22 隠されたシナリオ 社長室─2

2013年12月16日 12:56

22 隠されたシナリオ 社長室─2




もう少し待つように指示された蓮と社は、淹れ直された紅茶で時間を潰していた。
しばらくの間、社長室は静かだったが、思い出したように社がボソボソと喋り出した。

「なぁ」
「なんですか」
「立花さんの方こそ……見た目とかじゃなく、雰囲気がキョーコちゃんにちょっと似てるよな」
「…………」
「腰が低い所とか、赤くなって慌てる所とか……仕事にもすごい真面目みたいだし」
「そういえば、そんな感じはありますね」

蓮は自分も何度かそう思った事を思い出すが、社にまた遊ばれないよう、努めて冷静に、さりげなく同意した。

「あんな感じだと、あっちのいなくなっちゃった社長と……あんまり合わなさそうだなぁって。結構、苦労してたんじゃないかな」
「そう……なんですかね……俺は直接会ってはいないので」
「うん、まぁ、俺の個人的感想だけどな。立花さんのあの体質……本人、悪い癖とも言ってたけど原因はその辺にもあったりして、とか思っただけ」
「……だとしたら、これからは大丈夫になるかもしれませんね」
「……そうだな」

少々、いや、大変に癖は強いが、一応頼りにはなる自分達の社長を思い出し、二人はその人が消えていった部屋の扉に視線を向ける。
タイミングよく、その扉が開き、着ていたマントを翻しながら社長が戻って来た。

「おう、悪いな、待たせて」
「いえ」
「いやな、例の……最上君をさらった男の片割れなんだが……見つからねぇんだ」
「え……」
「あの社長の知り合いの知り合いとかで、名前はわかったんだが、いまいち素性がはっきりしねぇのがな……まぁ、捕まえた所で別に牢屋にぶち込むわけじゃねえんだが」
「…………」
「ちょっと突いただけで、社長もあっという間に逃げていっちまったからな。逃げられっぱなしで気分が悪い」
「向こうの社長は逃げたんですか……ていうか、やる事はやっていたんですね」
「まぁな。あのヤロー、最初は全然知らないって言ってすっとぼけてたんだぜ? で、次はあの女性マネージャーが単独で暴走したって言いやがった。だから、捕まえた男を出して証言させたら真っ赤な嘘だとか言いやがる。てめぇが手配したくせに」
「な、なんだかすごい人だったんですね」
「おう、終いには男と喧嘩始める始末だ。グダグダうるせぇから少し時間をやる事にしたんだが、その間に何もかも放り投げて姿を消しやがった。無責任にも程がある」
「はぁ……」
「ま、もう何も出来ないと思うがな。このままにしとくつもりはねぇし……しかし、俺の勘も鈍ったかな……最上君には申し訳ない」

はぁぁと深い溜息をつき、社長はどこか気落ちした顔をした。
蓮は、キョーコが動きやすい服装をしていたので山中を歩く時に助かったと、自分と社長に少し感謝していた事を思い出したが、あえて口には出さない。

「最初に逃げた一人も、金で頼まれただけみてぇだから、もう何もしてはこないとは思う……でも、念のために”ローザ”は封印だな」
「もう出番はなさそうですけどね」
「残念だ。なかなかいい出来だと思ったから他の事にも」
「また何か悪だくみしようとしてたんですか」
「悪だくみとは失礼だな。”ローザ”は俺も一緒になって性格設定とか、考えるのを手伝ったんだ。未練がある」
「はぁ」

社長に呆れた目を向けながらも、蓮は甘えた声で自分に懐く”ローザ”の様子を思い出す。
未練があるのは自分の方かもしれないと蓮がぼんやりと考え込んでいた時、社長と社の視線が自分に集中しているのに気が付いた。

「な、なんです」
「お前だって結構気に入ってたんじゃねぇか」
「えっ……あ、いや俺は」
「社長、ロケの様子の詳細な報告を近いうちに上げますので、お目通しをお願いします」
「おう、楽しみだな」
「なっ……なんで二人でグルになってそういう事を」
「仕事の話だよ」
「そうだな、仕事の話だ」
「……っ」

しれっとした顔で会話する二人に蓮は言葉を返せない。
ブチブチと一人文句を言う蓮を横目で見て、笑いを堪え始めた社に、社長が声を掛けた。

「グルで思い出したぞ……社」
「はい?」
「お前に言われて調べた事で一つわかった事がある」
「……なんでしょうか」
「今回の監督なんだが……怪しい点は何もなかったが、数年前にあの望月という女性と付き合っていたという話があった」
「えっ」
「…………」

少し賑わっていた社長室がしんと静まり返った。

「昔の話だ。今は何も関係はないようだが……」

社長は無言で席を立って窓に向かい、二人に背を向ける。

「蓮」
「はい」
「立花くんは、少々困った癖があるが、それはおいおい直っていくだろう。そして、仕事には真面目で、やる気も大いにもある」
「はい……」
「主演に相応しい力もある……そうだな?」

僅かな沈黙の後。
社長は返事を求めるために、ゆっくりと振り向いた。
蓮はその目を真っ直ぐ見つめる。

「そう思います」
「社はどうだ」
「何の問題もないと思います」

躊躇いのない二人の返答を聞き、再び窓の方に顔を向けた社長は、眺望を眺めながらポツリと呟くように言った。

「俺もそう思う。だから二人共、今の話は忘れておけ」
「……はい」
「……わかりました」

話はそこで終わり、蓮と社は社長室を後にした。
再び始まった、いつも通りの忙しい日常。
その後、その日々の中で、蓮と社がその事を話題にする事は一度もなかった。















蓮と社が帰った後の社長室。
テーブルを片付けていたいつもの社長の部下がその手を止め、窓際で一人、葉巻を吸う社長に声を掛けた。

「やはり全ては仰らないのですね」
「…………」
「印象操作されていた感もございますが」
「……なんだそりゃ」

部下の言葉に反応し、社長は窓から外を見たまま、そう言った。

「あれではあちらの社長がコミカルな小悪党程度にしか感じられません」
「コミカル? はは、いいじゃねぇか、それで……間違っちゃいねぇぜ」
「…………」

無言になった部下に、社長はちらりと視線を向ける。

「不服か?」
「そういうわけでは……」
「女性マネージャーの暴走に便乗して、身代金目的の誘拐も思いついたらしい大悪党だったって言えってか」
「……事実でございます」
「思いついただけなんだよ。実際はそこまで行ってねぇ」
「……それはそうでございますが……」
「そんな事を言ったらあいつは益々凹む……まぁ、あいつは凹ましといてもいいが、そうすると最上君が気を使うだろうが。一番危ない目にあった娘に気を使わせてどうする」
「……最上様が……」
「俺の親戚って触れ込みを聞いた上での事だからな。俺に売られた喧嘩だ。俺が対応する」

そう言って、社長は再び視線を窓の外に向けた。

「しかし、一足早く逃げた人さらいに感謝しなきゃなんねぇとは……非常に気分が悪いな」
「感謝までは……」
「そりゃまぁそうだ。山中放置はいただけねぇ……が、完全に連れ去られちまったら簡単にはいかなかった」
「なぜ急に気が変わったのでしょうか。もう一人の男を説き伏せてまで計画の変更をしたようですが」
「まぁ、勘のいい野郎なんだろうよ。なんとなくヤバそうだと思ったんでさっさと退場したかったんだろ。金はもう貰ってたみてぇだし……実際、誰の仕業か、あっという間にバレてたじゃねぇか」
「……そうでございますね」
「もう一人は少し欲を出したようだがな……そういえば調べはついたか?」
「はい、資金繰りにかなり困っていたようでございます。こちらが何もしなくてもあの事務所はそのうちなくなったかと」
「なるほどな……最後の大博打か……その割に色々と詰めが甘いな。そんなんだからうまくいかなくなるんだろうよ」
「……はい」
「共犯のあのマネージャーと目的も少しズレてるしな。あのマネージャーは自分がやったのがバレようがどうなろうが、どうでもよかったようだし」
「立花様の事が最優先であったようでございますね」
「そうだ。だが社長はとにかく金だったからな……一石二鳥を狙ったんだな。短絡的な奴だ」
「……そう思います」
「とにかく、逃げた奴らは、どこへ行ったか探し出せ……もう、堂々とお天道様の下を歩けねぇようにしてやるからな」
「かしこまりました」

社長は葉巻を片付け、話を終わらせようとした。
しかし、部下はまだ何か言いたげに、その場でじっと立ったまま社長を見つめている。

「なんだ? まだ何かあるのか?」
「一つ……余談ではございますが……」
「ん?」
「……あの望月という女性は、敦賀様の大ファンだったという事でございます」
「あぁ?」
「あの女性と近しいと思われる、ごく一部の人間からそのような話が」
「なんだぁ、そりゃ……あー……わかるような、わかんねぇような……」

社長はそう言いながら苦虫を噛み潰したような顔で、頭を掻き毟しった。
そのまま、ムスッとした表情で部下を睨み付ける。

「ほらみろ。やっぱりあいつには全部言えねぇじゃねぇか」
「そうでございますね。差し出た事を申しました」
「ったく、お前は食えねぇ奴だな……」

深々と頭を下げる部下を横目に、社長はマントを翻して奥の部屋へと向かって歩き出す。
扉が閉まる大きな音を聞いた後、いまでも蓮やキョーコ達が名前を知らない彼は何事もなかったかのようにテーブルの上の片付けを再開した。



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