招かれざる客─1

2012年08月29日 20:49

久々のMain更新です。久々すぎてドキムネ。
全4話の予定でございます。

招かれざる客─1




仕事を終えたキョーコは意気揚々とTV局の廊下を歩いていた。

「ふ……ふふふ……」

どうしても顔が笑ってしまい、堪え切れず漏れた声は些か怪しい。
すれ違う人の中にはそんなキョーコを見て怪訝な顔をする者もいた。
今日、終わらせてきた仕事は「やっぱきまぐれロック」の収録。
ゲストは──不破尚だった。
尚とは基本、仕事では絡まない方向になってはいたが、"坊"として出ている番組のゲストとして来るというのではどうしようもない。
心配する蓮に、キョーコはいつも通りの"坊"に徹すると宣言し、収録に臨んだ。
中身がキョーコだと勘付いてる様子の尚から、何度も受けたさりげない挑発。
キョーコは乗せられないように細心の注意を払い続け、常に冷静に、そして心を乱す事無く完璧な"坊"を務め上げた。
収録が終了した後、何か言いたげに、しかし何も言わず帰って行った尚の仏頂面は己の勝利の証。
プロデューサーからひとつの嫌味も貰う事無くスタジオを後にしたキョーコは、自分の成長を心の中でひとり盛大に祝っていた。
あの悪夢の日から立場はさほど変わっていないのだが、この際それには目を瞑る。

「あっ」

ウキウキとして歩きながらも時刻を確認すると、既に終電には間に合わない時間。
「不破尚」の都合に合わせたため、今日の収録はいつになく遅い時間に終了となっていた。
帰宅の足がタクシーとなり、贅沢を好まないキョーコの浮かれ気分は少し水を差されてしまった。
しかし、すぐに気を取り直し、スキップをしながら、局内のあまり人がこないトイレへと入って行く。
無人のトイレでごそごそとバッグから取り出したのは、いつもの茶髪ロングのウィッグに、紺色のスーツ。
少し皺になっているのを気にしながら、素早く着替えをした。
洗面台の鏡の前で眼鏡をし、自分の姿を軽く確認する。
いつも通りの変装姿だったが、どこか大人になった気がしたキョーコはご機嫌で再び廊下へと戻り、軽快な足取りで帰路に着いて行った。



マンションから少し離れた場所でタクシーを降りたキョーコは、自分を乗せていた車が去っていくのを見た後、早足で夜道を歩き出す。
手にした携帯には、もうすぐ帰宅する、という蓮からのメール。
それを眺めながら、今日の収録をどんな風に報告しようかな、とキョーコは考えていた。
何日も前から、今日の事を気にしていた蓮。
宣言していた通り、何のトラブルも無くやり遂げた事を早く伝えたい。
そう思いながらキョーコがマンションの敷地に入ろうとした時、携帯が震えた。
蓮からだ、そう思って見た携帯のディスプレイには"非通知"の文字が表示されていた。

「…………」

震える携帯を凝視しながら迷い、足が止まる。
尚である可能性が高いと思った。
普段なら完全放置なのだが、この夜、妙に余裕があったキョーコは返り討ちにしてやるつもりで通話ボタンを押した。

「もしもし?」

警戒しながら返事を待つ。
憎々しげな声が聞こえてくるのを待ち構えながら電話に神経を集中していた時、いきなり後ろから腕を掴まれた。

「ひゃっ!」

驚いて振り向いたキョーコの目に、険しい顔をした尚の顔が飛び込んできた。

「やっぱり! お前キョーコだろ! そんな格好で何してやがる!」
「なっ……なっ! なっ、んでアンタが」

有り得ない場所に突然現れた尚の姿に気が動転したキョーコの口からはうまく言葉が出てこない。
顔面蒼白で口をパクパクさせるキョーコに、尚は矢継ぎ早に激しい言葉を浴びせた。

「お前、何かおかしな事してんじゃねえだろうな?」
「おっ、おかしな事?」
「怪し過ぎだろうが! 妙に板に付いた変装しやがって……なんだ、その眼鏡!」
「あっ、う、そ、それは」
「女優だなんだって言いながら、お前はいまだに鶏の中にはいってんな? 金に困って変なバイトしてんじゃねえだろうな……」
「はぁ? 変なバイト?」

キョーコと同レベルな妄想脳を持つ尚の、まったく理解できない内容の言葉にキョーコは少し冷静さを取り戻す。

「何、わけのわかんない事言ってんの……バイトとか意味わかんない」
「とぼけんな……だからいわんこっちゃねぇ。身の丈に合わねー野郎と付き合うからそうなる!」
「はぁぁ? 何それ、どういう意味……っていうかアンタなんでここにいるの? もしかして私の後」
「いいから、ちょっとこっち来い」

尚は嫌がるキョーコの手を強引に引き、マンションの入口とは反対方向に歩き出す。

「ちょっ、ちょっと! 離しなさいよ!」

キョーコは必死で掴まれた手を振りほどこうとしたが、尚の力は強く、引きずられるように歩かされた。
騒ぎ立てるキョーコを無視し、尚は無言で足を進める。
そんな二人の前に、独特なエンジン音と共に現れた一台の車が、大きな音を立て急ブレーキで停まった。

「!」
「あ……」

眩しいヘッドライトの向こうに、車から降りた長身の男の姿が見えた。

「敦賀さん!」
「…………」

全身から不機嫌なオーラを漂わせ、蓮はゆっくりと二人に近づきながら尚を睨み付けた。

「なぜお前がここにいる」

負けじと睨み返す尚だったが、何かに気づいたかのように自分が今いる場所のすぐ前に建つ、大きなマンションを見上げた。

「ここは……テメーんちかよ……」

蓮の顔に視線を戻しながら、尚は吐き捨てるように言った。

解放されたキョーコは急いで蓮の側へと走り寄る。
蓮はキョーコを尚から隠すように自分の背中に回らせると、憤然とした表情で尚に向かって言った。

「何の用だ。帰れ」
「あぁ、帰るよ……そいつを連れてな」
「は? 何勝手な事言ってんのよ?」

蓮の後ろからひょいと顔だけ出し、そう言ったキョーコに尚は見下すような視線を向ける。

「こんな深夜に男の部屋に来てんじゃねぇよ……ふしだらな女だな」
「ふっ……ふしだら?」

尚の言葉に反応し、身を乗り出して言い返そうとしたキョーコを蓮はそっと制した。

「こんな時間にこんな所まで押し掛ける男の方がよっぽどだね」
「うるせぇ、俺はキョーコに言ってんだ。関係ない奴は黙ってろ」
「関係ない……?」

ピリピリとした空気が流れる中、どこからか車の音とヘッドライトが近づいてくる。
見知らぬ車が停車していた蓮の車を避け、ゆっくりと三人の横を通り過ぎ、マンションの敷地の中へ入っていく。
住人のものらしき車だったが、キョーコはヒヤリとし、思わず顔を隠すように俯いた。
車がいなくなった後、蓮はそっとキョーコに耳打ちする。

「……もう、部屋に行った方がいい……後から行く」
「はい」

蓮の言葉に従い、キョーコは尚の存在など忘れたように真っ直ぐスタスタとエントランスに向かい歩いて行く。
それを見て、尚は声を荒げた。

「おい、こら、ちょっと待て!」

キョーコをひき止めようとして伸びた尚の手を蓮はすばやく掴んで押さえた。

「てっ、てめぇ……」
「気安く触るな」

静かに、でも激しく揉める二人の声が耳に届き、不安になったキョーコは一瞬足を止め、振り向いた。
そんなキョーコに蓮は尚を押さえたまま片手を上げ、早く行くように促す。
何度も振り向きながら、キョーコはそのままエントランスの中に飛び込んでいった。


一人先に帰ったキョーコは部屋の中に上がる事が出来ず、玄関でハラハラしながら蓮が来るのを待っていた。

(け、喧嘩なんてしてないわよね? 騒ぎになったら大変な事に……)

別れ際の蓮は冷静に見えた。
きっと大丈夫だとキョーコは思ったが、それでも不安は消えない。
落ち着かず、玄関内をぐるぐると歩き回る。
とうとう我慢できなくなり、やっぱりもう一度様子を見てこようとキョーコが玄関扉のノブに手を掛けようとした時、扉が開いた。

「敦賀さん!」

現れた蓮の顔を見て安堵し、浮かんだキョーコの笑顔はあっという間に強張ってしまった。
扉を開けた蓮の後ろに、尚の姿があった。


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