13 隠されたシナリオ 四日目─3

2013年12月08日 15:00

13 隠されたシナリオ 四日目─3


目や口はタオルのような布で覆われて、手足も拘束されている。
何も見る事も大声を出す事も、そして暴れる事もキョーコはできない状態になっていた。
横にいる男は抵抗するキョーコの自由を奪った後は何も言葉を発しず、身体に触れたりもしない。
それでも恐怖が薄れる事はなく、キョーコは身体の震えが止まらなかった。
なんとかして誰かに助けを求めたかったが、拘束は強く、声もまともに出せない。

「大人しくしてな、手荒な真似はしねぇよ……まぁ、暴れられたりすると保証はできねぇけどな」
「……っ」

初めて聞いた男の低い声。
絶望的な気持ちになったキョーコを乗せて車は走り続けた。
頻繁に道を曲がったり、何の目的かよくわからない停車を繰り返し、時間だけが過ぎて行く。
途中からは真っ直ぐ進むだけになったが、道が悪くなったのか、静かな車内はガタガタと激しく揺れて続けていた。
どれ位の距離を移動したのか、もうキョーコにはわからなくなっている。
心臓が悲鳴を上げていて息をするのもやっとの状態のキョーコが、必死で落ち着きを取り戻そうとし始めた頃、長い間沈黙していた横の男が唐突に喋った。

「もう、いいだろ」

キョーコの心臓が痛い位に大きく跳ねる。
車が止まり、ドアが開き、再び男の強い力で腕を掴まれた時、キョーコの恐怖は最大となり、思わず呻くように悲鳴を上げた。

「んんっ!」

車内から乱暴に引っ張りだされたせいで、バランスを崩し、キョーコは転ぶ。
砂利の上なのか、身体中に石が突き刺さる痛みが走った。
何がどうなったのかわからず、キョーコは身動きができない。
気がつけば、手の拘束だけは解かれていた。

「ほれ、頑張って自分のお家へ帰りな……見つけたらまた捕まえるぞ」
「……っ」
「勿体ねぇなぁ。金持ちの娘なんだろ? もっとうまくやりゃあ」
「あー、やめとけ、やめとけ。足がつくのはマズイぞ。警察より面倒なのが出てくるかもしれん」
「なんだそりゃ……怖いねぇ」
「怖い怖い」

運転席の男と軽口を叩きながら、男がドアを閉めた。
車が動き出し、そのエンジンとタイヤの音が聞こえなくなるまで、キョーコは砂利道の上に転がったまま、動けなかった。

辺りは静まり返っている。
風が吹いて、木々がざわめき立った。
肩に食い込んだ石の痛みに耐えかねて、ようやくキョーコは身を起こした。
目隠しのタオルを取って自分のいる場所を確かめる。
日が暮れ、薄暗くなってきた山の中に、キョーコは一人取り残されていた。
辺りを見回しても、家や建物、人の気配のあるようなものは何もない。
車が走ってきたらしい砂利道が、人のいるだろう場所に繋がっていると思えたお陰でキョーコはなんとかパニックを起こさずに済んだ。
足に巻かれていたタオルも取り払い、キョーコは取り敢えず立ち上がる。
落ち着きを取り戻すために何度も深く息を吸ったり吐いたりした。
何が起きたのか、まだよくわからない。
ただ、山中に放置されたのだという事だけはよくわかった。
キョーコは暫くの間、その場で呆然とただ立ち尽くしていたが、このままじっとしていてはいけないとようやく気が付いた。

(こんな山の中で夜になったら……)

助けを求めたくても携帯は勿論、なんの荷物も持っていない。
辺りには、街灯なども当然見当たらず、唯一の命綱のような砂利道も、雑草が生えて荒れていて、普段あまり使われているとは思えないような状態だった。
残っているタイヤの跡は、自分をここに連れて来たあの車のものだけしかない。
キョーコは男の最後の台詞を思い出し、再び身体を震わせながらもノロノロと歩き出した。

(大丈夫……車が戻って来たりしたら音でわかる……いざとなったら藪の中に隠れればいい……)

そう考えながらとにかく歩き続けた。
しかし、歩いても歩いても、状況は一向に変わらない。
どこまで続くかわからない山道。
辺りは徐々に暗闇に包まれていく。
山の中から何かの鳥か動物か、正体の分からない声が時折聞こえてくる。
気がつけば、息苦しい程の暗闇の中をキョーコは一人歩いていた。
恐怖で、少し泣きそうになる。

(だ、大丈夫! 一応、道を歩いてるんだし……)

キョーコは恐怖心から逃れるために、今までの記憶を辿っていった。
最後の男達の会話から、彼らが”ローザ”を狙ったのがわかる。
”ローザ”という金持ちの娘を知っているのはあの現場にいる人間だけ。
思い出すのは立ち聞きした有香のマネージャーの言葉だ。

──あの娘は何とかするつもりだから

(まさか……でも……)

証拠もないのに疑うのはどうかと思ったが、心当たりは彼女だけ。
もしそうだとしたら、自分が邪魔なのはよくわかっていたが、ここまでするのは普通じゃないと思った。
あの時の会話から、有香は知らない事なのだろうと思えるのが少しだけ救いだった。

(早く、敦賀さんの所に帰りたい……)

蓮の顔を思い出し、また泣きそうになったキョーコだったが、ふと不安になった。
社が付いているし、蓮にまでおかしな事をするとは思えなかったが、普通じゃない人物が蓮の側にいるのが心配になる。
自然と歩みが早くなった。
偶然にも、動きやすい格好をしている自分が可笑しくなってくる。

「暗い山道がなんだっていうのよ! 森は私の味方よ!」

月明かりの下、夜行性の森の妖精が、妙に艶かしい闇色のサテンのドレスを身に纏い、蛍光ピンクの蝶の羽をひらひらとはためかせてキョーコの周りに集まった。
いつもの妙な妄想癖を活用し、自分を奮い立たせながら、キョーコは勢いよく山道を走り出していた。


****


「やったぁぁぁぁ!」

アスファルトの道路を見つけてキョーコは思わず歓声を上げた。
かなり無理をしたスピードで荒れた道を突っ走ってきたので疲労感は半端無く、途中で転んだりしたので足も痛かったが全てが消え去っていく。

(こんなに早く戻って来るとは敵も思っていないはず! 早く帰らないと!)

息を整え、通りがかった車に助けを求めようと思い、それを待ちながら再度気合を入れて道路を歩き続けた。
しかし、最初に近づいてきた車が見えた時、キョーコは咄嗟にガードレールを越えて身を隠してしまった。

(あのタイプの車は怖い……)

自分を拘束した車と似たような車を見て、キョーコの中に恐怖が蘇った。
もしまたあの車が戻って来たらと思うと、なかなか思い切った行動に出られない。
ワンボックスの車は避け、できるだけファミリー向けの車をと思ったが、次の車も似たような車種だった。

(どうしよう……これじゃ、帰れない……)

走り去っていく車の赤いテールランプを虚しく見送りながら、キョーコはまた泣きそうになる。
なんとか気を取り直して、再び歩き始めたが、それきり車は通らなくなってしまった。
どんなに歩いてもなかなか人がいるような場所に辿り着かない。
誰もいない暗い山の中の道路。
時々ある街灯はなんとも頼りない弱々しい光を辛うじて放っているだけ。
怯えながら、歩き続けたキョーコの目に、前方から小さな光が近づいて来るのが見えた。

「え?」

暗闇でゆらゆら揺れているその灯りの正体がわからず、キョーコは息を呑む。
しかし、すぐにそれがかなりの確率で安全だと思えるものだと気付いた。

「すいませぇぇぇぇん!」

キョーコはここぞとばかりに大きな声で叫び、その光の元へと走り寄った。



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