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お仕事の後で─8の4

2010年09月13日 09:51

お仕事の後で─8の4

MissingPink─4


「携帯はやめろっていってんだろ!」
「うるせえよ!電話してるわけじゃねえだろうが!」
「それでもやめろっていってんだ!」

満員の電車の中。
キョーコのすぐ後ろにいた中年男性と若い男性が、接近した状態で携帯をめぐって喧嘩を始めた。
キョーコはバッグから取り出したばかりの携帯を握ったまま、思わず固まってしまっていた。


キョーコが大急ぎで飛び乗った電車はその後、すぐに車両故障で止まるというアクシデントに見舞われていた。
ぼそぼそとした車内放送が時折入るだけで、電車は一向に動く気配がない。
徐々に車内はピリピリとした雰囲気になり、あからさまに苛々しだした人が出てくる。
遠くで怒号も聞こえた気がした。

(私って……本当にどうなってるのかしら……)

閉じ込められた車内で、キョーコは携帯を握り締めたまま、自分の運の悪さに絶望していた。


結局、一時間以上満員の車内に閉じ込められ、キョーコが目指していた駅に着く事が出来たのは予定していた時間よりも大幅に遅くなっていた。
ようやく到着したホームには人が溢れ、電車に乗る客と降りる客が入り乱れ、平常の時には見られないような混乱が起きていた。
電車を降りたキョーコが携帯を操作しようとして歩みが遅くなった時、後ろから来た、同じ様に携帯を見ながら歩いていた女性と軽くぶつかった。

「ごめんなさい」
「す、すいません」

キョーコと同じ車両に乗っていたと思われる女性が疲れた様子で謝罪の言葉を言い、キョーコも慌てて謝り返す。
その間にも人が波のように押し寄せ、立ち止まることもできないまま、流されるように歩き続ける。
駅員に詰め寄ってなにか捲くし立てている人を横目で見ながら、とにかくこの混雑から離れないといけない、と考えたキョーコは急いで駅の出口へと向かった。
出口へと続く階段を登りきった後、長時間に渡ったいろんな緊張とその疲労で、少しよろめいてしまったキョーコの手を横からそっと引いた人がいた。

「!」

驚いて振り向いたキョーコの目に、夜だというのにサングラスをかけ、ぼさぼさの髪と皺になった白いシャツをだらしなくひっかけただけの長身の男が映る。
一見見知らぬ男。
だがキョーコには、それが誰か───すぐにわかった。

「つっ!」
「こっち……」

蓮は小さな声でそう言うと、キョーコの手を引いてゆっくりと歩き出す。
周りには駅から出てきた人々が大勢いた。
殆どが通勤帰りと思われる人達の中で、妙な出で立ちの長身の男とピンクのつなぎの二人連れは奇異に映るのか、少し人目を引いていた。
それでもその二人が芸能人だと気付くものはおらず、一瞥するだけで特別な反応をする人はいない。
蓮とキョーコは人混みをすり抜けるようにして駅から離れていく。

変装のような格好までしてわざわざ自分を迎えに来てくれた蓮の姿にキョーコの胸が熱くなった。
黙ったまま二人で手を繋ぎ、街灯に照らされている夜の街の歩道を歩く。
徐々に周りから人が減っていき、二人は駅から少し離れたパーキングの前にまで来た。
一番奥に、蓮の車が停まっている。
蓮は道からは見えない、自分の車の陰にまでキョーコを連れてくると、ほっとしたように溜息をつき、キョーコを軽く抱き寄せた。


「やっと会えた……」
「敦賀さん……」
「そのピンクは目立っていいね……すぐ見つけられたよ」
「あ……はは……」
「やっぱり電車に閉じ込められてたんだ……大変だったね?」
「む、迎えに来てくれたんですか……」
「遅いから……何かあったかと思ってね……とりあえず駅に来てみたら電車が止まってるって知って」

そこまで言ったところで蓮はキョーコが目に一杯の涙を溜めている事に気付く。

「わっ……キョーコ?大丈夫?どこか具合でも」

そんなキョーコを見て慌てた蓮の目の前で、キョーコは耐え切れず大粒の涙を零し始めた。

「キョ、キョーコ」
「ごめんなさい……」
「なぜ謝る?……キョーコが謝るような事はないと思うんだけど……」
「でも……」
「ん?」

泣きながらキョーコは次々と今までにあった出来事を語りだす。

「つ、敦賀さんにそんな格好までさせて……」
「これ?……別に大したことじゃない」
「車内じゃ、れ、連絡もできなくって……もうずっと」
「仕方ないよ」
「今日は……電話もまともにちゃんと……出られなくって」
「いや……それは……」
「そもそも……仁科さんにびっくりして逃げなければ……つ、敦賀さんの予定もちゃんと分かってもっと早く……」
「俺の……予定……?」
「は、早かったんですね……終わるの」
「え?いや、予定変更の話は聞いたんだよね?」
「あ、あの、また変わったんじゃないんですか?」
「え?」
「え?」

泣きながらポカンとするキョーコを見て、蓮も不思議な顔をする。

「あの……仁科さんが……敦賀さんは予定があって帰ったって……」
「…………」

蓮は、ポカンとしたままそう言って自分を見つめるキョーコのおでこにちゅ、と軽く音を立ててキスをした。

「にゃっ!」
「その予定って……これだね」
「えっ」
「仕事だと……思ってたんだ……」

おでこを押さえて赤くなっているキョーコの横で、蓮は自分をずっと悩ませていたキョーコからのあの一文を思い出していた。

───私の事は気にしないで下さい

やっとその意味を理解した蓮が、共演中の女優の顔を苦々しい気分で思い出していると、再びキョーコが大粒の涙を流しているのに気が付いた。

「わっ、キョ、キョーコ」
「やっぱり……ごめんなさい……」
「いや、だからキョーコが謝る事なんてないよ?」
「でも……やっぱり……最初に私が逃げたりしなければ……」
「…………」
「そっ、そうすればこんな事にはならなかったかも……」
「キョーコ……」
「はい……?」
「それなら俺も謝らないとね」
「へっ?」

思いもよらない蓮の言葉にキョーコは一瞬きょとんとした。

「敦賀さんが謝るって……」
「最初に……俺の控え室に来たのがキョーコじゃないってわからなかった」
「えっ?」
「キョーコと間違えるなんて……」
「えっ、でも、それは」
「ドア越しにだって、そこにいる人間がキョーコかキョーコじゃないか、気配で絶対わかると思っていたのに」
「なっ……そんな人間離れした技は」
「キョーコじゃないってわかってたなら居留守でも使ったのに」
「つ、敦賀さん」
「そうすればこんな事にはならなかったかも……」
「あ、あのー……」
「自信あったのになぁ……ちょっとショックだよ……」

蓮はそう言うと、ふーっと長い溜息をつき、自分の車に寄りかかってキョーコから顔を背け、項垂れた。

「ほ、本当にそんな事できる人なんていませんからっ……敦賀さんが謝る事なんてないんですっ」

今度はキョーコが慌ててそう言い、蓮の腕を縋る様に掴んでその顔を覗き込む。
すると蓮はサングラスをはずしながらゆっくりとキョーコの方に振り返り、ニヤリと笑った。

「冗談」
「……っ!」

そんな蓮を見て、キョーコの目からようやく涙が引っ込み、代わりに頬が膨らんだ。

「も、もう!敦賀さんはそんな事ばっかり」
「はは…」

拗ねてプイと横を向いた、キョーコのまだ涙で濡れていた頬に蓮はそっと手を添える。

「会えて……本当に良かった……」

キョーコの到着があまりに遅かったので、蓮は余計な心配ばかりして社にまで電話していた。
当然、行方がわかるはずもなく、黙って待っていられなくなった蓮は、変装まがいの格好をして駅だけでなくその周辺まで手当たり次第に探しまくっていた。
蓮はそんな自分を秘密にしておくためのように、その唇をそっとキョーコに重ねた。





何も身につけず眠ってしまった蓮は背中に少し冷たい空気を感じ目を覚ました。
だが、腕の中は温かい。
キョーコも何も着ないまま、蓮の腕の中で眠っていた。
その体温を感じているだけで、自然と蓮の口元に笑みが浮かぶ。

眠ってしまうつもりのなかった蓮は一度起きようと思ったが、蓮につられたのか、腕の中で穏やかに眠るキョーコを起こすのが忍びなく、身を起こすのを諦めた。
さすがに疲れていたのか、キョーコはすっかり寝入った様子で目覚める気配は見られなかった。

二人揃ってシャワーも浴びていない事を思い出したが、明日の朝でいいかと思い、蓮はキョーコを起こさないように気をつけながらベッドの隅に追いやられていた薄いブランケットを手繰り寄せた。
腕の中のキョーコを仕舞いこむようにしてそれに包まる蓮の目に、床に投げ捨てられている自分とキョーコの衣服や下着、そしてピンクのつなぎが目に入った。

あんなにも探し求めていたピンク色も、中身が手に入れば用がないとばかり放置されている。

それをしたのは自分自身なのだが、その自分の現金さに蓮は苦笑する。
明日の朝、寝ぼけているキョーコをうまく一緒にバスルームへと向かうよう誘導する自分を思い描きながら、蓮もまた深い眠りについた。




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