真夜中の電話─3

2014年02月12日 21:09

真夜中の電話─3






風呂上がりのキョーコはもう泣いてはいなかったが、どこか虚ろな感じでぼんやりとしていた。
奏江は用意した客用の布団に、問答無用でキョーコを押し込めると、とにかく早く眠るように言った。

「……眠れないよぉ……」
「睡眠不足は美容の敵なのよ? 芸能人でしょ! 大事なドラマの仕事もあるのに」
「うぅ……」

暫くの間、キョーコは布団の中でごにょごにょと何か言っていたが、奏江によって部屋の電気が強制的に消されてしまう。
暗くなった部屋の中で、大人しくなったキョーコ。
疲れていたのか、すぐに静かな寝息が聞こえてきた。
それを確認した後、奏江はキッチンのテーブルについて安堵の溜息をつく。
キョーコを宥め、落ち着かせるのに思ったよりも時間が掛かっていた。
確認した時刻は午後十一半時を過ぎた所だった。
少し経ってから、奏江はキョーコの寝ている部屋にそっと忍び込む。
そして、自分の携帯を持ってキッチンに戻って来た。
キョーコを探す人間から、自分に連絡が来る可能性があると思ったからだ。
蓮から事務的な対応をされるのが怖いからと、キョーコは自分の携帯の電源を落としてしまっている。
奏江は最初それを止めようとしたのだが、すぐに考え直して何も言わなかった。
キョーコが悩んで泣いていた分、蓮も多少は苦労するべき。
そう思ったからだ。
蓮の部屋に簡単な書き置きを残してきたとキョーコは言っていた。
キョーコがいないのに気づき、書き置きなんてものを見た蓮が何もしないとは考えられない。
寧ろ、何もしなかったりしたら、当分の間この子は帰してあげないから。
奏江がそう考えた時、携帯が震えた。
発信者は社。
蓮は自分の番号を知らないはずなので、これは奏江の予想通りの展開だ。

「もしもし」
『もしもし、琴南さん? 社です。ごめんね、こんな時間に』
「いえ、まぁ……なんとなくわかっていましたから」
『あっ……本当? じゃ、じゃあ』
「来てますよ」
『そっかー! いやぁ、よかったよぉ~……もうね、あいつが今にも死にそうな声で電話掛けてきたからびっくりしてさぁ』
「そ……そうですか」

こちらから尋ねる前に知る事ができた蓮の様子に、奏江はつい口元がにやけてしまう。
意地が悪いなと自分でも思うが、少し溜飲が下がったのは事実だ。

『じゃあ……琴南さんの部屋にいるってあいつに言っていいかな? ”敦賀蓮”が夜中に街を徘徊してるなんて噂が出たらやだし』
「は?」
『今日は寒いし、いくらあいつが丈夫だとはいえ、あんまり無茶はして欲しくないしね。これでやっとあいつも一旦家に帰る気に』
「ちょっと待って下さい……敦賀さん、外で……探してるんですか?」
『へっ? ……詳しくは聞いてないんだけど……何かあってキョーコちゃんが外に飛び出して行って……とかじゃないの?』
「あの子は九時前にはもううちにいたんですけど」
『えっ』
「夜は顔を合わせてはいないと思うんですけど……お仕事は何時に終わったんですか?」
『……三、四十分位前かなぁ……」
「…………」
『…………』

電話口で二人揃って沈黙した後、奏江の方から口を開いた。

「あの子の書き置き見て……慌てたんでしょうか」
『書き置き? そんなのあったんだ。姿が見えなくて連絡がつかないとは言ってたけど』
「あの子は今、携帯の電源切ってますから」
『あ、あのさ……キョーコちゃん、そんなに何か……怒ってたりするの?』
「違いますね。あの子は敦賀さんに距離を置かれてしまったのでもうだめだと言ってます」

見えない壁が三十センチあると言っている。
唐突にそんな事を言ってもすぐには理解できない話だろうと思い、奏江はそう言い換えた。

『えぇっ!? そんなの有り得ないと思うけどなぁ』
「私もそう思いますが、あの子が嘘を言うわけもないですし……その辺のすれ違いが今の事態だと」
『そ、そうだね……それじゃあ、取り敢えず蓮に連絡するから……何やってんだ、あいつは……あ、それ終わったら、もう一回電話していいかな。そんなには待たせないよ』
「はい、お待ちしています」

社との電話を終え、なんとか事が無事解決しそうだと思い、奏江はやはり少しほっとした。
狼狽えたのか、何か早とちりしたのか、よくはわからなかったが、夜の街を無駄に探しまわる位なのだから見えない壁とやらは意外と脆いものだったのだろう。
奏江はそっとキョーコの様子を伺う。
特に変わった様子はない。
熟睡しているらしいキョーコを起こすのは可哀想だなと思い、明日になってから安心して”おうち”に帰るように言おうと考えた。
携帯の時刻表示に目を向けた時。
午前零時ちょうどを知らせる時報のように震えだした。

「はい」
『社です……あの、琴南さん、キョーコちゃんは今どうしてるかな』
「寝てます」
『え……寝てるんだ』
「さっきまでずっと泣き続けていましたから、疲れたんでしょう」
『泣き続けて……』
「しばらくごちゃごちゃ喋ってたんですが、やっと落ち着いて……よく眠ってます」
『そっか……そ、それじゃあ、今から迎えにとか行ったりしたり……なんかしたら……』
「迎え? 今からですか? こんな時間に? せっかく熟睡できているのに? 昨日も一昨日もよく眠れなかったみたいだったのに?」
『あぁ……そ、そうだよね……うん……』
「敦賀さんが迎えに来るって言ってるんですね」
『う、うん……まぁ……』
「なんでしたら、私が敦賀さんに直接お話しましょうか」

蓮は奏江にとっても事務所の先輩で、失礼な口などを聞いていい相手ではない。
だが、今回の事は事務所も仕事も何も関係ない。
今の奏江にとって蓮は親友を泣かせる困った男でしかなかった。
我儘言わないで、今夜一晩くらい我慢しなさい、とすぐにでも言いたい。
こんな事がまたあるのなら、蓮の携帯番号を自分も教えてもらっておくべきなのかもしれないと思い始めた時、社の慌てたような声が聞こえた。

『あ、いや、それは……琴南さんに言われちゃったら蓮へのダメージ半端ないと思うから勘弁してあげて……』
「はぁ」
『俺から言っておくよ。ごめんね、ホント……キョーコちゃんに色々伝えておいてくれるかな』
「明日、ちゃんと話しておきますから。敦賀さんが心配して探していたって」
『うん、よろしくお願いします。手間かけさせちゃって、ごめんね、琴南さん。じゃあ、お休みなさい』
「はい、お休みなさい……社さんもお疲れ様でした」

電話を終え、奏江はこめかみに怒筋を浮かべたまま、ふーっと長い溜息をつく。
キョーコの事になると、普段見聞きする”敦賀蓮”とはかなり異なる印象を受ける事務所の先輩俳優。
一言言えなかったのは残念だったが、後はもう大丈夫だろうと思った。
眠るキョーコを起こさないように気をつけながら、奏江も自分のベッドに潜り込む。
そして、もう一度小さく溜息をついた後、目を閉じた。



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