Dream Breaker-翌朝

2012年07月26日 01:30

Dream Breakerの続きのお話となります。





「敦賀さん! ダメったらダメです! こんなのなんでもないんですから!」

リビングで携帯を片手に通話中の俺は
寝室への扉に全体重をかけて寄りかかっている
慌てている彼女の声と激しく扉を叩く音
叩かれる度に感じる振動を背中で受け止めながら
マネージャーとのスムーズな会話のために
俺は扉が開かないように強く押さえ付けていた

『なんか……キョーコちゃんの声が聞こえるんだけど……』
「気にしないで下さい」
『いや、でもさ』
「とにかく、今日だけ……お願いします。後でどんなにきついスケジュールになっても構いませんから」
『うーん』
「本当に申し訳ないと思っています……頭を下げに行くのが必要になるようでしたら後で俺が」
『お前……大丈夫なのか?』
「えっ?」
『最近、お前元気なかったろ……関係ある?』
「…………」

思わず言葉に詰まり、会話が少し止まった
その隙をつくかのようなタイミングで
再び扉の向こうから彼女の大きな声が響いてきた

「社さんっ! 社さん、敦賀さんを迎えに来て下さい! なんでもありませんから! 本日も平常運転です!」
『ぷっ』

方向性を変えたらしい彼女の声
それは電話の向こう側にまで届いたらしく小さく吹き出す声が聞こえた

「あー……ええと」

俺まで可笑しくなってつい笑いそうになる
でも電話で頼んでいる事は笑い事じゃなかったので我慢した

『わかったよ。お前がこんなに真面目に我侭言うのは滅多にないからな。ちょっと頑張ってみる』
「すいません……ありがとうございます」

当日に仕事を休みたいなどと言った事は確かになかったと思ったが
自分では随分我侭を言ってきたような気がする
その度に骨を折ってくれるこのマネージャーに感謝しつつ
この人は優秀ではあるのだが、どこかお人好しなんだよな、などと思う

『それでさっきの話だけど……関係あるんだな?』
「…………」

俺は再び言葉に詰まる
お人好しで遊び好きではあるがこの人は意外と鋭い
ここ数日、俺が『敦賀蓮』を保つ事に苦心していた事など
もしかしたらとっくにお見通しだったのかもしれない

「はい……そうです」

観念した俺は素直に肯定した

『そうか……キョーコちゃんがどうのって最初に言ってたけど……なんか元気そうだぞ?』
「あ、いや、まぁ、そうなんですけど……俺としてはちょっと」
「なんだか歯切れが悪いな……で、お前は……元気出た?』
「はい……俺は大丈夫です」

俺は大丈夫
そう自信を持って言えるのは、今、寝室で暴れている彼女のお陰だ

『それならいいよ。ま、後で多少は聞かせてもらうからな? それじゃあ……あ、また電話するかも」
「はい、わかりました……ご迷惑お掛けします。本当に申し訳ありません」

詳しい事情など何一つ説明していないのに彼は俺の我侭をあっさりと許諾する
後で訊かれたとしても、きっと、深い所までは立ち入って来たりはしないだろう
俺はもうこの人にずっと頭が上がらないんだろうなと思いながら
通話を切り、寄りかかっていた扉から離れた
途中で諦めたのか、中からはもう何の音も声もない
静かになった扉をそっと開けてみた

「キョーコ」

扉の前にもう彼女の姿はない
しかし、すぐに、ベッドの真ん中でこちらに背を向け、ぺたんと座っているのが目に入った
ゆっくりと近づいていき、その顔を覗いてみると
彼女はこれ以上はないという位に頬を膨らませ、むっつりとした表情で俺を睨んできた

「信じられませんっ……こんな事でお仕事を休んでしまおうなんてっ……」
「こんな事……?」

怒っている彼女が着ている俺のシャツ
大きく開いたその胸元にすっと手を伸ばす
怒ったり慌てたり忙しそうな彼女が俺を止める前に
ボタンを外していき、シャツを半分位脱がせてしまった

「あっ……もう、また」

彼女は焦ってシャツを戻そうとするが俺はそれをそっと制した
シャツの中には何も着ていなかった彼女の白い肌が胸元まで朝の光に照らされる
いつもならそれは俺にとって幸せの象徴みたいなものなのだけれど
この朝は大きく違った

左の肩と右の上腕にくっきりと残る青黒い痣
目覚めた時に見つけてしまった痛々しい彼女の姿
一気に血の気が引き、心臓が止まりそうな位の衝撃を受けた
彼女の身体にこんな跡をつけたのは
間違いなく───俺だ

「こ、こんなのはですね、すぐ直っちゃいますから! 私はこういうのよくできるんです!」
「…………」
「どこかにぶつかったりするとよくこうなりますし! ですから」
「こんなのは見たこと無いよ……」
「えっ? いえっ、あの、最近はなかっただけです」
「……病院行く?」
「ええっ!? そんなの大げさ過ぎです! 痛くも痒くもありません! ですから、あの、お仕事」
「じゃあ、今日一日安静で様子を見て……」
「いえ、あの、本当にそれ大げさです……どこもなんともありませんからお仕事」
「……行けると思う?」
「えっ……」

思わず漏らしてしまった俺の言葉は
自分でも情けないと思える程の弱々しい声で
それを耳にした彼女は吃驚した様な表情で俺を見た

フォローしようとしたがうまく言葉がでない
彼女が俺の全てを許してくれても俺自身が俺を許せない
このまま俺は彼女の傍にいてもいいのかという
考えるのも怖い疑問が頭の隅でちらつき
それを否定するためにも今は何を犠牲にしても彼女と一緒に居たかった

つい一人で考え込んでしまっていた間に、彼女がいなくなっている
それに気が付いた俺は妙に狼狽えたが
そんなに突然彼女がいなくなるわけもなく、すぐに服を着て戻ってくるのが見えた
彼女はさっきと同じベッドの真ん中に、今度はきちんと正座すると
真剣な目で俺をじっと見つめた

「キョーコ?」
「…………」

怒っているわけでもなく、でもどこか浮かない顔で
しばらく俺と見つめあった後、少しだけ視線を逸らす
何かを決心したかのように再び俺に視線を戻すと
彼女はそっと自分の肩に手を当て、口を開いた

「あの……これは、私のせいでもありますから敦賀さんはそんなに気に病まないで下さい」
「え……?」

どう考えても俺のせいでしかありえない
彼女の言っている意味がわからなくて少し混乱する

「そんなわけ……ないだろう? 何を言って」
「昨日の私は私であって私じゃなかったんですが……そんなのは言い訳にもなりません」
「え……」
「あんなつもりじゃなかったんです。でも……少し、こ……お、驚いてしまって、その後どうしてああなったのか自分でもよくわからないんですが……」
「…………」
「でも、やった事も言った事も全部覚えています。敦賀さんを怒らせてやろう、傷つけてやろうって、ただそれだけを考えていた嫌な女がいました。"彼女"を呼んだのは私です」
「いや……でも俺はそのおかげで」
「もっと穏やかな方法があったはずです。それなのにあんな酷い事をしました。これは全部私のせいです」
「それは違う。たとえどんな事を言われたって、あんな乱暴をする方が最低だよ。そもそも最初に手を出したのは俺だ」
「強引に私が近づいたせいです」
「そうじゃない。その時点で俺が気づくべきだったんだ。キョーコがわからないなんて俺がおかしかった」
「敦賀さんが普通じゃないのを知っていたのに、ちゃんとした考えもなく、あげくにあれでは私の方がおかしいです」
「違う」
「違いません」
「ちが」

突然鳴り響く電子音
ベッドの上に置いてあった俺の携帯の着信で、俺と彼女の論戦が一旦止まる
応答するために手を伸ばそうとした瞬間、彼女がものすごい速さでそれを奪っていった

「え」
「はい! もしもし!」
『えっ? あれっ? キョーコちゃん?』

戸惑うマネージャーの声が聴こえてくる
呆然とする俺の目の前で彼女は何の躊躇いもなく俺のマネージャと話し出した

「はい、最上です! おはようございますっ、社さん!」
『あ、うん、おはよう』
「あの、もう敦賀さんの予定は変更されてしまいましたか?」
『い、いや、まだ時間が早いんで……その、それで、ちょっと、その事で蓮と相談をね』
「そうですか。良かったです。今日は予定通りにお願いします!」
『えっ?』
「何事もないんです。いつもの時間にお願いします」
「キョーコ」

勝手に話を進めだした彼女から携帯を奪い返そうとしたが、彼女はしっかりとそれを握ったまま鋭く俺を睨む
その瞳から強い意志の力を感じ、俺は手を出せなくなった

「キョーコ……」
「私の事を心配して下さるのなら、どうかお仕事に行ってください……でないと私」
「…………」

途中で止まった彼女の言葉は最後の方が少し震えている
まさか俺が仕事に行かないというだけで身を投げるなどと言い出すのではと
不安になってしまう位の迫力と緊迫感があった

ここで俺はやっと自分が間違った方向に動いていた事に気付いた

俺は黙ったまま彼女に向かって手を伸ばし、携帯を渡すよう促した
彼女はしばらくの間、困惑の表情で俺を見つめていたが、やがて俺に従ってくれた
不安の色が見える彼女の瞳の中で、俺は電話の向こうで困っていただろうマネージャーに声をかける

「もしもし、すいません、お待たせしました」
『あ、あぁ……で、えーと』
「もうあまり時間に余裕もありません……俺は直接今日の現場へ向かった方がいいですよね」
『えっ……うん、そうか、そうだな。俺もすぐ行くから向こうで落ち合おう』
「はい……お騒がせして申し訳ありませんでした」
『いやぁ、まだ何もしてないしな。それじゃ、急いでな』
「はい、では向こうで……失礼します」

通話を終え、視線を彼女に戻すと
彼女は心から安堵したような顔で俺を見つめていた

自分のせいで俺が仕事を休むなどという事態は彼女にとっては負担にしかならない
しかも自分に非があるとまで言い出した彼女に対し
このまま俺が我を通していたら
今度は彼女の心にまで影を落とす事になったかもしれない
深く考えず突っ走った俺は、まだどこか本調子ではなかったのだろう
心配は尽きないが、今は彼女の言うとおりにする事が最善だと思った

「ごめん。仕事に行くよ」

そう言ってから、いつも触れたくなる彼女の頬をそっと片手で包むと
彼女は指先で俺の手に触れながら、目を瞑り、どこか幸せそうに小さくそれに頬擦りをした

「本当に……大丈夫なんですよ?」
「うん……」

それはまるで壊してしまった大事な何かを再生するための神聖な儀式のようで
掌から伝わる柔らかな幸せに心が満たされていく

「敦賀さんこそ……あっ、あのっ、もし調子が悪いのでしたら、やっぱりもう一度社さんに」
「いや、俺は大丈夫。キョーコのおかげ」

昨夜のような事があっても彼女は変わらず俺の事を考えていてくれている
もう彼女から離れてはまともに生きていけそうに無い俺は
彼女の傍にいるのを許されている事を最大限生かしながら
これからもっと丁寧に、もっと長い時間をかけて償っていくと密かに誓う

彼女が愛おしんでくれた手の中に戻ってきた全てを逃さないために
俺は立ち上がり、出かける準備を始める事にした

「時間がないから朝ご飯は食べられないなぁ……」
「簡単な物しか出来ませんがお弁当作ります。すぐです」
「えっ……でも、今からじゃ大変だろう?」
「大丈夫です。ここの所、ただでさえ無い食欲が落ちてましたよね? 食べなきゃダメなんですからね!」
「……はい」

いつものように何かと食べたがらない俺を軽く叱った後
彼女はぱたぱたと大急ぎでキッチンに向かって行った
戻ってきてくれた何気ない平和な日常
その貴重さを改めて思い知る

「小分けにしてあります! 食べられる時にちょっとでもいいから摘んで下さいね!」

玄関先で出かけ間際の俺に、彼女は息せき切って小さな紙袋を持って来た
それを俺に渡しながら、今日の俺の昼食についてまでも滔々と語り始める
そんな彼女をずっと見ていたい気もしたが、残念ながら時間があまり無かったので
昨夜、言い損ねて心残りだった言葉を取り急ぎ言ってみた

「ありがとう。俺も愛してる」
「はぇっ?」

かなり遅くなってしまったお返しを兼ねたその言葉は
彼女直伝の魔法の呪文だったせいか、それとも、ただ単に唐突だったせいか
よくはわからなかったが、その効力を遺憾なく発揮し
彼女は目を丸くした後、真っ赤になって口を閉ざしたので
残った僅かな時間を暫しの別れのための口付けに費やす事にする
しかし途中で正気に戻ってしまった彼女が
息も絶え絶えになりながら俺に早く出掛ける様にと急かすので
無理をさせてはいけないなと思い、大人しくそれに従う事にした


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