21 隠されたシナリオ 社長室─1

2013年12月16日 12:52

21 隠されたシナリオ 社長室─1




東京に戻ると同時に、いつも通りの忙しい日々もそれぞれの下に戻って来た。
社長に後の事は任せるよう言われ、蓮、社、そしてキョーコはその後の流れを知らぬまま日々を過ごしていた。
変わった事といえば、キョーコがいつもより少々忙しくなった事と、蓮と社が現場で顔を合わせた、有香と一緒にいる人間が以前と違った事。
可南子の代理らしいので恐らくは有香の事務所の人間なのだろうが、女性の時もあれば男性の時もあったり、きちんと定まってはいないようだった。
可南子がどうなったのか、直接有香に聞くのも憚られ、蓮も社も社長からの説明を粛々として待つしかなかった。
顔を合わせると丁寧に挨拶はする有香だが、『志保』のように振る舞う事がなくなったと同時に、以前よりも若干距離を置いているように蓮は感じた。
周囲にはそれを訝しがる者もいたが、撮影は概ね順調に進んでいったため、それを気にする人間は徐々にいなくなっていった。
季節が変わる気配がし始めた頃。
全ての予定が終了し、クランクアップとなった。




「おう。今日も時間通りだな」

打ち上げが行われた日の翌日。
社長室に呼ばれた蓮と社が目にしたのは、社長の横で頭を下げている有香の姿だった。

「立花さん!」
「お邪魔しています。昨日はお疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「なぜここに……あっ」
「まぁ、とりあえず座れ。今、お茶が来るからな」

お茶の用意を載せたワゴンを、いつもの国籍も名前も不明の社長の部下が準備をして運んで来た。
ロケ地に現れた時には普通のスーツ姿だった彼は、これが正しい制服なのだといわんばかりにヒラヒラとした衣装を身に纏っている。
皆がテーブルセットに座り、一息ついた所で社長が口を開いた。

「色々あったが、それよりもまず先に……立花君なんだが、うちに所属する事になった」
「えっ」
「う、うちに? 移籍……ですか?」

さらりと発せられた社長の言葉に蓮と社は驚いた。

「まだまだ未熟者ですが、どうかよろしくお願い致しますっ」

有香は深々と頭を下げる。
その姿を見つめながら、突然の事に驚きすぎて言葉がない二人に、社長がのんびりと説明を始めた。

「移籍というか……立花君の事務所が無くなっちまったから俺んトコに来てもらったっていうのが正解かな」
「へっ」
「立花君はやる気もあるし、実力もある……放っておく手はないだろ?」
「それはそうですけど、事務所が無くなったっていうのは……」
「…………」

途中まで言い掛けて蓮は言葉を止める。
既に社長を見たまま固まっている社に気付き、蓮もそれに習うようにして社長の顔を見つめた。

「俺は別に何もしてねぇよ。ただ、言いたい事は言わせてもらった。色んな所でな」
「どこで何言ったんですか……」
「さぁ……いちいち覚えてねぇな」
「…………」

事務所の力というものをフルに活用したとしか思えない。
呆れた目で社長を見る蓮の横では、社が驚きと動揺を隠すように真剣な顔で出された紅茶に口を付けていた。
そんな二人の様子を見て、少し困ったような笑顔を浮かべ、有香が口を開いた。

「この間は大変なご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした」
「あ、いえ、それは」
「東京に戻ってから、一度会ったきり、社長とはまったく連絡がつかなくなってしまって……どうしようかと思っているうちに突然閉鎖だと」
「そうなんですか……」
「望月さんも、あの後すぐに辞めてしまったので、私はちょっと途方に暮れていたんです……お声を掛けて頂いて本当によかったと思っています。色々と手を尽くして下さって、感謝しています」

有香はそう言うと、社長に向かって深く頭を下げた。

「まぁ、そういう事だ。世間に発表する前にお前達に知らせておこうと思ってな」
「はぁ」
「立花君はこれからしばらく休養して、落ち着いたらうちで再出発だな」
「はいっ」

社長にそう言われ、有香は笑顔で元気な返事をしたが、休養という言葉が蓮の気に掛かった。

「休養……されるんですか?」
「あ、はい……えっと」
「細けぇ事が色々あるし……せっかくなんだから新婚の間はイチャイチャするべきだろ?」
「へ?」
「えっ」

社長の言葉に、再度、蓮と社の二人は驚き、言葉を失った。

「けっ、結婚するんですか!?」

先に復活した社が有香にそう言うと、有香は少し頬を赤らめて話し出した。

「はい……とりあえず入籍だけ先に……後はまだ何も決めていないんですが」
「お、おめでとうございます……でも、びっくりしました。突然ですね……あ、内緒にしておられた……のかな」
「はい、そうなんですけど、あの、ええと、今回の事がきっかけというか……その」
「と……いうと?」

社の疑問に、なぜか有香ではなく社長が身を乗り出して喋り出した。

「立花君はな、その相手と交際する事をずーっと事務所やマネージャーに反対されていたんだ」
「は」
「しかし、どうしても別れられなくて……表面上、別れた事にしてきたんだったね?」
「あ、はい」
「誰にも悟られないように、長い間水面下でコツコツと愛を育んだ……マネージャーにも秘密でとか、さぞかし大変だったろう?」
「大変といえば大変でしたけど……あの、電話とかメールとか」
「うんうん、遠距離でもないのに自由に会えず、周りには誰も味方がいない状態で、人目を忍び……」

社長の大好きな話だ。
蓮と社は同時にそう思い、とりあえず余計な事は言わずに黙って話を聞く事にした。

「今回は立花君の体質を利用され、好きでもない男と無理矢理くっつけられようとした。それを聞いて怒った立花君の恋人が、もう我慢できない、反対を押し切って結婚しよう、誰に何を言われてもいいと!」
「あ、あの」
「……そういう事だったね?」
「は、はいっ」
「俺はそれを聞いて感動で胸が一杯になった……」

芝居掛かった動作で自分の世界に陶酔気味の社長に、有香は少し戸惑いながらも律儀に相手をする。
蓮は自分が悪者のように語られているのが些か不満だったが、反応するのは止めておいた。

「事務所を変えてすぐに結婚なんてどうかと思ったのですが……」

社長が一人別世界に行っている横で、有香は申し訳なさそうに蓮と社に向かってそう言った。

「いえ、うちはそういうのは……たとえ周りが反対したとしてもこの人が大好きですから」

苦笑いしながらそう言う蓮の横で、社は真面目な顔で声を潜め、有香に話し掛けた。

「立花さん、式とか披露宴とかまだ未定なんですよね?」
「はい」
「社長が任せろとか言ったら気をつけた方がいいですよ……とんでもない規模のド派手なものになるかもしれません」
「えっ」
「いや、社さん、相手の方の事もありますし……お相手は一般の方ですか?」
「いえ、一応、俳優を……あ、前に少しだけお話しましたね。あの、以前、トラブルになったっていう」
「あ」
「えっ……あ、相手役をされたっていう方ですか?」
「そうです。その頃からずっと色々と相談にのってもらっていて……」
「そうなんですか? あー…そうだったんだ……」

社は少し声高にそう言ってから、大きな溜息をついた。

「その事をあのアヤシイ話に盛り込んできたのか……」
「あぁ、お前がコロッと騙された話な」

急に平常運転に戻った社長が社にそう言った。

「コ、コロッとって……いや、そうなんですが」

いつの間に席を立ったのか、社長は少し離れた場所で立ったまま葉巻を吸っていた。
足元の空気清浄機から小さな動作音が聞こえる。

「立花君のマネージャーは、立花君を自分の理想の女優に近づけようとかなり頑張っていたみたいだな」
「えっ?」
「売れても欲しかったが、その形にもこだわりがあった」

社長がそう言った後、有香がそれに答えるようにポツリポツリと話し出した。

「そうだと思います……それに、男性と付き合うのを反対されていたのではないんです。その相手についても理想があったみたいで……」
「理想の相手……」
「多分、敦賀さんが彼女の理想に最も近い人だったんだと思います。芸能人としての人気とか実力とか……」
「俺……ですか」
「付き合うなら敦賀君位の人じゃないと、っていつも言っていて……」
「…………」
「共演させて頂く事が決まったら、チャンスが来たって言って、それはもう……でも、まだあまりお会いした事もなかったのに、こちらから一方的にそんな事を言っても」
「密かに恋人もいたわけだしな」
「はい……だから、そういうのはやめて欲しいとずっと言っていたんですが……」
「本人の同意も得ずに、とにかくくっつけようと躍起になっていたわけだ……で、社長の方も名を売るいいチャンスだからぜひやれって煽ったようだし」
「望月さんは最近はもう、ちょっと怖い位で……ずっと気をつけていたつもりなんですが……む、難しい演技もあってそっちで一杯一杯だった時に、ついまた悪い癖がでて……もう、そうなるとダメなんです、私。結果、そちらに大変なご迷惑を……」
「そういう事でしたか……」
「私がまだまだ未熟なせいです。本当に申し訳ありませんでした……望月さんは……望月さんには長い間、とてもお世話になっていたんですが……残念です」
「熱心なマネージャーさん……ではあったんですね」
「はい……」

少し寂しそうな顔をしている有香を見て、社はなんとも言えない複雑な気持ちになった。

「あの……望月さんは……どうなったんでしょうか……」

社が聞き辛そうにそう言うと、社長がぼそりと言った。

「蓮と立花君の間には何も起きてないと言ったら驚いていたぞ。そこは上手くいったと思ってたんだろうな」
「あぁ……やっぱりそうでしたか」
「その後は憑き物が落ちたように大人しくなって……一応、反省の弁も得られた。辞めて地元に帰ると言っていたが、今どうしてるかは俺も立花君もわからんよ。まぁ、もう芸能関係では仕事はできねぇから」
「そ、そう……ですか……」
「反省、というよりも、夢破れたっていう感じだったな……」

社長の言葉を最後に、蓮と社、そして有香も無言になる。
重苦しくなった空気を払拭するかのように、再び社長が口を開いた。

「そちらさんはよくまぁ、色々と調べて話を作ったなぁ……感心するよ」

そう言った社長に、蓮は眉根を寄せながら視線を向ける。

「そんな所で感心しないで下さい……」

社長はそっぽを向き、葉巻の煙を燻らせながら言葉を続けた。

「仕事を絡めりゃお前が言うこと聞くと思ったんだろうなぁ……実際、方向としては間違った手じゃねぇからな」
「は?」
「だろ? お前、少し位ならとか、曖昧でギリギリなラインでお茶を濁すとか、ちらっとも思わなかったか? カケラも? 豆粒程も?」
「思いませんよ、爪の先程も!」
「嘘クセェな、思ったくせに……んで、思っただけで最上君の顔でも思い出しながら一人でコソコソと凹んでたんだろうが。だからこそ彼女をそっちへ送ったんだ」
「う……」
「お前はもう少しシャキっとしねぇとダメだ。真面目で優しいだけじゃそのうち捨てられるぞ」
「……っ」
「なんでそんなに好きな女の事になると弱いのかねぇ……それ以外の事なら、うっとおしい位頑固なくせに。最上君が苦労するだけじゃねぇか」

溜息混じりの白煙を吐き、社長はわざとらしく大袈裟に首を左右に振った。
蓮はその顔色と心身の状態を古ぼけたコンクリートのような状態にして、微動だにしなくなる。
横にいた社もなんだか居た堪れなくなった。
気を紛らわせるために冷めてきた紅茶を再度口にした時、ポカンとした顔をしている有香に気付く。

「あ……」

社がその視線を、有香と社長の顔の間を何度も行き来させていると、それに気付いた社長がぼそりと言った。

「あぁ……まぁ、いいじゃねぇか。立花君はもううちの人間だし、周りにベラベラ喋るような事はしないだろ」
「……はい」
「あ、あのぅ」
「あぁ、ええと、実は”ローザ”の事なんですが……」

固まっている蓮をそのままに、社は”ローザ”の秘密を有香に全て明かした。

「そうだったんですか! 京子さん……存じてます。お会いした事はないのですが……敦賀さんと……そうなんですか……」
「こいつの事に関してはいつも彼女頼りでな。まぁ、今はできればそっとしておいてやって欲しいんだが」
「勿論です、口外したりしませんから! というか、あの、できれば私、彼女に謝罪を」
「あぁ、今日は彼女は忙しくてな。そのうち会えるだろうから……おい、蓮」
「は、はい」

ようやく元に戻った蓮が、びくりと身体を揺らして返事をした。

「最上君に今日の事はちゃんと伝えておけよ。本当なら最上君に一番説明しないといかん事なんだからな」
「あの、よろしくお伝え下さい。機会があれば私から直接きちんとお詫びしたいと思います」
「わかりました。ちゃんと伝えておきます……大丈夫、彼女は立花さんの事を怒っていたりしませんから」

笑顔でそう言った蓮に、有香は安堵したように微笑んで頭を下げる。
その時、いつもの社長の部下が音もなくその場に現れ、社長に声を掛けた。

「お話中、失礼致します。社長、お電話です」
「おう」
「あ、では、私はこの辺で失礼致します」

有香はそう言って、立ち上がった。

「おぉ、そうか。じゃあ、また後で連絡するからな。ご主人にはよろしく伝えてくれ」
「ご、ごしゅ? は、はいっ」

手を振りながら別室へと移動する社長に、有香は真っ赤になりながら頭を下げる。
熱くなったらしい頬をパタパタと手で扇いだ後、蓮と社にも頭を下げた。

「では今後もよろしくお願い致します。京子さんにもどうかそうお伝え下さい」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「お願い致します」

お互い挨拶を交わした後、立ち去ろうとした有香がふと足を止め、振り返った。

「どうしました?」
「あの……一応、敦賀さんには伝えておこうかと……」
「なんでしょう」
「あの、あの夜の事をしゅ、しゅ、主人には打ち明けてありますので、その」
「あ」

蓮の脳裏に、有香にキスされた場面が蘇った。

「黙ったままだと後で倍叱られてしまうので……あっ、当然、敦賀さんのご迷惑になるような事はありませんので! 一応、報告をっ」

オロオロしながらそう言う有香を見て、蓮はくすりと笑う。

「わかりました……ご主人に殴られないように気を付けますね」
「ええっ! まさか、そんな事、あの人はし、しませ」

蓮の言葉に驚いた有香がそこまで言った所で、蓮のどこか惚けた表情に気付く。
有香はくすくすと笑った後、頬を染め、はにかみながら言った。

「あの、こんな事言うと失礼かもしれませんが……見た目とかではなく、雰囲気が、ちょっと似てるんですよね、敦賀さんは……しゅ、主人に」
「え……」
「あの夜もそのせいでちょっと気が緩んじゃったかなって」
「へぇぇ……」

二人のやり取りを黙って見ていた社が、ここで急に口を挟んだ。

「じゃあ、ご主人はさぞかしヤキモチ焼きなんでしょうね」
「えっ?」
「なっ」

ニヤニヤした顔でそう言った社に蓮が食って掛かる。

「なんでそんな事を急に言うんですっ」
「いや、素直な感想なんだけど」
「わざわざ立花さんに発表しなくてもいいでしょう?」
「いやぁ、ちゃんと自覚しているって事はいい事だよな」
「大きなお世話ですっ」

蓮と社の掛け合いを見て、ひとしきり笑った後、有香は社長室を後にした。



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