05 隠されたシナリオ ニ日目─4

2013年11月30日 18:12


05 隠されたシナリオ ニ日目─4



「詳しく説明してもらいますよ」
「…………」

我に返った蓮は、無言でビールを飲み続ける社に詰め寄った。

「本当に付き合え? ロケの間? 一体どういう事なんですか」
「いや、まぁ……ちょっと込み入った話になるけど……」
「どうぞ。朝までだって付き合いますよ」
「そ、それはちょっと勘弁して……」

あからさまに不機嫌になった蓮に少々怖気づきながら、社は話し出した。

「立花さん、昨日は調子悪かっただろ?」
「はい」
「あれはさ、それまでずっと、こっちに気を遣ってたからだって言うんだよ」
「気を遣っていた? こっちって……俺にですか?」
「うん」
「……俺が何かしましたかね?」
「いや、何もしてないけど……お前はさ、公私共に真面目な奴だって有名だから」
「俺は……有名になる位真面目ですか……」
「まぁ、それなりに。女遊びなんかしないタイプだとは周知されてるねぇ」
「…………」
「それにうちの看板だし、女性関係の噂にはうるさいって思われてるみたいだ。その辺は、まぁ、心当たりあるけど」
「そ、それはどうも……」

確かに自分にはここ最近、変な噂が立ったりする事などまったくなかったな、と蓮は思う。
自分の知らない所で、誰かが何かやっているのだろうか。
どこか自慢気な顔をしている社を見て、蓮は色々と突っ込んでみたい気持ちになったが、とりあえず、今は流してしまう事にした。

「で……それが一体どう関係するんです」
「そんなお前にさ、役に取り憑かれちゃった立花さんが纏わり付いたりしたら大変だと思ってたらしい」
「えっ……」
「『志保』って積極的な行動派だよな」
「そ……うですけど……彼女、そんなに?」
「仕事もプライベートも関係なくなるんだそうだ」
「プライベートでも役のままって事ですか? そんなの普段の生活に支障がでるんじゃありませんか?」
「出るだろうなぁ……役になりきっちゃうと周りを巻き込んでもしまうみたいだし」
「え……」
「自分が女優の”立花有香”である事は忘れないみたいなんだけど、共演する役者さん達には役柄通りに接しちゃうから、仲がいい人には妙に馴れ馴れしくなるし、仲が悪い役の人には冷たくなる」
「…………」
「恋人役や夫婦役の人には……それはもう……」
「もうって……なんです」
「あんまり言いたくないな……大体わかるだろ?」
「わかるような……わからないような……」
「…………」
「…………」
「……さっき、キスまでされてるじゃないか」
「そっ……それは……」
「もっと先に進んだ事だってあるんだそうだよ……それは結果的にトラブルにもなったみたいだけど」
「なっ……」

不愉快そうにそう言った社の顔を見て、蓮は言葉を失った。

「そういう事もあったから、今回は特に気をつけていたんだって。お前本人かLMEから抗議されて降板、なんて事になったら困ると」
「…………」
「だから、今までずっと立花さんを抑えてたらしい。彼女に自分を見失わせないようにさせるのは骨が折れるんだそうだよ……詳しく聞いてないけど」
「はぁ……」
「そうしたら今度は彼女が調子を崩してしまった……事前に監督には話をして、刺激を与えないようにベッドシーンは控え目にって頼んでいたらしいんだけど、却ってよくなかったみたいだな。演技できなくなるとは思っていなかったらしい」
「あぁ……あれは、そうだったんですね」

蓮は有香に”薄っぺらい”と言われてしまった昨日のベッドシーンをぼんやりと思い出した。

「それで、社長まで出てきて監督と話し合って……このままじゃ撮影がうまくいかなくなるかもしれないから立花さんにはもう自由にしてもらおうって事になった」
「自由……」
「『志保』が憑きっぱなしになっても、そのままにするって。そっちの方が調子いいらしいし」
「な……」
「ここで無理に抑えようとすると、また演技に問題が起こるかもしれないからって……そういう事を言うんだよ」
「…………」
「最終日にベッドシーンの撮り直しもあるし、もう調子を崩させたくない、だからロケの間だけでもお願いしますって言われてさぁ……ロケの間だから困るのに……逃げられないじゃないか」
「逃げ……逃げるとか……」
「さっき、途中で『志保』になっちゃったんだろ? お前はあっさり襲われてるし」
「襲われたとか、やめて下さいよ……」
「明日から毎晩、ここに来るかもしれないぞ」
「なっ」
「”恋人”なんだもん、同じ部屋に泊まるんじゃないの?」
「泊まりませんよ! もう部屋に入れたりしませんから」
「それはそれで問題なんだよなぁ……今、盛り上がってるトコなのに、追い返しちゃうのか」
「なっ、なっ……じゃ、じゃあ、受け入れろとでも言うんですか?」
「まさか。言わないよ……でも、お前がそういう対応だと……彼女の演技に問題がでるかもっていう話なんだよ。こっちに言われてもなぁ……」
「……っ」
「ひどいよなぁ、仕事を人質にとって……なんか拒否する俺が悪いような雰囲気だったんだぞ、さっきまで」
「は……」
「監督だって、すっかり懐柔されちゃって言葉を濁してるだけだし……ベッドシーン、立花さんが多少脱いでも構わないって事になったからかねぇ?」

社の語気が荒くなる。
自分と同じ位、若しくはそれ以上に社も憤慨しているのが蓮にもよくわかった。

「あっちのマネージャーさんなんて完全に俺を悪者扱いだよ。有香のどこが気にいらないんですか、ってもうすごい剣幕でさ」
「そんな事言われたんですか……」
「まぁね……それでちょっと口論になった」
「社さんがですか? 珍しいですね……」
「だってさ、お前、これ男女逆だったらどうだ? 演技成功のためにやらせろって言われて、はいっていう女優さんがどれだけいるかって事だよ」
「……っ」

直接的な社の物言いに、蓮は思わずテーブルの上に突っ伏しそうになる。
社はビールを飲みながら、今度はぶつぶつと独り言のように呟き始めた。

「社長に至っては『有香はいい女ですし、そんなに悪い話じゃないでしょう?』だよ。もう、なんなんだよ、あの人達……男が皆そういうもんだとでも思ってるのか? 撮影も終わりに近いし、いまさら立花さんを降ろすなんてできないからって急に強気にでてきてさぁ。絶対表沙汰にはしません、なんてまったく信用できないよ。うちの蓮をなんだと思ってんだよ。冗談じゃないよ、まったく……」
「社さん……」

少し出来上がって来たのか、延々と管を巻くように喋り続ける社に、蓮は思わず苦笑した。

「なんとか……上手く対応しますよ」
「……どうする? いっそ部屋変える?」
「えっ?」
「少しは目眩ましになるんじゃないか?」
「…………」

社にそう聞かれ時、蓮はせっかくの”いい部屋”がこんな事で奪われるのか、と一瞬反発しそうになったが、そんな場合でもないと思い直す。
しかし、そう簡単にはいかない気もした。

「基本ずっと一緒ですから……あまり意味もないかと」
「そうだよな……帰りに彼女から必死で逃げまわるのも怪しすぎる……」
「そもそも、どこかへ逃げるのもマズイんじゃないんですかね……単純に、俺がさっさと部屋に引き篭もって、誰が来ても出なければいいのでは」
「それだってマズイんじゃないの……なんで無視するのってならない?」
「具合が悪いから……そっとしておいてくれと……」
「心配して看病に来るんじゃない?」
「えっ……そ、それなら……ええと……ですね……」
「俺が……二十四時間、お前にくっついてるしかないか……」
「なぜ邪魔するのって事に……なりませんか?」
「…………」
「…………」

蓮と社はお互い顔を見合わせて固まった。

「どうしたらいいでしょうね……思い付きません……」
「俺も……やばいな……もしかして手詰まり?」
「手詰まり……」
「よく考えると、こっちに選択肢ないよな……」
「…………」

蓮はしばらくの間、青い顔で黙りこんでいたが、徐に立ち上がると、部屋にある冷蔵庫に向かった。
扉を開け、中から社が飲んでいた物と同じ銘柄の缶ビールを取り出す。

「お前も飲む?」
「まぁ、ちょっと」

なんとなく社が缶ビール片手に来た理由がわかった気がした蓮は、戻って缶の封を開け、軽く一口飲む。
そして、恐る恐るといった感じで社に話し掛けた。

「あの……この話、了承してきたわけじゃないですよね?」
「してないよ。してないけど……あっちは言いたい事言って、さっさと話切り上げちゃったんで……」
「そうですか……」
「…………」

缶ビールを手にしたまま、蓮と社は同じタイミングで俯いて長い溜息をついた。

「参ったなぁ……こんな問題が起きるとは思ってなかった」
「それはそうでしょう……こんなの予想できません」
「…………」

少し間を置いた後、社は下を向いたまま、ぼそぼそと喋り出した。

「どうする? いっそ受け入れる?」
「は?」
「立花さんは確かに美人だしスタイルもいいし……」
「えっ……社さん、何を」
「俺とお前が……キョーコちゃんには何も言わないでおけば……丸く収まるかもよ?」
「……っ」

社はチラリと視線だけ上げ、蓮の顔を見る。
手にした缶を今にも投げ飛ばしてしまいそうな、険しい目付きで睨みつけてくる蓮に、社は苦笑した。

「冗談だよ……お前がそういう反応でお兄ちゃんは嬉しいです」
「何言ってるんですか、まったく……」

ぶつぶつと文句を言った後、ビールをあおる蓮に、社はぽつりと言った。

「いや、ちょっとだけ心配だったんだ」
「心配? 何のです?」
「だから……お前が……まぁ、なんだ、うっかりOKしたりしないかなっと」
「…………」
「あっ、いや、そういう意味じゃないんだ」
「どういう意味ですか……」

再び目付きが険しくなっていく蓮に、社は慌てて手を横に振る。

「そんなに怒るなって」
「別に怒ってません」
「またまた……目が怖いよ……俺はふざけて言ってるわけじゃないよ」
「だから……どういう意味なんですか」
「立花さんだってふざけてるわけじゃないってことだ」
「え?」

社の言葉を聞いて、蓮はよくわからないといった顔で社を見た。

「向こうの話通りなら、立花さんは……色々と問題あるんだけど極めて仕事に真剣だっていう事だよな」
「はい……」
「お前がさっき説明した話でもよくわかった。彼女、昨日の事、すごい気にしてたんだろう?」
「は……い……」
「そんな、仕事に真剣な共演者を、お前は完全に冷たく突き放すなんてできるかなって思ったんだ」
「……っ」
「仕事抜きで、ただ口説いてきただけなら……あっさりできるんだろうけど」
「…………」

蓮はどこか呆然とした表情で、そのまま黙りこむ。
その頭がゆっくりと垂れたと同時に、柔らかいアルミ缶がへこむ音が部屋の中に響いた。

「お前のそういう所は……優しい良い所だと思うんだけどな」
「…………」

社の言葉を最後に、しばらく間、会話が途切れた。
部屋の冷房が効きすぎてでもいるのか、室内は妙に寒く感じられる。
テーブルの上に置いてある二本の缶ビールも、今触ったらその冷たさで手が切れてしまいそうに思えた。
そんな錯覚を取り払おうと、社は缶に手を伸ばし、軽く指で弾く。
その温度がついさっきと変わらないのを確かめた時、中身はもう殆ど無いとわかった。
社は缶をそのままに、ゆっくりと立ち上がる。

「とりあえず、ちょっと対策考えてみるから……まぁ、明日になったら立花さん、普通になってるかもしれないし」

社にそう言われて、蓮はようやく顔を上げ、口を開く。

「……そうですね……そうだといいんですが……」
「今夜はもう大丈夫だよな?」
「多分……大丈夫だと思います」

──また明日ね? 圭吾さん

有香の別れ際の台詞を思い出し、蓮はどこか複雑な表情で社にそう答えた。

「そっか……じゃあ、お疲れさん」
「はい、お疲れ様でした。おやすみなさい」

社を見送った後、蓮はソファに戻ってビールの残りを一気に飲み干した。
二つになった空缶をテーブルの上に置いてじっと見つめ、今日何度目かの長い溜息をつく。
考えなくてはいけない事がたくさんあるとは思ったが、一日の疲れがどっと押し寄せてきて頭が上手く働かなかった。
のろのろとした動作でポケットに入れていた携帯を取り出し、開く。
キョーコからのメールがまだ無いとわかると言いようのない寂寥感に襲われた。
直接電話をして声が聞きたいと思ったが、妙に疲れているのを悟られたら余計な心配をさせてしまうかもと考え、我慢する。

「…………」

二日目が無事終わった事を報告するメールを、蓮はその内容とは程遠い、疲れきった表情を浮かべながらキョーコに向けて打っていった。



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