お仕事の後で─11の2

2011年11月24日 00:23

お仕事の後で─11の2

様々な夜 2/6



「すいません……」

数度目の中断で、遼子は謝罪の言葉を口にした後、少し溜息をついた。
機材で埋まった狭い撮影現場には大勢のスタッフがいたが、皆、口数も少なく、どこか空気が張り詰めている。

「ん、じゃあ一度休憩しよう」

監督のその言葉で、少し空気が緩む。
時刻は既に深夜といっていい時間。
監督と何か話し合っている遼子を一瞥した後、蓮は忙しそうに動き回るスタッフ達の間を縫って休憩のためにスタジオの隅に移動した。
そこには社と、先に帰ったはずのキョーコがいた。

「あれ……」
「お疲れ様です」

蓮に軽く頭を下げるキョーコの姿を見て、蓮は長時間の撮影の疲れが少し和らいだ気がした。
自然と柔らかい笑顔が浮かぶ。

「来てたんだ」
「はい……仁科さんの一番の長台詞のあるシーンですよね。ちょっと見学させて頂こうかなと思いまして」
「あぁ、そうか……そうだね」
「お疲れさん。大変そうだな」
「俺よりも……仁科さんの方が大変だと思いますよ」

そう言いながら蓮は遼子の方へと視線を向けた。
監督、その他のスタッフに囲まれながら、真剣に何か話し合っている場を、蓮と社、そしてキョーコは見つめていた。

「長い……台詞ですよね。感情の起伏も激しいし」
「うん。難しい場面だね」
「もうちょっと……っていう感じだけど」
「そうですね……きっと大丈夫でしょう」

蓮は社からペットボトルの水を受け取り、一口、喉へと流し込む。

「すいませんけど、俺の荷物も」
「ん? あぁ、はい」

社から自分のバッグを受け取りながら、蓮は、台本を真剣に読み込んでいるキョーコの横にさりげなく移動する。
そして、バッグから自分の車のキーを取り出し、キョーコが開いていた台本の上に挟むようそっと置いた。

「え……」
「……待ってて」

少し屈んで顔を近づけながら、蓮はキョーコだけに聞こえるように小さく囁いた。
キョーコは少し驚きながらも、大急ぎでキーを取り、手の中に隠すように握り締めた。

「もうすぐ終わる……もう時間も遅いし……ね」
「は、はい……」

撮影再開を知らせる監督の声を聞き、蓮はセット内へと戻って行く。
キョーコは少しだけ赤い顔で、再び緊張した現場の様子を見守っていた。


***



撮影の最終チェックが行われている中、キョーコは目立たないようにそっとスタジオを後にした。
車のキーを渡されたのは初めてで、落とさないようそれを大切に握り締め、局内の通路を足早に移動する。
地下駐車場に入ってすぐに端に寄り、視線だけで蓮の車を探してみた。
うまく見つけることが出来ず、今度は止まっている車の間を足音を忍ばせて縫うように歩いて探す。
無事に蓮の車を見つけた後、移動する車の音を聞き、キョーコは妙に低い体勢をとりながらそこへ近づいていった。
返って怪しいかもしれないと思ったが、どうしても人目を気にしてしまい、そのまま隠れるようにしてそっと車のドアを開けた。

(ん?)

低い体勢を維持したまま車に乗り込もうとした時、キョーコは助手席のフロアシートの隅に薄暗い駐車場の照明を受けて光る小さな何かを見つけた。
手を伸ばし、何気なく拾ったそれは、見ただけでそれとわかる有名なブランドのピアスだった。

「…………」

金色に光るそれを掌の上に乗せながら、キョーコの動きは止まる。
自分には縁のない、そして、似合うと思えない大人っぽいデザインの高価なアクセサリー。

(どうしてこんな物がここに……?)

そのピアスが似合う女性の姿がもやもやとはっきりしない形でキョーコの頭の中に浮かんでくる。
この車の助手席によく似合う、洗練された大人の女性。
形にならない黒い靄のようなものがキョーコの心の中で渦巻いた。
しかし、すぐに何事もなかった様に、静かに車の中へと乗り込んでいく。
その口元には、多少引き攣ってはいたが、笑みさえ浮かべていた。

(こんな物で動揺なんてしないわよ? 敦賀さんを信用してるし……)

ひっそりと隠れるように後部座席に座ったキョーコは、痛いくらいに強くピアスを握り締めながら考える。
恐らくなんらかの理由で、蓮と仕事で交流のある女性がこの車に乗ったのだ。
そして、その時に落としたのだろう。
蓮が来たら、拾った事を告げてさらっと渡しておけばいい。
きっと蓮も笑って受け取るだろう。
そう考えたキョーコは、自分の予想が正解である事を早く確認したくなり、蓮が来るのを今か今かと待ち始める。
しかし、自分こそ今来たばかりで、そうそう早く蓮が来るとは思えなかった。
普段なら、先に帰るべき時間とタイミング。
だが、キョーコは蓮から渡された車のキーを素直に受け取った。
今回のドラマの収録も終わりが近づき、仕事帰りに一緒に帰宅するような事は減るだろうと思ったからだった。
そういう機会は大切にしたい。
蓮もそう思ったのかもしれない。
でなければ、無理に自分をこんな風に待たせたりはしない気がした。

「そうよっ、敦賀さんはいつも私の事を気にしてくれてるのに……こんな物で動揺なんて!」

ぱっと開いた掌の上のピアス向けて思わず出た自分の言葉に、キョーコははっとする。
結局は、多少なりとも動揺し、僅かに疑惑を抱いてしまっていた自分に気づき、キョーコは一人、シートに体を沈ませながら自己批判を始めた。

「どうしていつもこうなの……敦賀さんを疑うなんて……何度もあんなに、あんなにもいろいろ言ってくれてるのに……全然成長していない……」

険しい顔でブツブツとキョーコは独り言を繰り返していた。
すると突然、バッグの中で携帯が震えだした。

「あっ」

蓮からだと思い、大急ぎで携帯を取り出す。
しかし、電話の発信者は社だった。

(あれっ……もしかして、まだ時間かかるのかなぁ……)

既にかなり時間が経っていた事に驚きながら、キョーコは社が蓮の代わりに連絡をくれたのだろうと思い、電話に出た。
その途端、社の焦ったような声が飛び込んできた。

「もしも……」
『キョーコちゃん!? ごめん! 急いで車から出て!』
「えっ? な、な」
『後で説明するから! 大急ぎで車から離れて隠れてて!』
「はっ、はい!」

何が起きたのか、キョーコにはまったくわからなかったが、とにかく緊急なのだという事が社の声から感じ取られ、キョーコはあたふたとしながらも車から降りる。
急いでドアを閉め、キョロキョロと辺りを見回した後、蓮の車から数台離れている白いワゴン車の後ろにそっと身を隠した。
そのままどうしたらいいかわからず、早くなっていく心臓の鼓動を抑えるように胸に手を当てながら座り込む。
しばらくすると、足音が複数、近づいてくるのがわかった。
同時に話し声も二つ聞こえてくる。
片方は蓮だ。

「本当に申し訳ありません……言い出したら聞かなくてねぇ」
「あぁ、いや、別に構いませんから」

二人は蓮の車の前まで来ると、そのままそこで立ち話をしているようだった。
一緒にいる男が誰か、キョーコがこっそりと車の陰から覗いて確かめようとした時、急に背中を軽く叩かれた。

「ひ」

心臓が飛び出る位に驚いたキョーコが振り向いた先に、キョーコと同じように身を潜めながら、口に人差し指を当てている社がいた。

「やっ……し」
「ごめん、キョーコちゃん……車のキーあるかな……」
「あっ……はい……」

ひそひそ声で会話をし、キョーコはキーを社に渡す。
受け取った社は、身を低くしたまま素早い動きで足音も立てずに車の間を縫い、地下駐車場の出入り口へと戻っていく。
少しすると、まるでたった今ここへ来たばかりのように小走りで蓮ともう一人の男の前へと現れていた。

「ごめん、ごめん。キー持ってたの俺だよね」
「すいませんね、社さん」
「いえいえ」
「それじゃあ……」

(何が起きてるの……)

蓮と社がそれぞれ、車のドアを開け、何かしているのがキョーコにもわかった。
しかし、もう一人の男が落ち着かない様子でその周りをうろうろとしているため、視界に入りそうに思え、キョーコは顔を出せず詳しい状況を確認する事ができない。
キョーコはただひたすらじっとしている事にした。
やがて男が大きな声で何度も蓮と社に謝罪をしながら立ち去って行くのがわかった。
静かになったところで、そっとキョーコが顔を出し二人の様子を窺うと、ちょうど社が迎えに来てくれている所だった。

「ごめんよ、キョーコちゃん、もう大丈夫。びっくりさせちゃったね」
「あはは……ちょっとびっくりしました……」

事情がよくわからないながらも、危機は去ったらしいと思ったキョーコは笑って立ち上がり、社と一緒に蓮の車の方へ戻る。
そこでは蓮がどこか困ったような笑顔でキョーコを出迎えた。

「ごめん、驚かせたね……こんな事になるなんて」

蓮はそう言いながらキョーコの肩を抱き寄せる。
その横で、社が状況を語ってくれた。

「時間も時間だし、蓮の車の中でキョーコちゃんをこっそり待たせておく理由が見つからなくてね」
「す、すいません……」

社の言葉にキョーコは急に恥ずかしくなり顔を赤らめたが、社はそんなキョーコに笑いながら軽く手を挙げ、首を振った。

「いやいや、キョーコちゃんのせいじゃない、蓮の我侭じゃないか」
「えっ? いえ、そんな」
「キョーコちゃんがスタジオ出てから結構時間経ってるよね……待たせんなよ、車の中に一人で」
「はぁ……すいません」

蓮は視線だけ横に逸らし、いかにも心がこもっていないといったトーンで謝罪の言葉を口にした。
その一方でキョーコの肩を抱く手の力が強くなる。

「まさか、車の中を見られる事になるなんて思ってもいませんでしたし」
「まぁ、そうだな……こんな時間、しかもこのタイミング……嫌がらせか?」
「マネージャーさんがそんな事はしないでしょう。仁科さんに頼まれて断れなかったみたいですし」

蓮の言葉を聞き、キョーコはようやくさっきの男が遼子のマネージャーだった事を思い出した。

「仁科さんのマネージャーさんが……敦賀さんの車に……なんだったのでしょうか?」

困惑するキョーコに、蓮は何か言いかけたが止め、キョーコに車に乗るよう促した。

「とりあえず、もう遅いし、帰ろう……社さん、送って行きますよ」
「タクシーで帰ってもいいんだよ?」
「まぁ、今日はもう……送りますよ」
「じゃあ、お願いするよ」

三人はそれぞれ蓮の車に乗り込み、ようやく色々な事があった地下駐車場から脱出し、帰路についた。


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