お仕事の後で─8の5

2010年09月15日 00:00

後日談その1です。


お仕事の後で─8の5


MissingPink─5


「無事会えたようでなによりだよ」

次の日の朝、キョーコから渡された弁当を手に、助手席で社がそう呟いた。

「おかげさまで……」

狼狽えていた昨日の自分を思い出し、少し気恥ずかしい蓮はそれを誤魔化すように無表情を貫きながらハンドルを握り、そっけなく答えた。
そんな蓮をちらりと横目で見てから社は面白そうに言う。

「あぁ……琴南さんがね、昨日のお前の様子はキョーコちゃんには内緒にしときますからって言ってたよ」
「………っ」

冷静を装っていた蓮はこの日もやはりあっという間に崩される。

「こっ、琴南さんがなぜ」
「だってお前が俺に電話してきた時、まだいたんだもん、琴南さん。キョーコちゃんがいないって聞いて少し心配してたし」
「そ……そうですか」
「だからお前からちゃんと見つけたって聞いた後、報告したんだ。ま、他にもいろいろと」
「なに言ったんですか……」
「気にするな」
「…………」

しれっとした顔でそう言う社に、蓮は運転しながらも横目でチラチラ恨めしげな視線を送る。
社はそんな蓮を気にする事もなく、話を続けた。

「ニュースで見たよ、昨日の電車の事。キョーコちゃん大変だったなぁ」
「そうですね、さすがに疲れてましたよ」
「キョーコちゃんは色々と運悪いよな」
「そう……ですね……」
「しかしさ、なんで昨日うまく会えてなかったんだよ」
「えっ……」

あまり聞かれたくなかった事をさらっと突っ込まれ、蓮は少し口篭る。

「……お使いの相手につかまって」
「それは昨日椹さんに聞いた。なんでお前一緒じゃなかったの?お前のとこ行く前につかまっちゃった?」
「あー…えっとですね……」
「でもおかしいよな。普通に考えてお前のとこに顔出してから行くだろ」
「そ、それは彼女が慌てて」
「慌てて、お前んとこ駆け込んで『急いで事務所行ってきますから!』とか言って走り出すキョーコちゃんを引き止めるお前の姿が目に浮かぶんだけど」
「あ、あの……」
「お前なら一緒に事務所に行ってやるだろ?」
「えーっと……」
「キョーコちゃんがお前放置してそのまま行っちゃうとは思えない」
「…………」
「なんか隠してるな?正直に白状した方がいいぞぉ」
「いや、そんな……詳細に報告する義務なんて」
「勿論ないけどね……俺がキョーコちゃんのスケジュールを把握する必要も……本当はないんだよなぁ……」
「……………」

社は時々、キョーコ自身も知らないキョーコの予定を知っている時がある。
そこまでしなくても、と思いつつも、蓮はその事を咎めるどころか密かに当てにしている。
結局、蓮はキョーコが自分の控え室に来た時、遼子がいた事を社に報告する羽目になった。

「なるほどね……お前にしては珍しい痛恨のミスじゃないか」
「痛恨のミスって…」
「お前ならノックの音を聞いただけでそれがキョーコちゃんかそうじゃないかとか判断できそう」
「いや……そんな人を化物みたいに……」

社の言葉を否定しつつも、蓮は昨晩同じ様な事を言った自分自身を思い出す。

「ずっと忙しかったから疲れてたのか?……あぁ、キョーコちゃんに久々に会えるんで浮かれてたのか」
「随分な言われ様ですね……」

遠慮なく突っ込んでくる社を睨みたいのを我慢しつつ前を見てハンドルを握る蓮は、ふいに遼子が社の電話の声で自分の予定を知っていた事を思い出した。

「できれば……電話は静かにお願いしますよ」
「電話?……なんの?」
「昨日の……俺の予定が変わった事を……電話で話していたんでしょう?」

だが、いちいち仕事の電話を人目を忍んで誰にも聞かれないように、などと気を回していたらキリがない、と蓮は思った。
発言の半分は返り討ち覚悟の八つ当たりのようなものだった。

しかし、社は難しい顔をして考え込んでしまった。
そのままの顔で、ぽつりぽつりと静かに話し出す。

「確かに話してたよ……でもお前の控え室でだぞ?」
「えっ?」
「そんな大声で叫んでたわけじゃないし……なんだなんだ、お前の部屋に盗聴器でもあったのか?」
「なっ、やめて下さいよ……そんな物騒な事」
「じゃあ、どこで聞かれたんだ?」
「…………」
「…………」

蓮と社の頭の中に、控え室の扉に張り付いて聞き耳を立てる遼子の姿が浮かんだ。

「壁に耳あり、障子に目あり?」
「なっ、なんですか、それ」
「なんですかって……あ、ちょっと待て、たしかその後だ」
「何がです」
「キョーコちゃん見かけたの」
「あ………」
「お前のところに戻る途中で見かけてさ。昨日キョーコちゃんピンクのつなぎだったろ?目を引いたんだよ」
「…………」
「それでキョーコちゃん呼び止めて……」

言葉を続けながら社はキョーコに会った時、交わした会話を思い出していた。


───お使いで来たんだ?
───はい、そうなんです。
───それ届けたら……今日は終わり?
───はい、終わりです。これで帰ります。
───こっちも今日はもう終わりなんだ……予定が変更になってね。
───えっ!そ、そうなんですか?
───そうだ、ちょうどいいから、蓮に送ってもらえばいいよ!もう撮影も終わった頃だし。
───えっ!あっ…あのっ
───うん、そうしなよ、今日はもうここから帰すし。


社の話を聞いて、キョーコは最初少し驚き……その後、すぐに頬を染めてゆっくりと嬉しそうに微笑んだ。
会えなくて寂しいのは蓮だけでなくキョーコも同じ。
社はキョーコのその顔を見て、突然の予定変更も悪い事ばかりじゃないな、とまるで自分がいい事でもしたような気分になりご機嫌だったのだ。

「仁科さんが聞いたのって俺とキョーコちゃんとの会話じゃないか?」
「えっ……でも電話って言ってましたよ」
「その後、また俺、電話した。事務所に俺だけ戻るって……」
「それじゃないんですか……」
「それから……推測されたのか?お前の予定を。それはそれでちょっと怖いぞ……」
「…………」
「……やっぱり……会話だろ?」
「社さん……」
「いや……大丈夫……お前とキョーコちゃんが付き合ってるのが分かるような会話はしてない」

人気はないと思ったが、誰が通ってもおかしくない場所での会話だった。
だから、いつも通り、同じ事務所の先輩・後輩でのやり取りという範囲は超えていないと社は思う。

「そうだな……どっちかと言うと、何か俺がおせっかいでも焼いてるみたいな感じで……」

キョーコになかなか会えなくて消耗していた蓮を復活させるいいチャンスが来たと思い、はしゃいでいたかもしれない。
痛恨のミスは俺の方か?と社は思った。
だが、誰もの耳に入るような大声で話していたわけではないはず。
それをどこかで遼子が聞き耳を立てていたのだと思うと───社は面白くなかった。
昨日見たキョーコの笑顔がその後すぐに壊されていたという事実に、社は段々と不機嫌になっていく。

「人気女優さんが立ち聞きとか行儀が悪いな」
「いや、まぁ、そこまで言わなくても……」

珍しく不愉快さを露にしてそう言う社に、なぜか蓮がフォローするような形になった。

「キョーコちゃんが来るのわかってて先回りとか……ちょっとどうかなって思わ…」

そう言って同意を求めるように蓮を振り向いた社は、蓮の表情が急に自分よりもはるかに険しくなっている事に気が付いた。
朝からいつもの"敦賀蓮"が崩壊寸前になっているのを見て、社が慌てて宥めるように声をかける。

「お、おい、なんだよ急に……」
「もしそうなら……わかってて俺の控え室に来たんですね、あの人は……」
「ま、まぁ…それは、ほら、あれだ……」
「わかっていて……」

他人の控え室に来た客を───キョーコを平気な顔で出迎えた。

「いや……別にキョーコちゃんだからってことじゃないと思うけど……」

蓮に執心している遼子なら、相手が誰だろうと邪魔したかったのだ、と社は考えた。
しかし、その対象がキョーコに向かった事で、紳士でフェミニストな"敦賀蓮"は消え、あからさまに不快感を表して、その顔を歪める。

「正直迷惑なんですよね」
「あー…おい、蓮…?」
「はっきり言った方がいいですかね」
「はっきりって……何を……俺に近づくな、とか言うつもりか?」
「別にそれでも構いませんが」
「いや……ちょっと待て……イメージってもんがあるだろ……現場の雰囲気だって」
「仕事には影響させません。向こうだってプロなんですからきっとそうでしょう?」
「いや、そうかもしれないけど……待て、待て、早まるなよ」
「早まってません。遅いくらいです。それに曖昧に誤魔化す方が相手に失礼ですしね」
「いや……だから……」

すっかり不機嫌になり、強い口調で……本気でそう言いかねない様子の蓮に社は少し慌てる。
昨日の事がよほど堪えたのかな、と考えた社は、あたりさわりのない言葉では説得できないな、と覚悟を決める。

「実際言うとしたら……今は誰とも付き合う気はありません、とか、その辺か」
「もう好きな人がいるんです、でもいいです」
「誰なんですか、とか聞かれそうだな」
「答える必要はないですね」
「じゃあきっと、勝手に……色々と詮索するだろうな」
「……そこまでしますか?」

蓮の疑問を受けて、少し考えてから、社は徐に口を開いた。

「ちょっと失礼な言い方だけど……仁科さんはそう言われて大人しく引き下がるような女性に見えない」
「え……」
「共演中の女優さんの……陰口みたいな事は言いたくないけどね……仁科さんはちょっとすごいよ?お前と一緒にいる時、他の誰か……俺さえ近づくと怖い顔で睨んでくる」
「そう……なんですか……」
「今の現場、キョーコちゃんだけじゃなく、他の若い女優さん達もあんまりお前に近づいてこないだろう?仁科さんが怖いって……よく話題になってるよ」
「…………」
「キョーコちゃんがつい逃げちゃったのも……わかる気がするよ」

遼子はキョーコにとっては共演中の先輩の女優。
どうしても強くは出られないところがあるだろうと社には思えた。

「今だってどうなのかわからないぞ?俺とお前が知らないところで何かあったりするかもしれない」
「…………」
「同じ事務所って事で一緒にいる事は多い方だからな……なにか言われたり……されたりするような事があってもきっとキョーコちゃんはお前には何も言わないだろうな」
「……………」
「確か、これからまたキョーコちゃんも顔を会わせる機会が増えるはずだよな」
「はい……」
「残念だけど、俺もお前もキョーコちゃんと常に一緒にいてフォローすることはできないよ」
「…………」
「そういう事態も踏まえての"秘密の関係"だろう?」

信号が赤に変わり、蓮は静かにブレーキを踏む。
停止した車内で、蓮はハンドルにもたれ、昨日から何度目かもうわからない深い溜息をついた。

「面白くないのはわかるけど……もう少しだけ頑張れよ」
「…………」
「大体、勝手に人の会話を立ち聞きしてなにか行動を起こすなんて、向こうの方が既に充分失礼なんだよ」
「は………」
「お前も思う存分失礼な事してやればいい」

いつの間にか、怒っているのが蓮から再び社にへと変わっていた。
ぶすっとした顔でそう言い切った社に、蓮は思わず苦笑する。

「思いっきり曖昧にして振り回してやればいいんだ。俺も思う存分お邪魔虫になってやる」
「はは……頼もしいですね……」
「お前は仕事と……キョーコちゃんのフォローに集中すればいい」
「仕事と同じレベルに考えていても構わないんですね」
「だってお前、キョーコちゃんいないと仕事に影響させそうじゃないか」
「いや……そ…んな事は……」
「昨日、キョーコちゃんとうまく会えなかったらお前今日ボロボロだったんじゃないの?」
「…………」

改めて昨日の自分を思い出し、蓮は社の言葉を否定する事ができない。
蓮は長い赤信号を見つめながら、肯定の意味の沈黙を作っていた。

「……それはそれで困るからな。俺の仕事はお前をちゃんと仕事させる事だから」

自分とキョーコの事で、本気で怒り、憮然とした顔で助手席に座っているマネージャーを見て、わずかだが蓮の顔に笑顔が浮かんだ。

「ほら、青だぞ」
「はい」

社に促され、蓮はハンドルを握りなおし、車を発進させた。
いつもの"敦賀蓮"とそのマネージャーを乗せた車は、今日も向かうべき仕事の現場へと再び動き出した。




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