お似合い─前編

2010年02月13日 02:13

お似合い─前編

「京子ちゃん、おつかれ!今日もバッチリだったね!」

ブリッジロックのリーダー、石橋光にそう声を掛けられ、キョーコはようやく今日の仕事に問題は無かった事を確認して安堵する。

「…お、おつかれさまでした!」
「坊」の頭だけを脱いだ状態で、なんとか簡単に挨拶を返す。
「……あれ、なんだか、今日はいつもより疲れてる?大丈夫?」
「えっ、あっ、そ、そんな事ないですよ?大丈夫です、ハイ!」

慌ててそう答え、着替えるために、いつもの待機場所へ戻る。
普通を装ってはいたものの、着ぐるみの中身は汗だくで、疲労困憊なキョーコ。
体力的にではなく…精神的に疲れ切っていたキョーコは控え室で「坊」を全部脱ぎ終わると、ぐったりとその場に座り込んでしまっていた。

今回の「坊」の仕事が特別厳しいものだったわけでもない。
ただ、今回のゲストが「国崎春奈」だった、というだけだった。
キョーコ自身は春奈と面識はないし、そもそも着ぐるみ越しの対面なので言葉を交わす事もなかった。
会話はボードを使った文字での筆談みたいなものだ。
そして向こうは当然中身が誰かなど知らないし、知ったとしても…別に気にも留めないだろう。

(私が勝手に意識してるだけよね…もう馬鹿みたい…)

汗だくの自分をタオルで拭いながら、もぞもぞと元の服に着替える。
そして、ぼんやりと今日初めて会った春奈の事を思い出す。
綺麗な長い黒髪、切れ長の瞳に、艶やかなな口元、派手さはないけれど優しげで上品な美人…。
性格も、おっとりとしていて…そして可愛い感じの女性で…蓮から聞いた、あの"写真騒動"を起こした女性にはとても見えなかった。
しかし、キョーコ自身、お弁当を口実に蓮の元へおしかけた口であり、人のことはあまり言えないかな、と思う。

(きっと…すごく好きだったから…なんだろうな……)

なんとなく、蓮と春奈が一緒に並ぶ図を想像してみる。
どちらも大人で落ち着いた……お似合いな二人……
春奈なら、蓮と付き合っています、と堂々と言える位置にいるだろう。

(きっと、TVなんかで「平成のビッグカップル誕生!」なんて言われて……)

そこまで考えたとき、頬に感じるヒヤリとした冷たさに気が付く。
キョーコは着替えの途中で思い切り床に突っ伏していた。
(なっ、なにやってんの私)
慌てて起き上がり、ちゃんと着替え終わると、マイナス思考は駄目、駄目!と心の中で呪文のように何度も呟きながら帰り支度をした。


「あ、来た来た。京子ちゃーん!」

TV局の通用口の前にいたブリッジロックのメンバー三人がキョーコを呼んでいた。

「皆さんお疲れ様です!お帰りですか?」
「うん、事務所に帰るとこなんだけど、京子ちゃんもそう?」
「えっ!…ええ、はい、そうです」

キョーコは本当は事務所に用はなかったのだが、今日は時間が合いそうなので蓮と待ち合わせをしていた。

「そっかー、じゃあちょっと乗ってかない?」
「え?」
「へへへ、リーダーがさぁ、車買ったんだよね~。で、嬉しいらしくってさ」
「そうなんですか?すごいですねっ」
「あー…うん、実は免許も取りたてなんだよね」
「そう!それで車も買ったばかり!」
「どう?キョーコちゃん、恐怖体験してみない?」
「へ?」
「なんだよ、恐怖体験って!!俺、超安全運転だろ!」
「安全運転過ぎて返って怖いってなもんで。ね、ね、京子ちゃん、こっちこっち」
「え、え、え」
「散々乗ってやったのにさー、リーダーやたら人を乗せたがって困ってんだー。京子ちゃん良かったら乗ってあげてよ」
「俺ら別に車あるっちゅーのに」
「だって、一人で乗ってもつまらないじゃん?」
「あの、でも、えっと…」

キョーコの頭の中で小さな警報が鳴る。
蓮がいるかもしれない事務所に、いつもお世話になっている先輩とは言えど、他の男の車で乗りつけるなんて…。
しかし、流されるままに駐車場へ連れて来られてしまい、どうやって断わろうかと悩んでいたキョーコだったがそこに置かれていた車につい反応してしまった。

「あ、この車…」
「あれ、京子ちゃん、車詳しいの?」
「え、いえ全然わかんないんですけど…でも、この車、かわいいですよね~。だからなんとなく覚えてるっていうか」
「キョーコちゃんもこういうの好き?俺もデザインがすごい好みでさあ。ミニっていうんだけど」
「外国の…車ですよね?」
「うん、イギリスで作られた車で…」

なにやら嬉しそうな光が車の歴史について語っている様だったが、キョーコはその車に目が釘付けになっていた。
青空色のボディ、フロント部分には縦に二本、白のラインが入った小さな車。
車にはさほど興味のないキョーコが、見かける度にかわいいなぁ…と思っていたものと同じ種類の車だった。
興味津々で車をあちこち眺めて回る。

「じゃ、京子ちゃん、シートベルトよろしくね!」
「えっ!あ、はいっ」

そして気が付いた時、既にキョーコは光の車の助手席で、他のメンバーの車の後を追うように出発する寸前だった。

「あ、あの…」
「じゃー出発!大丈夫、もうこの辺は慣れたし、安全運転だよ~」

再び鳴り出した小さな警報も空しく、キョーコは光の車で事務所に向かう事になった。


LMEの駐車場に到着するや否や、キョーコは光の車から降りる前にさり気無く駐車場内を見回した。
蓮の車は無い。
少しホッとするが、油断はできない。

「はい、到着~」
「あ、ありがとうございました!」

キョーコは失礼にならないギリギリのラインの速度で素早く車から降り、ドアを閉め、礼儀正しくお辞儀しながら光に礼を言った。
とにかく早く、事務所に入ってしまおうとしたキョーコだったが、殆ど同時にここへ到着したブリッジの面々に自然と囲まれ、結局彼らと同じようにのんびりと事務所入口に向かう羽目になる。

「どーだった京子ちゃん?怖くなかった?」
「だ、大丈夫でしたよ?」
「お前らなー、俺を見くびり過ぎ!そんなに下手じゃないぞ」
「どーかなぁ~」

和気藹々とした雰囲気の中、一人キョーコだけは戦々恐々としながら歩いていた。


ここ数ヶ月、蓮と付き合うようになってわかった事。
それは蓮がかなり嫉妬深いという事。
最初は、その対象が不破尚に集中していたため、キョーコはその事に気付いていなかった。
最初から蓮を嫌っていた尚は、蓮に喧嘩を売るような事も……多々あった。
当然、蓮も尚が気に入るはずがない。
キョーコにとっては、復讐を誓う相手だったり、昔好きだった男でもあったり…と、少し特殊な存在でもある。
もう恋愛対象になる事などあり得ないのだが、蓮が気にするのも仕方ないとキョーコは思っていた。
しかし、尚以外でも、そう、例えば今一緒にいるブリッジロックのメンバーの話をしたりしても…蓮の機嫌がうっすら悪くなる事に気づくようになった。
そして、まだ現れてもいない、現れるとも思えない、キョーコに近づく男の心配までしたりする。
そういう心配や嫉妬をされる、ということは愛されている証拠でもあり、嬉しくない事も無いキョーコではあったが…。

(どちらかと言うと、私の方が嫉妬する事が多いはず…じゃない?立場的に…)

その対象は芸能界中どころか日本中に嫌というほどいるわけで…。
それなのにあまりその機会がないというのは、決して自分が寛大な女という訳ではなく…おそらく蓮の方が上手くやっているという事。


あの噂の時もそうだった。
蓮から予め春奈の名前を聞いていたからこそ、噂で彼女の名前を聞いてもさほど動揺はしなかったのだ。
したのは蓮の心配だけ。
でも、聞いていなかったらどうだったろうか。
蓮を信じてはいても……やはり冷静にはいられなかったような気がする。
まだ付き合うどころか、お互い、嫌い嫌われていると思っていた頃に聞いた「キョーコちゃん」まで気にしてしまった自分───

(敦賀さんがそうやって私が変な事考えないようにしてくれてるっていうのに、私が隙だらけでどうするのよっ)

ブリッジのメンバー三人はいつも優しくしてくれるいい先輩だが、蓮が気にするのならばそれなりに距離を置かなくては。
こんな事を考える自分は自意識過剰な上、とんでもなく失礼な後輩だと思い少し心が痛むキョーコだったが、蓮を最優先すべく、光からの夕飯の誘いも、やんわりと、でもきっぱりと断って待ち合わせ場所のラブミー部の部室に走った。



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