7.会いにきた幸せ

2010年02月06日 07:41

7.会いに来た幸せ

仕事帰りに蓮は事務所に寄り、社長室へ行った。
写真騒動で動いてもらった人間に集まってもらい、蓮は今日TV局の地下駐車場で起こった出来事を報告した。

「……まぁそういうことでして。いろいろお手数をお掛けして申し訳ありませんでした」
「またずい分と好かれたもんだな、オイ。人気者はつれぇな?」
そう言って社長は笑っていたが、主任の松嶋は
「笑い事ではありませんよ…なんていう人騒がせな…」
といって頭を抱えていた。

「その佐川っていうマネージャーもどうかしてますよ。担当する女優にそんな真似させて」
「まー、普通はそんなことさせないけどな。よっぽど国崎春奈をかわいがってるんだろうさ。恋を成就させてやりたいってな」
「それにしたって乱暴すぎですよ、写真撮ってまでなんて」

そんな話聞いたことありませんっと憤慨する松嶋に宝田はもう済んだ事だしよ、と寛大な様子を見せた。
おそらく、いろんな疑問が解けてすっきりしているのだろうとは思ったが、松嶋と同じ気持ちだった蓮は、宝田のそんな様子を見て少し呆れていた。
しかし、とりあえず問題が解決したことに納得しておこうと決める。

(…この人は愛だとか恋だとかが絡むとこうだよな…)

そのおかげで助かることもある、蓮はそう思い「もうこれ以上はなにもないでしょうし、いいんですよ」と松嶋を宥め、蓮がそういうならと松嶋も納得して自分の部署に戻っていった。

「ま、これであの噂もこれ以上大きくならないだろうし、少しすれば落ち着くだろうよ。…もう少しの我慢だぜ?」

そういってニヤニヤしながら、からかいモードに入った宝田に、苦虫を噛み潰したような顔で「そうですね」と一言だけ言い残し、蓮も社長室を後にした。


「原因わかったし、これで一安心かな」

蓮に送られる途中、助手席で社が安心したようにそう呟いた。

「安心といえば安心ですが…」

これで今すぐキョーコに会えるわけでもないし、とブツブツ文句をいう蓮を社が笑う。

「まーどっか別からきた奴がカメラ構えてるかもしれないしな?それでもそのうちいなくなるさ、無駄足だと気づけばな。もう少しの我慢だよ」
社長と同じ言葉をいう社に「他人事だと思って」と独り言のように文句を吐き続ける蓮。
その蓮に社は
「勢い余って、だるまやに乱入とかするなよ?万が一のことがあればキョーコちゃんだけじゃなくだるまやさんにも迷惑かけることになるからな」
と追い討ちを掛けた。

「……っ、し、しませんよそんなことは」

考えたことがない、わけでもない蓮は少し動揺したが、なんとか取り繕う。
しかし、それを見透かしたように冷ややかな目で見てくる社に蓮は
「まったく…芸能人のマネージャーってこんな困った人ばっかりなんですかね」
と、少し反撃を試みる。

「おっなんだ失礼だなー、佐川って奴と一緒にするなよ」
「同じようなものじゃないですか。散々煽ったでしょう?俺を」
「そりゃ煽ったけどさ。…なんだ、もっと過激にやればよかったのか?そしたら…振られちゃってたかもしれないぞーお前」
「………っ」
「弁当受け渡しに協力したり、本来の仕事でもない"スケジュール調整"までしたりさー、こんないいマネージャーはいないよ?もっと感謝して欲しいなぁ~」
「わかりましたよ…もう。感謝してますハイハイ」

その後、心配事がひとつなくなり本来の調子を取り戻したらしい社は、車から降りると上機嫌で蓮に手を振り自分のマンションへ帰っていった。
結局、自分は社にはかなわないんだな、と痛感した蓮はもう余計なことは言わないでおこうと思いながら自分も帰路に着いた。


蓮が自宅マンションに辿り着いたのは午後十一時を超えていて、蓮は少し急いでシャワーを浴びていた。
日が変わる前に、帰宅していればもちろん、自分はまだ仕事先でもキョーコの都合が悪くない限り電話するのが日課になっていた。
キョーコにはできるだけ隠し事をしたくないと思っていた蓮だったが、さすがに今日の春奈の告白のことはどうするか悩んでいた。
写真騒動のことは大きな事にはならないと今日連絡はしておいた。
しかし春奈の名前が出ている噂を、キョーコも耳にしているかもしれない。

あの日、春奈の名前は一度出している…。

(噂の大元はあれだし、やはり…話しておこうか…)

気が進まないながらもそう考えた蓮が、シャワーを終え、携帯を手にした時、インターホンが鳴った。

「こんな時間に…なんだ?」

少し警戒しながらモニターを見る。
そこには長い髪の眼鏡の女性…。

『あ、あの…こんば…』
「キョーコ!?」

一瞬、それが誰だかわからなかった蓮だが、その声を聞くな否や、キョーコの言葉を最後まで聞かずに慌しくオートロックを開け、玄関へと走った。
そして次に鳴らされた玄関のチャイムの音を聞くと同時に外を確かめもせずに扉を開き、そこに現れたキョーコの姿に少し驚いた。
今まで見たことのない、グレーのスーツ、ウィッグに眼鏡。それに…。

「あっあのっ…すいません、こんな時間に急にっ…」

少し落ち着かない様子のキョーコを、そっと中に招きいれ、扉を閉めた玄関先で蓮は改めてキョーコの姿を眺めた。

「ま、まだ会っちゃだめって言われてるのに、こんな急に押しかけて…迷惑かなって思ったんですけどっ」

少し不安げにそう蓮に説明するキョーコ。
蓮は、おそらくキョーコはいろいろ考えて、こんな風に手間をかけてここに来てくれたのかと思うと嬉しくて、自然と顔が緩む。
まだ事務所から会うのを止められている中、基本真面目なキョーコがここまでしてくれた──そのことに蓮は感動すらしていた。

「そんなことないよ、会いたかった…来てくれて嬉しいよすごく」

蓮のその言葉に、ほっとしたような顔でふわりと笑い、頬を染めるキョーコ。

「それになかなかよくできた変装だね。最初は俺にも誰だかわからなかったよ」

くすくす笑いながらそう続ける蓮にキョーコはぱぁっと顔を輝かせ、
「頑張ってみたんです!これなら絶対私だってわからないって!」
モー子さんが協力してくれたんです、と嬉しそうにいうキョーコが愛しくて、蓮は我慢できず力一杯ぎゅっと抱きしめた。
「つ、敦賀さん…っ」
「本当に嬉しい」

少し驚いたキョーコだったが、すぐにそのまま力を抜き、蓮に身を任せる。

「その…少し…心配だったんです…電話で…元気ないみたいで…」
「…そ、う?…だったかな…」

蓮の胸に顔を寄せたまま囁くように吐かれたそのキョーコの言葉に蓮は心配させたことを反省する。
確かにここ数日の電話で自分は少し余裕がなかったかもしれない。

「心配させてごめんね?…でもこうやってキョーコから会いに来てくれるなら…それもありかな?」

そう言って蓮はニヤリと笑った。
キョーコは「なっ」と一瞬言葉を詰まらせた後
「もうっ本当に心配したのに!敦賀さんのばかっ」
そういって蓮の手をすり抜け、プイと横を向いて拗ねてみせる。
でも心の中では元気そうな蓮の様子に安堵していた。
蓮はそんなキョーコの様子が可愛くて仕方なく、「ごめんごめん」と笑いながら謝り、今度は後ろからそっとキョーコを抱きしめた。

「こうやってキョーコに会えたからもう大丈夫」

蓮がそう耳元で囁くと、キョーコは耳までも赤く染めながら
「私も…会いたかったんです」
とだけ言って、自分を抱く蓮の腕にそっと手を添え頬を寄せた。

しばらくそうやってお互いの体温を確かめるように身を寄せ合っていた二人だったが、蓮に促されてキョーコは履いていた黒のパンプス脱ぎ、部屋に上がる。
そのキョーコの姿を見ながら蓮が
「そういうのも似合うね。大人っぽく見えるよ?」
と言うと、キョーコは
「そ、そうですか?スーツなんて初めてで…」
とちょっと照れくさそうに笑った。

「それに…これ…」
「あっ」

蓮がキョーコの胸元に手を伸ばそうとすると、キョーコは慌てて両腕を組むようにしてそれを隠し、慌てて体を逸らす。

「だめですっ!ぜぇえったいだめっ!」
「なんで?いいじゃないか」
「よくありませんっ!見ないで下さいぃぃ!」
「どうなってるの?それ」
「そんなの教えられません!!もうっ敦賀さんのばかっ!」

玄関先からリビングにまでしばらくキョーコの「胸」について楽しげにからかう蓮の声と怒るキョーコの声が響いていたが、やがてその声はそのまま寝室へ移動し、そのうち布ズレの音とかすかに漏れるキョーコの声だけに変わっていった。



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