失言─1

2011年05月24日 10:00

軽い小ネタのつもりが少し長くなりましたので全4話です。
引っ張るのもなんなのでさくっと一気にUP。


失言─1
覚えているのは彼女の白いうなじと乱れた襟元から覗いた背中
時折、俺を見上げるその瞳は色付いた頬に彩られ、赤い唇は濡れて照明を反射した
いつも器用に動いているしなやかな白い指は、この時ばかりはどこかぎこちなく
でも懸命に何かを探す仕草が与える甘い振動に、計算づくなのか、と疑念さえ沸いた

テーブルの上に置いたままのボトルとグラス
床に落ちている彼女のバッグ
脱がせきれなかったシャツの前は大きく開き
胸元から膨らみを覆う白いレースが垣間見えた

彼女は合間合間に動きを止め、何度も俺を見上げて問いかけの言葉を投げて来る
俺を完全に支配下に置きながら、その表情にはなぜか不安の色がちらついていた
こんなにも俺を翻弄しておきながら一体何が不安なのか
胸の奥に生まれた小さな怒りも、彼女の舌と指先に削ぎとられていき
身体にまわったアルコールが思考回路を侵食していく

込み上げる熱と抑えきれない欲望
瞬く間に壊れていく理性

気がつけば彼女の問いに子供のように素直に何でも答え
どう言えば彼女の気を引けるか躍起になっている
好きだ、愛してる、ぐらいじゃ足りなくて
思いつく言葉は全て吐き出した

「……っ」

今まで最後まで彼女に任せるのは避けてきた
しかし、そんなやせ我慢はとうとうこの夜終わりを告げる
震える手で彼女の頭を鷲掴みにしながら快感に身を任す
心臓が脈打って全身が軽く震えた

息を荒げながら見た彼女はどこか戸惑ったような表情で
濡れた唇に添えられた指がその後を逡巡している事を教えてくれた
慌てた俺が声を掛ける前に彼女の喉が動く
俺は衝撃を受けながらもその姿を少しも逃すまいと鮮明に目に焼き付けていた

重くなる瞼 気だるい身体
心地よい睡魔に抵抗しながら彼女の身体を掻き寄せる
満ち足りた気持ちの裏で燻る罪悪感
それを誤魔化すかのように
眠りに落ちる最後の瞬間まで
愛の言葉を羅列していた



***



並みの男では着こなせない服をあっさりと自分のものにしてカメラの前に立つ担当俳優の仕事ぶりを眺めながら、社はその男の様子について考え込んでいた。
完璧すぎる容姿はともすれば近寄りがたい雰囲気を伴う事も多いが、人当たりのいい笑顔と気さくな性格がそれを回避している。
しかし、最近は少し違っていた。
休憩の度に、自然と人が寄ってくるいつもと違い、蓮の周りはぽっかりと穴が開いたかのように誰もいない。
原因は、蓮のどこか張り詰めた表情のせいだ。
キョーコと暮らすようになってから終始穏やかだった男は、ここ数日妙に緊迫したムードを漂わせている。
悩むほど難しい仕事は今のところ入っていない。
だとすれば、蓮がこうなる原因は、キョーコとの事以外考えられない。

(なかなか……元に戻らないな……)

この状態が続くと、仕事に支障が出るかもしれない。
そう考えた社は仕事の終わりを待って、問い詰める事を決めた。




「キョーコちゃんと喧嘩でもしたのか?」
「えっ?」

突然、横から話しかけられ、蓮はハンドルに伏せていた顔を上げ、驚いたように振り向いた。
社は呆れたような顔でシートベルトを締めながらそんな蓮にちらりと視線を向ける。

「俺が入ってきても気がつかないし……今日も一日そんな感じだよな」
「えっ……そ、そうでしたか?」
「お前のせいで最近はどの現場も妙に緊張感漂っててさぁ……まぁ、その結果、今日なんか仕事早く終わったからいいんだけど」
「そんなに……俺、変です……か?」
「変っていうか……仕事熱心な"敦賀蓮"の範疇ではあるけどな……休憩中もそんなだから皆気つかっちゃって大変だよ」
「す、すいません」
「いやぁ、別に悪くは無いけど……それ、こじらせると今度は仕事に影響するんじゃないのか? 何があったか、さっさと白状してくれ」
「…………」

蓮は黙ったまま、エンジンをかける。
社の視線を感じながらも、そのまま何も答える事なく、車を出発させた。
会話が途切れたままの状態で、蓮は無表情のまま一向に口を開こうとしなかった。
言いたくない、か、言い辛い事なんだなと思った社は、硬く閉じられた蓮の口を開くために少し強烈な爆弾を投げつけてみた。

「もう、破局か?」
「なっ……」

仮面のような無表情はあっという間に崩れ、蓮は社の方に視線を飛ばすが、慌ててすぐに進行方向へと戻す。
動揺と憤慨で何か言いたげな蓮だったが運転に気を取られ反撃ができない。
それをいい事に、社はどんどん話を広げていった。

「ひどい男だなぁ……自分から一緒に住もうって言っておきながら、もう追い出そうとか思ってたりするのか?」
「社さん! 一体何を」
「あ、運転に集中してくれよな?」
「えっ、あっ……」
「あれかなぁ、やっぱり一緒に生活すると色々と嫌な所が見えちゃったりして……こう、愛情も冷めてきたかなって」
「俺はそんな事一切ありません!」
「…………じゃあ、キョーコちゃんの方が?」
「……っ」

赤信号が車を止め、車内の会話も止まった。
怒ったように叫んでいた蓮は、ハンドルを握り締めながら青い顔をして前を見つめていた。

「なに……ホントに喧嘩でもしてるのか?」
「喧嘩は……していません……」
「じゃあ、なんだよ」

少しの間、蓮は落ち着かない様子で視線を泳がせていたが、真っ直ぐ自分を見据える社をちらりと見た後、諦めたように小さな溜息をついた。

「喧嘩なんてしていないのに……逃げられるんですよ」
「逃げられる?」
「時々暗い顔で妙に考え込んでいる時があって……そういう時に話しかけるとすごい勢いで逃げられるんです」
「急に話しかけられて、純粋にお前に驚いてるんじゃないのか? キョーコちゃん、よくそういう事あるだろ」
「驚いたとしても……逃げたりはしなかったですよ」
「そんなに逃げるの?」
「それはもう……隣の部屋に行く勢いで」
「それはきっと……お前の事を考えてるからで……」
「…………」
「…………」
「逃げなくても……いいと思うんですけどね」
「それはお前……お前に知られたらマズイ事を考えて……」
「…………」
「…………」
「マズイ事って……」
「……浮気とか」
「……っ」
「心変わりとか」
「や、社さ」
「愛情が冷めてきたかなって」
「なっ……」
「やっぱり破局なんじゃないの?」
「……っ」

青い顔を向けて何か言い出しかけた蓮に、社は冷静な顔で前方を指差す。

「信号青だぞ」
「あ……ま、まったく……あなたって人は」

慌てて車を動かしながらぶちぶちと文句を言う蓮に社はこっそりと吹き出したが、見えないようにすぐ顔を引き締めた。

「軽い冗談だよ……何か思い当たる節はないのか?」
「ないんです……」
「気づいてないだけじゃないのかー? 普段はどうなんだよ、逃げられっぱなし?」
「そ、そんな事はありません……いつも通りですよ。ただ……」
「ただ……?」
「ええと……その……そういう方向になると……するっと避けられるような……」
「そういう方向?」
「あ、いや……あの……触れないっていうか、ちゃんと近づけないっていうか」
「へ?」

蓮の抽象的な言い回しに社は少し頭を悩ませたが、すぐに何を言っているのかが思い当たった。

「あぁ……お前のやりたい事も……やらせてもらえないわけだ」
「…………」

蓮は少し罰が悪そうに目を逸らした。
オブラートに包むように言おうとした社だったが、結局そうでもなかったかな、と思う。
が、今更気にする事もないだろうと構わず話を続けた。

「一緒に住んだからって、いつでもどうぞってわけじゃないだろうが」
「勿論それはそうです……でもずっと逃げられっぱなしで」
「……あー、なんだ……その、女の子にはそういう日が」
「そういうのはわかります」
「いや、そんな自信たっぷりに言われてもな……じゃあ、原因はなんだ」
「それがわからないから悩んでるんじゃないですか」
「お前、迫り過ぎなんじゃないの?」
「失礼ですね……これでもちゃんと自制してるんです」
「えー…お前が? へー…」
「本当に……失礼ですね……」
「じゃあ、まだ体調が悪いとか……この間熱出してたじゃないか」
「もう大丈夫ですよ……元気ですし」
「ふーん……じゃあ、やっぱり」
「違います!」
「…………」

言おうとした言葉を阻止されて社は口を結びつまらなそうな顔をしたが、じろりと自分を睨む蓮を見て、すぐに真面目な顔に戻した。

「じゃあ……そっち方面で何かお前、変な事したんじゃないの」
「えっ」
「さすがにそういう事まで俺は聞かないけどな……なんだ、その、女性としての人格を否定するような行為とか」
「なっ、なんて事言うんですか……そんな事するわけないでしょう」
「いや、まぁ、俺だってお前がそんなひどい事するとは思ってないけどな? ただ……」
「ただ……?」
「見解の違いが溝を深めたりとかってあるしな」
「へ?」
「お前は普通だと思ってる事でもキョーコちゃんにとっては大変な事だったりとか」
「…………」
「元々は純情な娘じゃないか。よくわからないうちに色々あって……最近はちょっと考えるようになってきたとか」
「………………」
「キョーコちゃんは、そういう事思ってもなかなか言い出さない娘だし、一人で思い詰めて……」

いろいろと想像はするものの、社はなかなか具体的には口にできない。
しかし、そんな自分の発言を聞いて、ただでさえ悪かった蓮の顔色が益々悪くなっていくのが、暗い車内でもわかった。

(何か……思い当たったのかな……)

再び会話は途切れ、静かに走り続けた蓮の車は社の自宅マンション前へと到着した。
無言のまま、車を降りた社は、別れ際に沈んだ表情の蓮に声を掛ける。

「ま、その、あれだ……そういう事はちゃんと話し合えよな……」
「あ、は、はい……」

歯切れの悪い別れの挨拶を交わし、社はゆっくりと動き出した蓮の車を見送った後、ふうと長い溜息をついた。



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