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3.策略

2010年02月06日 03:34

3.策略

自宅マンションの駐車場に車を停め、エンジンも止めたが運転席に乗ったまま、蓮は時計に目をやる。
時刻は午後八時十分。
このくらい早い時間ならば、本当ならキョーコが来てくれるのに、と思い軽く溜息をつく。

キョーコと付き合うようになって二ヶ月程。
時間的に少し余裕がでてきて会う回数が増え、時間があれば朝だけでなく夜も夕飯を作りに蓮のマンションまでキョーコが来るようになり…深い関係にまでなったのは一ヶ月前。
長い片思いの時期を越え、なんとか想いが届き、最初はどこか遠慮がちだったキョーコも徐々に打ち解けてきて、何度も躊躇いながらもようやく彼女の全てを手に入れ、ますます夢中になり…というときに降って沸いてきた蓮の噂。

(会わなくなってもう三週間近いじゃないか…さすがにもういいんじゃないか?)

キョーコと肌を合わせたのほんの数える程度、そこで急に会えなくなり蓮の限界が近くなってきていた。
車から降り、少々乱暴に車のドアを閉めてロックしエントランスに向かう。
マンションに入る前には辺りを少し伺う癖がついていた蓮だったが、いい加減、もう周りも飽きてきたはずだ、明日にでも社さんにはそう話して…そんな事を考えていたせいか、蓮は完全に油断していて近づいてくる人影に気づくのが遅れた。

「あら、敦賀さんじゃないですか?お久しぶりです」

正面から急に声を掛けられて、蓮は驚いてその声の持ち主を見た。
マンション前の外灯に照らされるその人物は、かすかに見覚えのある女性の姿。

(ん…誰だっけ…確か…)

蓮は記憶の底を大慌てで探り、やっとその人物の名前を思い出す。

「あ…あぁ、国崎さんじゃないですか。お久しぶりですね」

真ん中で分けた綺麗な長い黒髪。清楚な雰囲気を漂わせたその女性は、以前、蓮が共演したことのある女優の国崎春奈だった。
清純派で売る彼女は、上品な物腰で人当たりもよく、現場のスタッフにも評判が良かった。
真面目で演技力もあり、蓮も悪い印象は持っていなかった、が、特別興味も持っていなかった。
ただ少し、蓮に気のある素振りを見せていたことだけを覚えていて…それを思い出し少し警戒した。

「こんなところでどうしました?」

にこりと「敦賀蓮」の笑顔を浮かべながらもそれ以上近寄ることなく、春奈にそう尋ねてみる。

「この近くに知り合いがいるんです。これから訪ねるところなんですよ」

そう言ってにっこりと笑顔を返す春奈。

「へえ、そうなんですか。偶然ですね…」

自分もそうなんです、と、ここが自分の自宅マンションだと知られたくないと思った蓮は少しわざとらしいなと思いつつもそう嘯こうとした。
すると春奈はその蓮の答えを待たずに急にすっと近づいてくる。
不自然な位に近くまで。
蓮は咄嗟に距離を取るため後ろへ下がろうとしたが、その時、春奈の後方からスーツ姿の男性が近づいてきて
「春奈」
と彼女を呼んだ。

つい動きを止め、蓮がその男の方に視線を向けてしまった時、春奈は急によろけたようにして蓮に軽く抱きついた。

「………!」
「あっごめんなさい、躓いてしまって」

(いまの…)

いやな予感がして、体勢を立て直す春奈を凝視する蓮の元に春奈を呼んだ男がやってきた。

「おや、敦賀君だね。こんばんは」
「……こんばんは」
「マネージャーです。…それでは失礼しますね、また機会があったらよろしくお願いします」

そういって春奈は再びにっこり笑って会釈し、その男性と一緒に闇の中へと消えていった。


蓮はしばらくその場に立ったまま、神経を尖らせて辺りを伺った。
近くにはなんの気配もなく、辺りは静まり返っている。
しかし少し上を仰げばたくさんの高層マンション、ビル群。
どこから見られていてもおかしくはない。望遠レンズを使えば楽勝だ。
実際、そう思っていたからこそ、今まで気を使ってきたのだ。
今のは明らかに不自然な出来事だ、そう確信すると走ってマンションに飛び込み、オートロックを開け、エレベーターに駆け寄った。
エレベーターが到着するまでの間に携帯を取り出し、すばやくボタンを押す。
数コールの後、電話が繋がり社の声が聞こえた。

『蓮か?どうした?』
「すいません、社さん。やられました、多分写真撮られたと思います、油断してましたよ」

到着したエレベータに乗り込みながら早口で蓮はそう捲くし立てた。

『えっ!写真!?なにキョーコちゃんとの?』

社からキョーコの名前を出され、蓮は思わず苦笑いを浮かべる。
そして、かなり動揺していた自分に気づき、軽く深呼吸をした。

「…違います。それならこんなにまで慌ててませんよ」
『じゃなんだ?誰と?ていうかお前今どこだ?』
「どこって自分のマンションですよ。撮られたのはマンションの前でです」
『マンションの前ー?なんだよ、誰といるところ撮られたんだよ」
「あー…なんて名前だったかな…国崎、春奈、だったかな」

とっくに思い出していた名前だったが、なんとなく癪に障っていた蓮はわざとようやく今思い出したようにその名を社に告げる。

『国崎春奈ぁ?あー前にお前と共演したことあるな。なんで彼女がお前のマンションの前なんかにいるんだよ』
「そんなのこっちが聞きたいですよ。知り合いを訪ねる途中って言ってましたけど、わざとらしく躓いた振りして抱きついてきましてね」
『……それで、彼女はどうした?まだいるのか?』
「いいえ、マネージャーらしい男と一緒にさっさと行ってしまいましたよ」

あのマネージャーとグルかもしれないな、と思い段々と腹が立ってくる蓮。語気も荒くなる。

『なるほど…大体わかった。これから事務所に連絡してちょっと行って来る。お前は…』
「俺も行きます」
『んー…そうか、まあいいよ、じゃあ向こうでな』
「はい、じゃあまた後で」

電話を切り、一呼吸ついてから蓮は既に自分の部屋の階まで到着したまま止まっていたエレベータを降りずにそのまま一階ボタンを押そうとした。
が、寸前で止め、扉を開けてエレベーターを降りた。
そして自分の部屋しかないその階の廊下で壁にもたれかかりながらもう一度携帯電話のボタンを押す。
数コールの後、再び繋がった電話から、蓮がいつでも、いつまでも聞いていたい声がした。

『もしもし?敦賀さん?』
「やぁ、今大丈夫かな…」
『大丈夫です…今日は早いですね?お仕事もう終わりですか』
「うん、まぁね。…せっかく早く終わってもキョーコに会えないのは寂しいね」
『わ、私だってそうですよ…?も、いつもそんなこと…』

照れくさいのか、少し拗ねているような声を出すキョーコの顔を想像してつい顔が緩んでしまう蓮だったが、たった今の出来事を思いだし、すこし真剣な声色で話を続ける。

「ちょっと今面倒なことになったかもしれない。まだどうなるかわからないけどキョーコには言っておこうと思って」
『えっ?面倒なこと?』
「うん、ついさっきなんだけどマンションの前で昔共演したことのある女優さんと偶然会ってね、国崎春奈さんっていうんだけど…そこを写真に撮られたかもしれない」
『ええっ?そ、そうなんですかっ?』

本当に偶然かどうか怪しいもんだ、いや絶対違うな、と蓮は思うが、そんなことはキョーコには言わないでおく。

「撮られたかどうかも確認できてないし、記事になるかどうかもわからない。これから事務所にいってちょっと話し合ってくる」
『そ…うですか…大変です…よね…』

動揺しているらしいキョーコの声を聞いて蓮は少し心が痛む。本当ならあまりいろいろ心配かけたくはない。
でも…
「まだどうなるかわからないけど…キョーコにはどんな小さな誤解も絶対されたくないんだ。…だから、今報告しておくよ」

どんな奴にだってキョーコとの仲を邪魔されたくはない。
何がきても全力で戦ってやる、ほんの小さな障害だって徹底的に取り除く、蓮は心からそう思った。
そしてその想いをその言葉に込めていた。

『はい…大丈夫です。ありがとうございます…なにがあっても信じてますからっ』

そうして蓮の想いが伝わったかのように心強いキョーコの声が返ってきた。
蓮はそのキョーコの返答を聞いて、ひとり極上の笑顔を浮かべると「じゃあ、また電話するから」と言って電話を切り、再びエレベータに乗った。



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