変則的三角関係─2

2010年03月04日 08:11

2.はがゆい想い


「なんであんな事になってたんだよ…」
次の現場へ向かう車中、社はげっそりとした顔で蓮にさっきの場面の詳細を問いただした。
「アイツが彼女の後付けて来たんですよ。まったくうっとおしい事この上ない」
憮然とした表情でそう答える蓮の機嫌は最悪で、「敦賀蓮」の仮面などどこかへ無くしてしまったかの様だった。

あの後、社は極めて冷静に、そして努めて事務的に「蓮、そろそろ移動の時間だよ」と不破尚の存在は無視しつつ、ごく普通に部屋の中へ入って蓮に声を掛けた。
社の登場で静まり返った現場は少しの間緊迫したムードに包まれていたが、ようやく蓮が「もうそんな時間ですか?」と言うと、キョーコも落ち着いて少しホッとしたようにソファに沈み込み、尚は軽く舌打ちをして黙って去っていった。
幾分か疲れた表情で「一人でも大丈夫ですよ…?」というキョーコを強引に車で事務所まで送り、その後、蓮と社は次の仕事の現場へと向かっていた。

「もう…胃が痛いよ俺は…勘弁してくれ…」
「アイツに言ってください。勝手に俺の控え室に入ってきて邪魔しやがって…」
普段の蓮からは想像つかない荒い口調に若干ビビりながら、社は早く蓮が営業用に戻りますようにと心の中で必死で祈る。
「…次の現場に着くまでに直しますから。いいでしょう少しくらい愚痴ったって」
「ハイハイ…もう思う存分愚痴ってくれ」
愚痴ってないで早く本性を隠せよ、と社は思ったがならべく蓮を刺激しないようにそう答える。
「不破にキョーコちゃんと付き合ってることバレたんだろ?大丈夫かな」
「大丈夫でしょう。アイツはおそらくそんな事は他人には言わないと思いますよ。それよりも……」
バレンタインのあの日、撮影現場にわざわざ乗り込んできた尚。
キョーコがビーグールのボーカルにチョコを渡したと知っての行動らしかったが、あの後に──
キョーコが自分と付き合っていると知った尚がまた似たような事をするのでは、と蓮はそれが気になっていた。

キョーコのスケジュールは把握してはいるものの、護衛のように付いていって常に尚からガードする、などいう事は現実的には不可能だ。
社長に頼んでキョーコにマネージャーを、とも考えるが、そんな理由で社長に頼んだって一笑に付されるだけだ。
いっそのこと、自分が個人的に人を雇って…などとまで蓮は考えたが、それはキョーコが嫌がりそうな気がしたし、そこまでする自分が少し病的だとも思われても困る。
尚がキョーコに無理やりキスをしたあの場面を思い出して再びどす黒いオーラが蓮に纏わり付く。
あの時の自分と今の自分はもう違う、キョーコの全てを手に入れているからこそ、もう誰にも触れさせたくはない。
二度目はない───二度目なんて許さない。

「…なんとかなりませんかね」
「なっ、なにが」
本性を隠すどころか、益々露にしていく蓮をビクビクしながら伺っていた社はその蓮から急に言葉を振られてドキリとした。
「なにがって…不破ですよ。またDARKMOONの時みたいにキョーコのところへのこのこ現れたりしませんかねってことですよ」
「あ、あぁ…あれか……」
バレンタインの日の事を社も思い出す。
アレも本当に心臓に悪かった……あの日の衝撃が社の中にも蘇り、少し溜息をつく。
「あんなの軽い犯罪ですよ…?まったく…」
そういう蓮に、いや18歳になってない娘に手出しちゃうのも…と言いたくなった社だが、自分の命の危険はきちんと回避する事にする。
「まぁ…なぁ。そういやその前にも来たことあったよな…でもあの時はお前妙に冷静だったのに」
「……そうでしたっけ?」
急に営業用「敦賀蓮」の笑顔でにっこりと笑う蓮に、社は思いっきり引き攣った。
(なんだよ、やっぱりあの時も怒ってたんじゃないか…まったく本当に役者だな)
いや、職業俳優だもんな、と自分で自分に突っ込むが、そんな場合じゃないな、と真面目な顔を取り戻し
「うーん…まぁちょっと考えてみるよ…」
と言ってはみたものの、咄嗟にはいい考えは浮かばなかった。
「…お願いしますよ」
同じく真面目な顔で言う蓮を見て、社は再び真剣に対策を考え始める。
基本的にどこの現場だって関係者以外は立ち入り禁止なわけだが、相手は一応売れてる芸能人でスタッフ等もつい見逃しがちになるのだろう。
キョーコの知り合いだからと言えば、問題なく近づいていけるかもしれない。
むしろ、どうぞどうぞと丁寧に案内されかねない。
軽井沢のビーグールの事件だってそういう風に起きたはずだ。
しかし、だからといってキョーコの出向く現場にいちいち不破の名前を出して近づけないようにしてくれ、なんて言えばキョーコと不破にただの知り合い以上に特別な何かがあるのでは、と変な噂が立ったりするかもしれない。
そんな噂が立ったりしたら…また蓮の機嫌も悪くなり、キョーコだって迷惑だろう。
「……なかなか難しいな。それに仕事の現場じゃなくても今日みたいに偶然会う事だってあるだろう?」
「それは…そうですが…」
「あーもう、向こうからさっさと諦めてくれないかな」
「…まだ…諦めないでしょう、あの様子じゃ」

『俺は絶対認めねえからな』
さっきの尚の台詞を思い出し、蓮は怒りで腹の奥がカッと熱くなる。

───なにが認めない、だ。なんでアイツに許可がいるんだ。一体アイツは何のつもりだ。

今更キョーコが尚に恋愛感情を向ける事があるかもしれない、などとは蓮も思っていなかった。
さっきもキョーコは尚に向かってちゃんと蓮が好きだと言ってくれていた。
そしてキョーコは尚を嫌っているし、まだ復讐は諦めてはいない。
(いや…寧ろ…それが問題なのか……)
嫌っている、復讐する、それは普通とは違う特別な感情。
キョーコにとって尚は特別な存在である、という事自体が蓮の気に障っていた。
しかし、嫌うな、というのもおかしな話だし、キョーコの気持ちを考えれば復讐なんてやめろ、などと簡単には言えない。
尚に復讐するためにも、女優として大成するように努力する、ということを考えれば、ある意味キョーコにとってはプラスになる面もあるかもしれない。
しかしそれは…いつもキョーコの言う「早く敦賀さんと釣り合うような女優になりますから」という事と微妙にシンクロしていないか……?
「…くそっ!」
うまく言葉に言い表せない、そして誰に向けていいかも分からない漠然とした怒りのような、それでいて陰鬱な気持ちを感じてついアクセルペダルを踏む足に力が入る。
たちまち上がっていく車のスピードに、社はもう諦めたように目を瞑り、ひたすら無事な到着を祈るのみだった。



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