お仕事の後で─11の3

2011年11月25日 00:08

お仕事の後で─11の3

様々な夜 3/6



道すがら、蓮と社は今起きた出来事の詳細をキョーコに説明し始めた。

「あれはいつでしたっけ」
「先週の収録の日だった……と思う」
「帰り際でしたよね」
「そうそう……隣に仁科さんの車が止まっていて……急に携帯貸してくれとか言われたんだ」
「そんなことが……」
「あのマネージャーさんが持ってっちゃって連絡が取れないとかなんとか……どうしようかと思ってる時に、仁科さんが車の横で荷物の中身を色々落としたんだよね」
「はぁ」
「なんかね、それ以降に無くなった物があったらしくて……それがこっちの車に紛れ込んでないかっていう話でね」
「…………」

キョーコは少し嫌な予感がした。

「あれで、車の中に落ちるかなぁって思うけど……ま、よほど大切なものなのかな、心当たりは全部探したいって」
「他でも探してたみたいですよ。スタッフがこの間からずっと何か言ってたような気がします」
「なんか大事になってるんだなぁ」
「そうみたいですけど……俺には関係ないかなって思っていたんです」
「まぁ、そうだよなぁ」

笑いながら話す二人の会話に、キョーコは恐る恐る割り込んだ。

「あのう……その落し物って……なんでしょうか……」
「え? あー、イアリングだったよな?」
「いや、ピアスだって言っていましたよ」
「ああ、そうか、ピアスね。丸くて金色の奴でブランド名が入ってるんだよな」
「…………」

ずっと握り締めっぱなしだったキョーコの右手に力が入る。
このピアスは遼子の物だ。
そう確信したキョーコは握り締めた右手をゆっくりと助手席と運転席の間に突き出した。

「ん?」
「キョーコ?」
「もしかして……こ、これじゃないでしょうか……」

キョーコが開いた掌の上にあるピアス。
それは社が言った特徴を全て備えていた。
車内が静まり返る。

「さっき、車に乗るときに見つけたのですが……あ、あの……」

信号が赤に変わり、車は停止した。
蓮も社も無言のままだったので、車内の静寂が深まり、独特のエンジン音だけが響いている。
その状況に、キョーコは少し焦り、動揺し始めた。

「私……つい、ずっと持って歩いちゃってて……ど、ど、どうしましょうか、これ! まずかったでしょうか」
「あ……」

オロオロとしているキョーコに気づき、蓮が慌てて口を開く。

「いや、大丈夫だよ? よく見たらやっぱりあったって事にすれば」
「そっ、そうそう! 俺がうまく言って渡しておくから……本当にあったんだ、ここに……びっくりしたよ……」

蓮に同意した社がそう言い、キョーコの掌の上のピアスをひょいと摘んで手に取った。
しかし、キョーコは空になった掌をそのまま固まらせながらどんどん表情を曇らせていく。

「もしかして私……すごい余計な事しました……ね……」
「そんな事はないよ。見つけたら普通拾うよ」

妙に狼狽えているキョーコを落ち着かせようと、蓮は優しくそう言った。
キョーコはうっすら涙目で蓮をじっと見つめている。

「あの……私は……ちゃんとこれ、敦賀さんに……渡そうと……」
「え……」

ここで蓮の言葉も表情もぴたりと止まった。
見つめ合ったまま固まってしまっている二人。
そんな二人の様子に気づかず、社は手にしたピアスをじろじろと眺めながら遼子の話を疑い始めていた。

(これが、本当にあの時、たまたま車の中に入ったのか?)

社はあの夜の事をもう一度思い返す。
蓮の車の隣に止まっていた遼子の車。
あの時、現れた遼子のタイミング。
妙に慌しくかき回していたバッグ。
ひらりと落ちたハンカチとポーチ。
社の呼び声に、反応が遅れた遼子の様子。

(……なんか怪しいなぁ……)

社の中で、遼子に対する疑惑がどんどん大きくなった。
眉間に皺を寄せた社が、ふと前を見ると信号が青になっている。
後続の車が居なかったせいで、誰にも咎められず止まったままの車に気づき、慌てて運転席の蓮に声を掛けた。

「おい、蓮、信号……」
「いや、いいんだ、大丈夫」
「へ?」

蓮は思い切り後ろを向き、後部座席のキョーコと真剣な顔で何かを話し合っていた。

「いえ、私っ、全然疑ったりなんてして」
「これは疑っても仕方ないと思うよ? だから気にする事はないよ」
「でも……」
「それでまた一人で自分を責めていたりしなかった?」
「う………」
「いいんだよ、こういう時は……盛大に疑って俺に言ってくれればいい」
「そんな事! 敦賀さんはいつも私の事気遣ってくれてるのに私は」
「多少信用が揺らいだって全力で回復させるから……一人で思い悩まないで」
「でもっ」

(なんだこれ……)

運転席のシートに手をかけ、身を乗り出しているキョーコに、蓮が言い聞かせるように語り掛けている。
突然真横に現れた"二人の世界"に社は戸惑ったが、後ろに車が来ないのを確認し、そのまま黙って無理矢理見て見ない振りをした。
嫌でも聞こえてくる二人の会話。
社には最初、意味が分からなかったが、落ち着いて聞いているうちにようやく理解する事が出来た。

(あぁ……そうか……)

普通に考えて、恋人の車に見知らぬピアスが落ちていたら、どうしても自分以外の女性の影を疑ってしまうだろう。
蓮にやましい事があるとはとても思えないが、女性に人気がありすぎるが故に、そういう不安がまったく無くなるという日は来ない気がした。
しかし、キョーコはそんな風に一瞬でも蓮を疑ってしまった自分を責めている。
蓮はキョーコが自分を責める位なら俺を疑っていいと言っている。
延々と繰り返されるもどかしい会話に、社は口の中がざらついてムズムズした。

(もしかして、仁科さん……こうやって波風立ててやろうって思ったんじゃないかな……)

蓮と遼子の噂は、遼子が振られた説が一番有力だと言われ始めていた。
恐らく遼子にとってはかなり不愉快なはずだ。
それを根に持った軽い嫌がらせ、そして、うまくいけば、蓮と付き合っているのが誰か、分かるかもと考えたかもしれない。
ピアスに気づく可能性が高いのは蓮か自分、それ以外なら──この車に頻繁に乗ると思われる女性だ。
しかし、今まで誰も気づかず、なんの反応もしていなかった。
誰かが拾ったのか、それともまだそのままなのか。
ずっとピアスの事で騒いでいたのは、こちら側の反応でどうにかして結果が知りたかったのだろう。
そして、とうとう痺れを切らし、マネージャーを寄越した。

「…………」

そこまで推測した社から思わず溜息が出る。

(もし本当にそうだったりしたら……すごいよ……)

キョーコが見つけてしまった事で、遼子の思惑通りになったのかもと思うと社はなんだか口惜しかった。
しかし、立った波風が、遼子が考えていただろう方向とは真逆に流れているのが少し可笑しくもあった。
蓮とその恋人──キョーコがどんな娘で、二人がどんな仲なのかを知らないからな、と社は思い、ちらりと二人を盗み見る。

「あっ」

蓮はキョーコの頬に手を添えていて、見つめ合っている二人の顔の距離は限りなくゼロに近づいていた。
深夜、そして車内とはいえ、誰かが見てないとも限らない。
そう考えた社はさすがに見逃せなくなり、わざとらしく大きな咳払いをする。
キョーコは驚いて飛び上がり、真っ赤になりながら後ろの方へ引っ込んだ。
蓮は恨みがましい視線を社に向けながら、宙に浮いてしまった手と体勢を元に戻す。
そんな蓮を社も負けじと睨み返した。

「申し訳ないけど……そろそろいいかな。信号がね」
「信号は赤ですよ」
「えっ……あっ! 一周しちゃったじゃないか! ほら、さっさと帰って家でやってくれ」
「も、申し訳ございません……」
「あ、いや、キョーコちゃんじゃなくてね……」
「ひどいですね、社さん」
「いいからお前は早く運転しろ」
「ですが、信号が赤で」
「……青になるまで信号に目をはりつけてしまえっ」

やっぱりタクシーで帰ればよかったと思いながら、社は自分のバッグを開け、手にしていたピアスを投げるようにして放り込んだ。



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