16 隠されたシナリオ 五日目─1

2013年12月11日 14:50

16 隠されたシナリオ 五日目─1




緑の多い閑静な住宅街の中の道を、キョーコを乗せた黒い大型高級車がゆっくりと走っていた。
きちんと整備されている道路は、ゆるやかなカーブを描きながら僅かに登っている。
広い歩道には連なって植えられている街路樹。
その間からは、洋風で洒落た大きな家々が見える。
手入れの行き届いた大きな庭とガレージ、立派な門構え。
高級住宅街なのだと思ったキョーコは観光でもしているような気分でそんな街並みをぼんやりと眺めていた。

「本当によろしいのですか?」

助手席でそう言ったのは、社長の直属の部下で、浅黒い肌をした異国人風の、いまだに誰も名前を知らないあの男。
朝一番でキョーコ達のいたホテルに着いた彼は、キョーコのための荷物を、とある謀り事と共に持参して来ていた。

「大丈夫です……ちらっと顔を出すだけですよね?」
「はい。問題の女性に会って頂くだけで結構です。言葉を交わす必要はございません」

昨日、さらわれ、山中に放置されたはずの”ローザ”。
運良く早々に助けられたとしても、その次の日の朝に何事もなかったかのように撮影現場に現れるとは思わないはず。
奪われてしまった荷物の中にあった服装で、ひったくられた真っ赤なバッグを手にしたローザを見たら、”犯人”は驚いてなんらかの動きを見せるだろう。
予想されている人物が”犯人”であるという確証を掴むために、そんな方法が考えられていた。

「敦賀様は最後まで反対されておられましたが」
「敦賀さんには心配を掛けてしまったので……でも、私は今回の事を出来るだけ早く解決したいです」

ロケが無事に終了し、都内に戻ってからも、まだ撮影は残っている。
これからも蓮の近くに普通とは思えない人間がいるという状態が続くのは心配で仕方がない。
早く犯人を確定して、社長になんらかの対応をして欲しいというのがキョーコの考えだった。
その一方で、蓮はこの話に難色を示した。
もうキョーコをこの件に関わらせる事自体が嫌だと蓮は言った。

「敦賀様の御心配はもっともでございます」
「…………」
「ですので、最上様には私が常時お傍に控えさせて頂きます」
「…………」
「撮影場所の、皆様のお目には入らない場所にも、もう既に控えている者が何人かおります」
「…………」
「目的を達しましたら、最上様にはその時点ですぐに安全な場所へ移って頂きますので」
「…………」

無言を貫き通す蓮に、キョーコが気を遣って口を開いた。

「あのう……私、もう一人にはなりませんから」
「…………」
「それに、今日は最終日ですし……もう私をどうこうというのはないのでは」
「…………」

それでもなかなか口を開かない蓮に、今度は社が呆れて声を掛ける。

「おーい、蓮。大丈夫だって……キョーコちゃんにはこの人がずっと付いていてくれるんだし」
「…………」
「れーん」
「…………他にも方法はあるはずです」
「…………」

結局、蓮が折れる事はなく、その計画は中止となったはずだった。
しかし、蓮と社が撮影に向かった後、ホテルで一人、じっとなどしていられないキョーコが独断で計画を実行する事にした。


「最上様が敦賀様に叱られてしまうのではございませんか?」
「あはは……そうかもしれませんが私は大丈夫ですから……あっ! もしかしてそちらにご迷惑を」
「元々、これはこちらの案でございますし、お叱りは覚悟の上です。社長も早期解決を望んでおられます」
「そうでしたか……じゃあ、やっぱり私、頑張ります」
「最上様の安全は私がこの身をかけて保証致します」
「え! あっ、ありがとうございます……」

聞きなれない言葉にあたふたとしながら、キョーコは改めて自分の服装の確認をした。
初日にしていたものと同じサングラスに、同じだけれども新品らしきウィッグ、黒いミニスカート、そして真っ赤なトートバッグ。
靴だけが違っているが、それは昨日の闇夜のマラソン強行で若干足を痛めていたので、ヒールの低い履きやすいタイプに替えたためだ。

「赤いバッグはお目立ちになりますので、効果的かと」
「ですね……服も、よく同じ物がありましたね」
「急いで準備させて頂きました。ミス・ジェリーウッズが睡眠不足だと仰って大暴れされておられましたが」
「そ、そうなのですか……それは申し訳ない事を」

睡眠時間を削って準備するはめになったミス・ウッズに少し同情し、後からなんらかの埋め合わせができないものかとキョーコが考えていた時。
車は蓮達が撮影を行っているはずの家の前に到着した。
玄関横に植えられている若いトネリコの木が目を引く、まだ建ったばかりに見える大きな一軒家。
目に眩しい白い塀にぐるりと周囲を囲まれたその家は、外壁も同じように白で統一されていた。
曲線で描かれている模様が美しいロートアイアンの門扉を開けた先の、玄関までのアプローチには白で統一されたタイルが整然と敷かれている。
道路に面したガレージには、この家には少しそぐわない、撮影クルーのものと思われる車が数台並んで駐車されていた。

「もう撮影は始まっている時間でございます」
「そうですよね。どうしようかな……」

計画では”ローザ”は蓮達と一緒に現場に入る予定だった。
しかし、計画とは異なりキョーコが単独で動く事になったので、現場にどうやって入り込むか、まだいい方法を考えついていなかった。
後部座席のドアが、名を知らぬ彼によって開けられる。
キョーコはゆっくりと車から降りると、その家の前で腕を組み、どう行動するか悩んだ。
今日の撮影はベッドシーン。
この家の一室のベッドの上に、蓮と有香がいるのだろう。
その様子をなんとなく想像しながら、家の前で難しい顔をしている自分は、まるでこれから恋人の浮気現場を強襲しようとする嫉妬深い女のように思えた。
もし本当にそんな場面に遭遇してしまったら。
部屋に飛び込んで大暴れするかもしれないし、泣いてしまって何も出来ないかもしれない。

「最上様?」
「えっ? あっ」

声を掛けられ、我に返ったキョーコはぶんぶんと頭を振り、おかしな妄想を取り払う。
目的はあの女性、有香のマネージャーに会う事だ。
演技中の二人や周りのスタッフに迷惑を掛ける事無く、あの女性の前に姿を見せる方法を探さなければいけない。

「とりあえず行ってみます」
「はい」

ローザは門を開け、玄関まで近づいていく。
大きな木製の扉には鍵はかかっておらず、開けてそっと中を覗くとざわざわと人の動く気配がした。
白い壁にフローリングの明るいリビングらしき部屋。
家具も何も置かれておらず、ガランとしたその部屋で機材のようなものを片付けている男性スタッフが数人いた。
その中に自販機の前で喋った事のある人物を見つけ、ローザはその人に近づいていった。

「あれっ、ローザちゃんじゃない」
「おはよ~ございまぁす。今は撮影中ですよねぇ?」
「うん、奥でやってるよ。うーん、見学はちょっと無理かな」
「そうですかぁ……そうですよねぇ、邪魔はしないで~す。ローザ、遅刻しちゃったし」
「はは、ローザちゃん昨日いきなりいなくなっちゃったから帰っちゃったんだと思ってたよ」
「あー、ローザ怒られちゃったんですよぉ。都合も聞かずに現場に押し掛けるなんて駄目だ!って」
「ありゃりゃ、そうなんだ」
「なのでぇ、今日は皆さんに謝罪してから帰ろうと思ったのです! ご迷惑おかけしましたぁ」
「別に迷惑なんてなかったけどね! お疲れ様でした」
「えへへ、ありがとうございますぅ! お疲れ様でした……撮影はまだ掛かりますよねぇ?」
「あ、もう終わるんじゃないかな」
「え? もうですか?」
「今回はすごい調子いいみたい、お二人とも。一発OKが出たから、今は細かい所をチェックしてるんじゃないかな」
「早いですね……」
「まぁ、ずっと本当の恋人みたいにしていたからね。その延長みたいで……」
「そ……そ、なのですか」

うっかり聞いてしまった撮影の様子に、”ローザ”の中にいるキョーコが固まってしまった。
一発OKを貰ったベッドシーンがどんなものだったのか。
見たい気持ちと見たくない気持ちがぐるぐると混ざり合い、無駄に悩み過ぎたキョーコは少し気分が悪くなってしまった。
ふと周りを見渡せば、東側の大きなサッシ窓から庭に繋がっているウッドデッキが見える。
一旦落ち着くまでと思い、ローザはウッドデッキに出るとぼんやりと庭を眺めて溜息をついた。
いつの間にか、社長の部下である彼が、庭に降りるためのデッキの階段下で待機している。
それに気がついた時、キョーコは本来の目的を思い出し、慌てて室内に戻ろうとして振り向いた。

「ひっ」

ローザは思わず小さな悲鳴を上げた。
閉めておいたサッシのガラスの向こうに、ローザを凝視する有香のマネージャの姿があった。
大きく見開き、幽霊でも見るかのような目付きは妙に迫力があり、キョーコはゾッとした。
しかし、オドオドとする姿を見せるのは悔しいと思い、ぎこちないながらも愛想のいい笑顔を無理矢理顔に貼り付ける。
そして、目線を外さないまま、体を少し傾けただけでちっとも頭は下げていない行儀の悪い会釈をした。

「おはよぉございま~す。お仕事、お疲れ様でぇす」

声が聞こえたかどうか、ガラス越しでよくわからない。
しかし、可南子の目元がぴくりと動いた気がした。
その可南子がサッシに手を掛けた時、キョーコはドキリとして一瞬息が詰まったが、ふいにその視線が遮られる。
待機していた、社長の部下である彼がローザと可南子との間を遮るようにして立っていた。

「もうよろしいかと……どうぞ、こちらへ」
「は、はい」

いつの間にか、玄関で脱いできた靴がきちんと準備されている。
ローザはそれを履き、丁寧にエスコートされるような形でウッドデッキを降り、そのまま庭からその場を後にした。




キョーコが再び車に揺られながら安堵の溜息をついていた時、助手席にいた彼の携帯が鳴った。
さっそく可南子が動き出したのかと思い、キョーコはその携帯での会話に真剣に耳を傾ける。
しかし、思っていたものとは少し様子が違っていた。

「はい……はい、仰る通りでございます……申し訳ございません……今は車の中でございますので……」

何度も謝罪の言葉らしきものを繰り返すその様子を、キョーコはポカンとした顔で見ていた。
やがて、通話を終えた彼が後部座席にいるキョーコの方へとゆっくり顔を向けた。

「敦賀様でございます。やはり叱られてしまいました」
「えっ!」

運良く、早いタイミングで可南子と会えたので、蓮にバレずに事が運ぶのではと密かに思っていたキョーコはその言葉に驚いた。

「あ、あれっ……でも、敦賀さんはさっきあそこにはいなかったと思ったんですが……」
「例の”犯人”は目論見通り、動揺しているようでございます。敦賀様はその様子を見てお分かりになったと」
「なっ」
「勘の良いお方でございますね。最上様がよほど御心配なのでしょう」
「えっ……う……」

名前を知らないのでうまく呼びかけられない彼の、滅多に崩れないその冷静な表情がほんの少し緩み、口元にうっすら笑みが浮かんだ。
それを見たキョーコは急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら黙って俯いてしまう。
自分はベッドシーンで頭の中をぐるぐるさせていたりしたのに、蓮は仕事をきちんとこなしながらも自分の事を気にし続けてくれていた。
それがわかってくると、恥ずかしいと思った気持ちは照れくささと嬉しさで塗り替えられていく。
そんなキョーコを乗せた黒い車は、快晴の空の下、緑の多い住宅街の中の道を静かに走り抜けて行った。



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