2.口実─Kanae

2010年02月04日 02:37

2.口実─Kanae


「なに、あんたその顔……」

TVを凝視したまま、険しい目つきで固まっている"親友"に呆れたような口調で奏江は言った。
二人同時の空き時間、キョーコと奏江はラブミー部にきた書類整理等の雑務をこなしていた。
音がないのも寂しいので何気なくつけられたそのTVの画面には、事務所の先輩である俳優、「敦賀蓮」が映っていた。
キョーコは険しい表情を変えることなく、視線はTV画面のまま、ぼそりと呟く。

「…敦賀さん…なんか痩せたかも…」

キョーコに促されるように奏江もTVに目を向ける。
トーク番組に出演中の「敦賀蓮」はいつものように穏やかな笑顔で司会者と軽快なやり取りを交わしている。

「…そう?私にはわかんないけど…」
「う~ん…やっぱり痩せた気がする…」

食い入るようにTV画面を見つめるキョーコを見て、あんたがそう思うならそうなんじゃないの、と奏江は思う。
もう一度TVに目を向けて画面の中の彼を見てみるが、奏江にはやはりわからなかった。

(まぁ、他の人がみたってわからないんじゃないかしらね)

TVに釘付けのキョーコは放置して、奏江は作業に戻った。

「敦賀蓮」という人物は温和で紳士なイメージで日本中に浸透していて、当然奏江もそんな印象だったのだが、キョーコからの話でその仮面は徐々に崩れていった。
やれ大魔王だの帝王だのいじめっこだの、イメージとは随分かけ離れた話ばかりキョーコから聞かされていたからだ。
そして、奏江はそんな彼に関しての様々な話を持ってくるキョーコ本人が気づいていない彼のことまでわかってしまった。

「敦賀蓮」はキョーコを好きなのだと。

不破尚のPVの時の話でも思ったことだったが、その時の奏江はキョーコの激しい否定で確信することはできなかった。
しかし、去年のクリスマス、キョーコの誕生日でもあったわけだが、それをちゃっかりとチェックしていてプレゼントとして薔薇を渡す彼を見て、奏江の中にやはりそうではないかという思いが再び沸いた。
その薔薇からあの石がでてきたというくだりで、その思いは確実なものとなったのだ。

(プリンセスローザの件でそれがわかんないのはこの子くらいよね…)

しかし、キョーコが気づかないであろうと承知の上でああいった渡し方をしたのだろうし、その辺は本人に任せるべきだと奏江は思い、あえて指摘はしていない。
バレンタインで少しはなにか行動に出たようだし、あとは当人同士の問題だと思うからだ。

「なんか今すごい忙しいらしいし、まーた食べてないのかも…」

CMに切り変わったTVからようやく目を離し作業に戻ったキョーコはそういって軽く溜息をつく。

「あーなんだっけ、食が細いんだっけ?敦賀さん」
「細いってもんじゃないのよ、もう空腹中枢が麻痺してるっていうか死んでんじゃないのかしらね?ある意味特異体質よね」
「…ちょっとうらやましい気がするんだけど…」

二十四時間不休でダイエット中の奏江はのんきにそう思う。

「うらやましいなんて!もうね、生命維持にかかわる問題なのよ!」

こと食事に関してキョーコはうるさい。
その分、料理させたらプロ級の腕前なので、それはそれでかなりな長所だと奏江は思う。

「DARKMOONで一緒の時は無理やりあれこれ食べるように勧めたりしてたんだけどね~。最近はあんまり会う機会ないから…」

言葉の中にわずかに寂しさが感じられて、思わずキョーコの顔を見る。
キョーコは作業の手を止め、なにやら難しい顔で考え込んでいる。

(なんだかんだ言ってもこの子も結構敦賀さんのこと気にしてるわよね)

「なぁに?会えなくなって寂しいって?」

からかい半分、探り半分で聞いてみる奏江。

「そ!そそそんなんじゃなくって!食事がね!気になるのよっ!」

食をおろそかにする人が気になるのよ!と声高に、少々むきになって主張するキョーコの頬はわずかに朱色に染まっている。

(なんだ…、脈なしってわけでもないのね)

もっと突っついてからかってやろうかとも思った奏江だが、変にこじらせてまた闇色オーラが沸いてきても困るわね、と思い止めておく。

「そんなに気になるならご飯作りに行くとか、お弁当差し入れるとか…何かやってあげたら?」
「え…」
「誰かが自分のためにわざわざ作ってきたモノなら、敦賀さんならちゃんと食べるんじゃないの?」

特にあんたが作ってきたモノならね、とまでは言わないでおく。
しばらくの間、また難しい顔で考え込んでしまったキョーコは、やがて奏江のほうをチラッと見返してぼそぼそと呟いた。

「……でもなんか…それって迷惑にならないかしら……」
「迷惑になったってそれでちゃんと食べてくれればいいんじゃない?」

迷惑どころか大喜びするんではと奏江は思うが、それを今この子に言ったって信じないだろうと考え、やはり言わないでおく。
事務所の先輩といえど「敦賀蓮」の恋路を応援する義理などないのだが、相手がこの鈍感な上、天然な純情少女ではさぞかし彼も苦労しているのではと奏江は予想していた。

──たまにはこちら側から煽って見ようかな

そう思うと同時にさっきのキョーコの言葉も思い出す。
会えなくて寂しい…と思わせる気配がかすかに折り込められた言葉。
なにも用も無しに会いに行くなんて間柄ではまだないのだろうから口実を作ってあげてみた奏江だった。
さて、効果はいかほどか、とキョーコの様子を伺う。
キョーコはさっきの難しい悩み顔から、なにかを決心したような吹っ切れた表情に変わっていた。

「……そうよねっ。とにかく食べてもらうのが一番よね!」

嫌がられたって、ウザがられたってかまうもんですかっ!と拳に力を込めて気合を入れるキョーコを見ながら奏江はこの子が早く幸せな恋愛をできますように、とラブミー部員らしからぬ想いを抱き、かすかに微笑んだ。



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