14 隠されたシナリオ 四日目─4

2013年12月09日 14:17

14 隠されたシナリオ 四日目─4




昼の休憩が終わっても戻って来なかった”ローザ”。
席を立った理由が理由なだけに、社も蓮も、なんとなくそっとしておくべきかと思ってしまい、その姿を探すのを躊躇っていた。
しかし、いつまで経ってもローザは戻って来ない。
休憩が来る度に心配し始めた蓮に促される形で、社が一人、ローザを探す事にした。
二階、三階、誰かに見られたらマズイと思う女子トイレにまで社は行った。
それでも見つけられず、今度は建物の外をぐるぐる何度も回り、最後に敷地の門の前に辿り着く。
未開封のペットボトルが落ちているを見つけて不思議に思ったが、キョーコとは特に結びつかなかった。
もう心当たりがなく、途方に暮れていた社の目の前の道路にタクシーが止まる。
降りて来たのは有香のマネージャーの可南子だった。

「望月さん……」

タクシーを降りた可南子は社の姿を認めると、近づき話し掛けてきた。

「あら……どうかなさいました?」
「えっ……あ、いえ、なんでもないです」
「私はちょっと用事があったので……問題は起きていませんよね?」
「はい……特に何も」
「そうですか。ありがとうございます」

可南子は妙に愛想のいい笑顔を浮かべながらそう言うと現場へと戻って行く。
その姿が建物の中へと入っていくのを、社はなんとなく不快な気分で見つめていた。

(キョーコちゃん……どこ行っちゃったんだ……)

携帯を手にし、キョーコの携帯に電話する。
探している間に何度もかけていたが、繋がる事はなく、折り返しの電話もない。
社の最後の望みを賭けた発信も、やはりキョーコには届かなかった。

「…………」

蓮と有香がキスしていた事にショックを受けて、帰ってしまったのかもしれない。
そう考えた社はどうしたらいいかわからず少し焦ったが、すぐに正気に戻った。
突発的ではあるが、今回の事は社長からの指示。
ラブミー部の指令とほぼ同等の仕事になっているはすだ。
真面目なキョーコがそれをすっぽかしていきなり帰るなど、どんな理由があったとしても有り得ない。
多少、拗ねていたとしても、蓮の事を考えれば、そう簡単に投げ出したりしないはずだ。
そんな事をキョーコは思いつきさえしないと社は確信できる。
しかし、キョーコの姿は消えた。
何かがおかしいと思った社は、タイミングを見計らい、蓮に状況を話した。

「ホテルに戻っただけなのかもしれませんよ……さすがに帰りはしないと……思いますが……」

そう言う蓮の表情はかなり曇っている。
ダメージを食らっているなと感じ、心配になったが、とにかくキョーコの行方を探す方が優先だと思った社は自分だけホテルに戻ってみる事にした。

「俺の部屋のカードキー……持って行って下さい。部屋にいるなら確認を」
「わかった」
「俺は電話が来てもすぐには出られないかもしれませんが……」
「何かわかったら留守電入れとくから」
「はい」

自分が探しに行きたいのだと蓮の目は言っている。
それがわかった社は丁寧に言葉を選んで蓮に言った。

「お前が動いて撮影に支障が出ると後できっとキョーコちゃんが気にする。だからお前は仕事に専念するべきだ」
「…………」

黙って頷いた蓮を後に、社はタクシーを呼び、ホテルへと向かった。
ホテルに着いたら、すぐに蓮の部屋へ足を向ける。
チャイムを何度か鳴らしてみるが、反応は無し。
確認するために蓮の鍵を使い、そっと中に入る事にした。
部屋の中にもやはりキョーコの姿はない。
その上、置いてあるはずのキョーコの荷物までもが何一つ無いのに気付き、社は驚いた。
本当に帰ってしまったのか。
信じられない社は、一階のロビーやラウンジも探してみた。
キョーコが昨日行ったと思われるパン屋にまで足を運んだ。
しかし、どこにもキョーコの姿を見つける事はできなかった。
仕方なく蓮の部屋に戻った社は、どうしてもキョーコが帰ったというのが信じられず、しばらく呆然とする。
気づけば、外はもうすっかり暗くなっていた。
明かりをつけた室内で、社は再びキョーコの携帯に電話をするが、相変わらず応答はなかった。
万策尽き、後は事務所に連絡してみる位しか手が残ってないなと社が考え始めた頃、自分の携帯が鳴り始めた。
見知らぬ番号からの着信。
社はこの時、これはキョーコだと直感し、迷うこと無く応答した。

「もしもし!」
『あっ、社さんですか! あってて良かった~!』
「キョーコちゃん!」

予想通りの、しかも元気そうなキョーコの声を聞いて、社は心の底から安堵した。

『社さんの番号、ちゃんと覚えてるかどうか心配だったんです! 敦賀さんはまだお仕事中ですよね?』
「キョーコちゃん、携帯どうかしたの? 今、どこにいる?」
『あっ、えっと今ですね……今……どこでしょうか、ここ』
「へ?」

そこでボソボソとキョーコが誰かと話しているのが聞こえた。
誰と一緒にいるのか、社が緊張しながらキョーコの返答を待っていると、今度は聞き覚えのない若い男の声が聞こえてきた。

『あの、すいません、自分は通りすがりの者なんですが』
「は? は、はい」
『たまたま道の途中でこの娘に会って……ここ、なんにもない山の中なんですよ』
「えぇ!?」
『それで帰してあげたいんですけど、自分は自転車なんです』
「自転車?」
『はい、で、あの大体の場所をお教えしますのでタクシーとか、車で迎えに来てあげられませんか? 距離もあるし、自分が送るのはちょっと無理なので』
「……わかりました、場所を教えて下さい!」

社はその若い男からおおよその場所を聞くと、すぐにタクシーを呼ぶ手配をした。


****


「本当にありがとうございました。命の恩人です」

ペコリと丁寧なお辞儀をするキョーコに、青年は照れくさそうに笑っていた。

「大げさだよ。携帯貸しただけだし……大した事じゃないから気にしないで」
「とんでもないです! 暗くて危ないからって長い間一緒にいてくれて……本当にありがとうございました」
「ありがとうございます。ここではなんですから、後ほど改めてお礼を」
「いやいや、そんな」

同じようにお辞儀をする社に、青年は焦って手を振った。
社が乗って来て、今は待機中のタクシーのヘッドライトに、青年のロードバイクが照らされている。

「びっくりしましたけどね。迎えに来て貰えてよかったね! その変な知り合いにはちゃんと言った方がいいよ。洒落になんないよ、こんなの」
「え、ええ」
「……そうですね、場合によってはもう警察に言おうかと……その時に何かあれば」
「はい、協力しますよ。連絡して下さい」
「ありがとうございます……お引き止めして申し訳ありませんでした」
「申し訳ありませんでした!」

頭を下げる社とキョーコに挨拶し、身体にピッタリしたウェアと独特な形のヘルメットを被った青年は自転車に跨り、山道を走り去って行く。
社とキョーコはそれを見送った後、タクシーに乗り込んだ。

「はぁ……」

走りだしたタクシーの中で、キョーコは大きな溜息をついた後、後部シートに深く凭れた。

「キョーコちゃん……どこか怪我した所とかない?」
「大丈夫です。ご心配おかけしました……あの、ここからだと、ホテルまでどれ位時間掛かります?」

キョーコはそう言うと、ちらっと運転手を気にする素振りを見せた。
詳しい話はホテルに戻ってからだなと思った社は、時間を確認しながらそれに答える。

「一時間位だったよ」
「一時間……」
「急いでホテルに帰ろう。あいつ、もう帰ってるかな。きっとすごい心配してる」
「はい……あの……」
「ん? どうかした?」
「大丈夫でしょうか……」
「えっ? 何が?」
「ええと……あのう……」
「あいつ? あいつは大丈夫だよ。キョーコちゃん見つけたからって留守電入れといたし」
「そ、そうですか……ありがとうございます……」
「?」

キョーコはそう呟いた後、無言になる。
そんなキョーコが様子が少し気にかかった時、携帯が鳴った。
蓮からの着信だ。

「もしもし」
『俺です。今、終わってホテルに向かっている所です』
「そうか、お疲れ様。ちょうど電話しようと思ってた所だよ。これからキョーコちゃんと一緒に帰るから」
『…………』

キョーコの元に向かう前に、社は蓮に留守電を入れている。
しかし、まだ詳細がわからなかったので、若干内容は曖昧だった。

(起こった事を今、全部話したら……こいつ、動揺するだろうなぁ……)

タクシー内ではあまり詳しくは話せないし、それを聞かされる蓮の事も心配だ。
そう思った社は、蓮に伝えておいた方がいい事だけを掻い摘んで話し出した。

「そっちに着くのは多分十時頃かな。一時間位かかるから」
『えっ? そんなに?』
「それと、キョーコちゃんの携帯は今、手元にないから、電話しても出ないからな」
『は?』
「理由はそっち着いたら話す。悪いけど、お前は部屋で待って……」

そこまで言い掛けて、社は蓮の部屋からキョーコの荷物が消えていた事を思い出した。
当然、キョーコが持ち出したわけではない。

『鍵は社さんが持ってますよ』
「う、うん、そうか……そうだな……うーんと……無くした事にして再発行を」
『そこはどこなんですか?』
「へっ? ここ? タクシーの中だけど」
『いや、違いますって……俺も今タクシーなので、そっちに向かいたいです』
「え……なんでお前タクシーなの。移動のバスは?」
『さぁ……そろそろホテルに向かって出発してるんじゃないですかね』
「一人でタクシーで帰ってんのか? なんでまた……他の人達は? 立花さんとかは……どうしてた?」
『わかりません』
「わからないってお前」
『正直、そっちの方は今は頭が回りません。明日の予定の確認はしてきました。今日は無事終わったんですから後は俺の勝手ですよ』
「あ……うん……」
『で、どこなんですか? 途中で合流しますから早く教えて下さい』
「わ、わかったよ……ちょっと考えるから待っててくれ。またすぐに電話するから……」
『わかりました……もう、そんなには待てませんからね。至急お願いします』

電話の向こうでキレ気味の蓮にビビりながら、社は通話を一度切った。
その後、自分が入れた留守電がどんなものだったか、よく思い出してみる。

──キョーコちゃんどこにいるか、わかった! 俺、今から急いで迎えに行ってくる。多分、無事だと思うけど詳しい事はまた後で連絡する!

(ごめんよ、蓮……俺が悪かった……)

多少慌てていたせいもあるが、言葉足らずだったと社は反省する。
多分、無事だと思う、だなんて、無事じゃない可能性があった何かがあったと言っているようなものだ。
仕事中だったとはいえ、悶々と待ってるだけというのも辛いよな、などと思っている時、横にいたキョーコに声を掛けられた。

「あのっ……社さん!」
「んっ?」
「あの……大丈夫なんですか? 何かあったわけではありませんよね?」

キョーコの顔はやけに真剣だ。
心配させた事を気に病んでいるのかと思ったが、少し違う気もした。

「あいつは元気だよ……元気過ぎてじっとしてられないから途中まで迎えに来るって言ってる」
「へっ?」
「お互いタクシーでややこしいけど……まぁ、気持ちもわかるのでどこかで落ち合おうか」
「あ……」
「早く顔を見せて、安心させてやって」
「……はい」

キョーコの表情がふっと緩む。
そのまま無言になり、少し経ってから社が様子を窺うと、疲れていたのか、キョーコは眠ってしまっていた。

「…………」

サングラスは無くなっているし、着ていたジャージには泥が払った跡が所々にある。
付けているウイッグもすっかり乱れていて、初めて見た時の華やかな印象は跡形も無くなっていた。
大きな怪我はないようだが、外からは見えない所で痛い所もあるはずだと思えた。

(ふざけた真似してくれるよ、まったく……)

ようやく会えたキョーコに何があったのかを聞き、怒りのあまりすぐ警察にと言いかけた社にキョーコは曖昧な笑顔で首を横に振った。
キョーコを助けてくれた青年がその場にいたせいもあるだろうが、犯人をちょっとした知り合いと言い、それ以外は口を濁す。
そのキョーコの様子で、犯人は、ロケの関係者、あの現場にいた人間なのだと勘付いた。
警察に通報して大事にするのをキョーコは望んでいない。
残念ながら、社もそのキョーコの意見に賛同するしかなかった。
そして、今の、ひどい目に遭った自分よりも蓮を心配する様子。
その犯人は自分も知っている、近い所にいた人間なのかもしれないと思い、少しだけ背筋が寒くなった。
キョーコ──”ローザ”が邪魔だった人物。
社の頭に思い浮かぶのは今日に限って妙に愛想がよかった女性だった。
しかし、実行犯は男二人だったというし、証拠は何もない。
事を起こすのは、キョーコから詳細を聞いた後だと社は考え、今は冷静になろうと努力した。
そして、短気を起こしている担当俳優のために、随分前から手袋を付けっ放しにしている手で携帯を開き、落ち合うのに都合のいい場所を調べ始めた。



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