LOVE MANIA─2

2013年06月24日 23:56


LOVE MANIA─2



「失敗した?」
「えぇ、まぁ……」

用意された控え室での休憩時間。
蓮と社以外には人がいない。
いいタイミングだと思い、社は、三月十四日の夜がどんなものだったのかを蓮に聞いていた。
恋人達のプレイベートを根掘り葉掘り聞き出すのもどうかとは思ったが、蓮が見つけたキョーコへのお返しを実際に店のレジにまで持っていったのは社であり、その反応はやはり気になる。
そして、それをキョーコに渡す前に蓮が社に漏らした"小さな計画"はスケジュール進行に少しだけ影響をもたらしていた。

「なんだよ~、わざわざ調整して時間作ってみたのに」
「そうなんですか? それは申し訳ありません」
「キョーコちゃんが本当に欲しがる物をあげたいって話だったから……何が来るかわからないし、対応に時間いるかなって思ったんだ」
「あぁ、そうですね……ありがとうございます」
「いや、失敗したんだろ? ……あれを買ったのは何か考えがあっての事じゃなかったのか?」
「無難な物で終ってしまうのを避けようと思ったんですよ」
「で、結局、その無難な物で終っちゃったのなら意味無いなぁ……そういえばあれ、喜んでた?」
「喜んでくれましたよ、すごく」
「それはよかったな……で、なんで失敗したんだ?」
「それは……うまく誘導しようとしたら、予想外な所で躓いたと言いますか……」

そう言った後、蓮は困ったような顔で笑った。
社はそんな蓮に不審な目を向ける。

「微妙に嬉しそうなのはなんで?」
「えっ……そんな事ないですよ?」
「そうかなぁ……」

社の視線から逃れるように背を向けた蓮は、部屋に置いてあったポットとカップのある場所までゆっくりと歩いて行く。
そんな蓮の背中に向けて、社は自分が想像した失敗の理由をさらりと指摘した。

「搦め手から攻めたら予想外の反応されて対応できなかったんだろ」
「…………」

沈黙が肯定になるとは思ったが、蓮は何も言い返せない。

「素直に聞いてみればいいのに」
「素直に聞いて……教えてくれますかねぇ」
「うーん……まぁねぇ……じゃぁ、欲しい物っていうより、必要な物とか、今あったらいいなと思う物とかを聞いてみたら?」
「必要な物……」
「まぁ、鍋だのフライパンだの出てきそうだけど、それはそれでいいんじゃないか?」
「鍋……」
「キョーコちゃんは料理好きなんだから嬉しいかもしれないぞ。流行の鍋とかあるじゃん」
「流行の鍋……」
「いや、鍋じゃなくてもいいけど……どうせお前の家のキッチンはキョーコちゃんが主に使ってるんだろうだから、何か足りない物はないかとか」
「新しい包丁が欲しいとか言われたら……どうすればいいんでしょうか」
「……買ってやれば? 包丁……いい奴は結構高いと思うし……」
「はぁ……」
「…………」
「…………」

包丁に罪はないが、なんとなく何かが違うと思った蓮が振り返って社を見ると、社も同じように複雑な表情を浮かべている。
蓮はテーブルの上に疲れたように両手をつき、頭を下げて弱々しい溜息をついた。
その後、のろのろとした動作でカップをひとつ手に取る。

「とりあえず、また後で考えてみますからこの話は一旦終わりで」
「ん? あぁ……まぁ、そうだな」

社は部屋の中央にあるテーブルセットの椅子に座り、自分のカバンから手帳を取り出して開くとそのまま沈黙した。
静かに、そしてあっさりと仕事モードに切り替わった社の姿を、蓮は淹れたコーヒーを片手に何度も横目で盗み見た。
ページを捲る音だけが室内に響く。
社がいつもの手袋をして携帯を握ったのを見た時、蓮はそれを止めるようなタイミングで声を掛けた。

「社さん」
「ん?」

社が顔を上げると、蓮は一瞬間を置いた後、社から視線だけを逸らして話し出した。

「あのですね……ええと」
「なんだ? どうかしたか?」
「さっき……時間を作ったって言ってましたけど」
「あぁ……いや、別に気にしなくていいよ」
「え、あ、いえ、あの……いつだったのかなと」
「今日……夕方から」
「夕方……」
「このまま順調に行けば、五時、余裕をみて六時頃には……あれっ、急に決まった?」
「いや、まぁ……もしも」
「キョーコちゃんも大丈夫な時間のはずだよ。確認済み」
「……ありがとうございます」
「どう致しまして」
「…………」
「……で、何? 何あげるの? それとも何かする?」

つい今まで真面目で仕事熱心なマネージャーの顔をしていた社は、その表情を瞬く間に期待と好奇心が溢れた子供のように変えた。

「なんですか、その顔は……」
「いやぁ、蓮君ももう大人しくまとまっちゃったのかなぁって思ったから」
「…………」
「あぁ、でもあんまりびっくりするような事はするなよ? キョーコちゃん困っちゃっうし」
「……まだ具体的には何も考えていませんよ」
「えー……なーんだ」

いかにもつまらないなといった顔で頬を膨らます社に蓮は呆れたような目を向けた。

「いい大人がそんな子供みたいに……」
「お前に言われたくないなぁ」
「失礼ですね、俺はちゃんとした大人ですよ」
「キョーコちゃんの前で言ってみろ、その台詞」
「い、言えます……よ?」
「本当かなぁ」
「本当ですよ……まったくあなたって人は俺を一体どんな男だと」
「でっかい子供?」
「ちゃんとした大人です!」
「そう主張しなきゃいけないって所がマズいよなぁ」
「社さんが変な言いがかりをつけるからでしょう。大体ですね、なんの根拠があって」
「ところでどうする? 時間要る? 確定してるわけじゃないんだよ」
「へっ」

社は手にしていた携帯を、遊んでいるかのように何度も開けたり閉じたりしている。
そして、固まっている蓮を見てニヤリと笑い、携帯が開いている状態で動かしていたその手を止めた。

「打ち合わせ、今日は無理かもしれませんって言ってあるだけなんだ。向こうさんもどうしても今日じゃなきゃダメってわけでもなかったから」
「…………」
「具体的に何も考えてないんならまたにする? まぁ、明日以降のキョーコちゃんの予定は調べてないからどうなるかわかんないけど」
「………………」
「どうする?」

妙に楽しそうな社を、蓮はしばらくの間、苦々しい表情で見つめていたが、急にがっくりと頭を垂れ、ぼそりと言った。

「今日で……お願いします」
「了解」

社はそう言うと、さっそく携帯で相手方に連絡を取り始めた。
申し訳なさそうな声音で話しているのに顔には満面の笑みが浮かんでいる。
そんな社を器用な人だなと思いながら、蓮は特に飲みたくもなかったインスタントの冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。


****


せっかくだから寄り道して帰るという社を途中で車から降ろし、蓮は自宅マンションに帰り着いていた。
空にはまだぼんやりと明るく青い色が残っている。
こんなに早く帰るのは久しぶりだなと思い、貴重な時間を有効に使うために足早に自分の部屋に向かう。
キョーコには特に連絡はしていない。
仕事が終わったとはいえ、必ずしもキョーコが寄り道する事無くまっすぐ家に帰っているとは限らないのだが、それはそれでいいと思った。
居なかったら電話をして居場所を聞き、俺が迎えに行けばいい。
少々強引だとは思ったが、今日の蓮には不思議とそれ位の勢いがあった。
キョーコから何か欲しい物があるかどうかを聞き出すのには少し骨が折れる。
言葉で聞きだせないなら、その態度から推し量ればいい。
目にした時、反応した物を買えば間違いはないはず。
若干、大雑把な方法ではあったが、そう考えた蓮は、今日、キョーコを街に連れ出そうと考えた。

「それって単に……デートだよな?」
「そうとも言えますね」
「気持ちはわかるけど……うーん……」

蓮のその"計画"を聞いた時、そう言って少し難色を示した社に、蓮は準備していた"敦賀蓮"の気配を消す方法を説明していた。
ミス・ジェリーウッズに頼んでいた自分用のウィッグ。
つい先日、手に入れたばかりだった。

「どんな奴?」
「全体としては結構明るい茶色で……まぁ、色々とアレンジできそうな感じなんですが」
「へぇ……でも、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。"敦賀蓮"の気配なんて微塵も感じさせない自信があります」
「いや、そっちの大丈夫じゃなくて……」
「……じゃあ、どっちです? ご迷惑はおかけしませんよ」
「あぁ、いや……なんかお前だと物騒な感じがするんだよな」
「物騒って……」
「危なそうな奴に見えて職務質問されたりちゃったりとか」
「なんですか、それは……」
「デートのドキドキ感がさ、違う方向へ行きそうでさぁ」
「…………」

"敦賀蓮"だとわからなければ問題はないと考えていた蓮だったが、社のその言葉で一緒に歩くキョーコの事が気になった。
"演じる"つもりだったのは、どう考えても彼女の好みとは違う男な気がする。
いつか実現させたいと思っていた突然のデート。
しかし、そのいい機会が来たと浮かれるのはまたにして、今回は本来の目的を果す事だけを考えようと蓮は思っていた。
誰かに気付かれてコソコソ逃げ出す、というパターンだけは避けたい。
変な欲を出さす、自分の気配を消す事だけに専念しよう。
そう決心した蓮が急いで開けた玄関扉の向こうに灯りは点いておらず、キョーコの気配もなかった。
部屋に上がり、リビングに入った蓮は、着替えるよりも早くに携帯を手に取った。

『はいっ、もしもしっ』

数回のコール音を聞いた後、ざわざわとした雑踏の音と共にキョーコの声が飛び込んで来た。

「キョーコ?」
『もしかしてもうお家ですか?』
「あぁ、うん、今日は早く終わったんだ……今、外だよね」
『はいっ、ちょっと寄り道していて……今、偶然社さんに会ったんですよ』
「えっ? 社さんに?」
『はい、今日はもう終わりって聞いた所なんです。今から帰りますね』
「……ちょっと待って。今、どこにいるのかな。事務所、じゃないよね」
『あ、違います……ええっと……』

なぜか言い辛そうに居場所を言うキョーコに蓮は少し違和感を覚える。
そして、その店は特に変わった店でもなかったが、今までにキョーコが行って来たと話題にした事はない。

「…………」

ただの勘でしかなかったがこれはチャンスだと思った。
蓮はすぐさま自分もそこへ行くと言い、キョーコにはその場に留まるよう告げた。



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