約三十人分に」
「……余分なのはあんたが持って帰るのよ」
「えぇー、だってこれお礼も兼ねてるのに。ちゃんとモー子さん用のも別に」
「こんなにたくさんいらないって言ってるのっ」

ああだこうだと揉めながら、二人はラッピング作業を始める。
終了する頃には大半のチョコレートをキョーコが持って帰る事になっていた。
来た時よりも荷物が増えたとぶちぶち言いながら、キョーコは帰り支度を始める。
元気な様子をみせてはいるが、どうもアヤシイと思った奏江は、懇切丁寧にお礼を言って帰ろうとするキョーコを一旦引き止めた。

「ちょっと待って」
「へっ?」
「……今、ここで敦賀さんに電話して。あぁ、メールでいいわ」
「えっ……な、なぜ」
「あんた、また行方をくらまそうとか企んでないわよね?」
「えっ……いやっ、そっ、そ、そんな事は」
「あんたは時々マイナスな方向へ思考が全力疾走するから怖いのよ」
「…………」
「そんな事ないって言うんなら、いますぐ敦賀さんに『今から帰ります』ってメールして」
「な、何も今、そこまでしなくても……」
「私にも責任ってもんがあるのよ! 社さんや敦賀さんに、私がいい加減な人間だと思われたりしたらどうしてくれるの?」
「へ? モ、モー子さん?」

昨晩、”向こう側”に強気な態度で対応してしまった事を、奏江はほんの少しではあるが気にしていた。
間違ってはいないと思っているが、キョーコを無事に蓮の部屋に帰らせるのは自分の責任だとも思っていた。

「メールするっ……するからモー子さん、落ち着いてっ」

鬼気迫った表情の奏江に、キョーコは少し怯えながらも奏江の監視下でポチポチと蓮にメールを打つ。
そして、何度もちゃんと帰るように念を押されてから、やっと奏江の部屋を出る事が出来た。



奏江がなぜあんなにも怖い顔で帰れと連呼していたのか、いまいちわかっていなかったキョーコだが、メールした以上、嘘には出来ない。
とりあえず大人しく蓮の部屋に帰る事にした。
実際の所、キョーコは今日もどこか安いホテルかネカフェ辺りで夜を過ごそうかなどと考えていた。
帰りたい気持ちもあったのだが、どうしても気持ちの踏ん切りがつかず、時間が欲しかったからだ。
明日は二月十四日、バレンタインデー。
チョコを渡して気持ちを伝える事ができるイベントを使って、もう一度蓮にきちんと謝る機会を得ようと思っていた。
予定が狂い、一日早まったが、蓮の帰りは今夜も遅いだろうし、日が変わればバレンタインだと言える。
覚悟を決めたものの、キョーコの歩みは早くなったり遅くなったりと不安定だ。
話し合った結果、”ダメになる”可能性もある。
まだそう思っていたキョーコはその恐怖と、冬の街の寒さに身を震わせた。
蓮が自分を探していてくれたと聞いた時は嬉しかった。
しかし、マイナスな方向に向いていた思考は一緒に暮らしているのだから単に所在の確認かもしれないなどと思い直してしまう。
ついた深い溜息は白くなり、かじかんでいた指先が蓮にプレゼントした手袋の事を思い出させる。
使われる事無くどこかに追いやられているのかもしれないなどと悲観的な想像をして悲しくなった。
もしかしたら、もうどうしようもないのかもしれない。
でも、たとえ見苦しくても最後まで縋り付いてみよう、とまでキョーコは考える。
情に訴えてみれば、優しい蓮は自分にすぐ出て行けとは言えないかもしれない。
そうなれば、再び蓮の部屋に居座って、なし崩し的に今まで通りに──
キョーコの中で、少し捻れた形で突っ走っていたマイナス思考。
どんよりと暗い空気を背負いつつも、どこか悪い顔でそんな事を考えながらキョーコはいつもの帰り道を歩いていく。
もう見慣れたはずの蓮のマンションが、薄暗い空を背後にいつもよりもやけに高くそびえているように見えた。


背中を丸めたキョーコは弱々しい溜息をつきながら最上階に到着したエレベーターからノロノロと降りる。
視線の先、蓮の部屋の玄関扉の前。
長身の男が一人 立っているのに気付いた。

「え……」

それが蓮だと認識し確認するよりも前に、キョーコは蓮の腕の中にいた。

「お帰り……」
「た、ただ……えっ? 敦賀さん、お、お仕事は」
「さっきメールくれたから……ちょっと抜け出してきた」
「ええっ」
「下の車の中で、社さんが時計見ながらイライラしてるかもね……」

そう言って蓮はくすくすと笑う。
その間もキョーコを抱きしめる腕の力は強いままだ。

「敦賀さん……」

身体で感じる温もり。
蓮が仕事中に無理をしてまで自分を出迎えるためにここに居た。
それだけで、さっきまで抱きかかえていたマイナス思考はキョーコの中から一気に吹き飛んでいってしまった。

「あ、あのっ、私……本当にごめんなさ」
「俺の方こそごめん……キョーコが何か誤解してもおかしくない態度だったと思う。本当にごめん」
「……っ」
「妬いてたんだよ……抑えられない位。だから、キョーコに近づけなかった……俺が何するかわからなかったから」
「え……」
「俺はなかなか成長できないな……」

自嘲気味に聞こえた蓮のその言葉に、キョーコは大急ぎで反論する。

「そ、それは違いますっ! 今回は、私がもっと上手く対応す……んぎゃ!」

途中でいきなり蓮に力を込めて抱きしめられてしまい、妙な悲鳴を上げた後、キョーコは喋れなくなった。

「キョーコは俺が言って欲しいなって思った事をきっちり言ってくれたよ? まぁ、相手がちょっと手強かった……のかな」
「……っ」
「キョーコは悪くないからキョーコに変な感情をぶつけたくなかったんだけど……思い切り失敗してるね、俺は」
「…………」
「今回は本当にダメかもしれないって……愛想を尽かされて、もう帰って来てくれないかもしれないと思ったから、すごく……焦ったよ」
「わっ……わっ……」
「あぁ、ごめん、苦しかったかな」

腕の中でキョーコがジタバタし始めたので、蓮はそっと腕の力を抜く。
少しだけ自由になったキョーコは蓮にしがみつきながら涙で潤んだ瞳を蓮を向けた。

「わっ、たしも同じように思ってて」
「え……」
「呆れられて失望されて……もう本当にダメかなって……で、でも、それでも、あの、ですね」
「うん……」
「粘り強く! し、しつこく縋り付いてみようかなって思って……あは、怖いですね、私」

泣きながら笑って蓮を見上げるキョーコを蓮は再び強く抱きしめた。

「いいね、それ」
「へっ」
「何かあったら俺もそうする……しつこいよ? 俺は……それに意外と執念深いって知ってるよね」
「えっ! あ……」

どこかで聞いたことのあるフレーズ。
抱き合ったまま、二人でクスクスと笑い合っている時、蓮の携帯が鳴った。

「携帯が」
「あぁ、社さんだな……きっとタイムリミットのお知らせだ」
「お仕事に戻らないと! ……今日は何時頃に帰りますか?」
「そうだね、日が変わってしまうと思うけど、そんなには遅くならないと思う」
「わかりました……待ってますね」
「無理しなくてもいいよ。キョーコの寝顔を眺めてるのも好きだし」
「んなっ……きょ、今日は多分なかなか眠れませんから起きてますっ」
「勿論、起きて笑っててくれるキョーコが一番可愛くて好きだよ」
「な」

調子が戻ったのか、ほんのりと艶のある妖しい笑顔で蓮はさらりとそう言った。
キョーコは真正面でその笑顔を浴びてしまい、真っ赤になってしまう。
鳴り止んだ携帯の確認をする蓮の手に自分の贈った手袋を見つけ、キョーコはただでさえ赤い顔がにやけてもしまいそうになり必死で堪えた。
仕事に戻りたくないと駄々を捏ね、キョーコに縋り付く大男。
急き立てるように、蓮の携帯が再び鳴り始めた。
キョーコは自分に貼り付いて離れない蓮を、引き摺るようにして呼び戻したエレベーターの中まで連れて行った。



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