06 隠されたシナリオ 三日目─1

2013年12月01日 11:49

06 隠されたシナリオ 三日目─1



ロケ三日目。
朝、スタッフや他の共演者達が移動のために次々とバスに乗り込んでくる。
交わされる朝の挨拶と他愛の無い会話で車内は和やかな雰囲気に包まれていたが、奥の座席に座った蓮と社の間だけにはどこか張り詰めた空気が漂っていた。

「おはよう! 圭吾さん」
「お……おはようございます」

会った早々の有香の第一声で口数が少なくなってしまった蓮を窓際に座らせ、社は前方に座る有香の様子をそっと窺い続ける。
その視線を横切るように、有香のマネージャーが車内を遠慮がちに動き回っているのに気がついた。
何人かのスタッフと声を潜めて話すその様子は、社の不安を増大させる。

「…………」



有香のマネージャーは望月可南子という三十代位の女性で、昨日の話し合いで一番熱心に喋っていた人物だ。
きつめの顔の美人だが、長い黒髪はいつもひっつめていて、化粧っけがない。
昨夜は、その可南子によって懇切丁寧に有香の事情を説明され、社は笑顔が引き攣らないようにするだけで一杯一杯だった。
一通り話し終わった後、今度は相手の社長が曖昧な愛想笑いを浮かべながらも強引に話を進めようとする。
嫌悪感を感じながらも笑顔で抵抗し続けていた社だったが、その努力も突然割り込んできた形の可南子の発言で消し飛んでしまった。

「敦賀君がちょっと協力してくれれば、有香の演技は完璧なものになるんですよ?」
「へっ?」
「有香のどこが気に入らないんです? 付き合ってと言っているわけじゃないんですし、少し位いいじゃないですか!」
「少し位って……」

その剣幕に、社は尋常ではないものを感じた。

「女の方からこうしてお願いしているのに、そんなに嫌そうに……失礼じゃありませんか?」
「失礼? 失礼なのはそちらなんじゃありませんか? 大体、なぜうちの蓮がそこまでやらなきゃいけないんです」
「まぁまぁ、お二人とも……望月君もちょっと抑えて……」
「…………」

さすがにカチンと来た社が言い返し、険悪になりかけた場を社長が取り成したが、その後の言葉に社は絶句する。

「……でも、実際、有香はいい女ですし、そんなに悪い話じゃないでしょう?」
「な……」
「絶対表沙汰にはしませんし、そんなに深刻に受け取らずに軽~く考えてくださいよ……ちらっと! ちらっと、敦賀君に伝えといてくれれば……あとは、ね?」
「…………」

結局、最後には、社の返答はもういらないとばかり、彼らは言いたい事だけを言って勝手に話を切り上げてしまった。
悶々とした気持ちを抱えたまま、その後、社は蓮の部屋に出向く。
断固として断るべきだったのではと思い、それができなかった自分が情けなくもあった。
そして、既に撮影以外の場で蓮と有香がキスをしていたという事実を知り、つい過剰に反応しすぎてしまっていた。
一夜明け、昨晩は蓮を脅かしすぎたかと少々反省していたのだが、朝から『志保』になりきっている有香と何の躊躇いも無くそのフォローをしているマネージャーの可南子を見ると、やはり間違ってはいないと社は思い直す。
特に可南子については、有香を密かに煽っているのではないかという疑念さえ社の中にはあった。



「もう他の方達も……役柄名呼びでしたよ……」

社だけに聞こえる大きさで蓮はぼそりと呟いた。
それを聞いた社は、朝から長い溜息をつきながら、座席の背凭れに深く寄りかかった。

「何かいい考え、浮かびましたか?」
「う、うん……ちょっとな……後で話すから」
「わかりました……」

ぼそぼそとした声で社とそう会話した後、蓮は腕を組んで目を瞑った。
社はそんな蓮をちらりと横目で見た後、再び視線を前方へ向け、姿勢を正す。

(仕事中はとりあえず問題ないよな。朝からあんまり気を張らないようにしよう……)

そう考え、社はぼんやりと有香の姿を眺める。
座席越しに横顔が少し見えるだけだったが、有香は隣に座っている女性と盛んに何か会話をしている。
車内に少し響く、明るい声のトーン。
どこかはしゃいでいるような笑い声。
昨日まで、有香のそんな声を聞いた事はなかったなと、社は気が付いた。

「…………」

無理矢理といった感じで一口二口だけ食べた朝食で、胃が悲鳴をあげそうな気配を社が感じた時、バスはゆっくりと動き出した。


****


主な撮影は、街から少し離れた高台にある保養施設を借り切って行われていた。
さほど新しくもない建物だが手入れはよく、白い壁に赤い屋根が人目を引く。
正面から見える二階の窓はアーチ型で、屋根の上に飛び出た小さな三角屋根のドーマー窓と合わせて洋風な雰囲気を醸し出していた。
天候にも恵まれ、撮影は順調に進んでいる。
休憩時間でも『志保』のままである有香に、最初は驚く者もいたが、慣れてくると誰もあまり気にしないようになっていた。
実際、撮影には支障はなく、有香のマネージャー、可南子の根回しによって、あれは立花有香が好調である事の表れだとして歓迎するムードさえ出てきた。

「これで最終日もばっちりなんじゃないの?」
「だなぁ。どうなることかと思ったけど、今日明日頑張れば無事終わりそうだ」

昼食ついでに景色でも楽しんでいるのか、建物の東側、遠くに海が見える木陰のベンチでのんびり弁当を食べているスタッフの会話が耳に入り、社は足を止める。
人気の無い場所を探していた社は仕方なく別の場所を探し始めた。

(あの立花さんに恐れ戦いているのは俺と蓮だけか……)

有香の今の好調さを崩すような事をしたら、詳細を知らない周りはともかく、有香側の人間は蓮を悪者にしかねない。
そして、蓮本人さえそう思ってしまう可能性があると考え、社はどんよりとした気持ちになった。
孤立無援のような状態に心細さを感じながら、正面玄関の前を横切っていた辺りで、手袋装着済みの手が握っていた携帯が鳴る。
社はとりあえず人がいないのを確認できた、敷地の出入り口付近に向かって歩きながら、応答した。

「はいっ、社です」
『おう、俺だ。お疲れさん』
「あっ……社長!」
『聞いたぞ。なんか面倒くせぇ事になってんなぁ』
「あっ、はい……申し訳ありません」

昨夜、社は事の次第を事務所に連絡し、相談していた。
有香側からは内密にと言われていたが、それを律儀に守る必要などないと社は思ったからだ。
相手側も社長が出て来ているという事。
無理難題を押し付けられて、結果、蓮に大きな負担がかかっている事。
そして、有香の「役に取り憑かれるとコントロールできない」というのが本当であるか。
社長やマネージャーの言葉に何か裏がないか。
それ以外にも細かい事を調査できないかと頼んでいた。
短時間でどこまで調べられるか、不安だったが、社長から直接連絡が来た事で、急に希望が持てたような気分になった。

『で、今はどうだ』
「立花さんは、もう、すっかり『志保』ですね……」
『んじゃ、現場であいつとイチャイチャしてんのか』
「まぁ、そういう流れになってます」
『あいつも苦労してるな……あぁ、お前に言われた事な、調べたぞ。時間が少なかったから大雑把にだか』
「お手数をお掛けして申し訳ないです」
『立花君がそうなるって事を知ってる人間が何人か見つかったから、どうやら嘘じゃねぇみたいだな』
「そう……ですか……」
『それ以外はまだ調査中だが……社長はちと胡散くせえなぁ』
「え……それは……」
『まぁ、それはこっちで対応する』
「はいっ」

どこをどうやればこの短い間でここまで調べられるのか、皆目見当がつかない社は社長の仕事の早さに舌を巻いた。

『あとな、女性マネージャーの方だが』
「はい」
『良くも悪くも立花君にかなり入れ込んでるようだ……そっちはお前に任せる』
「は、はぁ」

少しうんざりしてしまった社だったが、自分がやるしかないのだろうと覚悟を決める。

『まぁ、あちらさんに文句の一つも言いたいところなんだが、撮影を無事終わらせるのが優先なんだろ?』
「はい……蓮もそうだと思います」
『だろうなぁ……女の事は自分でなんとかしろよと言いたい所だが微妙に違うようだし、仕事が関わってくるとあいつは上手く動けなくなるしな』
「そうだと思うんです……」
『なんだ、社。お前まで情けねぇ声出すんじゃねぇ。しっかりしろよ』
「も、申し訳ありませんっ」
『ふふん、まぁいい。援軍送っといたから、出迎えてやってくれ』
「えっ? 誰か人を寄越して頂けたんですか?」
『おうよ、多分、最適の人物だと思うぜ? 細かい事は本人から聞いてくれ』
「はいっ……で、誰が」
『そろそろそっちに着く頃じゃねぇかな。現場に行くって言っていたからな』
「えっ」

敷地の門の前の道路に、いいタイミングで一台のタクシーが静かに止まった。
後部座席のドアがゆっくりと開く。

「え? あれ、か……?」
『おぉ、到着したようだな。じゃあ、健闘を祈る。後で報告するようにな』
「…………」

社が何か言う前に、社長からの電話は切れた。
携帯を耳に当てたまま、社はポカンとした顔で、タクシーから降りてきた一人の若い女性を見た。
大きなサングラスをし、くるくる巻かれた派手な茶髪を肩口で揺らしながら辺りをキョロキョロ見回している。
黒の短いスカートからスラリと伸びた足の先には、高いヒールのサンダル。
ゴールドの色と装飾されたラインストーンが日の光を浴びて、やたらとキラキラ輝いていた。

(誰……? ていうか、間違って迷い込んだ観光客か何かじゃないのか?)

もしかしたらロケの情報がどこかから漏れて、覗きに来たのかもしれない。
そう考えた社は確認しようと近付いた。
その時、社に気付いた女性が、その装いからは想像がつかない、堅苦しい程に礼儀正しいお辞儀をした。

「あっ!」

その見覚えのある動作に驚き、社は大慌てでその女性の元へと駆けつけた。

「キョ、キョ、キョーコちゃん!?」
「社さん! 良かった、すぐ会えて」

サングラスときっちり施されたメイクで見た目では微妙に確認しきれないが、声とその雰囲気でキョーコだとわかる。

「援軍って……キョーコちゃんだったんだ……」
「はい、すみません、驚かせてしまって……社長が黙っとけ、とおっしゃるので」
「あ……あはは、まぁ、社長ならそうだろうね」
「急なお話だったので、私もすっごい驚いたんですよ」

キョーコはそう言うと、小首を傾げてにこりと笑った。



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