Dolls

2010年02月18日 13:15

Dolls


───俺が落ちている。

正確には、俺の人形。

以前、マリアちゃんにあげたものよりは大分小さいけれど…やっぱり随分と精巧だ。
(まだあったのか……)
リビングの片隅にぽつんと落ちているそれが、置いていかれた俺みたいで少し寂しくなり拾い上げる。
もう一人の自分と言ってもいいほど見事に俺を再現しているそれを手に持っているとなんだか複雑な気分だ。
これを作ったのが彼女だと思えば悪い気はしない…けれど、なんだかやっぱり両手を挙げて喜ぶほどでもない。
プリンセスローザを既製品のような仕上がりに作り上げた手腕にも驚いたけれど、これもまたすごい。
よく見れば人形の着ている服だって、以前俺が着ていたものの…完璧なミニチュア版。
(なんでこんなに器用なんだ…)
なんにでも一生懸命な彼女の事だから、恐らくかなりその技術を極めたに違いない。
その情熱には感心する位だが、向ける方向はちょっとどうかな……と思う。

今朝は少し起きる時間が遅くなって、出かけに慌てていたから落としてしまったのだろう。
昨晩は、俺が強引に引きとめて泊めたから、彼女が持っていたのはいつものバッグだけだった。
普段から持ち歩いているのか…と思うとなんだかいろいろと不安になるが、まぁお守りがわりにでもなれば…と無理やり前向きに考えておく。

しかし、これだけ精巧に作れるんだから、今までたくさん数をこなして来てるに違いない。
他にも作っている人形がありそうだよな。
そう、琴南さんとかマリアちゃんとか……
そこで、ふと嫌な考えが沸いて来た。

まさか……アイツのも……あるんじゃないだろうな……

彼女のバッグの中身を勝手に漁るなんて真似はできない。
しかし…このまま放置する事もできない。
沸いてしまった疑惑はどす黒い嫉妬の炎になって俺の中で渦を巻いた。
隠し事はしない、と約束している。

今日も彼女の仕事は終わりが早いから、ここへ来てくれるはずだ。
もう一人の俺を、片手を挙げて挨拶するような格好にして玄関口からほんの少し離れた廊下の真ん中にちょこんと座らせ、俺もマンションを出た。



「ただいま」
「おっ…おかえりなさいっ」
予想通り、少し強張った笑顔で俺を出迎えてくれる彼女。
その反対に俺はこれ以上はないというほどの眩しい笑顔で答えてみせる。
「…忘れ物、気が付いた?」
「ひっ」
リビングに入り、ソファに二人で座った後、そのままの笑顔でそう言ってみると、彼女はますますその顔を強張らせて固まった。
そして次にはビクビクしながら上目遣いで俺の様子を伺っている。

……なんで…こんな時に…そんな可愛いんだ……

うっかりその彼女の可愛さにやられてしまって無表情になった俺をどう解釈したのか、今度、彼女は少し涙目になりながらやっぱり上目遣いでじーっと見つめて来て…
一瞬、当初の目的を忘れて別の事をし始めそうになったが、なんとか自分を取り戻しもう一度、今度は穏やかな笑顔を作る。
「…いいよ、人形くらい別に」
「ほっ、ほんとですかっ」
俺のその言葉を聞いた途端、彼女はぱっと顔を輝かせ、心の底から安堵したようにニコニコと笑った。

……あー…、もう、まったく……

その顔も可愛くて、もうこのまま全部無かった事にして、彼女と一緒に別の部屋に行きたくなったが、ここは我慢のしどころ。
軽く咳払いをして、一番聞きたかった事を切り出す。
「俺の人形は……いいんだけど、他のも持ってない?」
「えっ!」
たちまち顔色を変えて狼狽える彼女。
もうその様子だけで答えはわかったも同じ。
琴南さんとかのならばそんなに狼狽えたりはしないはず。
むしろ嬉しそうに見せてくれそうだ。

やっぱりあるんだな……

その事実に少し落ち込んだが、気を取り直しもう一度聞く。
「…持ってるね?」
「えっと…あの…」
「……隠し事はしないって約束だよね?」
ふわふわと宙を漂う彼女の視線を捕まえて、俺は真剣な表情で問い詰めた。
隠し事はしない──それは最近彼女との間でブームでも起きているかのように使われるキーワードだが、しないっていうよりも隠してる事を知られたら素直に白状しましょう、という意味合いで使われている気がする。
俺とは違い、それがバレた時うまくかわせた事のない彼女は、やがて諦めたように自分のバッグを持ってくると、少し俺の様子を気にしながらおずおずと中身を取り出した。
差し出された…数体のアイツの人形。
こんなにあるのか……と少し驚いたがデフォルメの仕方が俺のとはちょっと違うな…などと小さい事で優越感を感じ、そんな自分に少しへこむ。
アイツの服装なんてまともに覚えちゃいないが、おそらくこれも完璧なんだろう。
やっぱり抑えきれない嫉妬心のままに乱暴にそれらを全部掻き集めると
「没収」
と言って、立ち上がった。
彼女の作ったものとはいえ、こんなのを直に持っていたくない俺は何か適当な袋でも…とキッチンに向かおうとした。
そんな俺に縋りつき
「えええぇー!そ、そんなの困ります」
と必死で訴える彼女に、アイツの人形なんて何に使うのだと、少しキツクなってしまった口調で問い質した。
「ス、ストレス解消です!こう、いろいろイライラした時にビシバシって!」
「そんなの…別の俺の人形でもいいよ、思う存分殴っていいから」
Mっ気など皆無な俺だが、アイツの人形を持ち歩かれる方が格段に嫌だ。
「えぇっ!そんな事できません!」
「いいから。思いっきり殴ってくれていい。蹴ってもいいし」
「でーきーまーせーんーーー!」
「構わないからやって」
「嫌ですぅぅ!」
会話がおかしな方向に進んで行く気がしたので、そこで切り上げ、俺は再びキッチンへ向かう。
必死で俺からそれを取り替えそうとする彼女を乱暴にしない様にかわしながら、アイツらを適当な袋に突っ込んで、どんな台を使っても彼女が届きそうに無い場所にとりあえず放り込む。

その後、少し拗ねた彼女を宥めるために…自分の人形を使って腹話術師みたいな真似をした。
こんな姿を他人に見られたら俺は死ぬな……と思ったが彼女が笑ってくれたので良しとした。

次の日から、その置き場所に頭を悩ませる事になった。
あんなものでも彼女の作ったものだし……かなり不本意ではあるが捨てるのは忍びない。
しかし、自分のマンション内にあるのは…少し…いや、とても、尋常でないくらい嫌で、気になって仕方がない。
仕方がないので───無難なところで社さんに託す事にする。
「エエエエエーーー!なんで俺がこんなもの持ってなきゃいけないんだよ!」
「他にいい場所が思いつかないんですよ…」
「す、捨てちゃえばいいじゃないか!」
「彼女が作ったものをそう簡単には捨てられません」
「な…なんだよそれ…」
「だからお願いしますよ……そうですね、冷凍庫の中にでもいれて凍らせといてください」
「…………」
アイツらの入った袋を持ったまま言葉を失い呆然とする社さんにちょっと申し訳ないな、と思いつつも、冷凍庫の中で凍りつく人形の姿を想像して少し気分が楽になった。







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