失言─3

2011年05月24日 10:02

失言─3
シャワーを浴びた後、きちんと拭かなかったせいで一時冷えた身体はベッドの中で再び熱を帯びていた。
シーツに沈み込むように横たわるキョーコは目を閉じ、ぴくりとも動かない。
紅潮した頬と唇が肌の白さを引き立たせ、うっすら光る汗がその滑らかさを強調している。
乱れた呼吸が僅かに身体を揺らす。
蓮はキョーコの顔にかかる茶色い髪をそっとかきあげるようにして整え、長い間、その姿を見つめていた。
やがて閉じられていたキョーコの瞳がゆっくりと開く。
絡まった視線の先にある、自分を見つめる蓮の瞳に、ついさっきまでの嵐のような時間の余韻を感じ、キョーコは頬の紅を濃くして視線をシーツの上に落とす。
蓮はそんなキョーコの、力の入らない手をそっと掴み上げ、口元に寄せると、その指先にキスをした。

「つまらないとか飽きたとか……どうしてそんな発想が生まれるのかな……」

甘く低い声が静かな寝室にゆっくりと響く。
指先からも伝わる甘い響きに、キョーコの身体が微かに震えた。
蓮の言葉に、何か答えるかのようにキョーコの紅い唇が微かに動いたが、声になることはなかった。

「寧ろ、もう少しつまらなくなってもいい位だよ……身が持たない」

そう言ってくすくすと笑う蓮に、再びキョーコの唇が動き、ようやくといった感じで掠れた声が出た。

「……私…の方が……死んじゃい……ますっ……」

珍しいキョーコの恨み言に、蓮の口元に妖しい笑みが浮かぶ。
だがすぐにそれは消えていき、蓮はキョーコの手のひらを自分の頬に当てると静かに言った。

「俺だって考える……か……」
「え?」
「ある日突然……キョーコが俺を嫌になって傍からいなくなるかもってね……」
「そ……そんな事」
「100%無いって言えないだろう?」
「言えますっ」
「……それは……嬉しいね……」

口を尖らせて蓮の言葉を否定するキョーコの様子に、思わず蓮は顔を綻ばす。
そして、真剣な目でキョーコを見つめ、再び静かに口を開いた。

「キョーコの様子が変だったりすると気になって仕方ないんだよ? ……我ながら気が弱いと思うけどね」
「敦賀さん……」
「信用していないわけじゃないけど……」
「…………」
「だから、本当に、何でも言って欲しい。嫌な事があったらきちんと言ってくれ」
「嫌な事なんて……特に何も」
「例えば」

蓮はキョーコの唇にそっと手を伸ばし、親指で思わせ振りにゆっくりとなぞる。

「この唇が口にするのは……俺の唇だけでいいんだよ?」

蓮の言葉に、一瞬ぽかんとしたキョーコだったが、すぐに顔中から耳朶、そして首元まで真っ赤になった。

「あっ……あれはっ……あの、別に、い、い、嫌じゃ……ああありませんからっ」
「でも、あの夜はちょっとやりすぎたかなって……まさか、飲」
「ほおおおおおおおんとに嫌ではないんですからっ……なんでそういう事を言っちゃうんですっ」
「気が咎めるんだよ。酒も飲んでいたし……」
「いいんですうっ……第一、あれは私の方から、やっ」
「ん?」
「あああああっ、もうっ、敦賀さんっ……のっ、馬鹿ぁぁ」

身体中を真っ赤にしながらシーツに突っ伏し、恥ずかしがって叫ぶキョーコの姿に蓮は思わず吹き出す。
ベッドに向かってむぐむぐと何か一人呟いているキョーコを、背中からそっと抱きしめた。

「だったら……いいんだけど……何も努力もしなくたってキョーコはそのままで充分だから」
「え……」
「だからもう一度……なんでも話して欲しいんだ……いいね?」
「…………」

蓮は身を起こして、背中を向けていたキョーコをくるりと自分の方へと向かせる。
優しく微笑む蓮に、キョーコも、微笑んだ。
キョーコは少しの間、そのまま蓮と見つめ合っていたがふいにその笑顔を隠し、目を横に逸らす。
そして蓮の目の前でじわじわと額に汗を掻きながら、おずおずと話しだした。

「ごめんなさい……」
「ん?」
「私……考えても仕方の無い事をずっと気にしていて」
「え」
「あ、あの夜の事……あの時、私」
「うん」
「こんな……事、を敦賀さんにできるのは……私だけって思って」
「それは勿論」
「あのっ、でも! 本当にそう思っていい気になっちゃって……」
「別にいいと思うけど……」

蓮はキョーコの額にちゅと音を立てて唇を落とす。

「キョーコだけに決まってる」

そう言って微笑む蓮に、キョーコは手で額を押さえながら頬を染め、上目遣いで困ったように眉を寄せた。

「でも、あの、敦賀さんが……私が一番上手だって言った時」
「えっ?」
「じゃあ……二番はどんな人だったのかな、なんて」
「なっ」
「敦賀さんならきっと相手の方も綺麗な人だったはずだって」
「……」
「そんな大人な方ならもっと上手なんじゃないか、とか、そういう人と比べたらきっと私なんて、とか」
「…………」
「もう、私の知らない過去の事で勝手に焼餅まで焼いたり、悲観したり」
「………………」
「で、でも、私、負けないように頑張ろうって思ったんですっ、ですけど、何をどう頑張ったらいいのかわかんなくて」
「キョ、キョーコ……」
「そもそもっ……敦賀さんはですね、優しいんですから、本当に私が一番かどうかがわからないんですよ? だから」
「いや……あの、キョーコ」
「私が至らなくても言ったりしませんよね? 隠し事はしないっていうのならそういうのもこの際ですね、ちゃんと言って頂こうかと!」
「キョーコ……」
「結局、どう頑張ればいいのかまだわかってないんですけどっ、私、もう逃げません! で、あの、頑張りたいんですっ……他になんの取り得もありませんし!」
「…………」
「それで、あの、できたら敦賀さんからもっとちゃんと………敦賀さん?」

なぜかヒートアップしているキョーコの横で、蓮はさっきのキョーコの様にシーツの上に減り込む様に沈んでいた。


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