そばにいるだけで─Ren

2011年04月26日 11:34

前回は以前に書いたものをUPだったので一から新規に書いたのはかなり久しぶりな気がする短編をおひとつ。
だいぶ脳が活動停止しておりましたのでリハビリ気分ですが、よろしかったらどぞです。


一緒にいられる時間は確実に増えたが、劇的に、には程遠い
お互い忙しい身であるのだから仕方ないのだけれど───


『えっ、あ、そうですか! わかりました』
「あー…、うん。えーと……」
『私なら大丈夫ですから。敦賀さんこそ、無理しないで下さいね!』
「わ、わかったよ」

トラブル続きで一向に進まない今日の撮影
終了時間はとうとう未定になり、現場で朝を迎える覚悟を決めた
それを伝えるべくかけた彼女への電話は
自分が思っていたよりもあっさりと終わってしまった

(もうちょっと……こう……寂しがってくれるとか……あっても)

静かになった携帯を握り締めながら、あまり大きな声では言えない我侭を抱く
たった今、彼女と交わした短い会話を未練がましく反芻した

(寂しいどころか……ちょっと喜んでなかったか? いや……考えすぎか?)

ここ数日忙しい日々が続いているから少し心がささくれているのかもしれない
眉間に寄った皺をなくすために手を額に当てていたところで後ろから声をかけられた

「連絡終わった? 寂しいです、とか言ってた?」

遊ぶ気満々の顔で俺に近づいてきた、いつもの眼鏡のマネージャー様
俺と同じ位、疲れているはずなのに、ある意味タフだなと思った

「言ってません」
「残念だね」
「へっ」
「言って欲しかったくせに」
「…………」

図星を指されて言葉に詰まる
反撃を試みようにも、有効な手は思いつかない
妙に楽しそうなマネージャーの横で俺は腕を組み、必要以上に難しい顔で慌しい現場を眺めていた





数日前の夜、俺の帰りを待っているうちにリビングで眠ってしまったらしい彼女の姿
つい叱ってしまった俺に彼女は、おやすみなさい位言いたくて、と困ったように笑っていた

昨夜、今日は帰れないと告げた時の電話の、妙に元気だった彼女の声
おやすみなさい、どころか必要最低限の会話だけで、慌しく電話は切れた

どこかうまく結びつかない彼女の様子

こんな些細な事を気にするなんて馬鹿らしいと思うのに
いつも俺の事を考えてくれているはずだと確信する俺と
そんなものは驕りだと笑う、もう一人の俺が争い
胸の中で黒い靄のような不安を広げ、俺を落ち着かなくさせていた

これでは到底休めやしないと思った俺は
仕事が一段落ついた後、少し無理をして一度自宅に戻る事にした

「こんな時間に帰ったりして……キョーコちゃん無理矢理起こしたりするなよ」

事務所で仮眠すると言ったマネージャーの心配は担当する俳優の事より彼女の事で
俺は苦笑いをしながら、彼に一旦別れを告げた



ほんのりと明るくなってきた街の中
空いている道路は順調に俺を自宅へと導いている
ハンドルを握りながら、考える事といったら当然彼女の事ばかりだった

しかし、家に近づいて来るにつれ、燻っていた不安が少しずつ薄れていき
極力物音を立てないようにして部屋に入った頃には綺麗に消えていた
姿は見えなくても彼女のいる空間に戻って来ただけでこんなにも安堵する
単純な自分がどこか可笑しかった

まだ薄暗いリビングで、ほっと溜息をつき、ソファに座って時刻を確認する
着替えてシャワーでも浴びようか、そう思い、そっと寝室の扉を開く
眠っているはずの彼女の姿を確認しようとして、俺はそのまま固まってしまった

ベッドの中には誰もいない───

無人のベッドの前で俺は少し呆然とする
さっき綺麗に消えたはずの不安がまた蘇った
しかし、おかしな妄想が沸く前に、俺は頭を振り、急いで寝室を出る
きっと、俺には思いつかないような理由で、ゲストルームにでもいるに違いない
そう考え、足早にそこへ向かい、少し緊張しながら静かに扉を開けた
息を呑み、ゆっくりと暗い部屋の中を見回す
視線を"彼女の部屋"から、二つあるベッドの内の一つに動かすと
そこで眠る彼女の姿をようやく見つける事ができた

長い溜息をついて、落ち着きを取り戻す
相変わらず彼女に振り回され続けている自分を笑い
仕返しに頬でもつついてやろうかと、そっとベッドに近づく
その途中で
少し様子がおかしい事に気づいた

まるで真冬の寒さに凍えるように縮こまって眠るその姿
床の上にはタオルと彼女の着替えらしき衣類が無造作に落ちている
ベッドサイドに持ち込まれている、水の入ったペットボトル
それと一緒に小さな白い紙袋と体温計───

俺は大慌てで眠る彼女に近づき、その顔を覗き込む
その額には、熱を出した時に使う白い冷却シートが貼られていた

「キョーコ!」
「ふえっ?」

思わず大きくなってしまった俺の声で彼女が目を覚ます
少し後悔したが、この際構わず言葉を続けた

「熱……熱があるのか?」
「あれっ……敦賀さん? え?」

まだうまく目が開けられない彼女の頬にそっと手を当てる
いつもよりも明らかに高い、その温度

「あ、え、今、何時ですか? お、おかえりなさい」
「風邪? いつから」
「あ、あの、その……ちょっと熱っぽかっただけで」
「…………」

ベッドのすぐ横の床にはもう一本、空のペットボトルが転がっていた
いつもきちんとしている彼女からはあまり考えられない部屋の様子が
"ちょっと"どころではない事を容易に想像させた

慌てて起き上がろうとする彼女を無言でもう一度寝かしつける

「あのう……」
「いつから……こうなの」
「ええっと……昨日の……朝、か……昼位でしたか……」
「…………」
「でもっ! ちゃんと病院行きましたし、ただの風邪って事で、薬も飲みましたし……」
「………………」
「ですから、大丈夫ですし、あの、あまり私に近づかないで下さいね? うつしちゃったら大変です」
「そんな事はいい」
「だめですって……あの、敦賀さん」

掠れ気味の声で、いろいろと訴える彼女を無視し、近くにあった体温計を取って彼女に渡す
彼女は俺の様子をちらちらと窺いながら大人しくそれを受け取った
長い沈黙の後、計測終了の電子音がゲストルームに響き渡る

「37度9分……」
「だ、だいぶ下がりました」
「だいぶ……? これで……?」
「えーっと……」

彼女がなぜ熱を出した事を俺に言わなかったなんてすぐに想像がつく
昨日の電話での彼女の様子も納得がいった
心配させたくないとか
俺にうつしたくないからちょうどいいとか
恐らくはそのあたりだ

全てを理解し、納得し、さっき抱いた妙な不安など欠片も残ってはいなかったが
心はちっとも晴れなかった

「食事とかは」
「大丈夫です。寝込む前に準備万端にしておきましたから」
「そう……」

あまり当てにされていない事が寂しかったが
実際問題、俺にはこういう時にしてあげられる事をあまり思いつけない
思いついたとしても──昨晩は家に帰ってもいないのだから問題外だ

俺は無言のまま、床に落ちているペットボトルと衣類を拾い集めた

「ああっ……それは後で私が」
「いいから。キョーコは寝ていて」
「で、でも」
「いいから」
「…………」
「…………」
「あの……敦賀さん」
「ん」
「時間は……大丈夫なんですか?」
「少し位大丈夫」
「休憩をしに帰ってこられたんですよね? だったら少しお休みにならないと」
「いや、俺の事は」
「だめです、一睡もしないで仕事なんて! 無理すると敦賀さんまで体調崩してしまいますっ」
「いや、キョ…………」
「私の事はいいですから、早く」

彼女はベッドの中から盛んに俺の心配をする
ここで変に頑張ると、具合の悪い彼女に気を使わせてしまう予感がした
俺は部屋の中を簡単に片付けた後、大人しくちゃんと休む事を約束し
渋々ゲストルームから撤退した



シャワーを浴び、着替えた後
時間までリビングのソファで仮眠しようとしたが
まったく眠る気にはなれないし、睡魔も襲ってこない

やはり彼女の様子が気になるのだけれど
意味無く顔を出すのはただ邪魔なだけだなと思い
理由を見つけにキッチンへ行き、冷蔵庫の扉を開けてみたものの
何をどうすればいいのかよくわからない
彼女の予定を狂わせてしまったら、と思うと、迂闊に手も出せなかった

「…………」

何ひとつ役に立つような事ができないまま
最後にもう一度彼女の様子を確認し
時間に追われた俺は再び部屋を後にした





「キョーコちゃんも忙しかったし、季節の変わり目だからなぁ……病院には行ったんだろ? 風邪だって?」
「はい……」
「じゃあ、後は安静にしてるだけだな……大丈夫だよ、そんなに心配するな」
「そうですね……」

仕事の合間、隙あらば盛大に落ち込んでいる俺に
遊び好きなマネージャーが、今日はそんな気配を微塵も見せずに俺に気を使う

「今日はそんなに仕事詰まってないし、夕方には帰れるよ」
「えっ……そうでしたっけ?」
「そうだよ」

夕方と呼べる時間に帰れるような日はしばらくなかったはずだと思った俺は
思わずまじまじと彼の顔を見返したが
マネージャー様はしれっとした顔で手帳を眺めているだけだった

「今すぐ帰りたいっていうのは無理だけどなー」

彼はそう言ってにやりと笑う
時々忘れそうになるが、やはりこの人は優秀なマネージャーなんだと再認識し
感謝の意を込めて俺も笑おうとしたが、どこかぎこちない笑顔になったのが自分でもわかった

「あれっ……一刻も早く帰りたいんじゃないのか?」

すばやい突っ込みに顔を強張らせ、言葉に詰まる
できれば隠しておきたかった、役に立ちそうにない情けない自分
しかし、無駄な抵抗をする気力も無く
張り切って帰る事ができない理由を素直に告げた

「あー、まぁ、人によるかもしれないけど……そういう時に男は役に立たない事が多いよなー」
「そうなんですよね……むしろ俺はいない方がいいんじゃないかって」

そう言って自嘲的に笑った俺に、彼はさらりと言い放った

「何言ってんだ、お前。馬鹿だな」
「へっ」
「何の役にも立たなくったって、そばにいてくれる方がいいに決まってるだろ」
「え……」
「お前、キョーコちゃんが料理上手じゃなかったらいらないか?」
「まさか」
「だろ? そういう事だ。考えすぎなんだよ」
「…………」
「キョーコちゃんはお前の仕事の事を気にしてるだけなんだから、とっとと仕事終わらせて堂々と帰りなさい」
「は……い……」
「邪魔になるのが気になるなら、ペットの犬にでもなったつもりで足元でじっとしてりゃいいんだよ」
「は……はは、失礼ですね、犬よりは役に立つと思いますよ」
「どうかなぁ」
「言葉はちゃんと理解できますし」
「犬だってそれなりに」
「添い寝もできます」
「それ普通に犬」
「食事だって……頑張れば……」
「いや、それはきっと迷惑になるからやめとけ」
「力仕事なら」
「看病と関係あるのかよ」

仕事が始まるまで、くだらない掛け合いをしているうちに
さっきまでの落ち込みはいつの間にか消えていた



帰宅した時、彼女は眠っていて
起こさないようにそっとその頬に触れてみると
その温度は今朝触れた時に感じたものよりもずっと和らいでいる気がした

悪化などしていない事にほっとしながらも
食事はどうしたのとか、薬は飲んだのかとか
いろいろと気にはなったが、せっかく眠っているのを起こすのは躊躇われた

彼女が起きた時、ここにいると
またすぐ追い出されるかもしれないな

そうは思ったが、今度は居座る事を決意し
うまく彼女を丸め込む方法を考えながら
ベッドの足元付近に静かに座り込んだ

彼女が目覚めた時
すぐにそばにいられるように───



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