Cutie Honey─2

2012年11月22日 15:12


Cutie Honey─2





まだ薄暗い早朝。
約束した時間通りに社の自宅前に車で現れた蓮は、数時間前に別れた時と比べて明らかに機嫌が良かった。
タイミングが悪ければ悪化する可能性もあっただけに、期待通りの蓮の様子に社は胸を撫で下ろす。
高速にのる前に、簡単な朝食を取りたかった社がコンビニに寄るように頼むと、蓮は待ってましたとばかりに後部座席にあった紙袋を社に指し示した。

「社さんの分もあるんだそうですよ」
「おっ、そうなの? ありがたいなぁ」

キョーコが作った、二人分の弁当。
お握りと使い捨ての容器に詰められたおかずは、丁寧に作られているのが見てすぐにわかった。
ここの所ずっと雑な食事しかしていなかった社は喜び、いそいそとそれを食べ始めた。

「先に食べちゃって悪いな」
「構いませんよ」
「こんなに朝早くに作るの大変だったろうに……後でお礼言わないとな」
「そう……ですよね」
「……?」

社の台詞に蓮が何か引っかかったような顔をした。
少し気になったが、急に早起きをさせてしまった事を気に病んででもいるのだろうと思い静かにスルーした。
白んで来た空の下で車は高速のゲートをくぐる。
順調に流れる車列。
気になっていた担当俳優の様子も、心配は特に必要ないように見えた。
多少、時間的に無理をしたが、問題なく進んでいく一日の始まり。
今回の仕事以降は、今まで慌しかったスケジュールもようやく落ち着いていく。
空腹も満たされ始め、気を良くした社は、遊び心を復活させる余裕も生まれていた。

「お前……悪さはしなかったみたいだな?」
「え?」
「いやぁ、昨日のお前の様子じゃ、またなーんか無理させてんじゃないかって心配してたんだけど」
「あ、いや、それ……は……」
「大人しくちゃんと寝たんだなぁ。じゃなきゃキョーコちゃんだってこんな朝早いのに弁当作る余裕ないもんなぁ」
「…………」
「さすがのお前も最近のこの忙しさじゃ」

そこまで言いかけて社がふと隣を見ると、明らかに蓮の顔色が悪くなっているのがわかった。

「お、おい。蓮?」
「…………」

それっきり、蓮は一言も口を利かなくなってしまった。

(おかしいな……急にどうしたんだ……)

助手席でおにぎりを頬張りながら、社は急に表情を曇らせた運転手の様子をチラチラと横目で窺っていた。

(やっぱり悪さはしたのか? ……それにしてもなんか変だな)

基本、無表情を保ち続けているが、時折焦燥感が見え隠れし、ハンドルを握っている手にも妙に力が入っている。
その様子を見ていると、ただの仕事の移動がまるで緊迫した事件現場へ急行しているかのような気分になる。
社が自分の分の弁当を食べ終わってしまっても、蓮は変わらず青い顔のままだ。

(キョーコちゃんのお弁当はいつも通り美味しかったし、量も大量ってわけじゃないし……)

ついさっきまで機嫌が良かったのだから、別れ間際に何かあったわけでもないと思える。
重大な過失に今気が付きました、といった雰囲気だ。
突っ込みたい衝動に駆られた社だったが、高速道路走行中の運転手にそれは危険だと考えた。

「蓮」
「は、はい」
「何やったか知らないけど、これから仕事だし今は運転中だし、考えるのは後でな」
「……はい」
「まぁ、お前次第だけど……なんなら話も聞くよ?」
「…………」

また至極プライベートな事なら言わないかもな、と思いつつも、社は一応そう言ってみた。
蓮は再び口を閉ざす。
しばらくの間、待ってはみたものの、返事は返って来ない。
特にそれを必要としていなかった社はこの話はここで一旦終わりとし、仕事の話に切り替えようとした。
しかし、その前に、蓮は突然口を開いてぽつりと言った。

「お願いします……」
「あ……あぁ」

珍しく素直な言葉を吐く蓮に社は少し驚く。
そして、もしかしたらややこしくやっかいな事を引き受けてしまったのかもしれないと不安になった。



****



始まりが早い時間だった事もあり、撮影も比較的早い時間に終了した。
夕食後にスタッフなどから軽く飲まないかなど誘いもあったが、今は忙しすぎて睡眠時間も満足に取れていない事などを説明し、蓮と社は早々にホテルの部屋に戻っていた。

「寝ちゃった?」
「はい……」

蓮の部屋に缶入りの烏龍茶を片手に話を聞きに来た社は、部屋にあったソファに座って真剣な顔で話し出した蓮の最初の言葉に少し混乱した。

「寝ちゃった……って何だ?」

真面目な恋愛相談のような雰囲気に、社は思わず、寝るという言葉の意味を取り違える。
一緒に暮らしている二人には今更問題になるような事ではないと思った。

「別に何も……問題ないよな? なんでそんな今更」
「あ、いえ、その……いつ寝たのか覚えてないんですよ」
「んん?」
「ええと、その、要するに……途中で寝てしまったというか」
「途中? ……なんの」
「…………」
「…………」

しばらく二人共沈黙する。
その間に、混乱していた社の頭の中がようやく整理され、現在の状況に追いついてきた。

「あっ! 途中ってお前」
「…………」
「うわぁ……最悪。キョーコちゃん傷ついたんじゃないか?」
「………………」
「なんで大人しく寝ないんだよ……」
「昨日の彼女は特に可愛くて……勿論、いつだって可愛いんですけど」
「惚気はいいから……どうせお前から襲ったんだろ? それで途中で寝るとか……失礼な男だなぁ」
「…………」

社の言葉に、蓮はがっくりと頭を垂れた。
そんな蓮を呆れた目で見ながら、社はさぞかしキョーコは怒っているだろうと思ったが、ふと、朝食べた弁当を思い出す。
そして朝会った時は機嫌の良かった蓮の事も思い出した。

「でもさ、お前、朝は機嫌よかったじゃないか。キョーコちゃんの弁当も美味かったし……量も普通だった」
「それなんですが」
「ん?」
「今思うと彼女は寝てないんじゃないかと思うんですよ……朝も起こしてくれたし」
「…………」
「弁当を作ってくれていて、笑顔で見送ってくれて……今思うと早朝だっていうのに彼女随分すっきり起きていたような」
「……眠れなかったんだな」
「……俺の方は半分寝てたんですかね……車の中まで気が付かなかったなんて」
「お前、本当に疲れてたんだなぁ……」
「…………」
「ま、なんだ、怒ってる感じはないようだし……まだよかった……んじゃないの?」
「怒ってないのなら……もしかしたら……」
「もしかしたら?」
「落ち込んでいたりしてるんじゃないかって」
「あー……そっちのパターンか……」

社は腕を組み、キョーコの心情に思いを巡らせる。

「もう自分には魅力が無いから最中でもお前がころっと寝ちゃうんだとか今頃思い悩んでたり……?」

それを聞いた蓮は、ぐっと息を詰まらせた様な顔をした。
そしてそのままじわじわと顔色を青く変えていく。

「フォローを」
「えっ?」
「フォローして下さいよ……」
「ええっ」

ようやく搾り出したような蓮の言葉に社は狼狽する。

「そんなの俺がフォローできるような事じゃないよ! ヘタすりゃ俺はとんだセクハラ野郎だ!」
「いや、その、事の詳細についてのフォローじゃなくて、彼女に魅力が無いなんて事は有り得ないって」
「えぇ? 事の詳細に触れずに俺がいきなりそんな事言ったらやっぱり怪しいじゃないか……難しい事言うなよ」
「こういうパターンはマズイんですよ……俺が何を言っても彼女は寂しそうに笑って大丈夫だって言うだけで全然大丈夫じゃないし……俺が」
「いや、お前、急にそんな弱音を吐かれても」
「こういう時は第三者の声が必要かと」
「俺的には最も第三者を入れちゃいけない事だと思うけど……お前が強く主張すればいいんじゃないのか?」
「嫌って言うほどしますよ。でも俺だとまた気を使ってるんじゃないかっていう風に」
「待て待て、それなら俺だって同じだよ。お前とさほど立場は変わらないぞ?」
「そう……なんですかね……」
「俺が急にキョーコちゃん褒めたってやっぱり何か気を使ってると思うさ。同じ事じゃないか」
「…………」

蓮は大きな溜息をつき、髪に手を入れ、クシャクシャと掻き回した。

「余計な工作しないでさ、素直に謝っとけよ」
「それはそうなんですけど……」
「言い方を変えればいいんだよ」
「言い方?」
「疲れてたからうっかり寝てしまいました、じゃなくて、疲れて眠くて仕方なかったのに君が可愛いからどうしても我慢できなくてなんちゃらとか」
「……あぁ……そうか」
「ぶっちゃけ、それが本当だろ?」
「そうです……そうですね」
「実際、ここ数日間は近年稀にみる忙しさだったからなぁ。それはキョーコちゃんもわかってくれてるだろ?」
「はい……」
「昨日だって家に帰ったのはキョーコちゃんに会うためじゃないか。もうホテルに部屋まで取ってあったのにさ」
「そうでしたね」
「どうせその辺言ってないんだろ。言っちゃえ言っちゃえ、全部。全力でいけば大丈夫だよ」
「はい……そうします」
「まだ時間も早いし……ぐずぐず悩んでないで電話でもしとけよ」
「はい……」
「明日は結構長丁場だけど、明後日は移動だけだから」
「打ち合わせがあるんじゃなかったですか?」
「向こうさんの都合で時間がまだ決まってなくてな……予定は夜なんだけど延びそうだから、もう、次の日にしてもらう。俺もさすがにしんどいよ」
「それじゃあ」
「うん、明後日は半分休みってことで。ゆっくりして体力と……そっちの方も回復してくれ……やっと少しは落ち着くな」

社はそう言うと両手を上げて伸びをし、欠伸をした。

「俺ももう眠らせてもらうよ……あまり思い詰めずになー」
「はい。申し訳ありませんでした……お疲れ様です」
「お疲れ。また明日な」

蓮の部屋を出た社はすぐに隣の自分の部屋に入った。
ベッドの上にゆっくりと腰を降ろし、長い溜息をつく。

「やれやれ……」

一人そう呟いた後、社は携帯を手に取る。
フォローなどしないとは言ったが、結局は気になってしまう。
忙しすぎるスケジュールに若干責任も感じていた。

(多分、あいつはまだ電話出来てないだろうし……先に俺から行くか)

弁当の御礼を言い、蓮がなんだか落ち込んでいるという事をそれとなく匂わしておく。
伝える内容を素早く決め、社は携帯のボタンを押した。



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