お仕事の後で─11の5

2011年11月27日 00:15

お仕事の後で─11の5

様々な夜 5/6



「わざと?」
「うん」

朝から社は助手席で険しい顔をし、手にしているピアスを見ながら語気を荒くしていた。
いつの間にかそれは重大な事件の証拠品の様に、チャック付きの小さなビニール袋に入れられている。

「何度も思い返してみたけど、あの時、うまい具合にピアスだけこっちに飛び込むなんて有り得ない気がするんだよ」
「はぁ」
「バッグから物を落として拾っていただろ? なーんか変だったんだよなぁ」
「そう……でしたか?」
「これ嫌がらせだよ、絶対! お前に振られちゃった腹いせ!」
「は? ……まさか。わざわざそんな事しますかね」

蓮はそう言ってくすくす笑った。
ハンドルを操る手もどこか軽やかだ。
蓮が朝から妙に機嫌がいい理由は、昨夜の二人の様子からなんとなく想像する事ができる。
しかし社は蓮こそ怒るべきじゃないのかと思い、どこか面白くない。

「暢気に笑いやがって……昨日、あのマネージャーさんが探しに来なかったらどうなってたんだよ」
「へっ?」
「お前の車の中でキョーコちゃんがピアス拾っちゃったんだぞ?」
「いや、それは」
「あんな風にちょっと騒ぎになったからキョーコちゃんもこれぱっと出したんだろうけど、そうじゃなかったらどうだったのかなってこと」
「ちゃんと……言ってくれますよ。そりゃ多少は」
「うまくきっかけを作れずに一人で延々と悩んでたかもしれないだろー?」
「…………」
「お前に言おうと思ってもなかなか言えなくて……そうやって時間が経つにしたがってどんどん言い辛くなって」
「な………」
「信用してるんですっ……でも、万が一! 敦賀さんに他の女性がいたりしたら……!」

話しているうちに妙な遊び心が湧いてしまった社は、手を握り合わせながら悲しげに目を伏せ、首を左右に振る。
スーツを着込んだ眼鏡の男の奇妙な小芝居に、蓮はうんざりとした顔をした。

「彼女の真似はやめて下さい……」
「だからさ、こんな感じに揉めさせようとでも思ったんじゃない?」

社はすぐにいつも通りの顔に戻ると、横目で蓮をちらりと見ながら話を続けた。

「お前の"彼女"が嫉妬深い娘だったりした場合、色々こじれたりしそうじゃないか」
「あぁ……そういう……事ですか」
「まぁ、あくまで俺の推測だけどな……どうも仁科さんの印象が悪くてね」

社はピアスの入ったビニール袋を目の前に掲げ、軽く溜息をつく。

「俺が気づいて拾ってればよかったんだけどなぁ」
「そうですね」
「あっさり言うな……ま、本当のところどうなのかはわからないけどね。俺にはそう思えたんで一応報告」
「…………」
「どっちにしろ、面倒な事してくれるよ……じゃあ、ま、これは」

社が自分のバッグを開けてピアスの入った袋をしまおうとした寸前、蓮が片手でそれを取り上げてしまった。

「ん?」
「俺が……渡しておきますよ」

驚いた社が見ている前で、蓮は素早くそれを自分の胸ポケットに仕舞い込み、何事もなかったようにハンドルに手を戻す。

「お前が? だ、大丈夫か?」
「はは……別に俺は仁科さんと喧嘩してるわけじゃありませんし」
「そ、そりゃそうだろうけど」
「話くらい普通にできますよ。大丈夫です」
「そうか? ……まぁ、別にいいけど」

喧嘩しているわけではないが、特別話したいわけでもないだろうに。
そう考え、社は少し不審に思った。
しかし、その後の蓮の至極普通な様子を見て、特に問題もないだろうと判断する。
そして、しばらく続いた忙しい日々のせいで、この事は念頭から消えてしまっていた。



***



「はいっ、お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー! 乾杯!」
「かんぱーい!」

もう何度目なのか、わからなくなってしまったスタッフ達の乾杯に苦笑しながら、蓮も付き合ってグラスを上げる。
始めは暗いと感じた店内の照明も慣れてしまえば心地よく、隣に座っていた社はグラスを手にしたまま、うつらうつらとしていた。

「お疲れですか? 社さん」

蓮が声を掛けると、少し傾いでいた社の体は急に元の姿勢に戻った。

「えっ……うわ、俺、寝てた?」
「ええ」
「あー、そろそろマズイかなぁ」

社は手にしていたグラスに口をつけ、眠気を振り払うように一気に飲み干した。
中身はもう既にアルコールではなくなっている。

無事にクランクアップを迎えた今回のドラマ。
この夜、その打ち上げパーティが都内の大きな会場で催された。
盛大に行われた一次会に対して、二次会は落ち着いた雰囲気の店を貸切って開かれている。
キョーコを始めとした未成年の出演者達は、最初だけ参加し、時間が遅くなって来た所で既に退座していた。
残った者達も時間が経つにつれそれぞれアルコールが回り、盛り上がっている一部の集団以外は帰る人間も増えて来ていた。

「そろそろ……帰ろうか」
「そうですね」

長い時間、主に女性スタッフ達に囲まれていた蓮と社が、頃合を見て席を立つ。
今日の帰宅の足はいつもの車ではない事もあり、二人ともそれなりの量を飲んでいた。

「敦賀君、帰っちゃうのー?」
「はい、失礼します……皆さん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でした~! お名残惜しいです~」
「おつかれさまぁぁ」

出来上がっている様子の、周りにいた女性達にそれぞれ笑顔で挨拶をして、蓮は出口へとゆっくり移動していく。
しかし、途中で急に足を止めた。

「おっ、どうした?」

後ろを歩いていた社が蓮に声を掛ける。
返事を返さない蓮を後ろから覗くように窺おうとすると、蓮は再び歩き出し、出口の前を通り過ぎていく。

「蓮?」

よくわからないまま社は蓮の後を追うと、その先に、遼子の姿を見つけた。
周りにいた人間は今は中座しているらしく、遼子は一人で座っている。
社は数日前の朝、蓮に預けたピアスの事を思い出した。

「お、おい……」
「仁科さん」

なんだか嫌な予感がし、社は思わず蓮を止めようとした。
しかし蓮は社の言葉を無視して遼子に声を掛け、その隣に座る。
遼子は最初無言だったが、隣に座った蓮に、にこりと愛想のいい笑顔を向けてみせた。

「お疲れ様でした、敦賀さん」
「お疲れ様でした」

蓮の方も、営業スマイル全開の紳士顔だ。
社は内心ハラハラしながらも、少し距離を置きつつ蓮の隣に座る。
蓮はおもむろに自分のバッグを持ち上げ、中からあのピアスのはいった袋を取り出した。

「これ……仁科さんのですよね?」
「あぁ、これ……」

遼子は蓮から渡されたピアスをじっと見ながら受け取った。

「やっぱりありましたよ。お渡しするのが遅れて申し訳ありません」
「いえ……こちらこそ助かりました。ずっと探していたんです」

遼子は袋からピアスを取り出し、指先で自分のものかどうかを確かめているようにくるりと廻す。
そして、空いていた耳朶に、そのピアスをそっとつけた。

「……敦賀さんが見つけて下さったんですか?」

耳に両手を添えたまま、遼子は蓮にそう尋ねた。
視線はテーブルの上に置かれた飲み掛けのグラスに落ちている。
飲んでいたせいか、暗い照明の中でも目を引く紅い唇は濡れていて妙に艶かしい。

「見つけたのは……俺じゃないんですけどね……」

蓮はそんな遼子を見つめながら、呟くようにそう言った。
キョーコだとは言えない。
でも、誰かと聞かれたら社だという事にしてもらおう。
横目でちらりと社の存在を確認し、そう考えていた蓮の前で、遼子は意味有り気に口の端だけで笑った。

「誤解されちゃったりしてたら……ごめんなさい?」

長い髪をゆっくり掻き揚げながら、遼子はそう言った。
探そうとしていた"答え"をあっさりと差し出され、蓮は一瞬固まって顔を強張らせた。
グラスを手に取った遼子は、それを口元に近づける事なく、手元でゆっくりと揺らす。
琥珀色の液体に浮かぶ氷が小さく鳴った。

「……謝る必要なんてありません」
「あら……そうでした?」

くすくすと笑いながら、遼子はグラスを見つめ、音を立てて遊んでいる。
どこか面白そうにしている遼子のその様子が、少し蓮の神経に障った。
短い沈黙の後。
蓮はいつもの紳士な笑顔とは違う、どこか仄暗い笑顔を顔に浮かべて再び口を開く。

「おかげで……楽しい夜を過ごせましたし……」
「えっ?」

蓮の言葉に、今度は遼子が動きを止めた。
意味がわからないといった風に遼子は眉を顰めて蓮を見返す。
横で緊迫しながらひっそりと二人の会話を聞いていた社も頭を傾げた。

(なんだ楽しい夜って……俺が地下駐車場を駆けずり回ってたあれか?)

社は蓮の言った言葉の意味を考えつつ、そっと周りを見渡す。
まだ残っていた女性スタッフが数人、チラチラとこちらの様子を窺っているのが見えた。
酔っているらしい誰かの陽気な笑い声が静かになったその場に響いている。
それに続いて聞こえてきた乾杯の声はさっきよりも大分寂しいものになっていた。
そんな中、蓮は浮かべていた笑顔をより一層妖しくし、口を開いた。

「今回は……お伝えできなくて残念です」

遼子の顔色が変わる。
再び蓮の言っている事がわからない社の目の前で、遼子の顔は見る見るうちに真っ赤になり、その表情は大きく歪んだ。

(な、なんだなんだ?)

驚いた社の横で、蓮はすっと立ち上がる。

「それでは俺はこれで失礼します」
「…………」
「いつでも……電話して頂いても構いませんよ……気が向けばですが」
「なっ……」
「またどこかでご一緒する時がありましたらよろしくお願いします」
「…………」

遼子は微かに手を震わせながら、驚きと怒りが入り混じったような表情で蓮を見上げている。
きつく閉じられた紅い唇からは何の言葉も出てくる気配がなかった。

「お疲れ様でした」

そんな遼子に、蓮はさらりと穏やかに最後の挨拶をした。

「お……疲れ……様でしたっ!」

遼子は吐き捨てるようにそう返した後、蓮から顔を背けるように横を向いた。
それを合図に、蓮は何事もなかったかのように再び出口へと歩き出す。

「お、おいっ……ちょっと」

社も席を立ち、慌てて蓮の背中を追う。
途中、目の端に、顔を突き合わせて熱心に話し込む女性スタッフ達の姿が映った。
蓮と遼子について囁かれていた噂の最終的な方向を予想し、あまり大きく広がらないようにと軽く祈っておく。
店を出る間際、社はつい気になって振りかえった。
そっぽを向いたままの遼子に、席に戻ってきたらしい男性が一人、声を掛けている所が見える。
遼子のマネージャーだった。

(あっちも……苦労してるみたいだな……)

社は居た堪れなくなり即座に店を出る。
アルコールはすっかり抜けてしまっていたが、キリキリと胃が痛んだ。
急いで向かった先には、停車しているタクシーの横でのんびりと社を待っている蓮の姿があった。

「社さん、タクシー捕まえましたよ。早く早く」
「…………」

すっかり普通の様子の蓮を見て、社は激しい疲労感に襲われた。
長い溜息をつきながら、促されるままにのろのろとタクシーへ乗り込む。
静かに動き出した車の中。
社は澄ました顔をして座っている蓮に、ぶつぶつと独り言のような文句を言った。

「まったく、もう……一体何やったんだか」
「何って……ピアス返しただけですよ。話は聞こえて……いましたよね?」
「聞こえてたし、聞いてたよ。そりゃもう、ばっちりね……聞いてたけどさ」
「なんです?」
「俺には……わからない話もしてたじゃないか」
「あら……そうでした?」
「なっ……そっ」

ついさっき、誰かが口にしていた台詞をしれっと返す蓮に、社は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「お前なぁ……」

疲れた体をシートに沈みこませ、社は盛大に溜息をつく。

「ああ、もう……おかげで……大変楽しい夜を過ごせましたよ……」

弱弱しく出てきた社の台詞に、蓮は思わず吹き出した。
くすくす笑いながら携帯を取り出し、テキパキと指を動かしメールを打ち始める。

「お前……本当に性質悪くなったよな……」

送信を終えて満足気な蓮に、社は呆れたようにぽつりと漏らした。

「……望むところですよ」

ディスプレイに目を落としたまま、蓮はいつも通りの穏やかな笑顔を浮かべてそう言った。



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