--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

02 隠されたシナリオ ニ日目─1

2013年11月28日 21:04

02 隠されたシナリオ ニ日目─1



ロケ二日目。
撮影は問題なく進み、この日の予定は全て消化した。
夜になり、他の共演者達と共にホテルへ戻って来た蓮に、なにやら慌しい様子の社が声を掛けてきた。

「あ、俺、ちょっと話があるからって呼ばれてるんだ。お前、先に部屋に戻っていていいよ」
「えっ? そうなんですか? ……わかりました」

社が誰と一体何の話をするのか、蓮は少し気になった。
軽く手を振った後、移動して行く社を視線で追いかけると、その先には監督と見知らぬ中年の男性が一人。
そしてもう一人、女性の姿があったが、それは有香のマネージャーだとわかった。

(昨日のシーンの……撮り直しについて……とかかな……)

今朝、監督は蓮に、使える部分は使って残りをまた後で撮影したいと言っていた。
それをいつ行うのかなどの具体的な事は聞けなかったので、恐らくその辺を話し合って調整するのだろうと思った。
自分も立ち合いたい気がしたが、戻って来た社が教えてくれるはずだと考え、蓮は素直に一人で部屋へと向かう事にした。

「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした~!」

スタッフや共演者達と別れ、蓮は昨日と同じようにエレベータに乗る。
何事もなく、すぐに部屋のある階に到着した。
暖色系の照明に照らされている、奥へと真っ直ぐ続く通路。
途中、一人の女性が壁にもたれて立っているのに気が付いた。

「立花さん?」
「あ……」

有香だとわかった蓮が声を掛ける。
俯き加減だった有香が、ぱっと顔を上げ振り向いた。

「敦賀さん!」
「どうかしましたか?」
「すみません……私、敦賀さんにお話があって」
「え?」
「昨日の撮影の事とこれからの事を少し……いいでしょうか?」

そう言いながら蓮に駆け寄ってきた有香の表情は妙に真剣だ。
今日、撮影の始まる前や途中の空き時間に、有香は何度か何か言いたげな様子を見せていた事を思い出す。
昨日の事だろうかと思い、蓮は自分は何も気にしていないと分かって貰うつもりで、気付かぬ振りをして普通に接していた。

「構いませんよ。じゃあ、そうですね……下のロビーで」
「あの……できれば人目は避けたいので……敦賀さんの部屋ではいけませんでしょうか? そ、そんなに長居はしないつもりですからっ」
「…………」

蓮はできるなら、自分の部屋で有香と二人きりという状況は避けたかった。
有香だけに限った事でもない。
今は離れた場所にいる誰かに、おかしな誤解をされるような行動はどんな些細なものでも控えたいと思っている。
しかし、有香のどこか切羽詰ったような様子を見るとそんな心配は自意識過剰かと思えた。
そして、共演者からの仕事に関する話ならば可能な限り耳を傾けたいと考え、そのまま有香を自分の部屋に招き入れる事にした。

蓮の部屋はスイートで、リビングルームには小さめのダイニングテーブルとソファーセットが揃えられている。
蓮と有香はソファーセットの方にテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
蓮がとりあえず置いたペットボトルのお茶に、有香は軽く礼を言って手には取ったが、封を開ける前に話し出した。

「昨日は……本当に申し訳ありませんでした。私のせいで撮影が全然進まなくって」
「あぁ、いや……調子が悪い時は誰にだってありますから」

いきなり深々と頭を下げる有香に、蓮は少し驚きながらも笑顔でそう答える。
有香はそっと顔を上げると、申し訳なさそうな表情で話を続けた。

「あの……多分、最終日にもう一度って事になると思います」
「日程、決まったんですか?」
「はい、あの部屋をまた借りられる事になったそうなので……何度も申し訳ないです」
「そうなんですか……」

昨日のシーンを撮るために使った部屋は、とある一般の戸建の一室で、今回の撮影のために特別に借りたと聞いている。
その事もあってすぐには予定が立たないのだろうと蓮は考えていた。
しかし、無事にロケの間中にもう一度使える事になったのを聞き、蓮は普通によかったと思った。
だが、それならば社は今、監督達と何を話し合っているのだろうかと疑問が湧いた。

「あの……敦賀さん?」
「あ」

考え込んでしまった蓮を訝しげな表情で見つめる有香に気付き、蓮は慌てて笑顔を作った。

「いい絵が撮れるのなら何度だって構いませんよ」
「そう言って頂けると……助かります」

蓮の言葉に安堵したように有香もようやく笑顔になった。
しかし、手にしていたペットボトルをテーブルに置いた瞬間にその笑顔は消え、再び蓮の方を向いて口を開いた。

「あの、それでですね」
「はい?」
「昨日のあのラブシーンはなんていうか……薄っぺらいというか、軽かったですよね?」
「えっ……あぁ、まぁ、そう言われればそうですが……」
「あれは実は私のせいなんです。服一つ乱れないようにしろって……社長もマネージャーも」
「あ……あぁ、はい……」

確かにそれらしい行為はキスぐらいしかしていない。
一つの乱れも無くは無理だったが、完全に服は着たままでという指示は、露出は避けるという有香の事務所の方針なのだろうと蓮は思っていた。
それでも、蓮としては出来る限り監督の描いた理想のシーンに近づける努力をしていたつもりだった。
薄っぺらい、と言われ、蓮は顔には出さなかったものの、少しプライドが傷つく。
有香はそんな蓮の心情に気付く事無く、突然、人が変わったかのような勢いで喋りだした。

「私は納得いっていなかったんです。それこそ、軽く、ちょっと抱きあっておけばいいだろ、みたいなのはですね、もう、納得いかなくて!」
「あ、はい、はい」
「監督も最初はすごく拘ってたのに! 観る人を魅了させるような官能的で且つ情熱的なシーンにしたいって! でも、あれじゃあ、あまりにもあっさりしてて観る方もがっかりです!」
「……え、ええと」
「私、やるなら本気でやりたいんです。全部脱いでも構わないし、どんな要求にも答えたいと思ってます。それ位の覚悟はありますから!」
「あの……立花さん……」
「『志保』は見た目と違って本当は気が強く頑固な性格ですよね?」
「えっ?」
「ようやく『圭吾』と心が通じ合って、初めて結ばれるシーンなのに、あんな中途半端で終わるなんて我慢できません!」
「…………」

急に役柄名を出された事と、有香の豹変ぶりに蓮は戸惑いを隠せない。
ストレートの長い黒髪に、色白で整った目鼻立ち。
それには派手さが無く、どこか穏やかで柔らかい印象を受ける。
そんな有香は性格も大人しくいつも控えめだった。
だが、今、目の前で熱弁を振るっている姿は別人だとさえ感じられる。
まさに、有香が演じている『志保』そのものだった。

「そ、そう……そうですね……よくわかります」

戸惑いながらも、蓮は有香の主張には同意できるなと思い、できる限り冷静にそう答えた。
すると有香は、急にスイッチが切り替わったように表情が変わり、おどおどとした申し訳なそうな顔になった。

「……敦賀さんならわかって頂けるのではと思いまして……それで、あの、私、社長にお願いしたんです、好きにやりたいと」
「そうなんですか」
「はい。それで、社長には納得して頂けたので監督さんともお話して……あのシーンは大幅に変わると思います」
「なるほど……」
「それで……あの……私ばかり大騒ぎしてしまったんですけど……よく考えると敦賀さんにも影響のあるお話だと気が付いて」
「俺ですか?」
「敦賀さんも脱いだり……する事になるじゃありませんか。それで、あの、少し慌てて……来てしまったんです。すみません、押し掛けてしまって」

今にも土下座してしまうんではないかといった雰囲気で有香は何度も頭を下げまくる。
蓮はそんな有香の様子を見て、誰かを思い出し、ついその口元に笑みを浮かべてしまう。

「そんなの構いませんよ……俺は何も問題ありません。俺が脱ぐか脱がないかなんて皆はそんなに気にしないと思いますけどね」
「えっ、そ、そんな事ありませんよ! 私なんかよりも気にする人も多いと思いますっ」

妙に真面目にそう言った有香は、いつも通りの有香だ。
話の終わりが見えた事と有香のその様子に、蓮はこっそりと胸を撫で下ろす。

「今度こそ、私、ちゃんと演らせて頂きますからっ……どうかよろしくお願いします!」
「俺もそれほど慣れてるわけではないですから……NG出すかもしれませんよ?」
「ええっ……敦賀さんがそんなっ」
「いやいや、わかりませんよ」
「でもっ……あっ……」

NGなど滅多に出さない蓮のその言葉に有香は驚いた。
しかし、すぐに蓮のどこか惚けた表情に気付き、くすりと笑う。

「では、二人でこっそり打ち合わせした方いいのかもしれませんね?」
「はは……そうかもしれませんね」

そう言ってお互い笑い合った後、有香は腰を上げた。

「明日から……またよろしくお願いします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

深々と頭を下げる有香に、蓮も合わせるかのように頭を軽く下げる。
部屋を出て行こうとする有香を送るために一緒に蓮も出口へと向かった。
しかし、途中で有香はぴたりと足を止めてしまった。

「立花さん?」
「…………」

無言で扉の前に立っている有香の様子を窺おうと蓮が少し屈んだ時、有香がくるりと振り向いた。

「!」

細い両腕が思いがけない強さで蓮の首に巻きつく。
咄嗟の事で何の抵抗も出来ずに引き寄せられた蓮の唇に、有香の艶のある赤い唇が強く重ねられた。

「おやすみなさい、圭吾さん。また明日ね?」

そう呟いた有香の、至近距離にある艶かしい微笑を、蓮は驚いた顔で見つめている。
有香はするりとその腕を蓮から放し、開けた扉をすり抜けるようにして部屋から出て行った。

「……圭吾さん?」

一人部屋に残された蓮は、何が起こったのかを頭でうまく理解する事ができず、扉の前で自分の役柄名を呟きながら呆然と立ち尽くしていた。



コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://kanamomo2010.blog48.fc2.com/tb.php/484-f2fa065f
    この記事へのトラックバック



    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。