08 隠されたシナリオ 三日目─3

2013年12月03日 13:42

08 隠されたシナリオ 三日目─3



いつの間にか、前を歩くのはキョーコではなく蓮になっていた。
長い足を存分に生かした速度で歩く蓮に、キョーコは必死でついて行くが、履き慣れていない靴で無理はまだ早く、どこか危なっかしい。
蓮とキョーコは、二階の通路の先からまた続く階段の前まで移動した。

「三階の方がいいな……」
「えっ?」

蓮はぽつりとそう言うと、戸惑って立ち止まっているキョーコの背中と膝裏に腕を回し、一気に抱き上げた。
突然の"お姫様抱っこ"に驚いて悲鳴を上げそうになり、思わず口を押さえたキョーコを腕に抱え、蓮は一気に三階へと駆け登る。
三階に着いてすぐ左手にあった部屋の前で蓮はキョーコを降ろし、その扉を勢いよく開けた。
よくわからないままに手を掴まれ、部屋の中に引き摺り込まれるように入ったキョーコは、気がつけば蓮に強く抱き締められていた。

「つ、敦賀……さん?」
「…………」

キョーコの心臓は激しく脈打った。
どうしたらいいかわからず、大人しくされるがままになっていたキョーコの耳に、蓮のくすくすとした忍び笑いの声が聞こえて来た。

「もうっ……敦賀さん!」
「いや、もう……びっくりしたなぁと思って……」
「びっくりしました?」
「したよ……心臓が止まりそうな位」
「ふふっ……」

蓮からそっと身を離したキョーコは、どこか得意気な笑顔で蓮の顔を見上げる。
そんなキョーコを、蓮も緩みきった笑顔で見つめていた。

「さては、社長の企てだね? 社さん、事務所に連絡したんだ」 
「正解ですっ」
「まったく、あの人は……でもキョーコ、仕事あるんじゃないの?」
「ローザですぅ」
「ロ、ローザ……ちゃん? えーっと」
「社長さんのお陰でなんとかなるそうですから……今日と残り二日、私、敦賀さんにびっしり張り付いちゃいますからね!」
「あ……うん」

単純に嬉しいと思う一方で、事情が事情なだけに蓮の笑顔はいまいち輝かない。
すると、その気配をすぐに察したキョーコは蓮の袖口をつんと引っ張って、蓮の視線を自分に向けた。

「あのですね……今回のお話を伺った時、邪魔するのやらせて下さいって私の方から頼んだ位なんです」
「え……」
「私の焼餅は性質が悪いんですからね?」
「キョーコ……」

キョーコの言葉にはどこか気遣いが込められていると蓮は感じた。
何か言いかける蓮だったが、キョーコは気付かない振りをして自分の話を続けていく。

「さ、最終日の撮影……には、影響しないように極力努力するつもりです……だから私は敦賀さんの恋人っていう設定じゃないんですけどね」
「へぇ……じゃあ、どんな仲?」
「敦賀さんの大ファンで付き人になっちゃった……仲のいいお友達で~す!」

キョーコはそう言うと、蓮の腕にオーバーアクション気味な動作で絡み付き、その身を寄せた。
普段、外ではあまり見る事ができないそのキョーコの仕草に、蓮の顔の緩みはなかなか直らない。

「お友達か……ちょっと残念だな。何もできない」
「ダ、ダメですよ、そんな事言っちゃ……どちらかと言えば、こちらが一方的に慕ってるだけなんです。それに、ローザ、まだ十七歳だしっ」
「な……んで、その年齢設定なのかな……」
「いろいろ考えた末ですぅ」
「なら、学校があるんじゃないの?」
「楽しい夏休みでぇーす!」

両手を上げ、妙にハイテンションで楽しそうな"ローザ"の様子に、蓮は思わず吹き出した。
持ち上げたバッグの中に、本当に買って来たデザートがあるのだと言うキョーコが、中に手を入れてゴソゴソとかき回している時、蓮は後ろから覆いかぶさるようにしてキョーコをそっと抱き締めた。

「敦賀さん?」
「ごめん……迷惑かけるね」
「えっ……迷惑だなんて!」
「俺は今回、情けない男だから……キョーコに軽蔑されたらどうしようかってずっと悩んでた」
「えぇっ! まさか、それは有り得ないです! だって敦賀さんは、仕事が、あの、撮影が、その……そ、そうだ、その立花さんがですねっ、えっと」
「…………」

狼狽えて、何をどう言うべきか、うまくまとめられないキョーコが頭の中をぐるぐるさせて懸命に言葉を探している時、肩にふわりとした温かい空気を感じた。

「頼りにしているよ……」
「!」

愛の言葉を囁くのと同じ温度で聞こえた蓮の台詞。
それはキョーコの心臓の鼓動を一つ、大きく高鳴らせた。
今まで色んな形で蓮の仕事に関わる機会があったが、こんな風に全面的に頼っていると言葉にされた事は無かった気がした。
少し弱っている様子の蓮は心配ではあるが、それよりも嬉しいという気持ちが勝ってしまう。
キョーコはもぞもぞと動きながら体の向きを変え、蓮の顔を見上げながら言った。

「頼りにされて嬉しいです……任せて下さい!」

キョーコの言葉に、蓮は喜んでいるような、でもどこか困っているような複雑な笑顔を浮かべて頷いた。



休憩時間の終わりが近づき、蓮とキョーコは連れ立ってゆっくりと階段を降りて行く。
周りに響かないような小さな声でキョーコは蓮に自分の設定を語っていた。

「ローザはですね、つい最近、敦賀さんの付き人になったばかりで」
「うん」
「社長さんの親戚の娘だから……社さんも敦賀さんも強くは出られないんですよ?」
「なるほどね……でも、それって」
「?」
「いつもと同じだよね」
「は?」
「俺がキョーコに強く出れたためしがない」
「うっ……嘘です、そんなっ」
「今回の事で益々頭が上がらないっていうか」
「そんな事ありませんっ」
「なんなら社さんに聞いてもいいよ? きっと同じ事思ってる」
「なっ……なっ……」
「あぁ、そろそろ人がいるから……じゃあ、また後で」
「……っ」

強くバッグを握り締めた手を、今にもブンブンと振り回しそうな様子で仁王立ちし、キョーコは蓮を見送っている。
その姿はあんまり"ローザ"っぽくないなぁと思いながら、蓮は爽やかな笑顔と共に現場に戻って行った。



コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://kanamomo2010.blog48.fc2.com/tb.php/494-5d2b660a
    この記事へのトラックバック