19 隠されたシナリオ 五日目─4

2013年12月14日 12:34

19 隠されたシナリオ 五日目─4



日が暮れかかった頃、社長の手配した車で蓮とキョーコ、そして社は東京へと向かっていた。
一見ごく普通のロケバスのように見えたその車の内部には、ホテルに負けず劣らずの設備が整っている。
革張りのソファにテーブルと椅子、土足で歩くのが躊躇われる程のふかふかの絨毯。
天井にはSF映画にでも出て来そうな、やたらと照り輝く曲線的なデザインの照明があった。
そんな車内で、平気な顔をして寛ぐ蓮の横では、キョーコと社が予想外のその豪華さに呆気にとられていた。

「あの人の持ち物にしては地味な方だと思いますが……見た目は普通だったじゃないですか」
「中も普通だと思っていました……」
「俺も……」

クリーム色をしたソファに座らされたキョーコは落ち着かない様子で、車内をキョロキョロと見回している。
小さなキッチンがあるのに気が付き、目が釘付けになっていた時、社長の部下である彼が姿を現した。

「急でしたので少々質素で手狭なものしか用意できませんでした。申し訳ありません」
「いえ、充分です。ありがとうございます」
「……質素?」
「……手狭?」

顔を付きあわせ、妙にコソコソとしながら何か話し合っているキョーコと社に蓮は戸惑う。
社長の部下が状況の説明をし始め、ようやくその場の雰囲気が一旦落ち着いた。

「郊外にありましたファミリーレストランの駐車場で、あの女性が男性一人と一緒にいる所を確認致しました。その場で両人の身柄を確保。男性の車の中からローザ様の赤いトートバッグ、財布、その他、荷物の一部を発見致しました」
「いきなり捕まえたんですか」
「確信はございましたし、間違いでしたら謝罪すればいい事でございます」
「そ、そうですか」

意外と強引なやり方に社は驚いたが、社長の直属の部下ならこんなものかなとも思う。

「荷物の一部とは?」
「バッグの中にあったカードキーを使い、お部屋から持ちだした最上様のスーツケースの中身の一部を、男性がバッグや財布と共に売却する予定だったようでございます」
「売れそうなのを漁ったのか……」
「もう……失礼にも程あるんですよっ! 信じられません! 用意して頂いた服は殆ど捨てられちゃってましたし……服だって高いものばかりなのにっ」
「…………」

無言になる蓮と溜息をつく社。
沈む二人とは対照的に、キョーコは勢いよくプリプリと怒ってそう言った。

「携帯やその他の物は山中で捨てたとの事でしたのでおおよその場所を聞き出しました」
「それで探しに?」
「はいっ」
「最上様たってのご希望でしたので……さきほど無事発見する事が出来ました」
「よかったです!」

取り戻した携帯を握りしめ、笑顔でそう言ったキョーコを見て、蓮は疲れた表情をしながら溜息をついた。

「キョーコが探しに行くことはなかったのに」
「ええっ!? でも、これは私の携帯ですし」
「危ないよ……また山の中だったんだろう?」
「そんなに奥じゃなかったんです。道路から藪の中に捨てたって言ってたので、すぐ見つけられそうと思いまして……」
「捨てたって言ってた?」
「へっ……は、はい、そうですが……」

蓮は社長の部下である彼に厳しい視線を向けた。

「二人がいた現場にキョーコを連れて行ったんですか?」
「確認のために、ご同行願いました」
「そんな危険な場所に……」
「危険じゃありませんでしたよ? 私は車の中にいましたし、ファミレスの駐車場ですし……たくさん人がいらっしゃいましたし、犯人は捕まえて下さったし……」
「男はもう一人いるんだろう? 野放しになってる」
「大変申し訳ございません。ただいま捜索中でございます」
「ほら、危ない」
「む」

それ見たことかと言わんばかりの顔で、蓮はキョーコを見る。
キョーコは思わず言葉を詰まらせたが、負けじとまた口を開いた。

「大丈夫です! もう一人の人はなんだか用心深そうな人だったので、きっともう遠くに行っちゃったんです。この辺りにはいませんよ!」
「…………」

反論がないので勝ったと思ったキョーコが力強く拳を握り、蓮を見る。
蓮は表情に影を落として、下を向き、静かに落ち込んでいる風情になっていた。

「つ、敦賀さん?」
「……犯人に何か言われたりしたの……」
「えっ?」

蓮にそう言われ、キョーコの脳裏にさらわれた時の事が蘇った。
男が発した言葉は少なかったが、どれも思い出すだけでゾクリとキョーコの背筋を凍らせる。
思わず固まってしまっていたキョーコに、社がそっと声を掛けた。

「キョーコちゃん……大丈夫?」
「えっ? あ、はいっ?」
「あ、あのさ……」
「あ……」

社に合図され、キョーコが見た蓮は明らかに真っ暗な空気を纏い、漆黒の深みに沈みきっていた。

「あっ! いえ、あのっ、全然喋ったりしなかったんですよ? 最後だけちょろっと会話してたのが聞こえただけで、特にそんな」

蓮の腕をぎゅっと握り、大慌てでそう言ったキョーコに、蓮は顔を上げて弱々しい笑顔を作る。

「あぁ、ごめん……酷い目に遭ったのはキョーコなのに俺が凹んでいても仕方ないね」
「あの、私、そんなに酷い目には」
「それは嘘。さらわれて酷くないなんてことはない」
「でも、特に怪我もなく」
「怪我しなければいいってものでもない」
「でもですねっ」
「どう償えばいいか、まだわからないけど」
「はっ? つ、償い? なぜ、敦賀さんがそんな」
「俺のせいだからね」
「違いますよ!」
「違わない」

なんとなくいつもの二人になってきたかなと思った社は、無表情のままその光景を眺めている社長の部下に声を掛けた。

「あのう……さっき連絡した事以外に話しておきたい事ができたのですが、社長は今、電話、大丈夫でしょうか」
「問題ないと思います……ではその前に」
「?」

彼は徐ろに狭い通路を歩き出すと、車内の奥に続く木製の扉を開いて中を確認した。

「敦賀様」
「は……い」
「こちら、簡易ではございますが、仮眠もできるスペースになっております。御二方ともお疲れでございましょうし、東京に到着するまでこちらでお休みになって頂ければと思いますが」
「あ……」
「えっ……まだ部屋があるんですか?」

驚いているキョーコの横で、蓮はすっと立ち上がり、無言でキョーコに手を差し出す。

「あ、あの」

キョーコは一瞬戸惑ったが、蓮の真剣な表情に促される形でその手を取り、二人は大人しく奥の部屋へと移動して行く。
社はそんな二人をどこかほっとした様子で見送っていたが、突然、蓮に向かって声を掛けた。

「悪さするなよ?」
「……するわけないでしょう?」

振り向き、むっとした表情でそう言った蓮に社は笑う。
あたふたしているキョーコと共に、蓮は扉の向こうへ姿を消した。
その後、社はいつもの手袋をすると、携帯を手に取ったが、電話をする前に気になっていた点を聞いてみる事にした。

「その男と望月さんはどうしたんですか?」
「東京に移動中でございます」
「え……移動中ですか」
「手荒な真似などは致しませんし、向こうの事務所の方々には連絡済みでございますので御心配には及びません……あまりお気になさらない方がよろしいかと」
「そ、そうですか……」

軽く会釈し、運転席のある方向へと姿を消した謎の多い社長の部下。
それなりに長い間LMEの社員として勤めてきたが、まだ知らない事が結構あるんだろうなと社は思い、少し怖くもなる。
しかし、すぐに気を取り直して携帯を手にした。


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