LOVE MANIA─3

2013年06月24日 23:58


LOVE MANIA─3




社は事務所から一番近い場所にある家電量販店に立ち寄っていた。
夕刻、通勤帰りらしき客で賑わっている店内を歩いていた時、よく見知った顔を見つけて思わず声を上げた。

「キョーコちゃん!」
「えっ……社さん」

意外な場所でのキョーコとの遭遇に社は驚いた。
社に気付いたキョーコは笑顔で駆け寄って来たが、途中で急に何か思いついたという顔をし、声を潜めながら社に話しかけた。

「も、もしかして、また携帯壊れちゃったんですか?」
「へっ」

携帯売場の前に立っていた事に気付いた社は、キョーコの心配そうな顔に苦笑した。

「いや、違うよ、大丈夫。ちょっと見に来ただけなんだ」
「そうでしたか! あはは、びっくりしました」
「俺もびっくりしたよ、珍しい場所で会うねぇ。キョーコちゃんはどうしたの?」
「えっ? あ、私も……ちょっと見に来ただけなんですよ」

そう言って笑うキョーコを見て、社はそそくさと帰って行った担当俳優の事を思い出した。

「キョーコちゃん……あいつから電話来なかった?」
「えっ? 電話ですか?」

社にそう言われ、キョーコは慌ててバッグに手を入れて携帯を取り出す。
ディスプレイをぱかりと開いて見ても、キョーコは首を傾げるだけだった。

「来ていませんけど……あれっ、今って」
「今日はさ、急だけど早く終わったんだ。あいつ、もう帰ってるんじゃないかな」
「え……」

寝耳に水といった顔をしているキョーコを見て、社はなぜ蓮が連絡していないのかと疑問に思う。
その時、キョーコの手の中にあった携帯が鳴り出した。

「あっ」

表示された蓮の名前。
キョーコは携帯を片手に、人を避けるようにしてフロアの隅の方へと移動して行く。
どこかで待ち合わせでもするのかな。
そんな内容の会話を想像しながら、社が電話をするキョーコの後姿を微笑ましく見守っていると、ふいにキョーコの話し声のトーンが上がった。

「えっ、でも、そんな! あっ」

通話が切れたらしい携帯を呆然と見つめていたキョーコは、慌てて社の方に飛んで来た。

「社さん! あ、あの、どうしましょう、あの、く、来るって、こ、ここに」
「あぁ、うん……えっ? ここに?」
「はい! 今、ここで社さんと偶然会ったんですよって言ったら」

キョーコの言葉が終わるよりも前に、今度は社の携帯が震えだした。

「…………」

表示された発信者の名前は予想通りで、社は顔を顰めながら通話ボタンを押す。

「もしもし」
『社さん、申し訳ありませんが、引き止めておいて下さい』
「なに、お前、電器屋に来るのかよ」
『包丁も電化製品も別に変わらないと思うんですよね』
「あー……そういう事か」
『お願いします。出来るだけ早く行きますから』
「わかったよ」

通話を切った後、溜息をつき、社は不安で一杯な顔しているキョーコに話し掛けた。

「キョーコちゃん」
「はいっ」
「多分、あいつすぐに家を出ちゃうだろうし、慌てて帰ってすれ違いになったらあいつが無駄に街中をウロチョロするだけになると思う」
「えっ」
「ここで大人しく待ってる方がいいかも」
「で、でもっ、こんなに人がたくさんいる場所に」

話をしながらも、社とキョーコは買い物中の人の邪魔にならないように何度も小さな移動を繰り返していた。
さほど広くない店内に、確かに人が多いなとは思ったが、この時間、それはどこへ行っても同じ。
場所を定めずに街をうろつくよりはまだ危険は少ないなと社は考えた。
所狭しと商品が並べられているフロアをゆっくりと見渡した後、何かを懇願するかのような表情で自分を見ているキョーコに、社はにっこりと微笑みかけた。

「諦めが肝心だよ?」
「ええっ!」

キョーコはこの世の終わりのような声を上げた。


****


店の出入り口付近で邪魔にならない場所を見つけ、社とキョーコはこれから現れるはずの蓮を待っていた。
大勢の人が行き交う店内を眺めながら、キョーコは居ても立っても居られない様子だ。

「あいつ信用して腰を落ち着けて待ってみようよ」
「はぁ……」
「ちゃんと誰だかわからないような格好で来ると思うから」
「……でも、なぜ急にここへ来ようなんて思ったんでしょうか」
「うーん……」

キョーコちゃんが欲しがっている物を買ってあげたいから。
社はそう言いたくてしょうがなかったが、そこはじっと我慢する。
そして、キョーコこそ、どうしてここへ来ていたのか、それが気になった。
キョーコがこういう店によく来るという話は聞いた事がない。
消耗品などを買うだけならそれらは蓮のマンションの近くでも手に入るはずで、この店は通りすがりに立ち寄るような場所にはない。
蓮の計画通りに事が進むのを願いつつ、その計画の遂行者の到着を待つ。
キョーコはキョロキョロと辺りを見回し、いつまで経っても心配そうな顔で落ち着かないようだった。
そんなキョーコの気を紛らわせようと社は口を開いた。

「まぁ、ちょっとしたデートだと思って付き合ってやってよ」
「えっ?」
「電器屋さんだから、ムードもなにもないんだけど……一緒に買物するのもたまにはいいんじゃないかな」
「…………」

社の言葉を聞いてキョーコは俯き、何か考え込んでいるようだった。
しかし、その頬が僅かに赤く染まり、どこか嬉しそうなのを見て、社は口元を綻ばせた。

そんな二人の前に、いつの間にか一人の男がのそりと立っていた。
安っぽい生地の黒いボリュームネックのパーカー。
どこか薄汚れたジーンズと無骨なスニーカー。
少し長めでルーズなパーマがかかったアッシュベージュの髪は、湿気にでもやられたかのようにうねっている。
お洒落なのかそうじゃないのか、判断がつきかねたが、お世辞にも清潔感があるとは言えない。
下りた前髪とマスクでギリギリ目が見えているだけの状態の長身の男が、ポケットに手を突っ込んでダルそうに立っている姿に社とキョーコは無言だった。

「……お待たせして申し訳ありませんでした」

くぐもった小さな声で聞こえて来たその台詞で、社はようやくそれが蓮だと確信できた。
"敦賀蓮"だとは微塵にも思われなさそうなその姿に、マネージャーとしては一安心したものの、横で蓮を見上げているキョーコのポカンとした顔を見てもやもやとした気持ちが湧いた。
いつものクールで格好いい"敦賀蓮"がそのままやって来て街を歩かれては困る。
しかし、幸か不幸か、偶然自分が居合わせているのだから、それなりにフォローもできる。
お世辞にもムードのある場所とはいえないわけだし、もう少し違う方向でなんとかならなかったのか。
そう思った社は、今日のこの場が、自分がお膳立てした蓮とキョーコの"小さなデート"の場であるような気分になっていたためもあり、蓮の扮装が妙に気に入らなかった。
蓮が来ると聞いて心配ばかりしていたキョーコがデートと聞いて頬を染め、嬉しそうな顔を見せたのを思い出す。
理不尽だなとは思いつつも、意地の悪い自分が顔を出した。

「ナンパは困りますから……彼女は自分の連れです」
「はっ?」
「へっ?」
「さ、キョーコちゃん、行こう」

店内に連れ戻すような形で社はぽかんとしていたキョーコを促して歩き出す。
慌てた蓮が社を早足で追いかけて来た。

「なんですか、社さん……冗談は止めて下さい」
「歩き方がお前っぽいぞ……もっとダラダラ歩け」
「だったらちょっと待って下さいよ。俺が一人でダラダラ歩いてどうするんですか」
「あのっ……あっ」
「もうちょっとなんとかならなかったのかよ。なにその小汚い格好」
「……誰にも気付かれていませんよ」
「気付かれなきゃいいってもんでもないだろ」

小声で言い争いながら、社と蓮は人混みの中を素早く縫うように歩いて行く。
いつもの調子で勢いよく歩いていた二人は、途中、店員に怪訝な顔をされながらもフロアの中を無意味に歩き回った。

「気付かれない事が大事でしょう、今日は」
「…………」

蓮の言葉を聞いて、社の歩く速度が落ちた。
今回の目的はデートではなく、キョーコへのホワイトデーのお返しにキョーコが欲しがっている物を贈る事。
それを思い出した社はようやく納得して足を止めた。

「まぁ……そうだよな」

人の居ない場所にふらふらと移動しながら社はそうぼそりと言う。
それに合わせて蓮も移動し、疲れたような溜息をついた。

「まったく……驚かせないで下さいよ」
「ごめんごめん。でもさ」

社が振り返ってそう言った時、一緒にいると思っていたキョーコの姿がないのに気付いた。

「あれっ、キョーコちゃんは?」
「えっ」

蓮もすぐその事に気付く。
二人は慌てて見失ったキョーコの姿を捜すために再びフロアの中を歩き出した。



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