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お似合い─後編

2010年02月13日 02:13

お似合い─後編

「あれ……」

誰もいないと思っていた部室は灯りが点いていた。

(モー子さん…か、天宮さんがいるのかな?)

そう思ってそっと扉を開けた瞬間、横から伸びて来た大きな手にいきなり引き寄せられた。

「きゃっ…!」

飛び上がるほど驚いたキョーコだったが、すぐにその手の持ち主が誰であるか気付いた。

「つ、敦賀さんっ」
「やぁ…」

扉のすぐ横にいたらしい蓮は、キョーコをそのまま手強く抱きしめたまま、扉を閉める。

「も、お、驚いたじゃないですかっ……もう来てたん…で…すね…」
駐車場に車無かったのに…キョーコがそう思った時
「車は別の場所に停めてある…」
「そ…そうですか」

自分の思考を読まれるのはいつもの事で、もう既に慣れてきてしまったキョーコは蓮のその返事よりも、少し様子がおかしい蓮に軽く絶望する。

(や、やっぱり見られたのよね…これは……)

蓮はキョーコを抱きしめたまま無言だ。
確認するまでもないわ…心の中は冷や汗で大洪水のキョーコは正直に経緯を話す事にする。
やましい事は何もない、だ、大丈夫…と自分を励ます。

「ええっっとですね……」
「…………」
「収録が…終わった後に…事務所行く?と聞かれまして……」
「…うん」
「行きますって言ったら、皆さんも行くから一緒に行こうと…」
「…うん」
「そ、それで断るのも角が立ちますし…ご一緒させていただく事に……」
「…うん」
「…で、あの…その…光さんが最近車買ったばかりだそうで…一緒に誰かに乗って欲しいらしく……」
「…………」
「で…あの…まぁ…乗せて頂いた…わけで……で…ええと……」
「…………」

キョーコの報告を聞いている間ずっと、蓮はキョーコをきつく抱きしめたままでキョーコは蓮の顔を見る事ができなかった。
キョーコは蓮が怒っているのとは何だか少し違う雰囲気を感じ、蓮の表情を伺いたくてモゾモゾと動こうとするが、自分を抱く蓮の力が強く身動きひとつできない。

「あ、あのっ…敦賀さん?」
「……怒ってないよ?…多分、そんなトコじゃないかなと思っていたから…今日きまぐれロックの収録だったよね」
「はい…」

確かに蓮からは怒りや嫉妬のオーラは感じられない。
しかし蓮の様子はやっぱりおかしいまま。

「あの………どうか、しましたか…?」

もしかして、自分が光の車に乗って来た事とは関係ない事で何かあった……?

キョーコがそう考えた時、蓮はスッとキョーコの頭に手をやり、もう片方の腕で腰を抱き、自分の体全体でキョーコの全身を包むように抱いた。

「敦賀さん…」
「怒ったわけじゃ…ないんだ…ただ…」
「ただ?」
「キョーコが…彼…光くんだっけ?…彼の隣にいるのを見て…なんだかお似合いだなって思ってね……」
「は?」
「彼…優しくていい人って言ってたよね……雰囲気も穏やかだし……キョーコには俺よりも…彼みたいな優しい人がいいんじゃないかなって」

蓮がそこまで言ったところで、キョーコは少し乱暴に蓮の胸を押し返しながら強引に腕の中から抜け出した。
そうして黙ったまま蓮に背を向ける。
さっきまでの少し脅えた感じを一変させ、剣呑な雰囲気さえ漂わせている。
蓮はここで初めて自分の失言を激しく後悔した。

偶然見てしまった、他の男の車の助手席に座るキョーコ。
その姿にいつもの激しい嫉妬心が燃え上がった。
しかし、キョーコの予定を把握していた蓮はどうしてそんな状況になったのかも容易に想像ができ、そんなことで一々キョーコを責めるのはよくないと自制しようとした。
だが、それが返って言わなくてもいい余計な事を言う結果になってしまった。

今まで、キョーコが自分は蓮と釣り合っていない、似合っていないと漏らす度に、そんな事はないと蓮は時に強い調子で叱るように言う事さえあった。
そして、ようやく最近のキョーコはそんな事を口に出さなくなってきたというのに、今度は自分が似たような事を言うなんて。

───心の奥の奥に隠していた、自分こそキョーコに似合わない男ではないかという想い

言葉にするのさえ怖くて、今まで一度もその事を匂わすことさえしなかったのに、こんな時に……!

その事に焦り動揺した蓮は何も言わないまま背を向け続けるキョーコを再び自分の腕に戻そうと手を伸ばすが、キョーコはそれを避けるようにスッと一歩前に進む。

「キョーコ…」

言いようの無い不安感を抑えるように、空を切った自分の掌をぎゅっと握り締める。

「敦賀さん」
「はい…」

背を向けたまま、幾分か低いトーンで発せられたキョーコの呼び掛けに、子供のような返事を返してしまう蓮。
普段は蓮の方が優位な立場でいる事が多く、キョーコをからかったり叱ったりもするが、本当に怒ったキョーコに蓮は到底かなわない。

「今日のきまぐれロックのゲスト、国崎さんだったんです」
「え」

突然出てきた春奈の名前に蓮の動揺が激しくなる。

「キョ、キョーコ?」
「初めて近くでお会いしましたけど、綺麗な…方ですね」
「………」
「優しくて落ち着いた…大人な…素敵な女性でした。私なんか全然かなわないような…きっと敦賀さんによくお似合いです」
「キョーコ」

今度は逃がさないとばかり、蓮は大急ぎでキョーコを背中から抱き寄せ、その顔を覗き込む。
キョーコは肩を震わせることもなく、ただ黙って泣いていた。
「ごめん、本当にごめん、俺が悪かった。もうあんな事は言わない。本当に済まない」
キョーコのその涙を見て、さっきまでの己の言動と不甲斐なさを心の底から反省した蓮は必死で謝罪を繰り返した。
しかし、キョーコは
「違う…違うんです…」
と泣きながら頭を振る。

「……違う…って何が……?」

キョーコが何を言おうとしているのか解らず、蓮は恐る恐る聞き返す。

「…違うんです……私怒ってるわけじゃないんです…ただ、自分が情けなくて……」
「……何?今のは俺が悪い。キョーコが自分を責める事なんて…思い付かないけど…」
「いいえっ…駄目です」
「駄目って……何が?」
「つ、敦賀さんはいつも私に気を使ってくれているのに……私は全然駄目で……」
「キョーコ…?」
「今日だって…ちゃんとお断りしようと思ってたのに…光さんの車かわいいなって思っているうちにいつの間にか乗ってて…」
「………」
「敦賀さんがいつも言うように……私、隙だらけの駄目な女なんです…もう、こんな自分嫌…」

心配のあまり、普段から、つい「キョーコは隙が多いんだから気をつけて」などと口癖のように言っていた自分を蓮は呪った。

「違うね。キョーコは別に悪くない。ずっと一緒の番組をやっていて仲もいいんだろう?そして同じ事務所で、同じ場所に行こうっていうんだから彼に送ってもらったっておかしくないんだ。頑なに断る方が不自然だよ」

さっきまで嫉妬していた事を、今度は反対に擁護し始めた自分はおかしいと思う蓮だったが、キョーコの涙を止めるのが最優先だとばかりにそれを続ける。

「だからキョーコは別に何も悪くない。俺の心が狭かっただけ」
「……でもっ」
「でも、じゃない。悪いのは俺」

こんな時でさえ、蓮が少し理不尽とも思える嫉妬をする事さえ、自分が悪いのだと思うキョーコの性格が少し真面目過ぎると蓮は思ったが、それさえも愛しさを増す要素になる。

「…で…も……やっぱり私はこんな自分が嫌です。もっとしっかりした女になりたいですっ…」
「キョーコは今でも十分しっかりしてるよ?……そうだね、少し天然かもしれないけど…」
「あっ、ほらやっぱり駄目じゃないですかっ!」
「いや、天然なのは駄目じゃないから…むしろ、かわい」
「駄目ですっ!私だって敦賀さんみたいにちゃんとした大人になりたいですっ」
「……俺はそんなにちゃんとした大人じゃないよ…?そりゃ見た目は老けてるかもしれないけど…」
「ふ、老けてるとか、そういうことじゃ無くてですねっ!とにかく私はっ…」
「今のままのキョーコで俺は十分満足。これ以上可愛くなられても困るし」
「かっかっ、か、可愛い…くなんてありませんっ!そ、そ、それに、か、か、可愛いとかじゃなく立派な大人の女性としてですねっ」
「キョーコは…立派な大人の女性じゃないか………ねっ?」

キョーコの涙が引っ込んだのを確認しつつ、蓮はキョーコの首筋に音を立てて軽く口付ける。
そして指先で腰のラインをスウッと撫でた。

「つーるーがーさん!!」

蓮の言った"大人な女性"の真の意味を理解したキョーコは顔を真っ赤にして怒っていたが、その後、何度も蓮に深く口付けされ、いい様に翻弄されかけた。
しかし、最後までいきそうな蓮を寸前でなんとか思い止めさせると、数分後、今度はちゃんと蓮の車の助手席に乗り、約束通り蓮のマンションへと向かっていた。


道中、二人はさっきの事は自分の方が悪いとお互い言い張り続け、結局、最後まで決着はつかなかった。
そして、子供のように意地を張り続ける自分達は意外とお似合いなところがあるかも…と二人ともこっそりと心の中でだけ思った。




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