忘れ得ぬ思い出

2013年02月08日 21:59

本誌感想、拍手ありがとうございますっ。
さて、このブログも3年目に入りました。
低速運転ではありますが、続けられているのも覗いて下さる皆様のおかげでございます。
今後ともよろしくお願いいたします!

そんなこんなで記念ぽい…かもしれないw SSを。
本当なら12日にUPするのが正解なんですが、都合により本日にUP(汗
その辺は適当にスルーして頂けると嬉しいです(ペコリ
お遊び系の単発SSです。


何かがぶつかったような大きな金属音がして、その場にいた人々が一斉にその方向に目を向けた。
LMEのフロントがある事務所ビルの一階。
たまたま外出から戻った所だった椹もその場に居合わせた。

「なんだ?」

関係者以外立入禁止。
そう書かれて常時設置してある置き看板が、繋いである鎖を揺らして大きくずれているのが見える。
椹が近づいていくと、奥の通路に倒れこんでいる人間がいるのに気付いた。
見覚えのある髪型と姿格好。

「あれ……最上君じゃないか。何をやってるんだ」
「さ、椹さん! す、すいません、お騒がせを」

キョーコは慌てて起き上がり、手でパタパタと服を払う。
床に落としてしまったバッグを拾い、ずれた看板を椹に手伝ってもらいながら元に戻した頃、しんとしてしまったフロアにはいつもと同じざわめきが戻って来ていた。

「これ、飛び越えようとしたの?」
「はぁ、まぁ、そうなんです」

転んでいた原因を聞いた椹に、キョーコは恥ずかしそうに赤い顔でそう答えた。

「ささっと飛び越えたつもりだったんですが、足が引っ掛かりまして……不覚でした」
「いや、まず、飛び越えようとしないでくれよ。危ないし、びっくりするから」
「申し訳ありません。以前はうまくいったんですが」
「以前もやってたの……普通に静かに越えてくれ。別にこっちから入ってもいいから」
「あー、あはは……いえ、まぁ、入る用はなかったんですけど」
「へ?」
「なんとなく気になっちゃいまして」
「気になっちゃいましたって……これが?」
「あはは……」

呆れ顔の椹に、キョーコはひたすら誤魔化すように笑い続け、帰る途中だったんですと告げた後、頭を下げ、慌しくその場を立ち去って行った。

(何なんだ一体……変わらないな、あの子は。何をしでかすか予想がつかん)

そう思いながら椹がキョーコの後姿を見送っていた時、背にしていた奥の通路から蓮と社がやって来た。

「椹さん。どうしました?」
「おっ、蓮と社か。お疲れさん」
「お疲れ様です。どうしたんです」
「いや、別になんでもなかったんだが……」

そう言いかけて、椹はキョロキョロと辺りを見回す。
特別注目されていないのを確認した後、蓮の方を見て小声で言った。

「もしかして……待ち合わせとかしてたのか?」
「はい?」
「いや、今、ここに最上君がいたんでな」
「えっ」
「キョーコちゃんが? 事務所に用事ですか?」
「聞いてなかったですね」
「俺も別に用事はないんだが……じゃ、偶々かなぁ。それに足引っ掛けて転んでた」
「へっ」

椹が指し示した看板を蓮はじっと見つめる。
社も一緒にそれを眺めていたが、特にこれと言って何も思いつかず、すぐに椹に視線を戻した。

「それで、キョーコちゃんは」
「んっ? いや、普通に帰って行ったけど」
「そうですか……まぁ、まだ帰れないからなぁ」
「まだ仕事中か?」
「これから雑誌の取材が来るんですよ。連続で二社ほど」
「そりゃ大変だな。頑張れよ」
「はい、ありがとうございます。じゃ、行こうか、蓮」
「…………」
「蓮?」

社の呼びかけに反応せず、蓮は黙って看板と今自分が通って来た奥に続く通路を見つめている。
よくわからないまま社も再び一緒にそれを眺めていたが、やはり特に変わった所は見受けられない。

「何、どうしたんだ?」
「…………」
「なんだ……その看板に二人の思い出でもあるのか?」
「えっ?」
「いや、最上君も気になっちゃったとか言ってたから………あっ」
「なっ、なんです?」
「いやぁ、急に思い出したよ。この辺だったよなぁ、昔、最上君が飛び込みで来て騒いでる所に蓮が居合わせたの」
「え」

椹の言葉にびくりと体を揺らし、蓮は苦笑しながらゆっくりと振り向いた。

「よく覚えていますね」
「いや、もうすぐオーディションだからな。それで思い出した」
「そうですね……」
「懐かしいな。俺とお前で最上君をここから叩き出したんだよな」
「た……叩き出したって言葉が悪いですね」
「いや、だって、そうだろ」
「…………」
「へぇぇ……俺はそれ知りませんでした」
「あぁ、社はちょっと後から来たんだったかな」
「ここで会ってたんだ……」
「最上君は蓮の顔見て絶望に打ちひしがれて、さっきみたいに床に張り付いてたんだ」
「ぜ、絶望」
「目的がよくわからなかったし、蓮目当てだろって思ったのに全然違ったしさ。いつだってあの子は予想の遥か斜め上を行くよ」
「あ、あの椹さん」
「ん?」
「もうちょっと……こう、オブラートに包んで」
「はあ?」

小声になった社に促され椹が見た蓮は、再び通路の奥を見つめながらこちら側に背を向け無言だった。

「意外とデリケートなんですよ……」
「デリケート?」
「さっきから不穏な発言が多いです」
「……何言ってんだ、あいつの方がよっぽどだったのに」
「え」
「オーディションには落ちたけど社長の意向で最上君が戻って来るのを待っていた時、あいつはあんなのやめろって言ってたんだぞ」
「あんなの?」
「そう、あんなの」
「…………」
「ま、最上君は期待通り戻って来てくれたし、それで今があるんだからなぁ。本当によかったよ」

黙り込む社を尻目に、椹は一人腕を組んで頷き、感慨深げにそう言った。

「椹さん……」
「ん? なんだ?」
「次の取材が大失敗に終わったら椹さんのせいですからね」
「えっ、なんで?」
「なんででもです」

社は恨みがましい目で椹を見ながら、無言で突っ立っている蓮を強引に引っ張って取材の待ち合わせ場所に向かった。


****


外はすっかり暗くなっている。
事務所の一階、出入り口のあるフロアに照明は点けられていたが、フロントの受付は既に無人。
辺りには人影もなく静まり返っていた。
そこに、足音を響かせながら、何かを言い争う蓮と社が姿を現した。

「もういいじゃないですか。一応問題なく終わったんですから」
「確かに取材自体は問題なく終わったけど、イメージってもんがあるだろ」
「はぁ」
「敦賀君、忙しすぎて疲れてるんじゃないですか、無理させすぎじゃ、なんて言われちゃったよ。俺が極悪マネージャーみたいじゃないか」
「それは……はは、申し訳ありません」
「笑い事じゃないよ、まったく……集中力不足だぞ」

そう言いながら、社はぴたりと歩みを止める。
それに釣られたように蓮も立ち止まった。
二人の目の前には取材の前にも眺めていた"関係者以外立入禁止"の文字があった。

「ふん……どうせ、キョーコちゃんに冷たくしてた頃でも思い出してへこんでたんだろ」
「そんな事は……ありませ」
「あります」
「ありませんって……へこみませんよ、別に。一応、あの頃の俺にはそれなりの理由がありましたから」
「あぁ……キョーコちゃんの芸能人になりたい"あの動機"が気に入らなかったんだよな」
「そ、そうです……本人も動機が不純だった事は言ってますし」
「……じゃあ、なんだ? なんでもないとは言わせないぞ。暇さえあれば溜息ばっかりついてたくせに」
「…………」

口を閉ざしたまま、蓮は再び歩き出した。
長い足であっさりと看板に繋がった鎖を超え、奥に進んで行く。
それを見て、社も慌てて後を追った。
しばらく無言で歩き続けていた蓮だったが、急にまた歩くのを止める。
そして、同じように立ち止まった社の横で、ぼんやりと遠くを見るような目をしながら話し出した。

「椹さんは……」
「ん?」
「椹さんは彼女の動機を……まぁ、ちょっと勘違いしていたらしいですけど、それでも不純な事は不純で」
「あ、あぁ、うん」
「でも、早くから彼女を気にかけてたようですし」
「うん」
「社長もオーディションで落としておきながら、わざわざラブミー部なんて企画を立ち上げてまで彼女を待ってましたし」
「うん……」
「それなのに俺は結構長い間、彼女に……まぁ、冷たく当たっていたというか」
「意地悪してたよな」
「…………」
「でも、それはお前が仕事に厳しい奴だから色々と認められなかったっていう理由があって……という話だろう?」
「そうですけど……」
「キョーコちゃんだってその辺はわかってるはずだし」
「まぁ、そうなんですけど……」
「歯切れが悪いなぁ。お前の中で決着ついてるのに何を気にしてるんだ」
「…………」

蓮は大きな溜息をつく。
椹と話した後から繰り返されるそれが今ので何回目なのか、もう社にはわからなかった。
黙って静かに答えを待つ社に、蓮はゆっくりとまた口を開いた。

「とにかく気に入らないっていうのばかりが先行していて」
「あぁ」
「ラブミー部だなんて、何を血迷ってそんな企画を、とか思っていて」
「へぇ……」
「彼女にはちゃんと才能があったのに……欠片も気付いてなくて」
「え……」
「自分の……見る目のなさにがっかりしてるんですよ」
「は?」

蓮はそう言うと、また大きな溜息をついた。
社は想定外の蓮の言葉に一瞬絶句した後、素っ頓狂な声をあげた。

「えええっ? なんだそれ? お前、ちょっと待てよ」
「なんですか」
「社長や椹さんみたいにオーディションの審査員したわけじゃないんだ、そんなのすぐにわかるわけないっ」
「そうでしょうか」
「そうだよ。お前は本気で超能力者か? 違うだろ? 役者だろ?」
「役者なら役者の勘で」
「待て待て、どんな勘だ、それ。どこを目指してるんだ、お前は」
「別にどこも目指してませんよ……ただ」
「た、ただ?」
「椹さんはあの頃の事を"今となってはいい思い出"みたいに言えるのに……俺は少し微妙な気分になるんです」
「…………」
「この時期になると、きっと、ずっとそうなんだなと思ったら……」

そう言って、人生に疲れた男のような顔でまた溜息をつく蓮に、社は脱力した。

(要するに……キョーコちゃんの事に関して出遅れてたのが気に入らないってだけじゃないのか?)

それでも一応フォローしなくてはと思う。
しかし、どうしようもない事で悩む事務所の看板俳優に若干呆れた気持ちも無くはなく、なかなかいい言葉は思いつかない。

「お、お前は……キョーコちゃんの事に関してちょっと欲張りすぎなんだよ。そんな事で悩む暇があったら早く帰ってキョーコちゃんに優しくしろよ……な?」
「…………」
「ほら、もう帰ろう」

なんとか捻り出した台詞で社が話を終わらせようとした時、背後から耳を劈く金属音がした。
驚いて振り返った二人の目に、激しく揺れる看板の鎖と床の上に転がっている女性の姿が映る。
よく見知った姿と格好。

「鎖っ……今度は鎖が! もおおっ」
「キョーコちゃん!」
「……っ」

床を叩いてなにやら悔しがっているキョーコに、蓮と社が慌てて近寄って行く。
キョーコはそれに気付き、急いで体を起こしながら恥ずかしそうに笑った。

「あはは……すいません、驚かせてしまって」
「大丈夫? 怪我はない?」
「大丈夫ですっ、頑丈ですから」
「嘘言わない」
「えっ」
「油断してるとすぐどこか痛めたりする」
「そ、そんな事はありま」
「す」
「…………」

床に座り込んでいたキョーコに蓮はすっと手を差し伸べる。
キョーコはおずおずとその手を掴み、ゆっくりと立ち上がった。
その後、蓮はテキパキとした動作でキョーコの手足などに怪我がないかをチェックする。
ついさっきまでの覇気のない様子とは打って変わったその姿を、社はなんとなく生暖かい目で見ていた。

「危ないよ、気をつけないと……本当にびっくりした」
「……ごめんなさい」
「こんな時間にどうした? 事務所に用事?」
「えっ、あ、あの……偶々、通りがかったのでちょっと寄ってみようかなと」
「偶々?」
「通りがかった?」

キョーコの言葉を順番に復唱した形になった蓮と社の頭の中に疑問符が浮かぶ。
数時間前に事務所にいたらしいキョーコが、また、偶々、事務所の前を通りがかる不自然さ。
それに気付いた社はニヤリとし、蓮が何か言うよりも先に口を開いた。

「蓮、俺は電車で帰るから」
「えっ」
「え! 社さん、そんな」
「いいから、いいから。キョーコちゃん、悪いけど車に乗る時は一応コソコソしといてくれる?」
「えっ、あっ、はいっ」
「じゃ、よろしくね! お疲れさん! また明日な~」
「お、疲れ様でした」
「お疲れ様でした!」

そそくさと社は別れを告げる。
しかし、その場を去る歩みは妙に遅い。
二人を見据えたまま不自然に後ずさっていたためだったが、そのおかしな社に二人は気付いていなかった。
丁寧にお辞儀をしているキョーコに蓮が話しかける。

「夕方にも偶々通りがかったって聞いたけど」
「ええっ! な、なぜそれを!」
「その直後の椹さんに会った」
「そ……そうでしたか……」
「俺の顔を見に来てくれたのなら嬉しいんだけど?」
「えっ! あ、あのっ、それは」

蓮とキョーコの会話を聞きながら、キョーコが転んでいた場所にまで移動すると、社は身を翻し、鎖を越えて通路出口の横の壁の前に立つ。
話がまとまって二人が無事帰って行くまで邪魔が入らないようにするつもりだった。
幸い、辺りに人影はなくフロアも静まり返ったまま。
そのせいもあって、会話の内容はぼそぼそとではあるが社の耳にまで届いていた。

「あのう……敦賀さんは覚えていないかもしれませんが」
「ん?」
「今日は、その、私が敦賀さんに初めて」
「あっ……もしかして今日が初めて会った日? ごめん、俺、日にちまでは覚えていなくて」
「あっ……いえ、あのっ、その日ではなくて……初めて嫌味を言われたというか、バカにされたというか、敦賀さんが……ちょっと怖かった……日で」
「あ……そ……そう……廊下でぶつかった日かな……」
「はい……」

明らかに気落ちしたような蓮の声に、社は笑いたくなるのを必死で堪えた。

「そんな事も……あったね……」
「でもですね、私、あれですごいやる気になったといいますか、もう絶対デビューしてやるって思ったんです!」
「う、うん」
「で……あ、あ、あいつの事ばかりじゃなくて敦賀さんの事も頭に残るようになりまして」
「え……」
「ですから、その、今の私の……第一歩を踏み出した日だなぁって思いまして」
「…………」
「なんか、その……今になってみればいい思い出というか、その、私が勝手に記念日みたいに思ってたので」
「…………」
「それで、今日は敦賀さん事務所にいるって聞いたので、ちょっとだけでも……事務所で会えないかなって」
「そう……なんだ……」
「なんか……もう、ごめんなさい」
「……なぜ謝るの?」
「だって用事もないのに事務所をウロウロして……さ、最後には転びながら登場とか」
「……嬉しいよ」
「えっ?」
「すごく嬉しい……会えてよかった」
「…………」

そこで会話は途切れ、通路は完全に静まり返った。
声を殺し、すっかり笑い終わっていた社は、その後のキョーコの話を聞き、顔を緩めていた。

(キョーコちゃんに"いい思い出"なんて言われたら、あいつも、もう、変な事で悩んだりしないだろ)

そう考え、一安心する。
しばらく間を空けた後、そろそろ二人一緒に仲良く帰ったかなと思い、確認するためにそっと通路を覗いた。
しかし、そこにはまだ、蓮の屈んでいる後姿がある。
傍にいるはずのキョーコの姿は蓮の体で隠れて見えなくなっていた。

「あっ」

社は慌てて顔を引っ込め、忍者のように壁に張り付く。
家に帰ってからにしてくれと思いながら、辺りに神経を張り巡らせた。
奥から人が来たらマズいなと思った時、真横からいきなり声を掛けられた。

「社。こんな所で何をしとる」
「ひっ」
「まだ仕事中か? 蓮はどうした」
「しゃ、しゃ、社長」

心の底から驚いた社の目の前に、チョコレート色のコック帽とコックコートに身を包んだ社長と、籠一杯に花を持ち、花売り娘のような格好をしたお付の女性が二人いた。

「しゃ、社長はどうしてこちらに」
「ん、俺か? バレンタインが間近なんだぞ。準備で忙しいんだ」
「あぁ……バレンタインですね……」
「まだ所内の飾りつけに納得いってなくてな……ちょっと行って来る」

そう言って社長の一行が通路の奥に進もうとした時、社はついと体を動かしてその前に立ち塞がった。

「なんだ?」
「あの」
「んん?」
「えーっと……あの、今、ここはですね」

背中に目が欲しいと思いながら、社は必死でタイミングを見計らう。
社長が乱入しても特に問題はないと思ったが、できればキリのいい所までは二人だけにしてやりたかった。
あと数秒だけの足止め。
そのために、社は少しドキドキしながら、もう二度と面と向かって社長にいう機会などないだろうと思える言葉を口にした。

「関係者以外立入禁止です」
「ぬぬっ?」

LMEの一社員である社にとっても、この日は忘れられない日となった。


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