09 隠されたシナリオ 三日目─4

2013年12月04日 13:45

09 隠されたシナリオ 三日目─4



午後になり、再び動き出した現場。
社と一緒にいるキョーコは、撮影の様子を大人しく見守る事だけに徹していた。
派手な登場は、自分の存在を周知させたかっただけで、キョーコは現場を混乱させる気など毛頭もない。
予定が詰まっているせいで、スタッフも俳優陣も常時慌しく、休憩さえまともに取れていなかった。
そんな現場を見ていると、今日の所は夜までホテルで待っていてもよかったのかもしれないとキョーコは思った。

「そんな事ないよ。来てくれて助かった」

周りに聞こえないよう、社はひそひそと小声で話す。

「あいつ、ちょっと元気なかったし……キョ……ローザちゃん来てから明らかに元気になってる」
「そう……ですか?」

”ローザ”は階段に座り、組んだ足の先をプラプラと揺らしていた。
時々、携帯を開いたり、欠伸をしたり、鏡を取り出して覗き込んだりもする。
退屈だけれど我慢して大人しくしているといった風情だ。
社は一瞬、キョーコが本当に退屈しているのではないかと勘違いしそうになったが、普通に考えてそんな事は有り得ない。
撮影自体にはあまり興味が無いように見えるのは、視線を隠すサングラスが役に立っている気がした。
魔女っ子アイテムみたいだなと社が思ったコンパクトミラーを覗いていたローザは、急にそれをバッグに仕舞いこんで顔を上げる。
一旦、休憩になった蓮が二人の元へ戻って来ていた。

「日が落ちるまで待機です」
「おー、お疲れ様」
「お疲れ様っ! まだあるのぉ?」
「あるよ。後少しだけどね」
「あっ、もしかして夜景のシーンとか!?」
「夜景はないけど……」

そう言いながら、蓮は社から受け取ったペットボトルの蓋を開けようとしたが、急にぴたりと手を止める。
そして、蓋を握っていた手を黙ってローザに向けて差し出した。

「?」
「ちらっとだけど、夜景っぽいのが見えるよ。まだちょっと明るいけど……見たい?」
「……見たいっ!」

蓮の手をぎゅっと握り、はしゃぐローザを連れて、蓮は階段を登って行く。
赤いバッグをブンブン振り回しながらご機嫌で蓮の後を付いて行くローザの姿はまるで幼い少女のようだった。

(また二人で上に行っちゃうんだ……ちゃっかりしてるな、蓮。まぁ、いいけど)

若干呆れた目でその二人の姿を眺めている社に、通りがかった男性スタッフの一人が話しかける。

「なんか、見た目と違って面白い娘ですねぇ」
「そ、そうなんですよ」
「でも敦賀君、大変ですね。ロケにまで来てお守り役みたいになっちゃって」
「あはは……まぁ、あいつはそういうの苦になりませんから」

”ローザ”の子供っぽい感じはこういう反応になるのかと、社はキョーコの役作りに感心する。
しかし、なんとなく、あれはキョーコの素の一部である可能性もあるなと思い直していた時、もう一人、誰かが横に立っているのに気が付いた。

「社さん」
「はいっ」

有香のマネージャー、可南子に声を掛けられ、社はぎょっとし、上擦った声で返事をした。
社と話していたスタッフが、少し怯えた顔で固まっている。

「なんでしょうか……」
「あの……昨日のお話、覚えてらっしゃいますか?」
「……覚えていますが……それが何か?」

いきなり現場で”昨日の話”を持ち出され、社は少々驚いたと同時に腹が立った。
内容には触れていないとはいえ、内密にと言ったのはそっちのくせに、と心の中で軽く毒づく。

「だったら、あんな娘を……現場に入れるのはちょっと」
「いや、特に関係ないと思いますが……それにご迷惑はお掛けしていないですよね」

社はそう言うと、横にいるスタッフの顔を見る。
まだ若いその男性スタッフは若干顔色が悪かったが、妙に必死に何度も頷いてくれた。

「でもですね」
「うちの社長から頼まれている娘でそう簡単には追い返せないんですよ。どうしてもと言うなら直接うちの社長に言って下さい。お繋ぎしますよ?」
「…………」

最初はおずおずとといった感じだった可南子は、社にそう言われると急にキッと強く睨んできた。
整っている顔立ちは、凄みを増す要素でしかない。
しかし、社が無表情で見つめ返していると、可南子はそのまま黙って立ち去って行った。
その後姿を見送りながら軽く溜息をついた社の横で、その場にいたスタッフも同じように溜息をついた。

「あの人……なんかちょっと怖いですよね」
「ですねぇ……大人しい方だと思ったんですが、意外と……」

社は昨日可南子とした軽い口論を思い出す。

「なんか妙な迫力があって……結構ビビってる奴いるんですよ」
「そうなんですか? それは気づかなかったです」
「話って立花さんの事でしょう?」
「えっ……」
「敦賀君、充分協力してくれてるのに……あの娘が来るまで休憩中だってずっと演技続行中みたいで休む暇がなかったじゃないですか」
「あ、あぁ、はい……そうなんですよね」

社は一瞬、”昨日の話”の内容が知られているのかと思い、焦った。
しかし、これは有香から『志保』が抜けない状態であるという話の事だなとわかり、ひっそりと胸を撫で下ろす。

「立花さんの事になるとすごいっていうか……仕事熱心なんでしょうけど」
「そうみたいですね……俺も見習わないと」
「いやいや! 見習わないで下さいよ! 社さんは今のままが一番っす!」
「はは、ありがとうございます」

軽く笑い合った所で、スタッフは立ち去っていく。
社は近くにあった椅子に座り、食堂で休憩中の有香とその隣りに寄り添うように座っている可南子の様子を静かに窺っていた。


****


撮影が終わり、何のトラブルもなく蓮はホテルの自分の部屋に戻る事ができた。
賑やかな”ローザ”のペースに巻き込まれているうちに気がついたら、という形だった。
とりあえず一安心したものの、一息つく間もないうちに”ローザ”の姿は部屋の中から消えている。
色々な”打ち合わせ”のために一緒に蓮の部屋に来ていた社は、その事で蓮と軽く揉める事になってしまった。

「社さんが『今日は朝、まともに食べられなかったなぁ』なんて、うっかり言うからですよ」
「それは悪かった……だけど、お前だってチャイム鳴らされるのが嫌だからルームサービスは頼みたくないなんて変な我儘言うから」
「それは……朝でも用心した方がいいかなと……」
「立花さんだってさすがに朝っぱらからは来ないだろうよ」
「心臓に悪いんですよ、あの音」
「それはいくらなんでも怯えすぎなんじゃないの……極端な奴だな」
「それよりも……迎えに行った方がいいでしょうか」

蓮は時計を見て時間を確認したり、窓辺に近づいて外を見ようとウロウロしたりなど落ち着かない。

「お前が迎えに行ったら怒られるよ……俺だって出歩くなって言われちゃったのに」
「…………」
「大丈夫だよ、キョーコちゃんが言ってたパン屋さんてホテルのすぐ側のだろ?」
「もう外は真っ暗ですよ?」
「そりゃ、夜だもん」
「不慣れな土地だし……」
「いや、すぐそこだし」
「今日の彼女の格好は、声が掛けられやすいと思いませんか」
「お前……本当に過保護だな……」
「社さんが行ってくれればよかったのに……」
「だから、俺も出歩くなってキョーコちゃんが」
「どうしてこんな時間までパン屋が営業しているんでしょうね……普通はもう閉店しているんじゃないですか?」
「それはパン屋さんの自由だろう……それに、まだそこまで遅い時間でもないよ」
「思った買い物ができなくて、足を延ばしてたりしませんかね……」
「…………」

いい加減、付き合いきれないなと思った社はそこで蓮との会話を止めた。
心配そうな表情を浮かべて窓に張り付いている蓮の姿は人気俳優らしく実に格好良く、絵になっている。
シリアスな映画のワンシーンのようにさえ見えた。
だが、その頭の中が、すぐ近くのパン屋に明日の朝食を買い出しに行った恋人への過剰な心配で一杯だと思うと呆れるを通り越して変な笑いが出そうになる。
それでも、昨晩のように、共演者側からの受け入れ難い要求で思い悩むよりは遥かにマシだなと社には思えた。
キョーコには申し訳なかったが、来てくれて本当に良かったと思った時、蓮が急に振り向き、その視線は部屋の中を横切って出入口付近へと飛んだ。

「どうした?」
「今、何か……」

蓮は急いで出入口へと近づいていく。
社もとりあえずその後を追った。
蓮は扉の前に立つとそっとノブに手を掛け、大きな音を立てないよう慎重に、ほんの少しだけ扉を開けた。

「一緒の部屋だなんて!」
「だってローザ、一人でホテルに泊まった事なんてないから寂しいし」

少しだけ遠くから、有香と”ローザ”の声が聞こえてきた。

「寂しいって……あなたねぇ、ちょっと非常識なんじゃない?」
「宝田のおじさまの家にお泊りする時だって、皆と一緒に敦賀さんも泊まってるんですよぉ? ローザは敦賀さんとは子供の頃からの知り合いだからぁ、全然普通の事なの」
「えっ……」
「そうやって何か言う人って大抵やらし―事考えてるんですよねぇ。敦賀さんはすっごい紳士なんだって、皆、知らないのかなぁ」
「…………」
「あなたはずっと敦賀さんと居たんだからいいじゃない。ローザ、敦賀さんに会うのちょっと久しぶりなの! 邪魔しないでくださぁーい」

しばらくの沈黙の後。
少しトーンが落ちた有香の声がした。

「はいはい、わかりました……もう、勝手にして。でも、彼に迷惑掛けたりとかはしないでよね!」
「ローザはそんな事しませ~ん」
「どうだか、わかったもんじゃないわ……」

有香の声は徐々に遠くなっていき、やがて聞こえなくなった。
どこかで扉が閉まる音がする。
少しすると、キョーコの驚いた声がすぐ近くで小さく聞こえた。

「あれっ」

それと同時に蓮が素早く扉を開く。

「ひゃっ」
「おかえり」
「た、ただいま帰りました……あれっ、もしかして」
「聞いていたよ」
「キョーコちゃん! た、立花さんに……偶然会っちゃったのかい?」
「いえ、あの……」

部屋の中に入ったキョーコは、社の問いに少し言い辛そうな素振りをみせた。

「キョーコちゃん?」
「あ、はい……あの、私が戻って来たら……このお部屋の前に立ってらしたので……」
「え」
「…………」

キョーコの答えに、蓮と社は凍りついたように固まった。

「驚きましたけど、なんとか上手く対応したつもりです……どうだったでしょうか?」
「あ……あ、うん! いいと思うよ!」

心配そうに二人にそう聞いたキョーコに、まず社が慌てて答えた。

「これで今日は、もしかしたら明日も、もうここに来たりはしないんじゃないかなぁ」
「……そうだね、上手くやったと思うよ。ありがとう」

蓮もそう言い、キョーコに微笑みかけると、キョーコも嬉しそうに笑った。
そのまま機嫌よく買い物してきた荷物の袋をテーブルに置いて、なにやらガサゴソ音を立てて覗き込んでいる。
少し離れた場所で、その姿を見ながら、社は横にいる蓮にぼそりと言った。

「危なかったな」
「はい」
「……お前だったらどう対応した?」
「……どうでしょう……やっぱり”ローザ”を理由にするかなと思います」
「うん……でも、この部屋、ツインじゃないんだよな……さすがにそこまでは気が回らないか。立花さん、寝室には入れてないんだろ?」
「入れてませんよ……」
「どうする? 一応、部屋変えとく?」
「えっ」
「……なーんてな。言ってみただけぇ~」
「社さん……」

思わず顔を顰めた蓮を見て、社はそれは楽しそうに笑っていた。



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